俺はシナリオが書きたかった。
なんでもいい、とりあえず俺に書かせて欲しい。そうしたら、絶対にいいものが出来上がるから。
だから、思い切って声を掛けることにした。
《シナリオライター募集の件について》
「申請させていただきます。シナリオに関してですが、インターネットの小説投稿サイトで書くほどで、経験...いわゆるキャリアも全くありません。
しかし、自分がシナリオを書く以上、絶対に作品を疎かにはしません。最後まで、いいものになったと、自分で感じるまで、物語を綴らせていただきます。
どうか、よろしくお願い致します。」
これでよし...と。
20分後、返信が来た。
《Re: シナリオライター募集の件について》
「申請ということで、了解いたしました。とりあえず、担当の方にも同様のメールを送らせていただきました。
そちらの方から、またメールが届きますので、シナリオライター採用までの手続きを済ませて下さい。
もちろん、不採用という可能性もございますので、ご了承下さい。」
なるほど、メールにて面接を行うような感じだろうか。
やっぱり、文章を書く仕事ともなれば、文字で通すのが筋ってものなのだろうか?
俺は、面接に行くときのように、事前に作っていたプロットなどに目を通しておく。何が来ても問題なく返答できるようにしなければ。
そうしているうちに、メールが届く。
《申請の件》
「担当の神崎です。よろしくお願い致します。
では、私の琴線に触れるような感動的な文章をだいたい500文字程度で送って下さい。
700文字は超えないといいですね。では、待ってまーす。」
おい、なんだよこれは。琴線に触れる?
そもそも、琴線って人それぞれなものなんじゃないか?
いや、こっちは申請をしている身だ。「琴線といいましても...」と文句を付ければ、俺に対する評価は落ちるに決まっている。
ここは、彼の文脈から、彼の琴線を探っていくしかない。
まず、「では、待ってまーす。」の一言と、「500文字程度で」ということは、彼はかなりせっかちだ。
短い文章で感動させてください。というのは、今すぐにでも感動したい。ということだ。
そして、「私の琴線に触れるような」、こんなことを言ってくるのはかなり腹が黒いだろう。
明らかに、俺のキャリアが無いと知って、不採用の流れを作るためだとしか思えない。
だが、そういう人は文章に入れ込む可能性が高い。
どうでもいいと思っている彼が流すように読む...そういう展開を想像して慎重に500文字を書き込んでいくしかない。
俺は書いた。
《Re: 申請の件》
「俺は、妹を亡くした。妹は俺が4歳のときに生まれて、それから、ずっと一緒だった。
近所でも仲がいいと有名だったし、他の兄弟と比べても、俺と妹が仲がいいのは俺と妹が一番良くわかっていた。
そんな妹が、俺の目の前で命を落とした。電車。妹。妹の背中に伸びる手。
今でも、鮮明に覚えている。誰かが、妹を電車に突き落としたのだ。
俺は、そいつに復讐することを心に決め、都内某所に事務所を立ち上げた。
制裁事務所。簡単にいえば、人を壊すことを
数多くの人間を相手にした。俺が彼らを憎んでいたわけではない。彼らも俺を憎んでいたわけではない。
しかし、妹のことが脳裏によぎるたびに、俺は途端に彼らが憎くなる。
ある日のことだった。俺の妹を突き落としたと思われる人物が特定された。
俺は一日中そいつを追った。行動が誰かに似通っている、そんな風に感じた。
駅の中。ホームへ向かう。俺は売店に身を潜め、周囲を伺っていた。
夜の10時。確か妹が亡くなった時間もこんな夜だった。
俺は売店の裏に身を潜め、電車が来るタイミングを伺う。
電車が動く震動を身体全体で感知し、売店の影から猛ダッシュし、そいつの身体をホームの外へ手袋をはめた両腕で飛ばしていく。
しかし、その姿は、最初で最後だと思っていた、妹のホームの外へ落ちる姿だった。
俺は二度も、妹が死ぬ姿を見てしまった。
そこで、俺は病院のベッドで目覚めた。看護師が言うには俺に妹は居ないらしい。
そして、自分でない何かを殺すことで、体内の悪いものを殺していたとのことだ。
でも、今でもこの手にはホームの外へ落とす感覚が残っている。」
よし、これでどうだ。700字はオーバーしていない。
感動ものといわればそうではない。しかし、琴線に触れる、衝撃を与えるには十分な出来じゃないか?
素人の割にはやるな、っていう感動が生まれるかもしれない。
20分後、返信が来た。
《ReRe: 申請の件》
「読ませてもらいました。いいですねえ。プロットにもなりそうですねえ。
これでゲーム作ったらなかなかに売れるんじゃないですか?細かい設定はあとにして...ね。
それで、1つ問題があるんですね。
さっき、私は「私の琴線に触れる」と言いましたよね。
しかし...これでは私の琴線には触れないんですね。
何故か...と申しますと、これは私は何度も読んでいる文章なんですね。
今流行りの、ライター募集殺し...。
あなたが何の目的があってかは知りませんが、複数の社に同じ文面を送るのは、いくらなんでもどうかと思いますよ。
あなたも、悪いものを殺しているつもりなんでしょうか?
ベッドの上では目覚めることはないと思いますよ。」
どうやらコイツは、本当にホームの外に落としてやる必要があるようだ。