輝夜のキャラクターが好きすぎて。
輝夜メインになっています。
「よいしょ」
授業が終わり、部活や帰宅と皆さん動くなか、私は大きめな包みを二つ持ち上げる。それなりに重い。すると、ソフィアさんが声をかけてきた。
「あら、杏奈さん。今日は大荷物なのですね。朝から気になってはいましたが」
「あ、これは華琳様の衣装です。頼まれていたものが出来たので」
私がそう言うと、ソフィアさんは、パァっと顔を輝かせた。
「まぁっ! 華琳様の御衣装だなんて。もしかして、新しい演目のものですか?」
ソフィアさんは華琳様が出演なさる演目は欠かさず見に行っている。なので、新衣装となれば無視できないのだろう。
「よろしければ一緒にどうですか? 華琳様もお断りにはならないと思いますよ」
「えっ!? そ、その、大丈夫なのですか?」
「はい。制作者の特権、ということで」
私がそう言うと、ソフィアさんは、あら、とクスクス笑った。私もつられて笑みを溢してしまう。
体育館に向かう途中、話題は自然と華琳様の演劇の話となる。
「そう言えば、今回の演目は」
「《京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)》をモチーフにした演劇です。華琳様はその清姫の役です。丁度、華琳様の清姫様にピッタリの布がありましたから、張り切ってしまいました」
「まぁ、杏奈さんが張り切ったのならば、素晴らしいものなのでしょうね。あと少し我慢すれば見られるのに、その少しが我慢出来そうにありません」
「言い過ぎですよ、ソフィアさん」
「あら、言い過ぎだなんて。これでも言い足りないくらいです。杏奈さん渾身の衣装で身を包んだ華琳様、だなんて、まるで夢物語に登場する姫君みたいではないですか」
少し言い過ぎである。
確かに自信作ではあるが、そんなファンタジーみたいにいわれても、反応に困ってしまう。
そうこうしている内に体育館に到着した。私達が体育館に入ると、華琳が私達に気が付いたのだが、何故か舞姫様と唯依様、それに輝夜様もいた。
「いらっしゃい杏奈ちゃん。それと……君は杏奈ちゃんのお友達のソフィアちゃんだね」
「せっかくなので、お誘いしました。大丈夫でしたでしょうか?」
「勿論だよ。ソフィアちゃん、今日は来てくれてありがとう。大したおもてなしは出来ないけど、せめて私の晴れ姿を見ていった!」
話の途中で、唯依様に頭を叩かれる華琳様。これにはソフィアさんも苦笑いである。
「もぅ、何をするんだ唯依。せっかくソフィアちゃんに愛を囁こうとしたのに」
「初対面の子にそんなことしないの。でも、ソフィアさん、でいいかしら。ソフィアさんは照れないのね。華琳にこれをやられると顔を紅くする子も多いのに」
「あはは……その、杏奈さんもよくこちらが恥ずかしくなってしまうような言葉を囁きますので」
はて、私はそんなに気障ではないのだけれど。
首を傾げていると、唯依様は私を見てクスリと笑う。解せぬ。
「ふふふ、貴女では杏奈ちゃんには勝てないみたいよ?」
「くっ、天然とは最強なのだね。というか、私も勝てる気がしないよ」
ますます解せぬ。
そんなことをしていたら、舞姫様が私達の間に入って手を叩く。
「はいはい。あんまり遊んでいては時間がなくなってしまうわ」
「そうですわ。せっかく修凰の《騎士様》と《王子様》が揃っているのですもの。愛でる時間は幾らあっても足りませんわ」
「それもそうだね。杏奈ちゃん、持ってきた衣装をいただけるかな」
「はい。こちらです。宜しければ私が着付けをいたしますが」
すると、舞姫様が首を横に振る。
「華琳の方は私がやるわ」
「でも……」
流石にご主人様にやらせるわけにはいかない。そう反論しようとしたら、輝夜様が、私の肩に手を置いた。
「杏奈さん。今日は杏奈さんのお着物も持ってきて下さったのですよね?」
「はい。舞姫様に持ってくるように言われましたので」
私もこの後、輝夜様に舞を見ていただくことになっていた。なので、本番の際に着る衣装と似たお着物を持ってきている。
「せっかくですから、今日は体育館で練習をしようと思います。演劇部の方々に、日本舞踊の動きを一度見てみたいとお願いを受けましたので、良い機会かと思いまして」
確かに《京鹿子娘道成寺》は、日本舞踊における最高傑作とも言われる演目だ。私も内輪でしか披露したことはないが、何度か演じさせていただいたことがある。
「杏奈、出来るかしら?」
「《京鹿子娘道成寺》でしたら、日頃から練習していますので大丈夫です。では、着替えて参りますので、暫しお待ちを」
着替えに行こうとすると、輝夜も一緒に来ていた。
「少しお話をしたいと思いまして。それに、その衣装では流石に一人では時間がかかってしまいます」
言われてみれば確かにその通りである。断るのも失礼だったので、輝夜様にお手伝いをお願いする。
「杏奈さん。今年の《燕水會》の西側の代表について、何かお聞きですか?」
帯を結んでいただいていると、突然輝夜様が声をかけてきた。
「いえ。決まっているとは聞いていますが、どなたか、とまではまだ」
「私です」
端的に過ぎるお言葉。だけど、私の心の中では驚きよりも嬉しさが込み上げてきていた。
……輝夜様とご一緒。
「あら? 驚いていただけると思っていたのですが」
イタズラ失敗とでも言うかのようなお声に思わずクスリとしてしまう。
「あら、笑うだなんて、杏奈さんのいけず」
輝夜様のそのようなお言葉は、少し妖艶で、反則だ。
「失礼いたしました。ですが、驚きよりも嬉しさの方が大きいのです」
「そのように言っていただけるのは嬉しいですが、その理由をお聞きしても?」
輝夜様の帯を結ぶ手が止まる。思えば、輝夜様とこのように二人でお話をするのは初めてのような気がする。
だけど、理由というは大したことではないのだが。
「輝夜様の舞が大好きだからです」
「え?」
輝夜様には珍しい、少し気の抜けた声。だが、私にとっては大切なことだ。
「輝夜様の舞は、お名前の如く天上の姫君の舞だと感じました。私は愛や献身を込めて舞いますが、輝夜様の舞、美を極めんとした舞は、私では決して真似できません」
私の舞は、主に捧げる舞。
舞姫様の舞は、天に捧げる舞。
深螺さんの舞は、大地に捧げる舞。
私達の舞は、“何か”に捧げる為の舞、というものが根底にある。
だけど、輝夜様の舞は、ただひたすらに美しい。私達のように、思いから美が溢れるのではなく、輝夜様そのものが美しい。
その舞を振る舞う姿は、まさしく世の男性の尽くを魅了したかぐや姫のようである。
そんな輝夜様の舞が、私は大好きなのだ。
「私は、私の想いを伝えたいから舞わせていただいています。そこに美が生まれるのならば、それほど光栄なことはありません」
私にとって、舞うとは想いを伝えるためのもの。想いを伝えるためならば、どんな努力でもするつもりだ。
「僭越ながら、輝夜様が私の舞について、どのようにお思いなのか、ということには心当たりがございます」
輝夜様が舞姫様や私の舞に対して、ある種の劣等感を持っていらっしゃるということは、とあるお方から聞いたことがある。
確かに、私達の舞は皆様に誉めていただくことが多い。想いを乗せた舞が、称賛していただいていることも知っている。
そして、輝夜様がそのような舞に心焦がれていらっしゃることも。
「……杏奈さんったら、何方から聞いたのかしら?」
困ったような笑みを浮かべる輝夜様。少し悲しそうなお顔も珍しいが、そのようなお顔は見たくない。
「そうではないのです」
「え?」
「輝夜様の舞にお気持ちが籠っていないなど、虚言もいいところなのです」
輝夜様にとっての《棘》。それは、かつて心無い輩に囁かれた、『御門の姫には心がない』という言葉。
馬鹿馬鹿しい。その輩は、何を見たのか。
「輝夜様の舞には、美しくあらんとする、輝夜様の生き生きとした感情がございます。その感情は温かく、気高く、美しい。私達の《愛》とは異なりますが……輝夜様がただひたすらに追い続けている《美》、それそのものが、表現された感情なのだと感じます」
「《美》こそが感情ですか。そのようなことは初めて言われました」
「愚かしくも口にしたのは私が初めてでしょうが、賛同してくださったお方はいらっしゃいますよ。ただ、口には出さぬだけで」
美しく、儚く、どこまでも口下手な、とある家元。ただ、その御身の内には深い愛情があった、ということ。
慣れないこととはいえど、少々長くなってしまったし、何よりも背中が痒くなってきた。
「ーーありがとうございます輝夜様。そろそろ華琳様も御支度を終えられたでしょう」
「……そうですね。では、お化粧が終わったら参りましょうか」
簡単な化粧を施し、舞台の方に向かおうとすると、輝夜様に呼び止められた。
「いかがなさいました?」
「今週末、もしお時間がありましたら、是非とも私の家にいらしてください。今週末でしたら、母もおりますから」
……しっかりとバレているようだ。
「……お誘い、慎んでお受けいたします。奥様に伺ってからとなりますので、明日の内にはお返事をさせていただきます」
「ふふふ。楽しみにしていますね」
そう微笑む輝夜様は、舞姫様と同じくらい魅力的で、少しだけ顔が熱くなってしまった。
輝夜の母親は登場予定。因みに、私の趣味が爆発しそうな予感がします。