PERSONA4【鏡合わせの世界】   作:OKAMEPON

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【2011/06/25】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 りせの『シャドウ』が放った二射目の攻撃は、悠希が青く輝くカードを破壊すると同時に現れた巨大な《何か》によって遮られた。

 

 美しい金色に輝くその巨大な《何か》は、龍のような姿をし、とぐろを巻く様にして悠希たち全員を護っている。

『シャドウ』の攻撃を一身に受け止めたと言うのにも関わらず、その美しい金色の鱗には傷一つ存在しない。

 無意識の内にも畏敬の念を懐きそうになるその龍は、己が護った者達へと目を向けた。

 龍が頭を巡らせると、柔らかな光が倒れ伏す陽介たちを包み込み、その傷を癒してゆく。

 

『何コレ……? 解析不能…………?

 どうなっているの?!』

 

『シャドウ』は金色の龍を前に、初めて焦りを見せた。

 

 その声に龍は鎌首をもたげ、ギラリと鋭い眼光を『シャドウ』へと向ける。

 龍から圧倒的な力を感じ、『シャドウ』はたじろいだ。

 そして龍が大きく顎を開き、『シャドウ』に襲いかかろうとしたその直後。

 龍の姿はまるで幻であったかの様に一瞬で霧散した。

 

 そして、ドサリ、と。

 陽介たちよりも一歩前に出て『シャドウ』と対峙していた悠希が。

 龍の姿が消えると同時に、受け身を取る事も無く床に力なく倒れた。

 

「鳴上!? おい、しっかりしろ!!」

 

 必死に身体を起こした陽介の声にも、悠希は動かない。

 握り締めていたツヴァイハンダーは取り落とされ、悠希から少し離れた場所まで滑っていく。

 

「センセイ、しっかりするクマー!!」

 

 クマは全力で声を張り上げて悠希を呼ぶ。

 悠希がこんな風に倒れる事なんて、幾度もの『シャドウ』たちとの激闘を潜り抜けてきた中でも、今だかつて無い事だった。

 しかしクマが幾ら声を張り上げても、悠希は指の一本も動かず、全く反応が無い。

 そして、金色の龍がその傷を癒したとは言え、動く事が出来ない程重傷だった陽介たちはまだ立ち上がる事は出来ない。

 そして、『シャドウ』はまだ健在である。

 悠希たちとの激闘の末に刻まれた傷は深く、その動きに精彩は無いが、それでも再びあの光を放とうと力を溜め始めた。

 

 その時、クマの心にどうする事も出来ない程の恐怖が芽生える。

 《今またあの『シャドウ』の攻撃が来たら、今度こそ皆が死んでしまう》、と。

 どんな状況でも何時だって何とかしてきた悠希は、生きているのか死んでしまったのかすらも確認出来ない。

 悠希と力を合わせて強力なシャドウたちを倒してきた陽介たちだって、今は動けない。

 

 今ここで動けるのは……。

 ━━クマ自身だけだ。

 

 しかし、クマに何が出来ると言うのだろう。

 アナライズを武器として悠希たちを倒した『シャドウ』とは比べ物にならない程、弱いアナライズの力。

 自慢の鼻だって、段々と鈍くなってきている。

 シャドウに対抗する術を持たず、悠希たちと出会うまでは只々逃げる事しか出来なかった。

 そんなクマに出来る事なんて何も無い。

 他でも無いクマ自身がそう結論付けそうになる。

『シャドウ』はクマに気を払わない。

 払う必要も無い存在だと見なされているからだ。

 

 

 だけれど、ここでクマが何もしなかったら、確実に皆は死んでしまう。

『死』…………。

 それを初めて意識したクマは、その恐怖に身を震わせた。

 

『死ぬ』とは、居なくなる事だ。

 もう二度と、会えない。

 

 この霧の世界で、クマはずっと独りだった。

 シャドウは居たけれども、シャドウは意思を通い合わせる事が出来る相手では無い。

 クマは真実孤独だったのだ。

 気が付いた時には既に独りで、それ以外の記憶を持たぬクマには、己が孤独であるという認識は無かった。

 それがクマにとっての()()()()であったからだ。

 だが、事件が起き、悠希と陽介が再びこの世界に訪れた時。

 その時から、クマは《他者》を知った。

 そして、己が孤独であったという認識が生まれた。

『犯人を捕まえて、この世界で平穏に暮らしたい』と願った筈が、『皆と居たい』という思いに変わっていった。

 被害者の救出時を含めて、数える程しか悠希たちはこの世界を訪れなかったが、それでも次に何時会えるのかと、クマは何時もあの入り口の広場で悠希たちが訪れるのをずっと待っていた。

 悠希たちと話をして一緒にこの世界を探索する僅かな時間だけで、それまで悠希たちが訪れるのを待っていた長い時間なんて、クマの中では何処かに吹き飛んでしまっていた。

 

 力が弱くなってきているクマを、それでも《仲間》なのだと、皆はそう言ってくれた。

 一緒に答えを探していこう、と悠希は優しく言ってくれた。

 そんな、クマの《仲間たち》が、皆居なくなる……?

 その後にクマに訪れるのは、絶対的な孤独だ。

 

「クマは、また独りぼっちになるの?

 ……いや、いやクマよ……」

 

 一度他人を……《仲間》を知ってしまったからこそ、もうクマは孤独には耐えられない。

 故にクマは『孤独』を恐怖した。

 

 

『今度こそさよなら……永遠にね!!』

 

 力を溜め終えた『シャドウ』の言葉に、反射的にクマは前に飛び出る。

 

「か、考えるより先に、か、身体が……。

 な、なに前に出てんだ、わしゃあ!?」

 

 クマ自身でも、何故そこで動いたのかは説明出来なかった。

 皆の前に出たからと言って、クマには『シャドウ』に対抗する力は無い。

 あの凶悪な攻撃を止める事は出来ないし、皆の盾としてすら不十分だ。

 光を放とうとしている『シャドウ』を前に、己に迫る絶対的な『死』を感じて、クマの身体はガタガタと震える。

 

 そんな時。

 ━━クマの耳に声が届いた。

 

「おい、バカクマ!

 何してんだよ、さっさと逃げろよ!!」

 

 クマが自分たちを庇う様に前に飛び出してきた事に焦った陽介は、必死に身体を起こして声を上げている。

 自分の身が危ないと言うのにも関わらずに、ただただクマの身を案じて、陽介は己の身体に鞭打ってでも叫んだ。

 その声には、必死さはあれど力は無い。

 大声を上げる程の気力が、陽介にはまだ戻っていないのだ。

 本当は声を上げるのも辛いだろう。

 だが、そんな事は知った事かとばかりに、陽介は全力で声を張り上げて、クマを……《仲間》を逃がそうとする。

 

 陽介の声に弾かれた様に、クマは己の背後を振り返った。

 そこには、倒れたまま動かない悠希が、必死に身体を起こそうとする陽介が、千枝が、雪子が、完二が居た。

 悠希を、陽介を、己の《仲間》たちを見て、クマの震えは止まった。

 

 悠希たちが死んで『独り』になる事に比べたら、どんなに強大な『シャドウ』でも恐ろしくは無かった。

 自分に振りかかる『死』すらも、『孤独』の恐怖を前にすれば、今のクマには小さなものだった。

 だから、クマは一歩前に踏み出す。

 その身体からは、金色の光が溢れ出した。

 

『……!? なにこの反応……!

 測定出来ない位の高エネルギー……!』

 

 クマから溢れ出す光に、戦く様な声を『シャドウ』は上げる。

 更に一歩、クマは恐れる事なく踏み出した。

 

「独りぼっちはもう嫌クマ……!

 クマの仲間は、クマが守るクマ……!!」

 

 どうすれば良いのかなんて、クマには分からない。

 どうすれば《仲間》たちを守れるのかなんて、クマには分からない。

 だから、唯々只管に、愚直にクマは前へと突撃する。

 

「クマの生き様……じっくり見とクマーッ!!」

 

『シャドウ』が放とうとしていた光に向かってクマは突進した。

 

「止めろ、クマーーっっ!!」

 

 陽介が絶叫し、千枝も雪子も完二もクマを止めるが、覚悟を決めたクマは止まらない。

 そして。

 

 クマから溢れ出す光が、『シャドウ』が放とうとしていた光に衝突した瞬間。

 部屋中が真白の閃光で満たされた。

 

「クマー!!」

 

 光で何も見えない中に、陽介の絶叫が響いた。

 そして、パサリと何かが床に落ちた音がする。

 閃光が消え去ったそこには、異形の姿は無く、りせの姿をした『シャドウ』が倒れていた。

 そして、ペラペラになった煤けたクマが床に落ちている。

 

「バカ野郎が……無茶しやがって……!!」

 

 何とか身体を起こした完二がクマに駆け寄り、その身体を抱き起こす。

 陽介は床に倒れたままの悠希の身体を起こしてから、クマの元まで引き摺る様にして連れていった。

 悠希は気を失っているのか、ぐったりとしているが、それでも息はある。

 

「クマ……みんなの役に立てたクマか……?」

 

 仲間に囲まれ、皆が無事である事を確認したクマはそう力尽きつつも嬉しそうに訊ねた。

 

「立ったどころじゃねーよ……命の恩人だよ!」

 

「クマさん……カッコ良かったよ……」

 

 涙声でそう答えた陽介たちに、クマは嬉しそうに笑う。

 

「センセイも無事で良かったクマ……。ん……?」

 

 悠希が息をしている事に少し涙目になりながらも喜んだクマは、ふと己の腕を見詰めて固まった。

 己の身体の惨状を漸くここで認識したのだ。

 そして身悶えして絶叫する。

 

「な……なんじゃこりゃああ!

 おおお……クマの自慢の毛並みが……!!

 おおぉぉぉ……!」

 

 その様子に、涙を浮かべながらクマを取り囲んでいた陽介たちは半笑いになる。

 

「……とりあえず、死にそうではないな」

 

 陽介は、安心した様にそう結論付けた。

 その言葉に千枝と雪子も頷く。

 

「こっから出たらブラッシングしてやっから、安心しろよ」

 

 完二がそう声を掛けると、漸くクマは落ち着いた。

 そして、心配そうに悠希を見る。

 

「センセイは大丈夫クマか?」

 

「息はしてるし、傷は見当たらないから大丈夫だとは思うけどな……。

 ……『シャドウ』の攻撃から俺たちを守ってくれたあの龍……。

 あれは、きっと鳴上が何とかした結果なんだろうが……」

 

 一目見ただけで、強力無比な存在であると分かる程だった。

 そんな存在を、流石の悠希でも扱い切れるとは、陽介には思えなかった。

 間違いなく、相当な無茶をやった結果がコレなのだろう。

 

 今は安静にしておくしか無い。

 悠希はステージ脇にあった座席に一先ず寝かせておく。

 そうしていると。

 

 

「あの……、ごめんなさい……、私の所為で……」

 

 陽介たちの元に、やっと歩ける程に回復したりせがやって来て、そう謝罪した。

 その言葉に陽介たちは皆首を横に振る。

 

「良いって良いって、謝んなくって。

 ここに居る奴等全員、『シャドウ』を暴れさせちまってっから……。

 それに、りせちゃんに謝らせたなんて知られたら、鳴上から怒られちまうしな」

 

 そう言って陽介は少し茶目っ気を見せてウィンクした。

 その言葉にホッとした様な顔をした後、りせは気を失った悠希を気遣わし気に見る。

 そんなりせに、声を掛けたのはクマだった。

 

「“ホント”の自分が分からない不安……。

 ……クマにも分かるクマ……。

 クマも、りせちゃんと同じだから……。

 でも、独りぼっちで悩まなくたって良いクマ。

 センセイは、クマに一緒に《答え》を探そう、って言ってくれたクマ……。

 ……センセイたちも、クマも居るクマ。

 ……みんな、りせちゃんと一緒に《答え》を探すクマ……。

 だから、……自分で自分を傷付けちゃダメクマよ……」

 

「クマさん……。

 ……ありがとうね」

 

 クマの言葉にりせは目を閉じて頷いた後、意を決した様に、ステージに倒れている己の『シャドウ』に歩み寄った。

 そして、その横に膝を付き、「ごめんね」と謝罪の言葉を口にする。

『シャドウ』は、その言葉に倒れたまま目をりせの方へと向けた。

 

「今まで、……辛かったよね。

 私自身の一部なのに、ずっと私に否定されてて……」

 

 りせはそう言って、倒れている『シャドウ』へと手を差し伸べて、その身体を起こさせた。

『シャドウ』は何も言わずに、ただ黙ってその言葉の続きを聞く。

 

「……私、どれが“本当”の自分なのかって、ずっと必死に考えてた。

 …………でも、そんな風に探していたって見付からないよね……。

 ……“本当”の自分なんて、何処にも無い」

 

「“本当”の自分なんて……無い……」

 

 りせの言葉に、少し離れた所で陽介たちと共に見守っていたクマが呟いた。

 

「あなたも、私も、『りせちー』だって……。

 全部、私から生まれた“私”なんだよね……」

 

 りせの言葉に、『シャドウ』は救われた様に柔らかく微笑んだ。

 そして光の中でペルソナへと変じていく。

 それは一枚のカードへと変わり、りせが緩やかに己の元へと舞い落ちてくるそれを受け止めると、青い光となってりせに溶けていった。

 

 そして、その途端にふらついたりせを慌てて陽介が抱き止める。

 

「大丈夫か、りせちゃん!」

 

「りせ、でいいから……。

 確か、お店に来てくれた人だよね……?」

 

 りせの質問に頷いた陽介は、「それとこいつらも」、と千枝たちの方へも目を向ける。

 それで察したりせは、「そっか……」、と安堵した様に頷いた。

 

「みんな、私を助けに来てくれたんだよね……。

 ありがとう……」

 

 礼を言われた陽介たちは嬉しそうに頷くが、りせの消耗具合を見て、早くここから出ないといけない、と判断する。

 

「色々聞きたい事とかあると思うけど、今は取り敢えずここから出ないと。

 後で必ず全部説明するから」

 

 陽介の言葉に、りせは了解した様に頷いた。

 まだ意識が戻らない悠希に目を向けると、自分が担いでいくから、と完二が進み出る。

 それに全員で頷き、この場を後にしようとしたその時に。

 

「“本当”の自分なんて……ない……?」

 

 呆然とした様に呟くクマの周りに異様な空気が漂っている事に気が付き、陽介たちは全員警戒した様にクマを振り返った。

 

「クマさんの中から、何かが…………!!」

 

 りせはクマに起きている異変に気付き、焦った様な声を上げる。

 

『……“本当”?

 ……“自分”?

 ククク……実に、愚かな事だ……』

 

 クマと似た声が響いたその直後、クマの背後からまるで影が実体化したかの様に()()は現れた。

 クマに似た外観のそれは、クマよりも大きく、そして何よりも。

 その目は、不気味さしか感じない程にギョロりとした、クマ自身とは似ても似つかない目であった。

 そしてその目は、爛々と金色に妖しく輝いている。

 

「何、アイツ……。

 まさか、『もう一人のクマくん』!?」

 

 今までのパターンからそう推測した千枝が声を上げた。

 陽介は焦りと共に違和感を感じつつ呟く。

 

「クマの『シャドウ』か……?!

 でも、何だってこんなタイミングで……」

 

「『シャドウ』……。

 確かにそうなんだけど、……でも違う。

 ……何かからの、強い干渉を受けているみたい……」

 

 りせはクマの背後の()()を見詰めてそう補足を入れた。

 

「干渉だ? んなモン一体何が……」

 

「そこまでは分かんないけど……。

 でも、凄く強い力だと思う」

 

 そんなやり取りを見て漸く我に返ったクマは、様子がおかしい事に気が付いて、皆の視線の向かう先……己の背後へと振り返る。

 

 そしてそこに居た存在に、驚愕の悲鳴を上げた。

 そんなクマの様子に構う事なく()()は淡々と告げる。

 

『【真実】など、得る事は不可能だ……。

【真実】は常に、霧に隠されている。

 手を伸ばし、何かを掴んでも、それが【真実】だと確かめる術は決してない……。

 ……なら、《真実》を求める事に何の意味がある? 

 目を閉じ、己を騙し、楽に生きてゆく……。

 その方がずっと賢いじゃないか』

 

「な……何言ってるクマか! 

 お前の言う事、ぜ~んぜん分からんクマ! 

 クマがあんまり賢くないからって、わざと難しい事を言ってるクマね!」

 

 ()()の言葉に対し、クマはそう言い返す。

 クマはクマなりに一生懸命に考えているのだと、そうクマが続けた言葉を()()は嘲笑った。

 

『それが無駄だと言っているのさ……。

 お前が望む《答え》など、何処にも有りはしない……。

 そもそもお前は、“無”。

 “初めから”カラッポなんだからね』

 

 ()()の言葉に、クマは動揺した様に身を震わせる。

 そんなクマを見て()()はニヤリと口元を歪めた。

 

『お前は心の底では気づいてる……。

 でも認められず、別の自分を作ろうとしているだけさ……。

 ……失われた記憶など、お前には初めから存在しない。

 何かを忘れているとすれば、それは“その事”自体に過ぎない』

 

「そ……そんなの……ウソクマ……。

 止めろクマ……」

 

 ()()の言葉にクマは力無く項垂れる。

 

『なら、言ってやろうか。

 お前の正体は、どうせただの━━』

 

「止めろって言ってるクマー!!

 そんなの聞きたくない!

 《答え》は自分で探すクマー!!」

 

 ()()の言葉は、直前までの焦燥した様子を吹き飛ばしたかの様なクマの絶叫により遮られた。

 そんなクマに()()が視線を向けると、触れてもいないのにクマは遠くへと吹き飛ばされる。

 焦ってクマを呼ぶ陽介たちに、()()は目を向けた。

 

『お前達も同じだ……。

 ……【真実】など探すから、辛い目に遭う……。

 そもそも、これだけの深い霧に包まれた世界……。

 ……その正体すら分からないものを、この中から、お前達はどうやって見つけるつもりだ?』

 

「分かんなくっても、探すしかねーだろ!

 その為に俺たちはここに居るんだ!!」

 

 ()()の言葉にそう言い返した陽介を、()()は嗤い、更には僅かながらも憐憫の情にも似た様な表情を見せる。

 

『……実に滑稽だな。

 愚か者とは、見ていて実に愉快だ……。

 真実が欲しいなら、簡単な事だ。

 お前達がそれを【真実】だと思えばいいだけさ……』

 

 途端に辺りの霧が異常な程に濃くなった。

 メガネをかけているのに、一寸先も見通せぬ程に。

 そんな中、()()の声だけが響く。

 

『では、お前達が望む【真実】とやらを一つ教えてやろう……。

 お前達は、ここで死ぬ。

 お前達自身の、愚かさ故にな』

 

「ダメ、みんな、伏せて!!」

 

 ()()の言葉に、りせは弾かれた様に叫ぶ。

 その言葉に、皆が反射的にその場に伏せた。

 その直後。

 陽介たちの頭上を、霧の壁を切り裂きながら、巨大な鉤爪が薙ぎ払っていく。

 霧を吹き散らして姿を現したのは。

 あまりにも巨大な異形であった。

 

 床をブチ抜いてなお脇までしか見えないその巨体は、シルエットだけならクマに似ていた。

 しかし、顔の部分は陶器か何かの硬質なモノで出来ているのか、至る所に罅を走らせ、少しずつその破片をその内へと吸い込んでいる。

 罅割れの向こうは完全なる闇で、その中にまるでネオンライトの様な目だけがギラリと輝きながら浮かんでいた。

 

 

『我は影、真なる我……。

 さあ、愚かなる隣人よ……。

 末期は潔くするものだ!』

 

 

「くそ、戦うしか無いってか!」

 

 陽介はそう吼えながら、チラリと悠希の方を見る。

 悠希が目覚める気配は、未だ無い。

 悠希は『シャドウ』の攻撃も届かぬ程離れている為、戦闘の巻き添えを食らう事もほぼ無いだろうが……。

 ……リーダーである悠希不在の戦闘とは、未だかつて無かった事である。

 しかし、やるしか無い。

 陽介がそう覚悟を決めた横で、りせもまた覚悟を決めていた。

 そして、つい先程得たばかりの己のペルソナを呼び出す。

 

「……皆、構えて」

 

「ちょ……、まさかその体で戦う気!?」

 

 既に消耗が激しかったのにも関わらずペルソナを呼び出したりせに、千枝は驚愕の声を上げる。

 

「私は大丈夫。

 多分、私にはクマくんの代わりが出来る……。

 直接戦う力は無いけど、でも。

 今度は私が皆を助けてあげる!」

 

 そう答えてりせは己のペルソナ━━ヒミコの力を使う。

 ヒミコの力は、情報解析の力だ。

 ヒミコから被せられたそのバイザーの内に、『シャドウ』の情報が映し出される。

 

「……分かった、頼りにさせて貰うぜ、りせ!

 でも、無理は絶対にすんなよ」

 

 陽介の言葉にりせは頷き返し、『シャドウ』との戦いは始まった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「右手払い攻撃来るよ!

 みんな、避けて!!」

 

 りせの指示に、雪子と完二は『シャドウ』から距離を取り、陽介と千枝は各々のペルソナの力を借りて中空へと飛び上がる。

 その直後、『シャドウ』の右手が床を削り取る様に周囲を薙ぎ払った。

 

「ジライヤ、やれ!!」

 

「トモエ、《黒点撃》!」

 

 ジライヤが巻き起こした豪風が追撃を行おうとしていた『シャドウ』の左手を押し返し、その隙にトモエの《黒点撃》が『シャドウ』の顔面に叩き付けられる。

 その一撃に、『シャドウ』の顔面の罅割れは一段と広がり、大きな欠片が幾つか内なる虚空へと吸い込まれていったが、あまり『シャドウ』に堪えた様子は無い。

 すわ物理耐性があるのか、と陽介たちは危惧したが、それは直ぐ様りせのアナライズによって否定される。

『シャドウ』の耐久力の高さ故に、微々たるダメージにしかならなかっただけの事であった。

 

「物理も疾風も効くってのは俺としちゃ有り難いが、単純に頑丈なだけっつーのも、厄介だな……!」

 

 相手の防御力が高い場合、悠希が補助に回ってまず相手のガードを削っていたが、今はその悠希は戦闘に参加出来る状況に無い。

 一人、しかもリーダーが欠けているという厳しい状況だが、それに輪をかけて不味い事に、陽介たちは先のりせの『シャドウ』との戦いから回復しきれていなかった。

 あの金色の龍の力で身体の傷こそ完全に癒えているものの、精神的な損耗は回復したとは言い難い。

 故に長期戦になると、陽介たちは非常に不利になるのだ。

 だが、相手にこうも耐久力があると、短期で仕留めるのはほぼ不可能である。

 置かれている状況の不味さに、陽介は思わずそう歯噛みした。

 しかし、どれだけ悪状況であろうとも、負ける訳にはいかないのだ。

 

「『シャドウ』の身体が床に埋まっているから回避される心配はほぼ無いってのはありがたいよ!」

 

 こんな状況下でもせめて士気は上げようと、千枝は敢えて闘志を燃え滾らせた声でそう言った。

 床をブチ抜いている為、『シャドウ』の回避力はほぼ存在しないも同然である。

 更に付け加えるならば、『シャドウ』の動き一つ一つは、緩慢とまでいかないものの素早くは無い。

 だからこそ、りせの攻撃予測が追い付いているのだ。

 しかし、その一撃の威力は凡百のシャドウのものとは文字通り桁が違う。

『シャドウ』がただ腕を払うだけでも、耐久力にはやや難のある雪子や、守勢に回ると存外脆い千枝などには致命傷にもなりかねない。

 

『シャドウ』とは一端距離を取った雪子と完二も、攻勢に回る。

 コノハナサクヤが全力で放った《アギダイン》は僅かながらも『シャドウ』を仰け反らせ、続けざまにタケミカヅチが叩き込んだ《紫電砕》は『シャドウ』の身体に僅かな焦げ痕を残す。

 だが、それだけだった。

『シャドウ』は有象無象らの攻撃など意に介さぬとばかりに、己の力を高める。

 

「火炎耐性無し、電撃耐性無し!

 ……っ! ヤバイよ!

『シャドウ』の攻撃力が跳ね上がった!

 次、強い魔法来るよ!

 みんな、ガードして!!」

 

 りせに言われるがままに、全員が防御を固めた。

 それとほぼ同時に、触れたもの全てを凍てつかせるかの様な冷気が『シャドウ』を中心に吹き荒れる。

 ガードしていたにも関わらず、圧倒的なその威力に皆が膝を付いた。

 特に、元々氷結属性を弱点としていた雪子は、手首から先が凍傷になったかの様に感覚が無い様だ。

 冷気が吹き荒れた場所は、『シャドウ』を中心として床が見事に凍り付き、氷柱がまるで刺の様に生えている。

 悠希を寝かせてある椅子は、幸運な事に、冷気の効果範囲から外れていた。

 

 冷気が収まるや否や、直ぐ様雪子は回復魔法で皆の傷を癒すが、凍傷による消耗が激しかったのか、その足元は微かにふらついている。

 そんな雪子を空かさず千枝が支えているのを横目で見つつ、陽介は焦りを隠し切れない顔をした。

 よりによって回復役の雪子の弱点属性を『シャドウ』は攻撃パターンとして持っている。

 益々不利になる状況に、焦るのは仕方が無い。

 

「氷結魔法……っつー事は、氷結属性は効かねーかもな。

 里中は物理攻撃に専念してくれ!」

 

 平時ならば、耐性を調べる為にも威力を弱めた氷結魔法をぶつけた方が良いのだが、今は効果の無い可能性が高い攻撃を行える程の余裕が存在しない。

 今は兎に角、有効な攻撃を一つでも『シャドウ』に叩き込む必要がある。

 

「りせ、属性攻撃の前兆は掴めるか?」

 

「うん、多分出来ると思う。

 攻撃される直前になるかも知れないけど……」

 

 陽介がそう訊ねると、少し悔しげにりせは答えた。

 元より攻撃の予測自体難しいものだ。

 そこから更に氷結属性攻撃か否かを事前に判断するのは至難の技である。

 故に警告が遅くなるのは致し方無い事だ。

 

「それで構わねーから、また氷結魔法が来そうになったら最優先で指示してくれ」

 

 それでも、一瞬でも早くに防御に回れた方が受けるダメージは少ない。

 今は兎に角、『シャドウ』の一撃で戦闘不能になりかねない雪子の被ダメージを減らすしかないのである。

 その時、『シャドウ』が動いた。

 

『無駄な足掻きだ……。

 何をしようとも、お前達の定めは覆らない。

 《死》という絶対の定めが、お前達に与えられた《真実》なのだから……!』

 

 そう言うなり『シャドウ』が右手を僅かに持ち上げる。

 直後、りせが焦った様な鋭い声で警告を発した。

 

「マズいよ! みんな防御力が下げられてる!!」

 

『シャドウ』は《マハラクンダ》で陽介たちの防御力を下げにかかったのだ。

 ここで《デクンダ》なり《マハラクカジャ》を使うなりしてその効果を打ち消さなくては非常に不味いのだが、陽介も千枝も雪子も完二も、それらのスキルを持ち合わせていない。

 その二つを扱えるのは、今は戦闘に居ない悠希なのである。

 陽介たちが扱えるのは強化能力(ゲームで言う所の“バフ”)だけだ。

 それも、ジライヤの《スクカジャ》とトモエの《タルカジャ》だけ。

 弱体化能力(所謂“デバフ”)は基本的に悠希が行ってきた。

 

 悠希が居ない事が、ここまで厳しい戦いになるとは……。

 陽介は思わず唇をキツく噛んだ。

 

「効果が切れるまでは避けるしかねえ!

 よし、ジライヤ!!」

 

 ジライヤは『シャドウ』への攻撃の手を止め、《スクカジャ》で一人一人の速さを底上げする。

 ジライヤがその隙を狙われない様に、その間トモエとタケミカヅチが『シャドウ』の攻撃を引き付けていた。

 

『小賢しい真似を……』

 

「……! 何か全体攻撃、来るよ!」

 

『シャドウ』が陽介の行動に僅かに苛立ったかの様に左手を振り上げると同時に、りせがそう警告する。

 直後、『シャドウ』が床に叩き付けたその左手を中心に、強烈な揺れと衝撃波が走った。

 その一撃は床に張った氷を砕き、砕けた氷柱は衝撃波によって散弾の如く周囲に撒き散らされる。

 皆は底上げされた回避力によって事なきを得たが、撒き散らされた氷柱が周囲の座席に深々と突き刺さっているのを見て、陽介は慌てて悠希を寝かせている辺りを目で確認した。

 幸いにも攻撃は届かなかった様だ。

 悠希の側にはペラペラになったクマが力なく凭れかけさせられている。

 二人に被害が出ていない事にホッとしながら、陽介は気を引き締めた。

 今の所は攻撃が届いていないが、今後どうなるかは分からないのだ。

 これ以上周囲を破壊される前に、何としてでも『シャドウ』を止めなくてはならない。

 

「ヤバイ! 『シャドウ』の能力が軒並み上がったよ!

 気を付けて!!」

 

『シャドウ』が《ヒートライザ》で自身の能力を軒並み引き上げた事をりせが知らせる。

『シャドウ』が能力強化を行った直後、格段に鋭さを増した薙ぎ払い攻撃が陽介たちを襲った。

 それを何とか回避した陽介は、直ぐ様体勢を立て直す。

 

「それなら……!」

 

 ジライヤの《デカジャ》━━相手の能力強化を打ち消すスキルにより、『シャドウ』の能力は即座に基礎状態に戻った。

 急な能力の変動に、『シャドウ』の動きが鈍る。

 そこを逃さずに、コノハナサクヤの《アギダイン》が『シャドウ』の直下から一点を打ち上げる様に叩き込まれ、『シャドウ』は少し仰け反った。

 そして、がら空きの顔面に、《タルカジャ》と《チャージ》で強化されたトモエの《黒点撃》と、《タルカジャ》により強化されたタケミカヅチの《紫電砕》が両側から叩き込まれる。

 トモエの一撃は罅割れを砕き、タケミカヅチの一撃により激しく迸った電撃は虚空に浮かぶ目を焼いた。

 途端に、何をしても堪えた様子は無かった『シャドウ』が呻き声を上げ、トモエとタケミカヅチを振り払おうと、激しく身を捩らせて周囲を薙ぎ払う。

 爪の一撃に切り裂かれそうになったトモエをジライヤが素早く救出し、タケミカヅチは己の得物を盾にその一撃を耐え忍んだ。

 

「あの目! あの目が弱点みたい!!

 そこを集中的に狙って!!」

 

 りせの指示に、雪子が《アギダイン》を『シャドウ』の目に目掛けて放つが、それは『シャドウ』が撃ち出した氷塊によって相殺され、辺りに濃霧を撒き散らす。

 視界を封じられるのは不味いと判断した陽介によって霧は直ぐ様吹き散らされたが、僅かなその合間に既に『シャドウ』は動いていた。

『シャドウ』の口元が何か動いているのを視認した瞬間、ジライヤとコノハナサクヤの姿が掻き消される。

 突然の出来事に陽介と雪子は愕然とした。

 

「大変! ペルソナが封じられてる!

 これが解けるまで、ペルソナの召喚は出来ないよ!!

 二人とも、気を付けて!」

 

 ヒミコには何とも無かったりせがそう叫ぶ。

 陽介たちは『シャドウ』のスキル━━《愚者の囁き》により魔封じ(ペルソナを封じられた状態)にされたのだ。

 ペルソナ召喚が出来なくなり魔法等の能力も行使出来なくなる、非常に厄介な状態異常である。

 魔封じ状態でも降魔による身体能力強化は生きているのだけは、本当に不幸中の幸いとも言えるが。

 とにもかくにも、強大な『シャドウ』との戦闘中にペルソナの力が使えなくなるのは不味いとしか言いようが無い。

 しかも、回復役である雪子が封じられたのが最も痛手だ。

『シャドウ』の狙いはそこだったのであろうけれども。

 

「マズイよ! 氷結属性攻撃が来る!」

 

 ペルソナが封じられた雪子を狙って『シャドウ』は再び腕を振るった。

 その鋭爪は冷気を帯びていて、そこに触れている空気中の水分が瞬く間に凍結していく。

 擦っただけでも、雪子の体力を根刮ぎ持っていってしまうだろう。

 そんな凶器が雪子に迫る直前で受け止めたものがいた。

 ……タケミカヅチだ。

 

 今にも雪子を叩き潰さんとしている『シャドウ』の右腕に、タケミカヅチは両手を使って抗う。

『シャドウ』の右腕から伝わる冷気が、パキリパキリとタケミカヅチの手を凍らせていった。

 己に返ってくる痛みに顔を顰めながらも、完二は押し返そうとする力を緩める事はしない。

 しかし、『シャドウ』の圧倒的な力の前に、タケミカヅチは少しずつ押されていく。

 

 このままだと押し負ける……!

 そう完二が焦ったその時。

『シャドウ』の右腕に、横方向からトモエが《チャージ》を使って威力を高めた跳び蹴りを放ち、その軌道をずらした。

 雪子とタケミカヅチから逸れて床に叩き付けられた右腕は、その辺りの床をブチ抜き、そしてその周囲を凍り付かせる。

 

『抗う事など無意味だ。

【真実】など求めた所で、何も得るモノは無い。

 何故、それが分からないのだ』

 

『シャドウ』がそう言った瞬間、陽介たちの身体が重くなった。

 否、その表現は正しくない。

 正確には、底上げされていた身体能力が元に戻されたのだ。

『シャドウ』の使った《デカジャ》により、強化が打ち消された陽介たちは、その前後のギャップに常よりも動きが鈍る。

 その隙を見逃す『シャドウ』では無かった。

 

『さあ、これで終わりだ。

 知ろうとしたが故に、何も知り得ぬままに死ね!!』

 

 グッと身を捩らせて『シャドウ』は左腕に力を集める。

 高まったその力は、まるで闇夜の如く光すら逃がさない暗黒の様だ。

 そして間髪入れずに、それを陽介たちに叩き付けんと周囲を薙ぎ払った。

 

 陽介たちには、防御する暇も、回避する暇も存在しない。

 成す術もなく、その一撃に曝されたのだった。

 

 その一撃は、その凄まじいエネルギー故に、触れてすらも居ない周辺の床を抉り取り、粉砕された瓦礫は悉く虚空へと吸い込まれていく。

 辺りの光景は、たった一撃によって一変していた。

 ステージ周りの椅子も照明も、その一撃によって殆どが消滅していたのだ。

 その一撃が通過した場所に、息がある者があろう筈はない。

 

 

 だがしかし━━

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




今回戦った『影クマ』の耐性やスキルはこちら

『影クマ』《月》(氷:吸、光・闇:無)
・魔手ニヒル、ヒートウェイブ、氷殺刃
・マハブフーラ
・虚無への導き、愚者の囁き
・コンセントレイト、氷結ガードキル
・ヒートライザ
・デカジャ、デクンダ

《ウルトラチャージ》無しで《魔手ニヒル》発動可能にしました。
スキルに《氷殺刃》、《ヒートライザ》を追加しました。
本家ゲームよりも大分強くなった気がします。
そもそも、《ウルトラチャージ》を省略すれば『影クマ』ってヤバ強い敵になりますよね、多分。
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