Another side 舞姫
「それでは休憩といたしましょうか」
舞の練習も一段落し、輝夜様は休憩を言い渡す。
本番も近付いてきたため、練習にも力が入っているので、皆疲れ気味だ。
休憩とはいえども、陸上部の方のようにスポーツドリンクを飲むわけではなく、輝夜様がお茶を用意して下さる。最近は冷茶なので心もスッキリする。
「そう言えば舞姫さん、聞きましたよ」
休憩も半ばになった頃、輝夜様に突然そんなことを言われた。
「聞いた、とは?」
「杏奈さんのことです。杏奈さん、《舞姫》の舞を披露なさったのでしょう?」
この間の件のことのようだ。あの舞は、パーティにさんかしていた方々から広まり話題となっていた。
輝夜様の言葉を聞いた百合さんが反応する。
「私も聞きたかったの。《吉祥》の名の如く美しい騎士が主に捧げた愛と献身の舞について」
『《吉祥》の名の如く美しき騎士が主に捧げた愛と献身の舞』
少し長いが、あの時の舞はこのように称賛されている。
確かにそうだ。あの舞はそういう想いを込めて舞うものだから。
あの時、映像に残しておこうとした有馬の方々は、その映像を消去した。私と杏奈を思ってのことで、私はそのご厚意に心から感謝した。
あの《舞姫》は、私のものだから。だから、あの会場の外には出したくなかったのだ。
だからなのか、あの日以来私の所には詳細を聞きたがる娘がたくさん押し寄せた。輝夜様や百合さんも気になるのだろう。
「皆さんもご存知かと思いますが、《舞姫》とは、吉祥の者が私達凰に対する忠信を捧げる為の舞です。普段ならお披露目する類いのものではないのですが、杏奈は《燕水會》の場に抜擢されたことが余程嬉しかったようです」
「まぁ、何て素敵なのでしょうか。あの杏奈さんの愛を一身に受け取れるだなんて、嫉妬してしまいます」
輝夜様がクスクスと微笑みながらそんなことを言うと、他の方もクスクスと微笑む。何だか最近、杏奈絡みで嫉妬されてばかりだ。
「それだけ素敵なメイドさんなのでしょう?」
「えぇ。それだけは自信をもって言えるわ」
百合さんの質問に、少し力を込めて頷く。そしたら、何故か皆さんにクスクスと笑われた。どうして?
首を傾げていると、あら、と輝夜様が声をあげる。
「如何なさいました?」
「いいえ、何でもありませんよ。せっかくですから、もう一服してから練習を再開しましょう。お茶、淹れてきますね」
そう言うと輝夜様は奥に下がってしまった。何故か、非常に楽しそうにしながら。
「輝夜様、どうなさったのかしら?」
どうやら百合さんも不思議に思っていたらしい。
輝夜様は杏奈も絶賛するほどのお嬢様であるが、その一方で、イタズラ好きな面もある。それもまた輝夜様の魅力の一つなのだが、よく巻き込まれる身としては少々複雑である。
そして、このとき輝夜様に深く尋ねなかったことを後悔することになることになるのだった。
Another side out
Another side 輝夜
私はお茶を淹れるのが好きです。
抹茶を点てる時には心が研ぎ澄まされますし、煎茶を淹れる時には心が落ち着きます。
他にも紅茶を淹れる時にはその芳しい香りに心華やぎ、茉莉花茶を淹れる時には幽玄な香りに心の奥深くを揺さぶられる。
……そして、何かを考える時、お茶を淹れていると面白いことが思い付くのです。
先程、お友達から届いたメールに添付されていた写真は、私の心を大きく揺さぶるものでした。
舞姫さんのお友達の大槻唯依さんと、先程の話の中心となっていた杏奈さんが、仲良くクレープを食べさせ合っている姿が写っていたのです。
その写真に写る杏奈さんは……そう、正しく花の如く。
優しく、繊細で、それでいて艶やかで。
その《美》を表現するためには、私の言葉では足りない。しかし、それが《美》しいということだけは間違いない。
そんな、とても素敵なお顔をしていたのです。先程、そのメールを見たとき、悲鳴を抑えられたのは我ながら天晴れです。
私の家《御門家》は日本舞踊を生業にしている家です。
私自身もその名に恥じることなきよう日々精進し、名取となりましたが、杏奈さんや舞姫さんを見ていると、まだまだだと感じてしまいます。
御門家も中々の旧家ですが、凰家は更に歴史を重ねたお家です。そして吉祥家も凰家と共に歴史を積み重ねてきたお家。
その歴史を主家のみに捧げ、その美を主にのみ披露してきた。その静かなれど激しい愛は涙を誘うほど。
一度だけ、私は杏奈さんの舞を見たことがあります。
あれは、舞姫さんが《燕水會》の舞に抜擢されたとき、私の家で練習を見てあげた時でした。
舞姫さんが休憩をしているときに、舞姫さんがリクエストをしました。杏奈さんは少し渋っていましたが、私も是非にというと頷いてくれました。
いきなりだったので、簡単に衣装を用意して杏奈さんに渡す。舞姫さんが演目は任せると言ったので、何の舞かはお楽しみとなりました。
そして、蓋を開けてみれば、無意識に涙を流してしまいました。
その時杏奈さんが舞ったのは《待宵》。《舞姫》ほどの秘伝ではないが、とても幻想的な舞でした。
音楽はありませんでしたが、杏奈さんの黒髪と真っ白な肌とのコントラストは、正しく闇夜に浮かぶ待宵の月。私や御門の者ではとても表現出来ぬ、至高の愛。
思えば、杏奈さんの、吉祥の方々の舞とは、凰の方々にだけ捧げられるものなのでしょう。だから、舞姫さんにお願いされた時に舞う舞があんなにも美しいのでしょう。
でも、そんな杏奈さんが《燕水會》の舞い手に選ばれた。あの方が、全身全霊を込めた舞とは、どれ程までに美しいのでしょうか。
そのような舞は、誰よりも近くで感じたい。御門家は招待されていますが、そんなに遠い所から観るのでは余りにも勿体ない。
だから、私は杏奈さんのお隣でその愛を感じさせていただきましょう。
西側の代表として、共に。
「輝夜様? あ、お茶お運びいたしますね」
考え込んでしまい、知らず知らずのうちに時間が過ぎていたみたいです。それでもお茶を淹れていただなんて、私も大概です。
「ふふふっ」
「輝夜様?」
「何でもありませんよ。さ、私はお菓子を持っていきますから、お茶の方はよろしくお願いしますね」
いきなり笑ってしまったので、百合さんに首を傾げられてしまいました。
軽く誤魔化しながらお菓子を用意していると、ふと前に舞姫さんが持ってきてくれた杏奈さんの和菓子のことを思い出す。そして、杏奈さんが私に仕えてみたいと言っていると聞いたことも。
全く、舞姫さんといい、杏奈さんといい、あのお二人は困った女性です。
そのような趣味はないはずなのに、あのお二人とお話していると、禁断の扉を開きたくなってしまいます。
なんて、そんなことを考えてしまうだなんて、少しはしたないです。
でも、それも悪くないと思ってしまいます。
Another side out
因みに凰家の本家は関東に、御門家の本家は関西にある、という設定です。
本当は西側の代表は新キャラにしようと思っていたのですが、輝夜のことがお気に入りになりつつあるので、輝夜にしました。おとボク2では御前が一番好きなのです。なので、輝夜は着痩せするタイプです。