時雨は、山城という艦娘に一目惚れしていた。
それは、もしかしたら艦の時代から…山城という艦が『守りたい女性(ひと)』だったからかも知れない。
そして、山城を最期まで守り切れなかった事の後悔もあるのだろう。
時雨は、だからこそ…艦娘として転生した今だからこそ、山城という艦娘を見ると、心がずきずきして苦しくなる。
だから、時雨は山城から離れたくないと思う、一緒にいたいと願う。
そう、時雨の山城への思いは純粋だった。
…その表現方法が童貞臭いのが、アレなのだが。
とはいえ、時雨の思いは…あるいは、届く事すら無いのかも知れないだろう。
山城の中には、扶桑という絶対の存在が居る。
その扶桑に山城は会った事は無いが…いや、会った事が無いからこそ、扶桑への思いは絶対的になる。
…時雨の入る隙間は無いぐらいに、だ。
それは時雨も知っている事であり、時雨も山城のその思いは一番大事にしてやっている事だ。
だからこそ、時雨は山城への好意が示せるなら、それ以上を気にしないのだろう。
時雨はそういうところは、割り切りが良く踏み込まないタイプであった。
だが…時雨はある日、そう言ってた部分に向き合う事になる。
事はある日…時雨が山城にいつものように抱き付いたりくっついたりしていたのを電に目撃された事から始まる。
電に、毎度毎度飽きないのですね、と呆れられるが…時雨は至って真顔のまま返す。
…好きな人と一緒に居て、体温の感じる位置に居れて飽きる事はないよね、と。
電は、その想い自体は応援するのですが、と前置きしつつツッコミを入れた。
「…だからって、いつまでこう、遠回しな変態行為で満足するのですか…」
そう、山城への態度って本当にそれで良いのか、と。
時雨と仲の良い電や如月ぐらいしか、山城に時雨が懸想していた事は知らないとはいえ、そのうち時雨の好意を気付くヤツは気付くだろう。
少なくとも、『山城と一緒に居るときの時雨は何か変』とは、ちらほら噂になり始めている。
更に言えば、時雨のその想い…それ自体もからかう対象になるだろうが、時雨の場合ハプニングや事故を装いボディタッチなんかに行く悪癖があった為、態度以上に挙動が完全に変態のそれだった。
このまま行けば、時雨以上に山城に迷惑がかかる、そんなお話だった。
「…大丈夫だよ電!女同士なら大丈夫、きっと!」
「だから度が過ぎたら犯罪なのです!なんのために憲兵さんが居るのです!」
…時雨は開き直っていたが。
それはそうと、時雨がこのままだと、また暴走しそうだとは電は危惧していた。
時雨本人は無自覚ではあるが、時雨の山城への態度はだんだんエスカレートしている。
このまま行けば、確かに時雨が何をするのか予想がつかない。
だからこそ…電はなんとなしに考えていた。
時雨が山城に想いを伝えていける手段って無いのか、と。
…仮に、失恋という形になっても時雨なら割りきれるだろう。
だが、何も伝わることができないままの現状が…お互いの為になるのか、と電は考えていた。
もちろん、時雨本人もその事は…好きだと言うことは山城にちゃんと伝えなきゃいけない事だとは良くわかってはいたが…
しかし、時雨から踏み出すきっかけが無いことも事実であった。
一方…当の山城からしたら、確かに時雨の事は嫌いではないだろう。
むしろ、好いているにちがいない。
それは、端から見ている電も知っていることだった。
しかし…その感情は決して恋愛感情ではないだろうし、そもそも山城からしたら『変な後輩で西村艦隊時代の仲間にくっつかれてる』ぐらいの認識でしかない。
というか、そもそも山城のそういう情緒は案外幼い類いだった。
…だからこそ、余計に時雨が踏み込まない訳で有るが。
どうしたものかな、と電はぼんやり考えて…ふと、閃いた。
一気に踏み込まないのなら、そもそもゆっくり近づいたら早いという話に過ぎない。
自分と如月と同じだ…ならば、健全な過程を作れば良い、それだけの話だった。
つまり…
「…時雨ちゃん」
「なんだい、電…急にどうしたのさ?」
「セッティングはこちらが立ててあげるので、デートの一つでもする勇気は無いのです?」
…デート大作戦、という話だった。
時雨はそれを聞いて、電にそんな事出来るのかよ!?と思い切りツッコミを入れたという。
電はそんな時雨を見て、実に悪い顔でニヤついて、任せるのです、とのたまったという。
…そして、そんな事があった日の週の休日…
「ほら、時雨…ボサボサしない!」
「え、あ、うん…わかったよ、山城…」
時雨と山城は…学校を抜け出して、街に出掛けていた。
山城は、いつもの巫女服風の紅白の衣装ではなくて、黒を基調にした胸が大きく空いたフリル付きの袖が有る派手なワンピースにシルバーのネックレスと、シックながら大胆な私服に身を包んでいる。
足回りもヒールが高いハイヒールにタイツと、女性らしい装いになっている。
手提げかばんも小洒落ていて…完璧にデートの装いだった。
対する時雨はというと…ジーパンにTシャツと、完全にやる気の無い状態だった。
…勘弁してくれよ…
時雨は内心思っていた。
電が言うことだから、全く期待しておらず、せいぜい何かの買い物の荷物持ち扱いぐらいしか期待してなかったというのに、向こうは完全にガチのデートの装いで固めてる。
…僕もそれだったら、もっとちゃんとした服で来るんだった。
時雨は初動で後悔にまみれてしまったとかそうでなかったとか。
そんな時雨と山城のデートが、今始まろうとしていた…。