お久しぶりです。
今回は山なし谷なしです。
「さ、終わりましたわ。早速御披露目と参りましょう」
さっきより少しだけ明るくなられた輝夜様に背中を押され、体育館に戻る。輝夜様とお話していたからか、華琳様は既に着替えを終えていた。
白を基調とし、所々に青い紋様で染められた着物を纏う華琳様。いつもの凛とした雰囲気は損なわねども、どこか儚げな雰囲気も漂っている。他の方が纏っても中途半端になりかねない正反対の雰囲気を、華琳様は見事に着こなしていた。
「とても御綺麗です。少し難しい物を選んでしまったとも思っていたのですが、そのような心配は無用でしたね」
心から感動したため、ありのままの思いを述べさせていただいたのだが、何故か皆さんの反応が薄い。私がいない間に、何かあったのだろうか?
「あ、あー……そうだね。杏奈ちゃんにそう言ってもらえて、本当に嬉しいよ。それは、心からの思いだ」
どうやら怒っているというわけではなさそうだけど……はて。
首を傾げていると、そんな私を見かねたのか、舞姫様が苦笑しつつ近付いてきた。
「皆、杏奈に見惚れてしまったのよ。輝夜様、本気の本気で杏奈の支度をいたしましたね?」
「それは勿論。せっかくの杏奈さんの清姫様なのですから、最高のお姿でなければ勿体無いでしょう? 私としましても、嫉妬に身を焦がす杏奈さんを見てみたいですし」
「嫉妬、ですか……」
嫉妬……今風で言えばヤンデレとでも言うのだろう。ふむ、面白そうですね。
今他にお着物を着ていらっしゃるのは華琳様だけですし、華琳様にお相手をしていただこう。
「それは私も見てみた……い、って、杏奈ちゃん?」
急に身に纏う空気を変えたからか、華琳様が訝しげな顔で私のことをま見てきた。私はそれに答えず、そのままゆっくりと華琳様の胸元に潜り込む。
「杏奈ちゃ……」
「あぁ、安珍様。私をそのような名で呼ばないで下さいませ。もう一度、清姫と呼んで下さいませ。貴方様のお声を響かせていただければ、この清姫、これ以上の幸福はございません」
「杏奈ちゃん?」
「あぁっ、またしてもその名……私の名を呼んでは下さらない。よもやその女の事を好いているのてすか?」
そこまで言ってから、瞳に愛憎の炎を灯らせる。
「そんなことを言うような安珍様は悪いお方。ならば、私は」
そうして、華琳様の頬を手を添え、顔をぐいっと近付ける。
「ひゃっ」
「私の焔に共に巻かれましょう。大丈夫ですわ、私と安珍様となら、来世においてでも夫婦となれましょう。さぁ、私の熱に貴方様の全てを委ねてくださいませ……」
顔をこれでもかと近付けて、蕩けるような声色で華琳様に囁きかける。清姫の全てを焼き付くさんとする愛憎の炎。その熱は全てを蕩けさせる。
「……って、ストップよ杏奈!」
と、そこで舞姫様が私と華琳様を引き離した。
あら?
「ま、まったく……やり過ぎよ。華琳が目を回しそうになってるじゃない」
改めて見れば、華琳様が唯依様に支えられていた。
「私なりにヤンデレ、というものを演じてみたのですが……」
「だから、やり過ぎ。刺激が強すぎるのよ。皆、こういう色恋沙汰には疎いのだから……ほら、これじゃ練習もままならないわ」
舞姫様に促され周りを見渡してみれば、皆様顔を真っ赤にし、はわはわとされていた。大丈夫そうなのが、舞姫様と唯依様、それに輝夜様くらいである。
「流石は杏奈さんですね。思わず胸が高鳴ってしまいましたわ」
輝夜様には好評のようだ。
「その、少々悪ふざけが過ぎてしまいました。皆様、その、大丈夫ですか?」
確かに、お嬢様が多い学園の方々には清姫クラスの愛情は刺激が強すぎたかもしれない。
なので、見学されていた皆様に頭を下げると、お嬢様方はブンブンと首を振った。
「い、いいえ! とても美しかったです!」
「ドキドキしてしまいましたが、とても素晴らしかったですわ!」
「あぁっ、耐性がなく直視出来なかった自分が憎い……っ!」
……まぁ、大丈夫なのかな?
そうこうしている内に、復活した華琳様がこちらに来た。
「全く……私としたことが骨抜きにされてしまったよ。いやはや、杏奈ちゃんには敵わないね」
「あ、華琳様。その、失礼いたしました」
「いや、謝らないでくれ。経緯はともあれ、杏奈ちゃんの狂おしいまでの愛を感じられたんだ。お礼を言わせてもらいたいくらいだよ」
「それに、演技のお手本を見せてもらえたものね。ふふふ、安珍役の娘が耐えられるかしら」
楽しそうに微笑む唯依様の言葉に、安珍役のお嬢様がハッとしていた。
「あー……まぁ、それは頑張るさ。さて、練習といきたいが、皆、疲れてしまったし、少し休憩を入れなければならないね。杏奈ちゃんの舞も見たいが、時間が押してしまうね。着替えてもらったのに悪いのだが……」
「はい。また今度、ということですね。杏奈さん。そのまま、部室の方に来ていただけますか?」
「はい。それでは演劇部の皆様、また」
頭を下げて体育館を後にする。舞姫様と輝夜様の他に、唯依様とソフィアさんも着いてきてくれた。
「あんなに感情を露になさる杏奈さんなんて、初めて見ましたわ」
「えぇ、私もドキドキしちゃった」
あまりドキドキしたとか言われると段々恥ずかしくなってきた。
「あら、私だってあんなに情熱的な杏奈は見たことがないわ。それを私の親友に向けちゃうだなんて、全くいけずなんだから」
「あらあら、ご主人様に嫉妬させてしまうだなんて、まるで安珍殿のようですね」
舞姫様と輝夜様にまで弄られては、全く言い返せないです。
……これが四面楚歌というものか。
結論。
何事もやりすぎはよくありません。