「フフ…良い…良いわぁ…白く輝く表面のポリエステル…指圧を弾く輝く空気圧……」
休み時間に入る度に如月は最近こんな感じだった。
ヴェールヌイからもらったプチプチを一心不乱に潰しながらハイライトの無い瞳でぶつぶつ言っている。、
電と睦月はどうしてこうなった、と頭を抱える。
時雨も如月がああなった直線的な原因がわりと自分にある以上、止めに入るべきかと考えているが…正直、あの如月には何か関わりたくない。
間合いに入ると持って行かれる…まるで某鋼のなんとかの真理の扉のような感想を時雨は抱いていた。
そんな感じで、クラスメート全員が如月に近づけない中で…ある艦娘が、その日いきなり如月の目の前に現れたのだった。
「貴様等…オーバーなんとかって人助け集団だったな!悪いが私に力を貸してくれ!」
「プチプ…って、わ、びっくりしたぁ!?…あらぁ、貴女確か…」
「そう、私は隣のクラスの磯風だ、よろしくな如月!」
陽炎型の駆逐艦、磯風であった。
「…で、話を簡単にまとめたらこうだね」
と、時雨は前置きしながら話を進める。
曰わく、磯風の相談とはこんな感じだった。
佐世保時代からの友人かつ姉妹艦である浜風と同室になった磯風は、いつも浜風にフォローされていた。
戦時中は磯風が浜風を引っ張り、戦術の教導をしたりトレーニングに付き合ったりと、むしろ磯風が浜風の面倒を見ていたのだが、日常に戻り戦から離れるにつれて立場が逆転した。
と言うのも、磯風が戦闘以外からっきしと言う事で、身の回りの世話を浜風に結果的に押し付ける形になってしまったのだ。
座学や実技はともかく…家庭科というか、磯風には衣食住に関わる知識が足りてないのだ。
それでは浜風に申し訳が立たず情けない、何か恩返しがしたい、と。
「…左様だな、そこで料理でもと思ったのだが…私は、『メシマズ』と言うらしい」
「…まあ、大体予想は付いてたのです」
電は呆れるが、磯風にとっては死活問題だろう。
恩人かつ姉妹でもある浜風に、何もしないのは生真面目な磯風の沽券に関わるから。
…何か買ってプレゼントしたら良いじゃん、とはおーばーどらい部の面々が内心で思った事だったがそれは口に出さなかった。
とりあえず磯風の気持ちを優先してあげよう、それは最終手段にとってやろう、と。
そして、放課後に一同は家庭科室を借りて…とりあえず、磯風の料理の腕を確認しに行った。
『メシマズ』と一口に言うが、どんなレベルの不味さなのかがまずわからないのだから。
とりあえず適当に磯風ができる料理を見ることにした。
…それから出てきた料理は…
「これは…見事なのです…」
「確かに見事なシンプルさねぇ…」
「そうだね、こんな綺麗な目玉焼きは久しぶりに見たよ」
特に何の変哲もない、普通の目玉焼きだった。
我ながら上手くできたぞ!と磯風は胸を張るが3人は頭を抱える。
…流石に卵割って焼いただけならひたすらに評価に困るわ、と。
それでもまあ、無難に食えそうだと、如月が安心して口を運んだ…その瞬間だった。
「おぶえぇ!?」
「如月ちゃん!?」
真っ青な顔でそれを吐き出して、如月は床に倒れビクビクしていた。
食中毒かそれとも何か盛られたか、と電と時雨も焦り、時雨が医務室へ如月を高速で曳航する中で電が磯風に問い詰める。
お前、どうやって目玉焼き作ったと。
「し、知らん…熱したフライパンに油を引いて卵を落としただけだ!」
「ふむ、確かに作り方は普通なのです…卵が悪かったとか?とりあえず材料を見せてもらうのです」
確かに作り方自体におかしな所は無い、もしや不幸な事故なのかと電は考える。
しかし、提示された材料を見て、その考えを改めたのだった…。
「ほら、フライパンと割れてるけど卵の殻、それに『ジョイ』とか言った綺麗な油…」
「それは洗剤なのです!!このアホぉ!!」
磯風はそれは見事なパチギを電から食らったと言う。
さて、それから。
「バ……バケツがなかったら即死だったわぁ…なんて物出すのよ……」
「いや、うん…まずは食材か食材じゃないかから教えないと駄目だったとは…」
如月がバケツで無理やり復活しつつも、磯風の話を聞いて2人はゲッソリしていた。
磯風がしきりに如月に謝るが、まあ過ぎた事は仕方ないし電が自分の分まで怒ってくれたから、と如月が宥める。
そんな光景を見て、電はため息を一つ付くとこう言った。
自分達でもう、1から手取り足取りレクチャーするのです、と。
料理できるのか、と磯風は思わず尋ねるが、3人は笑って返した。
「私よりあの泊地で料理巧いのは司令官さんと如月ちゃんぐらいだったのです!」
「チャーハンだけなら阿賀野さんのが上手だったけどねぇ」
「…僕も日向さんや木曾さんにそこそこ仕込まれたから、まあ簡単に教えるぐらいなら…」
…そう、3人ともそこそこ上手だったのだ。
そして、3人はカレーの作りに挑戦させる事に決めた。
まあ、よほどの事が無い限り、カレーはカレーになるのだから。
極論、カレールーを適量何かのスープに入れてカット野菜を後から適当にぶち込むだけでも、まあそれっぽくは成るだろう。
そんな雑な計算からの、チョイスではあった。
尚…
「痛い!予想外に目が痛い…!」
「あらぁ、玉ネギは切れ味の悪い包丁で切っちゃうと目が痛いわよねぇ…ちょっと待って、研ぎ直して…」
「こうなったら私の機銃でこな微塵に…」
「止めてぇ!玉ねぎがシンクごと微塵切りになる!?スライサー出してあげるからぁ!!」
玉ねぎのカットで一悶着あり…
「電、ピーラーとやらで人参で皮むきができたぞ」
「ああ、ありがと…って何なのです!?」
「人参を削ぐように擦れば良いんだよな、最終的にそうめんの束みたいになったぞ!」
「…磯風ちゃんやり直しなのです…これは、卵といっしょに油で炒めて人参しりしり辺りか鷹の爪と胡麻と焼いてきんぴらにでもして包むのです…」
「…?やり直しなのはわかったが…」
ピーラーの皮むきすらまともに出来ず、と言うか出来すぎてやりすぎたり…
「…牛肉、切ってみてよ」
「任せろ、剣道なら嗜んでいるのでな…」
「け、剣道!?ち、ちょっと…磯風!?」
「どぉぉぉぉぉう!!」
「横から包丁を振るなぁ!せめて上から振れ!」
包丁をまるで居合い切りのように振り回して時雨を戦慄させたりと、わりと作る以前のレベルからのレクチャーだった。
思わず3人が磯風に真面目にやれ!と突っ込むが、当の磯風はわりとクソ真面目にやっている。
…私だって、私なりに一生懸命やってるんだ…
などと涙目で言われてはそれ以上誰も怒ることができない。
結局、それから電が磯風を宥めながら料理は再開。
食材の仕込みをする度に周囲がケガしそうになったり、火力が欲しいからと艤装の魚雷を鍋にぶち込もうとする磯風を止めに走ったりと、何度も3人は死にかけるが…
なんとかかんとか煮込みが終了し、ルーを入れてとりあえず完成と言う形までたどり着いた。
「…死ぬかと思ったのです…」
と、電は倒れ込んでしまったが、とりあえず依頼は完遂した。
磯風は、いつかちゃんとお礼するよ、ありがとうなどと言いながら、鍋を持って寮の自室へ帰って行った。
「嵐のような人だったのです…」
「そうねぇ…」
「と言うか、アレだよね…僕たちさ、しばらく目玉焼きとカレーは見たくないよ」
3人はげんなりした顔で、それを見送った。
そして自室に帰参した途端、夕餉も取らずばたんきゅ~だったと言う。
そして、当の浜風はと言えば…
「これ、磯風が作ってくれたの?」
今まで行方を眩ましていたルームメイトがいきなりカレー鍋を持ちながら自慢げに帰って来たのを見て、呟く。
隣のクラスの連中にも力を貸してもらったがな、と照れながらも、磯風は胸を張って答えた。
お前の為に何かしてやりたかった、こんな形でしかできないが良かったら食べてくれ、と。
浜風は、それはそれは磯風の破滅的な料理の腕を嫌というほど知っていたので、恐怖に震えるが…
しかし、意を決して食堂までダッシュで走りスプーンを取りに行くとそのカレーを一口食べる。
その味はというと…
「まあ、うん…普通…」
「そこはお世辞でも『美味しい』って言え、浜風!」
まあ、出来てすぐで味が落ち着いてないカレーだからしょうがないのだが。
しかし、それはそうと、気持ちが嬉しいよと浜風は笑う。
磯風はそれを見て思わずガッツポーズするのであった。
「ちょ、ま、磯風!!鍋持ったままガッツポーズは…」
「あ、え、あわわわ!?手がぁ!!」
なお、一瞬こぼしそうになりヒヤリとしたらしいとかしないとか。
そして、その翌日。
「今日の給食楽しみだな~」
深雪が何気なく給食について呟く、この日登校するなり開口一番これである。
電がそれを聞き、今日は給食は何なのです?と質問する。
深雪曰わく…
「今日はカレーだってよ!しかも本格的なやつらしくて目玉焼きが乗ってるらしいぜ」
それを聞いた電と時雨と如月の3人は…いきなり走り出した。
窓に向かって。
「「「戦略的撤退だァァァァァァ!!」」」
そして、また何時もの3人がアイキャンフライにゃしい!?という悲鳴が教室に響き渡ったとか渡らなかった、とか。