「なあ、曙…知ってるかい?」
深雪…電のクラスメートの一人が同じようにクラスメートの曙へと声をかける。
そして、深雪はこう続ける…幻のヤキソバパンの噂を、と。
「幻のヤキソバパン?ああ…漣と秋雲のアホが流してるアレよね、本当にアホがアホやってるのは嫌になるわ!」
曙は深雪のそんな台詞に呆れるが…深雪は無視してさらに続ける。
曰わく、こんな話だった。
「ウチの学食で取り扱ってるヤキソバパンは一味もふた味も違うらしいぜ!小麦からこだわった自家製パンに挟んだ、これまた特注品のパンに合うように工夫されたヤキソバの麺に契約農家の人から送ってくれたキャベツとニンジンに同じように専用契約されたアグー豚…これを纏める秘伝のソース!これが味の秘訣…150円のクオリティじゃないよ!」
「…何よそれ、ちょっと気になるじゃない…」
深雪の解説に、思わずよだれをだらだら垂らす曙。
だが…曙はがっくり肩を落とす、初等科の私達は買えないじゃない、と。
深雪も、そこを言われて頭を抱えた…理不尽だよな、と。
そう、初等科は購買から離れた場所にあった。
自分たちのクラスは校舎の三階、購買は離れた場所の一階…それも体育館のすぐ近く。
初等科の人間が手を出すには、少々ならず距離が離れすぎていた。
特に人気商品を買うには辛い場所だった。
故に、誰も手に入れられない駆逐艦達にとってそのヤキソバパンは…文字通り『幻』だった。
早く大人になりたいね、と2人は悲しい顔をする。
それを…時雨は、たまたま耳にしていた。
そして2人に声をかける、そんなに喰いたいのか、と。
「そりゃあ、深雪様はミーハーだからなぁ…一度は食べてみたいよ」
「…ま、まあ、興味なくはないと言うか…深雪が適当にめちゃくちゃいうから…」
「…ふーん、まあそれなら大体わかったよ、僕にお昼休みはまかせて!」
2人の言に、こんな反応をした時雨。
そんな時雨に、深雪と曙は顔を見合わせるしかなかった。
…そして、昼休み。
「今日の給食は何ですかね~時雨ちゃん」
「…」
「時雨ちゃん?どうしたのです?」
「ごめん電、ちょっと給食抜けるわ!」
初等科の昼休み、初等科はこの時間給食が配膳されるのだが…時雨は難しい顔をしていた。
電が何となく心配して声をかけるが、時雨はこんな感じだった。
そして、時雨は抜けると言って、窓へとダッシュする。
何を…と、全員が驚く中、時雨は…
窓から飛び出した。
「ちょ…ま…時雨ぇぇぇぇ!?」
クラス全員が時雨のアグレッシブさに絶叫するが、時雨は三階から飛び出したと言うのに、着地は涼しい顔だった。
何度も壁や少ない出っ張りを蹴り、着地の衝撃を和らげながら加速すると言う荒技で、艤装も展開せず、無傷で着地したのだ。
そして、時雨は購買へとダッシュする。
それから五分…いや、三分もたたずと言う頃合いに、時雨はクラスにかえって来た。
そして、深雪と曙へと、笑いながら言うのであった。
「ヤキソバパン、2つ確保してきたよ!食べたかったんだろ?僕のおごりさ、良かったらどうぞ」
クラス全員がむちゃくちゃやるんじゃねえ!と突っ込み、当の深雪と曙は無茶させてごめんなさいと謝るのであった。
そう、この時雨と言う女は…かつて『天才』と呼ばれ、雪風と並ぶ駆逐艦最強の座を争った大本営の切り札の一角の艦娘だった。
木曾と神通から戦術を学び、それを無限と言う吸収力で自分の力にする。
時雨はそういう少女であり、赤城含む1番隊は彼女に多大な期待を寄せていた。
もしかしたら、自分たちの隊の隊員になるのでは、と。
実際は、時雨とほぼ同じ才覚を持った雪風とどちらを隊員にするかと言う話になり…雪風が選ばれた。
しかし、それは時雨が雪風に劣っていると言う話ではなく、適材適所に配属しようと言う話だった。
雪風も時雨と同じように、木曾と神通から色々教えられた天才だった。
回避に特化した雪風だったが、砲雷撃戦も水準を遥かに越える天才だった…が、雪風は教えられた事を習得する際に我流にアレンジする悪癖があった。
つまり、雪風を援護部隊…3番隊や4番隊の補助の部隊に回すと、雪風が何するか予想できない。
時雨はそのあたりが忠実だった為、こっちを裏方部隊に回そうと言う話になり…時雨もそれに不満はなかった。
そんな訳で、3番隊の裏方部隊に所属しながらも1番隊の化け物部隊と全く遜色ない身体能力を持つ、それが時雨であったのだ。
「…って話は、神通さんから聞いた事あるけどねぇ…」
如月はげんなりした表情で深雪と曙に説明する。
あのバカ何考えてるの!と曙が給食を食べ終わり、更にヤキソバパンをかじりながらぷりぷり怒る為、
アイツは多分、無茶って認識自体ないよと言う事を解説したのだった。
「…ナニソレ、イミワカンナイ…」
「前から時雨のヤツはめっちゃ動けるの知ってたけど、本当に化け物だったとは…」
曙と深雪は、如月の言葉に頭を抱える。
自分のせいで無茶させた…と、思ったらアイツ素かよ、と。
そこに口を挟んだのは電だった。
「そういえば、時雨ちゃん…授業に遅れそうだからって階段を走るどころか、壁蹴りながら跳び回って流星のように駆け上がって行ったりするの、見たことあるのです」
「忍者かよ!?」
深雪が思わず突っ込みを入れるが…全員がほぼそんな認識だった。
そういえばいずこからか時雨が急降下して現れた、学校の壁をジャンプとクライミングで窓まで登り登校してきた、学校の近くの家の屋根瓦を足場にエグいショートカットで買い物してた…など、時雨がやらかしただろう目撃情報が、いつしかクラス中で広まっていく。
そんな彼らを見て、如月は一言呟いた。
「…パルクールって言うらしいわぁ、それ」
パルクール?と電と深雪が聞くと、如月はそれに答えた。
「パルクールって言うのは…そうねぇ、簡単に言うと、人家や道路のガードレールみたいな普通の建物や壁を障害物に見立ててそれを飛び越えるスポーツよぉ」
「…日本だと凄く迷惑よね、それ」
「そうね曙ちゃん、ちゃんとやるなら許可とってやらなきゃ駄目なやつよぉ…ところでプチプチ…」
如月のプチプチ中毒がまた再発しやがった、と全員が慌てる。
そんな様を…時雨は、実につまらなそうに眺めていた。
…そうか、僕は変なのか、雪風
誰にも聞こえない程度に、時雨は呟いた。
そう、時雨は退屈していたのだ。
仲間とのんびりだべる毎日は楽しい、戦いから離れた日常は嬉しい。
…だが、有り余った身体能力を時雨は持て余していたのも、事実だった。
正直な所で言えば、時雨にとってはあの飛び降りすら大したスリルにはならなかったのだ。
…あの頃は、辛かったけど充実してたよな。
時雨は内心思っている。
せめて張り合いが有れば、或いは時雨は安定するかも知れないが、ライバルだった雪風は一足先にTVレポーターと言う未来を掴んだのだ。
…もしかしたら、僕は本格的に誰かにいつか大怪我をさせるかもなぁ…
そんな事を考えて、時雨は自分が嫌になり…しかし、自己解決手段がわからず、時雨は窓の外を無表情で見上げる。
そんな時雨に…電たちは、予想外な解決手段を持ち込んだのだった…。