正統派お嬢様とメイドは鉄板です。
因みに同じ枠なのは柊さん(姉)。なので、彼女はよく出てきます。多分柊さんは柊さんのままでしょうが。
追記:皆様のお陰で週間オリジナルランキングで1位となりました。ありがとうございます。
色々やらかし、四面楚歌に晒されながら部室にお邪魔する。他の部員の方々は既にいらしており、私が部室に入ると、瞬く間に彼女達に囲まれた。
「とても素敵ですわ!」
「もっとお側に近寄らせていただけますか?」
いつものたおやかなお嬢様方は何処へやら。流石の私でも、お嬢様方にぎゅうぎゅうされては身動きが取れない。
そんな私を助けてくれたのは輝夜様だった。ちなみに、舞姫様は楽しそうに私の様子を眺めていた。ヒドイ。
「皆様、お気持ちは重々理解できますけれど、少しはしたないですよ。それに、いくら杏奈さんと言っても、それでは潰れてしまいますわ」
輝夜様に言われてハッとしたお嬢様方は、私から距離を取ってくださった。
「ふふふ、杏奈ったら大人気ね」
「舞姫様……ひどいです(プクー)」
少しいじめっこモードな舞姫様に、思わず頬を膨らませてしまう。だが、舞姫様は私の頬をツンツンとつつくだけで相も変わらず楽しそうであった。
「あぁっ……ここが理想郷なのでしょうか」
「私、禁断の果実を口にした気分ですわ……」
「愛らしい《騎士様》と悪戯っ子な《舞姫様》だなんて、あぁ……私、何て果報者なのでしょう。これに勝る幸福などあるのでしょうか」
何だか皆様絶好調である。
「さ、杏奈を愛でるのはこのくらいにしましょうか」
一番可愛がってくれた舞姫様に言われるのは納得がいかないが、まぁ、蒸し返しても無駄だろう。
「では、私も着替えて参りますわ。せっかくですし、一度合わせてみましょう。舞姫さん、支度を手伝っていただけますか?」
「……はい、分かりました」
そう言って、舞姫様と輝夜様は奥へと行ってしまった。本当は、私がお手伝いしたかったが、この服装では不適当だろう。
輝夜様が支度を終えるまでは待機なので、隅っこの方に座っていようとしたら、舞姫様の御親友である百合様に、部屋の真ん中に座らされた。そしてそのまま、お嬢様方に囲まれた。
「全く、杏奈さんは今日の主役なんだから、隅っこなんかに行っちゃ駄目よ」
「そうですわ、杏奈さん。皆さん、杏奈さんとお話したいのですよ」
「はぁ……しかし、何をお話すればよいのでしょうか」
いきなりお話をしろと言われても困ってしまう。
「で、でしたら、杏奈様が普段何をなされているのかをお聞きしたいです!」
とあるお嬢様の一言に、皆様こくこくと頷く。私の日常といっても、そんなに面白いことなどないのですが。
「あら、杏奈ちゃんの日常だなんて、私も興味あるわ。是非とも聞かせて?」
唯依様にまで言われては仕方がない。
「そうですね……普段は舞姫様のメイドとしてのお仕事が主となります。舞姫様専属として勤めていますので、屋敷の管理等はあまり割り振られてはおりませんが、お食事の用意などはやっていますね」
「舞姫のお弁当は杏奈ちゃんが作っているのよね」
「以前お裾分けしていただいた天麩羅、とても美味しかったですわね」
あの作り過ぎてしまったときですね。
「天麩羅は私の大好物でして、つい、作りすぎてしまうのです。そうですね、他には凰家の先輩方に稽古をつけていただくことも多いですね。メイドたる者、主を守護出来なければいけませんから」
「それが、杏奈様が《騎士様》たる所以ですのね」
「私も一度杏奈ちゃんに守られたことがあるけれど、あの時はクラリとしてしまったわ。本来ならば怖いはずなのに、本当に安心できたもの」
「まぁ、羨ましがってはいけないのでしょうけど、大槻様が羨ましいですわ」
私としてはそのような事態に陥らないことが一番なのだけど、まぁ、ここで指摘するのは無粋というものだろう。
「あとはそうですね……あぁ、舞姫様と藤姫様、妹様とよく一緒にお風呂に入らせていただいています。メイドとしてはよくないのかもしれませんが、私としてはとても楽しいですね」
「それは、舞姫様と妹様が羨ましいですわね」
「あら、それだったら、修学旅行の時に実現するわよ。修凰は毎年有名な温泉旅館に行くから、来年が楽しみなんじゃない?」
意外にも、修凰の修学旅行は国内なのである。紅葉が燃え盛る秋の盛りに、温泉や紅葉狩りをして楽しむのだ。
「それでしたら、秋に相応しいお菓子を持っていかなければ」
紅葉の下で食べるお菓子というのは、春の桜にも劣らぬほど美味である。メイドとしては外せない。
「でしたら来年は杏奈さんと同じ部屋になれるようお祈りしなければいけませんね。ふふふ、一波乱起きそうですわね」
ソフィアさんはそういうが、皆様お淑やかなレディーですし、そんなことにはならないでしょう。
「「「……………………」」」
……ならない、といいですね。
「あら、楽しそうね杏奈」
「舞姫様。御支度は終わったのですか?」
「えぇ。とてもお美しいわ。さ、輝夜様」
舞姫様に促され部屋に戻ってきた輝夜様の美しさは、そのお名前の如く、奈良の時代より語り継がれてきたかぐや姫が月より舞い降りてきたかと錯覚してしまったほどだ。
漆黒の中に仄かに光る群青は、夜明け前の夜空に浮かぶ瑠璃のようで、そこに煌めく星々は輝夜様のお髪をさらに艶やかに化粧を施しているかのように見えた。
絢爛ながらも上品で、この世とは思えぬほどの美がそこにはあった。
「杏奈さん、いかがですか?」
輝夜様にお声をかけられ、ハッと意識を取り戻す。そして、改めて拝見させていただき、無意識の内に感嘆の吐息が漏れてしまう。
「本当に、本当にお美しいです。あぁ、いけません」
「杏奈さん?」
「どうして、詩の勉強をしてこなかったのかと後悔しているのです。そうしていたのならば、もしかしたら輝夜様の《美》を、それに相応しい言葉で表現出来たかもしれないのに」
今ほど、語彙力のなさに怒りを覚えたことはない。私程度では、目の前の《美》を、美しいと以外に言い表せる言葉を持つことが出来ない。《美しい》ということは理解しているのに、その感動を声に出せないことの、何と苦しいことか。
「杏奈ったら……それほどの称賛、私にも言ってくれたことがないのに」
「申し訳ございません。ですが、私にはこの気持ちを偽ることが出来ませんでした」
そう。輝夜様の美しさを愛している私にとって、この気持ちを誤魔化すことは、絶対に出来なかった。それが、舞姫様に示したお気持ちに迫るものだったとしても。
「そこまでお褒めいただけるとは思いませんでしたが……杏奈さん、私は杏奈さんと共に舞うことが出来るからこそ、このお着物を選んだのよ」
「私と、ですか?」
「御門に伝わる《瑠璃宵(るりよい)》。少し我が儘を言ってしまいましたが、こうして杏奈さんを驚かせることが出来ましたね」
《宵》
御門家に代々伝わる家宝として扱われる着物につけられる《名》である。
現在御門の御家に伝わる《宵》のお着物は多々あれど、こうして実際に使われる物は三着のみ。
平成の傑作である群青の《瑠璃宵》。
輝夜様のお祖母様が《燕水會》にて纏われた深紅の《宵境(よいのさかい)》。
そして、最後の一着が。
「だからこそ、杏奈さんにはこの一着を着ていただきたいのです。まさか、清姫様の衣装の舞を見られなくなるとは思っていませんでしたけど」
そう言って部員の方が持ってきたのは漆黒の《宵》。
これぞ、近代日本の最高傑作。我が国の至宝とまで讃えられた《待宵》。
かつて、輝夜様の前で私が舞った演目と同じ名のお着物がそこにはあった。
「以前、私は杏奈さんの《待宵》を拝見しましたが、それ以来、この《待宵》を纏った杏奈さんの舞を見たかったのです。そして、今回のような素晴らしい機会を得ることが出来ました。私が、そして杏奈さんが舞の担い手に決まったとき、すぐに家元に直談判したのですが、お母様はすぐに了承してくださいました」
……駄目だ。
「杏奈?」
黙り込んだ私を訝しく思ったのか、舞姫様が私に声をかけてくださる。だが、私はそれにお答えすることが出来ない。
あぁ、嬉し涙というものは、本当に心地好い。
「あ、杏奈さん!?」
「も、申し訳ありません。その、本当に嬉しくて……。ありがとうございます輝夜様。身に余る光栄ではございますが、慎んでこの《待宵》拝領いたしたします」
深々と畳に付くほどまでに頭を下げる。暫しの後、頭を上げると、とても暖かな笑みを浮かべた輝夜様がいらっしゃった。
「私の方こそ身に余る光栄ですわ。さ、涙をお拭きになって? このお着物で杏奈さんと共に舞えること、本当に楽しみにしていたのですから」
「──はい!」
その後の部室での出来事は語るだけ無粋というものだろう。
ただ、そのときの舞はとても楽しい一時であったとだけ、言っておきたいと思います。
これで《姫と騎士と姫》は終わりです。とはいっても、次回は《姫と騎士と姫》番外編で、いつもの如く別視点のお話。予定としては、その後の演劇部とソフィア視点。
演劇部編では、安珍役のお嬢様が活躍するかもしれません。
ソフィア編ですが、本編に一切記述はありませんが、実はあることをしていた設定です。
短編を並べる形となります。コメディ色強めになるかもしれません。
ご意見ご感想お待ちしております。