今回は同級生との触れあい。
メイドの朝は早い。
普段は舞姫様のお付きのメイドである私も、朝や夜には他の仕事をしている。
そして、朝の仕事とは舞姫様達のお弁当作りである。
「おはようございます、神楽さん」
朝に厨房にいくと、必ず神楽さんがいる。私はいつも二番目なのだが、その時神楽さんのお茶をお裾分けしてくれるのである。
「はい、おはよう。ほら、ほうじ茶だ。今朝は少し冷えるから温まるよ」
「ありがとうございます。……ほぅ」
一口飲み、体がポカポカする。これで杏奈さんパワーは倍になる。
「じゃあ今日も私が朝食を作るから、皆様のお弁当は頼んだよ」
「はい」
頷くと早速調理に取り掛かる。朝食のメニューはお茶を飲みながら聞いているので、それを元にお弁当のメニューを考える。
今日の朝食は軽めのメニューだ。因みに神楽さんのオムレツは世界一。
その為、卵の余韻は長くは残っているので、そこの所を考えておく必要がある。
ん……。
「せっかくですし、春野菜尽くし弁当にしましょう」
「お、それはいいね。昨日、お向かいのシズおば様に山菜を頂いたから、それを使え」
それは嬉しい。お向かいのシズおば様は山菜取りの名人である。山菜の取り扱いについては、私達凰家メイドの御師匠様である。
神楽さんのフライパンから漂ういい香りに頬を染めつつ、下処理を終える。
「下処理は終わったな。じゃあ試食がてら食べてくれ」
メイドの特権その一、神楽さんの絶品料理を食べられます。
今日のオムレツはチーズオムレツ。では、ぱくり。
「どうかな?」
「とても美味しいです。ふわふわとろりとしていて、幸せな気分です」
これで今日も一日頑張れます。
「それなら良かった。杏奈も食べ終わったら作っちゃいなよ」
味わいつつも少し急いで食べてしまう。では、愛しのご主人様のために、心を込めて作りましょう。
天麩羅、美味しいよ。
「では、行って参ります」
ここまで送ってくれた堤さんに頭を下げて、舞姫様と学校に向かう。
「今日もいい陽気ね。桜はそろそろ終わっちゃうけど、それだけに綺麗ね」
桜は散り際が美しいという。ならば、舞姫様の言う通り、今が一番綺麗なときなのだろう。
「はい。お屋敷の桜もそろそろ終わりだと思います」
「それなら、今度のお休みに夜桜を愛でましょうか。確か、お父様もお休みだったはずですから」
「それでは神楽さんに連絡しておきましょう。確か、いいお酒が手に入ったと言っていましたから。早めに言っておかないと呑まれてしまいます」
神楽さんは無類のお酒好きである。加えて大酒呑みのザルなのだからお見逸れする。
「ふふふ、それならお母様に伝えておきますね」
「はい、それが確実かと」
流石の神楽さんでも奥様に言われては逆らえない。
そんなことを話しながら歩いていると、ふと舞姫様が口を開いた。
「そうだわ。伝えていなかったのだけど、今日のお昼は部活の方に行かなければならないの」
舞姫様は日本舞踊部の副部長である。なので、たまにだがお昼をご一緒出来ないときがあるのだ。
「それでしたら、お弁当はお渡ししておきます。今日は春野菜尽くしのお弁当ですよ」
「それは楽しみ。ふふふ、また後輩の子達に嫉妬されてしまうわね」
「?」
嫉妬? ……あ、舞姫のお側にいることについてでしょうか?
そんなことを思いつつ首を傾げていたら、舞姫様に笑われてしまった。
むぅ、謎である。
午前中の授業も終わり、お昼である。いつもならば舞姫様の
教室に向かうのだが、今日は行かない。
さて、一人で食べるのも寂しいので、どなたかとご一緒してもらいましょう。
というわけで、ソフィアさんの席に向かう。ソフィアさんもお弁当派なのだ。そして、和食好きな方である。
「ソフィアさん、ご一緒してもよろしいですか?」
ざわ。
何事?
「あ、杏奈様? 今日は舞姫様とご一緒ではないのですか?」
「はい。舞姫様は部活の方に用事がありまして。あ、もしかして先約がおありでしたか?」
ソフィアさんはとても人気のあるお方だ。なので先約があってもおかしくない。
「そ、そんなことありませんわ! 是非ご一緒させて下さいませ!」
何故か大声で返事をされてしまった。そんなことをすれば注目される。
「で、では中庭で食べましょうか。あ、せっかくですから、柊さん方もいかがですか?」
いつの間にか隣に来ていた柊さんにも声をかける。
「は、はいっ、是非!」
「あぁ……お弁当を持ってこなかったことがこんなにも悔しいだなんて」
何だか大袈裟な気もするが、まぁ、こんなにも桜が綺麗なのだ。そう思うのも無理はないのかもしれない。
そんなこんなでご一緒できるのはソフィアさんと柊さんの二人だけ。どちらもお姫様のような方だ。そのような方々とお昼ご飯というのも、何とも贅沢である。
修凰学園自慢の垂れ桜の下でお昼をとる。そこに二人のお嬢様となれば最高の贅沢だ。
内心ホクホクとしながらお弁当箱を開けると、ソフィアさんがきゃっと声をあげた。
「素敵なお弁当ですわね。これも杏奈様が?」
「はい。美味しいお野菜が沢山ありましたので。よろしければ、お二人もどうぞ。空豆と明日菜の天麩羅は、我ながら自信作なんです」
春野菜は旬のお野菜のなかでも格別だ。それに彩りも綺麗なので、ついつい作り過ぎてしまったのです。
お二人とも初めは遠慮されていたが、天麩羅を口にすると、ほにゃりとしてくれた。そのような表情を見ると、とても嬉しくなる。
私も一口。うん、おいし。
その後もお互いのお弁当を交換しつつ昼食を楽しみ、食後のほうじ茶で一息。この中で一番様になっているのがソフィアさんというのが少し可笑しく感じた。
「杏奈さん? どうしたのですか?」
「いえ、ソフィアさんとほうじ茶の組み合わせがとてもよくお似合いで。不思議なものだなと思ったんです」
「あら、杏奈さんったら。でも確かに、ソフィアさんは雪のような方ですのに、和が良くお似合いですね」
柊さんも同感のようで、そのように言われてソフィアの頬が少し紅くなる。
「わ、笑うなんて酷いですわ。それも、杏奈様の持ってきたお茶が美味しいのがいけないのです」
これはいけない。お嬢様のご機嫌を損ねてしまってはメイドの名折れ。
と、今日の放課後の予定を思い出す。
「そう言えば、お二人は放課後、予定はおありですか?」
「いえ、私はありませんが」
「私もです」
「それでしたら、一緒にお出掛けしませんか? 実は今日の放課後はお休みを頂いてまして、何をしようか悩んでいたのです。お二人がよろしければ、お昼をご一緒して頂いたお礼に、スイーツをご馳走いたしますよ?」
今日の放課後は、お休みなのである。せっかくのお休み、普段はなかなかご一緒出来ない同級生と過ごしたい。
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんです。柊さんはどうですか?」
「はい。喜んで、です」
にこりと微笑んで頷いてくれた。ソフィアさんも慌てるように了解してくれたので、放課後はお嬢様様達とのデートである。
因みに、楽しみにしていて無意識のうちにニコニコしていたようで、教室に戻ったらぎょっとされた。
解せぬ
メイドさんの一日が終わったら、別視点で書いてみようかな、と。