私のご主人様   作:天神神楽

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二話目。


メイドの訓練 その一

今日は舞姫様のことは堤さんにお願いして、私は授業を終えると全速力でお屋敷に戻る。今日に限っては、お夕食の準備も藤姫様とのお茶会にも参加は出来ない。

今日は数ヵ月に一度の執事長とメイド長との訓練の日なのである。

お屋敷の奥にある、私達従者のための訓練所に行くと、そこにはすでにお二人が待っていた。

凰家執事長、柳白夜(やなぎはくや)。

凰家メイド長、吉祥刹那(きっしょうせつな)。

白夜様は見かけこそ素敵な老紳士だが、その身から繰り出される武術は岩すら砕く。

そして母さんは、見かけは奥様や神楽さんと同じくらいなのだが、紫さん直属の教え子。つまりは七不思議の一つ。

母さんといえども、今は師匠。お二人よりも遅くなってしまったことに対し頭を下げる。

「遅くなり大変失礼いたしました」

「いや、以前よりも随分早くなっています。褒めることはすれど、叱るなどはいたしませんよ」

白夜様はお優しい。だが、そのお身体から伝わってくる覇気は、私が次に何をするべきかを教えてくれる。

頭を上げて、構えを作る。それを見た母さんが満足げに頷いた。

「それでいい。親子の会話は戦いの後だ。今回は半年開いてしまったからな。娘が怠けていなかったか、確認させてもらうぞ」

そう言うと白夜様は私と同じ、いや、私以上に洗練された構えを。母さんはナイフのレプリカを構えた。

開始の合図は必要なく、音もなく私の後ろに回り込んだ母さんのナイフをかわし、その腕を取り投げ飛ばすことで開始した。

投げ飛ばしたといっても、叩きつけることは叶わず、着地されてしまった。だが、隙を見せてなどいられない。何せ、白夜様が私の呼吸の合間を縫って正拳突きを放ってくるのだから。

その拳を受け止めるのではなく、受け流す。その後のコンビネーションを全て受け流すと、最後の蹴りの勢いを利用して安全圏を無理やり作り出す。

開始直後の一通りの応酬を終えると、お二人は取り合えず頷いてくれた。

「ふむ、訓練は怠っていないようですね」

「前より三割は速くしていたが、余裕があったな。日々精進していたみたいだな」

私が鍛練を怠れるはずはない。今生に意味を下さったあの方を護り続けるには、今の力では足りないのだから。

「……いい眼だ。ならば、私達も本気で行くぞ」

「全力で来なさい。我等はそれを打ち破ろう」

お二人がそう言うからには、それは絶対だ。だが、だからこそ、私は立ち向かわなければならない。

「参ります」

宣言して、呼吸の間に白夜様に近付き一撃を入れる。

ガードされてしまったが、距離はとれた。すかさず、白夜様にクナイを無数に投げつける。

「むっ、速さが上がりましたな」

「だが、それでは私には届かんぞ!」

私のこれは母さん仕込み。私のクナイの数倍も速い。が、正確さだけなら負けない。母さんのクナイに寸分違わぬようにぶつけ、一気に近づく。

「むっ」

「お覚悟!」

言葉より早く、母さんの脇腹に回し蹴りを叩き込む。そして、そのまま白夜様に近づく……前に、私の体は後ろの壁にめり込んでいた。

「かはっ……!」

「刹那を吹き飛ばしたのはお見事でしたが、その後の動きに僅かな油断がありましたね。ですが、見事でしたよ。ですので、後のことは私達に任せて、ゆっくりお休みなさい」

非常に情けない話だが、正直もう、意識がもたな……きゅう。

 

 

Another side 白夜

 

杏奈が可愛らしい仕草で気を失った。先程までは学園での二つ名の如き歴戦の騎士のようだったが、目をクルクルと回している様子は、年相応の可愛らしい少女そのものだ。

「全く、蹴り飛ばされるとは思わなかったな」

刹那が脇腹を押さえながら、こちらに戻ってきた。彼女も紫殿の領域に近付いて来ているが、やはりまだまだのようだ。

「我々も日々精進、というわけですな」

「我々とはいっても、白夜殿は一撃も食らっていないではないですか」

おや、刹那までも欺きましたか。私の右足は、恐ろしい程にズキズキしているのですが……内緒にしておきましょう、面白そうですし。

「終わりましたか」

心の中でそんなことを考えていると、訓練所に紫殿が入ってきた。

紫殿は職を辞しているが、こうして我々が本気で手合わせをするときには、特別に屋敷に来てもらっている。

杏奈との本気の手合わせは、私や刹那であってもひどく消耗する。そのため、回復するまでの間、紫殿に周囲を警戒してもらっている。

……それも嘘ではないが、本当の目的は紫殿のおつまみ付きの晩酌なのだが。

「刹那、娘の成長ぶりはどうでしたか?」

「毎回感じますが、嬉しいものですよ。こうも、愚直に強くあろうといられる杏奈は、見ていてワクワクしてきます」

私も年甲斐もなくはしゃいでしまいましたからね。刹那のことは笑えません。

「ふふ、それは何よりです。さ、お話もそこそこにして、目を回している可愛い弟子を運んであげないとね」

確かに。杏奈もこれくらいで風邪をひくほど柔ではないでしょうが、このままというのは可哀想ですし。

刹那が何も言わずに杏奈のことを背負う。若い頃は剃刀のようだったこの子が、こんなにも優しい顔をするようになるなんて、いやはや、歳をとるのもいいものです。

杏奈を部屋まで連れていき、その後を刹那に任せて紫殿と歩いていると、向こうから舞姫様がやってきた。今日は部活があるはずだが、早退なさったのだろう。お優しい主人と巡りあえて杏奈は幸せなメイドですね。

「舞姫様、杏奈は自室におりますよ」

「あ、ありがとう白夜さん。紫さんも失礼します」

頭を下げると、舞姫様は急ぎ足で杏奈の部屋に向かっていった。

「ふふふ、杏奈ちゃんも幸せ者ですね」

どうやら、紫殿も私と同じことを考えていたようだ。

「それで、あなたから見て杏奈はどうでしたか?」

「上達振りは素晴らしいものでした。あの年齢で私達に迫る勢いなのですから、今後が楽しみです」

そう、本当に楽しみだ。すると、紫殿が何故かクスクスと笑いだした。

「どうしたのですか、いきなり?」

「ふふふ、すみません。先日お店に来たときの事を思い出してしまって。あの娘、アップルパイを食べる時の仕草は幼い頃と全く変わってないんですもの。だから、何だか可笑しくなってしまって」

「ははっ、それは確かに微笑ましいですな」

私達に迫らんとする実力を持つ娘が、変わらぬ幼さを持ち続けている。確かに笑みが押さえられなくなりました。

でも、そうあってくれることがとても喜ばしい。

何だか、話している内に紫殿のアップルパイが食べたくなりましたね。

「紫殿、お願いがあるのですが……」

「はいはい。杏奈ちゃんへのご褒美のために準備していますよ。その代わり、貴方には最高の紅茶を淹れて貰いますからね、白夜」

む、紫殿にそう言われては生半可なものは出せまい。それに、紫殿同様、頑張っている弟子にご褒美をあげたいのは私も一緒なのだから。

 

Another side out

 




次回は舞姫と杏奈のお話。
またの名を杏奈ご褒美回。

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