アラクネ三姉妹と変人男   作:結城悠

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まさかまさか続くとは?



アラクネ三姉妹の【いる】日常

 朝、目覚まし時計のアラームと共に、夢心地な俺の頭が覚醒していく。

 デジタルの時計に書かれた文字は7と00。このまま目を覚まして、一杯のコーヒーを嗜み、支度をして、仕事へ向かう。

 それが、数年間続けた俺の日常だった。

「お兄ちゃん! 朝だよー!」

「うごふへぇっ!」

「わわっ! 強すぎた?」

「あ、アトロ・・・。朝から元気だな」

 俺の上に乗っかっている女の子の肩を掴み、起き上がらせる。その動作につられる様に、二つの大きな揺れが俺の視界に飛び込んできた。

「うん! あたしは今日も元気だよ!」

「そ、そうか。俺も元気だ、いや、朝だから元気ってわけじゃないんだぞ」

「うにゅ? なんの事?」

「あー、いや。なんでもない! それじゃ、朝飯にするか」

「今日はあたしも手伝ったんだよ! えへへー、褒めてー!」

 年相応な笑顔を見せられ、頬が緩んでしまう。ぽんぽんと、軽く頭を撫でてやると、三日月のような、万遍の笑顔を浮かべるのだ。

 俺が立ち上がると、背中に軽い衝撃を受けた。それと同時に、後頭部へふくよかな感触が当たるのだが、無我の境地でも悟ったような精神で、気にしない事にする。

 アトロが起こしに来るようになって数日はそれはもう元気になって大変だったが、慣れとは怖ろしい物である。

「えへへー、らくちん!」

「おまえなぁ。まぁ、アトロは軽いし、柔らかいからいいけど」

 柔らかい、それは決して変な意味ではない。・・・本当だぞ?

 今、俺の身体には八本の細く柔らかい足がくっついている。腰と脇腹と胸と肩、上半身を覆うようにしてくっつけられた足は、蜘蛛を彷彿とさせるものだ。

 白く、細く、ゴムタイヤのような柔らかさ。それでいて力強く、多少の揺れでは剥がれない、巨大な蜘蛛の足。

 俺の頭の上には、女の子の頭が乗っている。両手で頭を掴み、顎を載せ、「らくちん、らくちん」と言って笑っている。

「まったく、アラクネで、三姉妹でも、こんなに性格が違うとはな」

 蜘蛛の身体と、人間の上半身を持つ、異種族。それが、俺の家にホームステイする事となった三姉妹。

「えへへー、お兄ちゃんにくっつけるの、あたしだけだもんね」

「そりゃな、クロトは俺が潰れるし、ラケシは・・・、刺さる」

「だから、ここはあたしの特等席なの」

 他愛のない会話をしているうちに、リビングの前に到着した。一般家庭から見たら少し大きな扉を開けると、テーブルの前に、二人のアラクネがテレビを見ながら、俺が来るのを待っていた。

「おそいよ朱、もう私おなかぺこぺこだよ!」

「おはようございます、朱さん」

「おはよう、二人とも。待たせて悪かった」

 アトロも俺の背中から離れ、テーブルの前に移動する。テーブルの前には椅子が一つだけ、彼女達は身体の構造上座る事ができない為、台座のような物で位置を調整している。

「それじゃ、いただきます」

 この家に来てから、俺が一番初めに教えた事。両手を合わせ、食事を始める挨拶。

 これが、アラクネ三姉妹と、俺こと織部朱の、日常風景だ。

 

 

 

 果たして、いつも通り。と言う言葉から外れた日々は、日常と呼んでいいのだろうか。日常と非日常の境界、それは一体どこに在るのだろうか。

 以前の俺であれば、この状況を非日常と捉えただろう。しかし、毎日のように繰り返される日々は、果たして本当に非日常なのか?

「うぉー! あーかー! ひーまーだーぁー!」

「ひぃーまー!」

「こらっ! ラケシにアトロまで、朱さんを困らせちゃいけないでしょ!」

 以前の俺だったら想像もしていなかっただろう。身体の自由を奪われ、空中に浮いている俺の姿なんぞ。

「それで、俺は玩具か? あぁん?」

「へへぇんだ、そんな格好で言われても怖くないもんね!」

 ラケシが無い胸を張ってドヤ顔をしている。腹立たしいことこの上ないな。

 現在の俺は、リビングの天井に付近に貼り付けられ、身動きが取れない状況になっている。犯人は見ての通り、ラケシだ。

 時は少し遡り、朝食が終わり、片付けをしている頃。

 

「ねーねー、朱。今日の予定は?」

「ん? そうだな、・・・特にないな」

「えぇー、またぁ?」

 唇を尖らせ、すごくつまらなさそうな顔をするラケシ。

 それもその筈、彼女達がこの家に来てから二週間。出会ってから一月弱になるが、この家と工場以外、彼女達がこの国を見て回った事はない。

 半分はラケシの自業自得でもあったのだが、その他にも様々な問題があったからだ。

「そんな事言ったってなぁ、この二週間どれだけ俺が大変な思いをしたと・・・」

「けーたい? とか言うので話してただけじゃん! 何回か私達置いて出かけて行っちゃうし!」

「だから、それは・・・」

 それは何度も説明したのだが、このぺったん娘は言う事を聞かない、胸もなければ脳みそもないのかこいつは。

 正式に三姉妹のホストファミリーとして認められた俺は、様々な問題に直面した。

 勝手に改造された家の整理。元々住む筈だった工場関係者への連絡。その他諸々の手続き。面倒事のメリーゴーランドだ。

 その中で、最も俺に変化をもたらした一つが、仕事だった。

 元々彼女達が工場なんて言う少し変わったホストに招待された理由は、アラクネの糸にあった。人間の技術では再現不可能な品質の繊維、それを商品化することで利益を生み、人と異種族の協力関係を確立させる。という名目で、彼女達はこの国にやって来たのだ。

 しかし、俺と言う存在の所為で工場側は大慌て。それもそうだろう、金の成る木が他人に持っていかれようとしているのだ、見逃すはずが無い。

 そこで、俺に白羽の矢が立ったという訳だ。役職目は品質管理部部長。ただのアルバイトから役職付き正社員にメタモルフォーゼだクソ野郎。

「俺は自由気ままな生活を送りたかっただけなのに、なーんでこうなっちゃったかな」

「お兄ちゃん・・・あたしたち、やっぱり、迷惑?」

 ラケシを黙らせようと、わざとらしく大きなため息をついた俺に、まさかの刺客が現れた。

「あ、アトロ? い、いや、今のは冗談で、俺はみんなと居れて嬉しいんだぞ?」

「ほんとに?」

「本当だとも! さぁこい!」

 涙目、上目づかいのコンボで俺を見上げるアトロ。の後ろ、俺の視界の端でぺったん娘がニヤニヤとムカつく顔を浮かべている。後でお仕置きだな。

「わぁっ! お兄ちゃん大好き!」

「ぐふぅぉ」

 そう言って万遍の笑顔で俺に飛びかかるアトロ。左足を後ろへ下げ、衝撃備え、見事に受け止めてやる。

 既に何度も経験した俺に隙はない。ただし、蜘蛛の足が俺の身体を掴み、両手が俺の頭を掴んでいるという事は、アトロの胸が顔面に押し付けられる事になる。こればっかりは、慣れる事はできそうにない。

「こら、アトロ。朱さんが苦しそうよ」

「あっ、ごめんなさい」

「い、いや。気にするな、もう慣れたよ」

「デレデレしちゃって、・・・変態」

「なんだぺったん娘、お前も・・・いや、止めておこう」

 お返しとばかりに両手を広げ、おいでおいでと言わんばかりに煽ってみたが、ラケシの鋭い手足が開かれ、真っ黒な目が鋭く光る。あれは、間違いなくヤられる!

「あーかー? どうしたの? わたしもヤってあげるよぉ?」

「なにをヤる気だお前は! 死ぬわ!」

 調子に乗ったラケシが先程俺がやっていたように両手を広げ、おいでおいでのポーズをとりだした。

 俺も男だ、ここまでコケにされて引き下がるわけにはいかないっ!

 ラケシの前まで近付き、真直ぐに目を見返してやる。

「なっ、なによ! やってやろうじゃない!」

 姿勢を低くして爪を出し、威嚇してくる。どうしたものかと思ったが、姿勢を低くしたなら丁度いい。

「えい。・・・・よしよーし」

「なっあぁ!? あはわあっわわっ!?」

 普通にしていれば身長は同じくらい、そんなラケシが姿勢を低くすれば、俺の胸辺りに顔が来るわけで、頭を抱いて撫でてやった。

「んん? さっきまでの威勢はどうした? そんな、か、わ、い、い、声を出して」

 あえて、可愛い、の部分を強調して耳元で囁いてやる。もちろん、ラケシの頭を優しく撫でながらだ。

「ふあぁ、うぅぅ!」

「まったく、大人しくしていれば可愛いものを」

 ラケシは男に優しくされる事に慣れていないらしい、というか、知らなかったらしい。俺が初めて優しく頭を撫でてやった時、真っ赤になったのはいい思い出だ。今でも変わらず赤くなるのだが。

 ほぼ同じ体格のラケシだが、異種族だ。本気を出せば俺なんて一瞬でどうにでもなってしまう。

 そんな俺が、俺だけが、彼女を大人しくさせる事ができる。

 単純な支配欲だとか、征服欲とはまた違う感情。こういうのをもっと簡単に、なんて言うんだったかな。

「はっはっはっ、俺を煽ろうなんて百億光年早かったな」

「ううぅぅぅ!」

 最後に、ポンポンと優しく頭を叩いてやると、真っ赤な顔をしたラケシが頬を膨らませて唸っていた。

「それじゃ、今日はちょっと出かけてくるから、留守番よろっぉおおお!?」

「なにそれ! ずるい!」

 出かけようと思った瞬間、背中を引っ張られるような感覚と共に、俺の身体は空中に浮いた。

「お留守番なんて暇だよ! 私も連れてって! みんなもなんか言わなきゃ、私達ずっと家の中だよ!」

「えぇ!? お出かけ出来ないの? あたしも暇なのいやー!」

「それはいくらなんでもないと思うけれど」

 ラケシの作りだした粘着性の糸に捕まえられ、空中で身動きが取れなくなった俺は、そんな三姉妹の姿を見ながら、溜息をつくのだった。

 

 それが、今現在俺が置かれている状況になるまでの一連の流れだ。

ラケシとアトロが暇だと騒ぎ、困り果てたクロトがなんとか二人を落ちつかせようと頑張ってはいるが、あまり効果はないようだ。

 そんな時、胸ポケットに入れていたケータイに着信が入る。身体をひねり、苦労して取り出すと、画面にはつい最近登録した番号が表示されていた。

「あー、もしもし」

「あ、あの、織部さんの携帯でよろしいでしょうか?」

 気の弱い、声だけで頼りないと思わせるような人物だった。

「そうですが、えーっと、水瀬さんでしたっけ?」

「そうですそうです、あぁ、お世話になっております」

「あっ、いえいえ、こちらこそ」

 挨拶も程々に、要件を聞くと、以前から話を通していた件がどうにかなったらしい。

「それじゃ、今から取りに行けばいいですか?」

「いえいえ、丁度ワタクシの方も、アルケニー三姉妹の視察に向かおうかと思っていまして、例の物も御一緒にお持ちしますよ」

「分かりました。それじゃ、お待ちしてますね」

 通話を終え、とんでもない事に気付いてしまった。

「あ、くっついた・・・」

 電話をする姿勢のまま、身動きが取れなくなった俺を眺める三人の姿。見てないで早く下ろしてくれよ・・・。

 

 

 

 ようやく解放された俺が背伸びをしていると、玄関のチャイムが鳴り響いた。

「おぉ? 早かったな」

「ねーねーお兄ちゃん、なになに?」

 初めての来客に目を輝かせているアトロの頭を撫でて落ち着かせつつ、玄関へと向かう。

 扉を開けた先に居たのは、無精髭を生やし、いかにもやつれてますといったような男の姿があった。

「あぁ、どうもどうも、顔を合わせるのは初めてですね。この度他種族間交流コーディネーターに任命された、水瀬竜一(みなせりゅういち)と申します」

「ご丁寧にどうも。話には聞いていると思いますが、俺がホストの織部朱です。それで、後ろに居るのが」

 振り返ると、三人が背の順に並んでいた。

「前から、アトロ、ラケシ、クロト。俺が預かる事になったアラクネの三姉妹です」

「初めまして! よろしくです!」

「・・・よろしく、おねがいします」

「よろしくお願いいたします」

 三姉妹は三者三様、水瀬と名乗った男に挨拶をしていく。やはり、ラケシだけは未だに人間不信が尾を引いているようだ。

「私も、紹介して頂けないのかしら?」

 水瀬と名乗った男の背後から、引きずるような音と共に現れた女性が、彼の身体に巻きついて行く。

「ちょっ、ちょっと、今はお仕事だから、待ってくれないかい?」

「あら、私よりも仕事? 傷つくわ・・・」

「あ、ああ。わかった、分かったから、は、なれ、て」

 息も絶え絶え、と言ったように苦しむ水瀬の身体には、青く流れるような鱗を持つ、巨大な蛇の身体が巻きつけられていた。

「あの、水瀬さん? その方は?」

「げほっげほ。あぁ、申し訳ない。彼女は私が預かる事になった異種族でね、ドラゴンメイドのメリリュ・ブリュターニュさんだよ」

「ドラゴン、メイド?」

 一瞬、メイド服を着たドラゴンを想像してしまったが、目の前の女性を見るに想像とは違うものらしい。

 蛇の下半身と、女性の上半身、背中には鱗と同じ、青く透き通る皮の翼が生えていた。鳥ではなく、コウモリのに近い羽だ、最も、大きさは比べるまでもないが。

「貴方が噂の坊やね、ふふっ、思ったより普通なのね」

 腰に巻いたパレオのようなスカートを揺らしながら微笑むメリリュは一度だけ翼を伸ばすと、綺麗に畳んで後ろへ下がった。

 上着は背中の大きく開いた縦セーターだろうか、セーターの上からでも分かるあの膨らみ、クロトまでは行かないまでも、アトロと同じか、それ以上はあるだろう。ラケシはどうでもいいか、可哀想だ。

「ま、まぁ。お互いに、頑張ろうね」

「えぇ、ほんとに。お互いに・・・」

 この国のホストファミリーは全員こんな苦労をしているのだろうか、そんな悩みを増やしつつ、世間話程度の会話を終え、本題へと取り掛かった。

「ところで、例のアレは?」

「あぁ、そう。そうでした、表に用意してありますよ」

 表に出ると、そこには一般家庭には無いであろう代物が鎮座していた。

「これくらいなら行けそうだな。試しに乗せてみても?」

「ええ、もちろん、勿論ですよ」

「おーい、クロト! ちょっと出て来てくれるか?」

「はい・・・?」

 クロトを呼ぶと、つられる様にしてラケシとアトロも出てくる。そして、目の前に在るそれを見て頭の上に?を浮かべるのだった。

「ねぇ朱、これって、トラックだよね?」

「あたし達が乗って来たのより、ちょっと小さいね」

 そこにあったのは2トントラック。少し改造を加えてあるが、その辺は公務員の力で何とかして貰った。

 別に感想を聞きたいわけじゃないんだけどな。とりあえず、一番の問題はクロトだ。

「んじゃ、クロト、ちょっと乗ってもらって良いか?」

「えっ、はい? 分かりました?」

 うん、まぁそういう反応になるだろうね。

 トラックの荷台を空けると、そこは小さめのワンルームのような快適空間になっていた。椅子などの設備は無いが、壁や天井は木材で補強され、床にはカーペットまでひいてある。

「どうだ、きつくないか?」

「このくらいでしたら、問題ないですよ。それで、これはいったい?」

 このトラック、工場で使っていた中古品だ。それを半ば強引に買い取り、運転席と荷台をぶち抜き、ちょっと大きなワゴン車に仕立て上げたという訳だ。

「これで、みんなで出かけられるだろう?」

「えっ!? 朱さん、これは、もしかして」

 普通車では、三姉妹を乗せるどころか、クロト一人乗せる事ができない。かといって、こんな田舎では徒歩で行ける場所など限られてくる。

 ならいっそのこと、三姉妹全員が乗れる車を考えればいいだけの事だ。そう思い、脅迫、もとい交渉した結果が、このトラックだ。因みに、2トンまでなら普通免許で運転可能だ。

「色々考えたんだけどな、普通の方法だと、どうしてもクロトが、その、な」

「でも、私の為だけに、こんな大きな車をなんて・・・」

 どうもこの長女は自分を蔑にする癖があるらしい。傍から見れば面倒見の良い、妹思いの姉なんだろうが、俺にはそうは思えなかった。

「まぁ、会社の奴らに、アラクネの糸の品質を保ちたいなら前金出しやがれって言ったら気前よく怒鳴ってくれたよ」

「や、やはり、私がご迷惑を・・・」

 自分を殺してでも周囲を守る。立派な事だ、俺には到底真似できない、聖人君子みたいな考え方だ。どこぞの古典を思い出すな。

「クロト、そこに座れ」

「えっ、えっ?」

「いいから、おすわり」

「は、はい・・・」

 少し狭そうなトラックの荷台に、クロトが身体を下ろす。

 アラクネに座れというのも変な話だ、大きな身体を地面につければ、俺の手で彼女を引き寄せる事もできる。

「わわっ、あ、朱さん?」

 彼女の首に手を回し、俺の肩へと頭を引き寄せてやる。少女マンガなんかで女の子が男を慰めるような格好だ。

 俺の身長も低くは無いが、クロトと比べれば全然足りてない。だから、こんな格好になってしまったが、ようは気持ちの問題だ。

「お前はさ、頑張りすぎなんだよ」

「わ、私は、頑張ってなど」

「慣れない環境で、頭の足りない妹を守らなきゃって、そう思ってたんだろ?」

「それは、私は、長女ですし」

「それが間違ってるって言うんだよ」

 クロトの顔を両手でつかみ、俺の目を見つめさせる。八つの緑がかった黄色い目が、不安そうに揺れていた。

「確かに、お前は誰よりも身体が大きい。その気になれば、俺なんて指一本触れることなんてできないさ。けどな、俺はこうやって、お前の身体に触れている。お前だって本当は、二人みたいに甘えてみたかったんだろ?」

「そ、それは・・・」

「やっぱり、そうじゃないか。遠慮するな、俺は、お前達の主人役(ホスト)で家族(ファミリー)なんだからさ」

「しゅ、しゅしゅ、しゅじん」

「ほら、おいで」

 あぁ、やっぱりこいつらは姉妹なんだな、なんて事を実感した。

 クロトの顔はラケシにも負けず、真っ赤に染まり、今にも泣き出してしまいそうだった。

 けれど、恐る恐る伸ばされた腕は、俺の背中へ回され、同時に、二本の前足も、俺の腰へと回された。

 俺の身体は軽々と持ち上げられ、クロトの顔が首筋に埋まった。顔にかかる金髪がくすぐったかったが、今だけは我慢してやろう。

 クロトの身体は熱いくらいで、首筋からその熱が伝わって来る。相変わらず、彼女の蜘蛛足はふわふわで、心地よかった。

「あ、朱さん」

「なぁ、もうその、他人行儀みたいな喋り方も止めていいんじゃないか?」

「あ、はい。朱、その、これからも・・・」

 まだ恥ずかしさが残っているのだろうか、言葉に詰まりながら、クロトが一生懸命に口に出して行く。

「こうやって、甘えても・・・、いい?」

「ふっ、当り前だろ」

「うん、・・・うふふ。安心したら、眠くなっちゃった」

「おう、ついててやるから、一眠りしな」

 そう言うが早いか、クロトは静かな寝息を立てて眠ってしまった。ずっと気を張って生活していたのだろう、よくもまぁ一月もこんな状態で生活し続けられたもんだ。

「もう少し早く、気付いてやればよかったな」

 トラックの壁に背中を預け、肩にクロトの頭を乗せ、頬を撫でてやると、落ち着いた頬笑みが帰って来た。それじゃ、結果オーライってことで。

「あーかー、私達のこと忘れてない?」

「・・・げっ」

 俺とした事が、こいつらが居た事を完全に忘れていた。

 ラケシは八つのジト目で俺を睨み、クロトに至っては、「いいなーいいなー」と言いながらぴょんぴょん跳ねている。

 それだけならまだよかったのだが、今日は来客があったのだ。勿論、一部始終を見られている。

「い、いやいや。なかなか面白い、興味深い物を見せて頂きましたよ」

「むむ、羨ましいわ。私も、あんなふうに愛されてみたいなぁー」

「あ、あはは。はは、それじゃ、私達はこれで失礼しますね」

「りゅーいちー? 話しをずらさないで、無視もしないで!」

「・・・お疲れ様です。・・・どうか、ご無事で」

 色々と気まずくなったのか、水瀬とメリリュは黒塗りの車でそそくさと帰ってしまった。彼、無事だと良いのだが。

「お姉ちゃんだけずるい! あたしもお兄ちゃんのお膝でお昼寝する!」

「あっ、おい・・・」

 言うが早いか、アトロはトラックの荷台に乗り込むと、あぐらをかいている俺の膝の上に頭を載せ、腰に手を回して抱きついて来た。位置的にも見た目的にもギリギリなんだが、ついでに言うと俺の理性もギリギリなんだが。

「なにさ、デレデレした顔しちゃってさ!」

 理性を保つためにも、ここはラケシを弄って気を紛らわせるしかないな。

「なんだ? 羨ましいのか? ほーら、ラケシも来ていいんだぞ?」

「なんで・・・。んっ」

「んんっ!?」

 なんだその顔は、なぜ顔を赤らめる? なぜゆっくりとこっちに這い寄って来る? そっと俺の肩に手を乗せるな、そっと頭を置くな目を閉じるな!

「・・・なんなんだ、この状況?」

 気が付けば俺の理性が大気圏へ突入し、もはや未知の世界まであと一歩と言ったところまで来ていた。

 左肩には優しい笑みのクロト。右肩には赤い顔を押し付けてくるラケシ。膝の上には涎を垂らしたクロト。

「あっ、そうか。これは、あれだ」

 人とは違う異種族、アラクネ。彼女達の一人でも本気になれば、俺なんてどうにでもできるだろう。けれど、俺は彼女達を抱えて、無防備な寝顔まで見れている。

 これはきっと、支配欲でも、征服欲でも、ましてや独占欲なんかじゃない。もっと単純なただ一つ、愛おしいという感情。

ああ、これは絶対に口に出してはいけない奴だ。多分、止まらなくなる。いろんな意味で。

 色々と考え過ぎたせいか、俺の理性がオーバーヒートしたのか、軽い眠気に襲われた俺は、三人の温かさを感じながら、ゆっくりと眠りについたのだった。

 

 夕方に目が覚め、アトロの涎によって俺のズボンに染みができ、一悶着あるのだが、今日という日において、それだけは苦い思い出になるのだった。

 




あ~、ラケシちゃんみたいな女の子、突然家に来てくれないですかね?

今回も短編で、ちょろっとした妄想日記です。
オリジナル設定も入ってますのであしからず。

最後に。お読み頂きありがとうございます。
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