私には大切なお友達がいる。
凰藤姫ちゃん。幼稚園よりも前からずっと一緒で、他の人とあまり話せない私と、いつも一緒にいてくれた友達だ。
藤姫ちゃんは、色々なことをお話ししてくれる。今回のお父様へのプレゼントについても、藤姫ちゃんが相談にのってくれた。
相談をしたのは一週間前のことである。
お昼休みにお話しているときに、藤姫ちゃんのお姉様、舞姫様のメイドさんである杏奈さんにケーキを作ってくれたことを聞いた。その時、私もお父様にケーキを作ってあげたいと思ったのだ。
それを藤姫ちゃんに話したら、杏奈さんを紹介してくれた。
修凰学園の高等部の《騎士様》。皆の憧れである杏奈さんは、メイド服を着ていた。それでも、とても凛々しかった。
そんな杏奈さんに会うのが恥ずかしくてモジモジしてしまった私に、杏奈さんは屈んで頭を優しく撫でてくれた。
『はじめまして楓お嬢様。今日はよろしくお願いいたします』
にっこりと微笑んだ杏奈さんはとても綺麗で、まるで天使様みたいだった。
「楓ちゃん? どうしたんですか?」
ボーっとしていたら、藤姫ちゃんに声をかけられた。
「杏奈さんと会ったときのことを思い出してたの」
「杏奈さんと? そういえば、楓ちゃんは杏奈さんと会ったのって、この間が初めてでしたね。ふふ、真っ赤な楓ちゃんも可愛かったです」
はぅ……恥ずかしい。
「柊さんから聞いてたけど、それよりもずっと素敵な人だったから」
私のお友達の柊さんにはお姉さんがいて、そのお姉さんが杏奈さんと同じクラス。その為、杏奈さんのことをお話してくれる。この間はお姫様抱っこをしてもらったらしく、とても羨ましそうな顔をしていた。
その事を藤姫ちゃんに話すと、藤姫ちゃんはあーと苦笑いをしていた。
「杏奈さんは、普段はとても鋭いですけど、自分のこととなると、突然鈍感になりますから。ご自分に向けられている好意だけが通り抜けている、というか……やられる方はいつも嬉し恥かしなのに、杏奈は首を傾げたりしてるんですから」
「ふふふ」
ぷくーと頬を膨らます藤姫ちゃんに、思わず笑ってしまう。
「あ」
「楓ちゃん?」
「えっと……何だか急に絵を描きたくなっちゃいました」
杏奈さんのお話をしていたからか、突然杏奈さんを描きたくなった。前に描かせてもらったときはモデルとしてお願いしたけど、今は自然な杏奈さんを描きたい。
「じゃあ、キッチンに行きましょう! 杏奈さんの料理をしている姿はとても素敵ですから!」
藤姫ちゃんにも勧められたので、急いでスケッチブックと鉛筆を用意してキッチンに向かう。まだ、夕飯には早いため、キッチンには杏奈さんと美夜さんしかいなかった。
「あら、楓様と藤姫様?」
「その、杏奈さんの姿をスケッチしたくて……」
そういうと、二人は顔を見合わせていた。
「ふふ、光栄です。楓お嬢様、よろしくお願いしますね」
杏奈さんは笑顔で了承してくれた。それならば、最高の一枚を描かなければ。
杏奈さんの素晴らしい所は、風のような生き方、だと思う。私や藤姫ちゃん達を優しく包み込んでくれて、導いてくれる。
さりげなくそうしてくれる杏奈さんは、ただそこに立っているだけでも美しい。だけど、こうして働いている時の杏奈さんからは、それよりも大きな力を感じる。
それを感じ取った瞬間、私には杏奈さんしか見えなくなる。こんなに素敵な人を余すところなく描くことなんて出来ない。だから、私が思う、最高の杏奈さんを描くのだ。
どれだけの時間がたったのだろう。数分にも感じたし、何時間とも感じた。
ペンを置くと、スケッチブックには真剣な、それでいて優しげな表情をした杏奈さんが料理を作っていた。
「わっ、凄いです!」
ペンを置いたからか、藤姫ちゃんが絵を見てくれた。
「杏奈さん! 凄いですよ!」
「そ、そんな……言い過ぎだよ?」
「失礼しますね。あら……」
藤姫ちゃんに呼ばれて、杏奈さんが私の絵を見てくれた。すると、驚いたような表情。何か怒らせてしまったのだろうか。
「その……」
恐る恐る声をかけてみると、杏奈さんは私の手を優しく包み込んでくれた。
「あまりにも素晴らしかったので驚いてしまいました。このような素晴らしい絵のモデルに選んでくださり、ありがとうございます」
そう言ってくれる杏奈さんは、女神様のように美しくて、優しかった。
……………………っ!!
「し、失礼します!」
こんなはしたないことをしたら、お母様に怒られてしまう。だけど、私はキャンバスに向かいたくて堪らなかった。
やっぱり、私にとっての最高のモチーフは杏奈さん。お伽の世界の住人みたいな神秘的で、お母様のように優しい女性。
そんな杏奈さんを全力で書きたい。スケッチブックみたいに小さな紙でなく、大きな広い世界に。
だから、一秒でも早くアトリエに行かなくちゃ。
…………アトリエに着く前にお母様に怒られてしまいました。
この話はこれで終わりです。
もう一話投稿します