魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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「じゃあ単刀直入に聞かせてもらうけど、何故お前たちがここにいる――――――――――――――――――――――――――――――――――――アインツベルン」

 

竜貴から放たれた問いに友好的なものは一切ない。

それは敵意などと言う生温い物ではなく、殺意三歩手前と言ったところだろう。

 

しかし、「アインツベルン」と呼ばれた二人組の様子に変化はない。

どこまでも超然と、人形染みた硬質の美貌には陰りや曇りどころか、さざ波さえ起こらない。

まるで、眼前の少年には何の関心もないかのように。

 

(アインツ…ベルン?)

「衛宮、知っているのか?」

 

たった今起きた目を覆いたくなるような光景にほとんどの者が思考停止に陥る中、辛うじて自失を免れた達也と克人が、それぞれ視線と言葉で竜貴に問う。

だが、そんな二人に返された答えは、まったく要領を得ないものだった。

 

「………………………まぁ、ちょっと色々因縁が」

「……わかった、深く詮索はしない。それが契約だ」

(契約、か。一体どんな物なのか興味はあるが、今はそれよりも……)

「アインツベルン殿、だったか。自分は十文字克人。少々、話を聞かせていただきたい」

 

何か事情がある様で、克人は竜貴への詮索はしようとせず、代わりに二人組へと矛先を変える。

克人の太く逞しい喉から発せられた声は重厚感に富み、美声と言うわけではないが、無視しえない力強さを備えていた。

また、言葉遣いこそ丁寧ではあるが、隠しきれない……あるいは、隠す気さえない敵意に満ちている。

気の弱い者なら、これだけで腰を抜かしてしまうに違いない。

にもかかわらず、件の二人組は克人に一瞥すら向けず、元よりいないものとして扱う。

どうやら彼女達は、十師族……いや、魔法師と言う存在そのものが眼中にないらしい。

 

「無論、貴方様にお会いする為にです、衛宮様」

「とっくの昔に縁の切れた僕達に会う為?

 はっ……くだらない冗談はよしてくれよ。そもそも、お前達は今更僕達に興味なんてないだろう」

「はい、その通りでございます。しかし、我らの求める物の行方を知るのは貴方様と遠坂様だけでしょう」

 

竜貴の言葉は否定されるどころか、馬鹿正直に肯定される。

アインツベルンが衛宮と言う魔術師その物には興味が無い事など、お互いに承知の上と言う事か。

 

「求める物…ね。なら、まっすぐ冬木に行けばいいものを……」

「我らの城への道を閉ざしたのはあなたがたでしょう。

それに、冬木は遠坂が統べる地。無策で敵地に乗り込む程、無謀ではありません」

 

つまり、本拠地から離れた竜貴の方が色々都合が良かったから、敢えてこちらに来たと言う事。

それ自体は筋が通らないでもない。

もしアインツベルンが冬木に現れたりしたら、遠坂と衛宮は最大級の警戒を以って当たるだろう。

それよりかは自身の領域から遠く離れ、なおかつ衛宮にとって予期せぬ遭遇となった今の方が確かに優位に立てる。

まぁその時点で、まともに話し合いをする気が無いと言っている様な物だが。

 

いや、そもそもアインツベルンの用件など大方の予想が付く。

そしてそれが間違っていなければ、連中がどんな強硬策に出るかわかったものではない。

そう言う意味で言えば、元より穏便に片が付く筈もないのだ。

 

「それで、一体何を探してるのかな。聞くまでもないけど、聞くだけ聞いてあげるよ」

「では、我等アインツベルンの至宝『ユスティーツァ』はどちらに?」

「百年前に解体してゴミに出した。別に隠しちゃいないし、知ってると思ってたけど?

 それとも、引きこもり過ぎて遂にはその程度の情報さえ手に入らなくなったのかな」

「いえ、ロード・エルメロイと共に解体した話は聞き及んでおります。

 ですが、ユスティーツァは彼の儀式の中核。

魔術師…いえ、魔術を知る者なら、廃棄などと言う愚行はする筈がありません」

「まっとうな魔術師なら、そうかもね。でも、僕たちは衛宮だぞ?」

「実際に解体したのは、時の遠坂の当主だったと記憶しております」

 

確かに、まっとうな魔術師なら解体……すら普通ならあり得ない事だが、ましてやその中核を廃棄するなどあり得ない。如何に遠坂が「人間らしい魔術師」とはいえ、大差はないと考えるのが普通だろう。

 

「まぁ、希望を持つのは自由だけど……それにしても、アレを探してるって事は、また始める気なのかな?」

「答える必要はございません。少なくとも、あなたがお答えにならない以上は」

「答えたんだけどなぁ……いいさ、やりたいなら勝手にやればいい。

人様に迷惑がかからないなら、僕らが口出しする理由もない」

 

それは、竜貴の偽らざる本心だった。

ユスティーツァを要とする彼の儀式は、衛宮にしても遠坂にしても因縁深い物なのは確か。

だが、かつてその内に巣食っていた呪いが引き継がれるならまだしも、そうでない限り衛宮も遠坂も干渉する理由はないし、その気もない。少なくとも、かつての様に周辺に無用な被害を及ぼしたりしない限りは。

それこそ、どこぞの砂漠や山中、あるいは海上でやっている分には、放置することになるだろう。

その意味で言えば、竜貴もまたアインツベルンそのものにはさして興味はない。

彼にとっては、目の前で起きた現実こそが重要だった。

 

「用件はわかった。で、それとこれと一体なんの関係があるのかな?

 事と次第によっては、責任を取ってもらうことになるけど」

 

アインツベルンの目的はわかった。元より予想できたことだし、強いて言うなら「何故今更」と言う位だ。

問題なのは、この場の状況。

彼女らの目的に、この状況を生みだす理由が見出せない。

かと言って、「戯れ」などと言う概念があるかさえ怪しいアインツベルンが、意味もなくこんな事をするとは思えない。

 

その上、魔術師の大原則である秘匿の方も杜撰極まりない。

確かに、結界内の人間を皆殺しにし、きちんと後始末をしていけば一応の隠蔽にはなるだろう。

しかしそれは、そもそもこんな「不要」な事をしなければ、する必要のない手間だ。

如何にアインツベルンが長い年月の中で妄執に囚われようと、ここまで程度が落ちたとは考えにくいのだが……。

 

「関係はありません。こちらは別件ですので」

「なに?」

「都合よく人があまり寄りつかず、されどそれなりに人間のいる場所がありましたので、活用させていただいた次第です。本来であれば、こちらの用が終わり次第、御伺いする予定でしたが手間が省けました」

 

つまり、ブランシュの連中は竜貴とは一切関係なく、偶々「魔術」に呑み込まれたと言う事か。

まぁ、珍しくはあるが、あり得ない事態ではない。

魔術師なんて言うのは、自分達の都合や目的のために他者を食い物にする事を良しとする人種だ。

重要なのは、それが外にバレない事。今回の場合、それすらあまり手際が良いとは言えないが……。

 

(っていうか、今更だけどこいつらホントにアインツベルンか?)

 

やり口が、あまりにもらしくない。

アインツベルンは、良くも悪くも魔術師らしい魔術師だ。

格好や話題からほぼ間違いないと思っていたのだが、そもそも根本的な所で勘違いしている可能性がある。

先入観に囚われすぎたかもしれない、竜貴がそう考えていた時、はじめてアインツベルン側の表情に変化が起きた。それは、彼が曽祖母やその従者から聞いたアインツベルン像からはかけ離れた、陰惨な笑み。

 

「ええ、本当に手間が省けました。貴方には、こちらの実験を手伝っていただくつもりでしたので。マリーカ」

「は、い」

「主のご命令です。彼らを、我等の繁栄の礎となさい」

「令呪、を以って、我は、縁を、手繰る」

「令呪だぁ!?」

 

ハルバートを持った女は一歩前に出ると、片手で器用に胸元をはだける。

豊かな胸の谷間のやや上、心臓の真上辺りに刻まれたそれは、遠目にも尋常ならざる魔力を宿している事が分かる刻印。本物かどうかは知らないが、もしそうだとすれば……事態は竜貴の手に余る。

故に、いつでも抜けるよう備えていた双剣へ手を回しながら指示を出す。

 

「逃げろ!!!」

「なに? 竜貴、それは……」

「行くぞ、司波。お前達もだ、いつまで呆けている!!」

「か、会頭…ですが!」

「ここでは衛宮の指示に従う、忘れたか!」

「「「……」」」

「お兄様……」

 

司波兄妹を除く三人は克人の一喝に呑まれ、深雪は兄を見上げる。

そこには隠しきれない不安が滲み、達也は深雪の手を取って扉へと身体を向け皆と共に走りだす。

その間にも、女の背から眩い光が放たれ、その光度は加速度的に増して行く。

 

「そういうことだ。行くぞ、深雪」

「は、はい」

「この身を、糧に」

(させるか!)

 

竜貴は腰の後ろに刺していた双剣を抜き放ち、その勢いのまま左手に持った黒剣「干将」を投擲。

回転しながら無防備な姿を晒す女へ向けて飛翔し、深々とその胸を貫く。

 

それは、竜貴にとっても予想外の出来事。

避けるなりハルバートで防御するなりするだろうと考え、片方の剣だけを投擲したのだ。

それが、まさか無防備に剣を受けるとは……とはいえ、貫いたのなら好都合。あとはトドメを刺すだけ。

しかし、最早発声はおろか呼吸さえ不可能な傷を負った女は、それでもなお声ならぬ声を紡ぐ。

 

――――――顕現、せよ。バーサーカー(狂戦士)

 

その瞬間、女を中心に荒れ狂う暴風が発生した。

決して広いとは言えない室内を蹂躙する光と風に、皆の動きが僅かに止まる。

唯一竜貴だけが、先手を取らんと光と風の中心部へと疾駆する。

だがそこで、彼は予想外の物を目にした。

 

(な、に……?)

 

先ほどまで饒舌に語っていた女が消えたのだ。

いや、正確には赤い霧の様なものを残して上半身が消失した、と言うべきか。

それが何を意味するかはすぐに理解できた。

ただ、仮にも味方である筈の相手にそれをした事が、竜貴の思考に僅かな虚を生む。

 

そのコンマ一秒にも満たない空白が、致命的な隙となる。

竜貴が先の詠唱の最後に「バーサーカー」と紡がれた事を思い出すのと同時に、右手から横殴りの衝撃が襲いかかった。

 

「がっ!?」

 

高速で走る大型車に跳ね飛ばされたかのような、あるいはそれ以上の衝撃が竜貴の身体を弾き飛ばす。

全身に強化の魔術を施しておきながら、竜貴は為す術もなく壁へと激突。

まるで焼き菓子を砕くかのような容易さで壁を粉砕し、建物の奥へと消えて行った。

 

「嘘、だろ……」

「……なによ、今の」

「速いなんてもんじゃねぇぞ」

 

ようやく風が止み、どうしても後ろが気になった三人は、その光景を見てしまったのだろう。

それまで彼らの世界を支えていた常識を越えた事態に、思考が停止する。

あるいは、女の片割れの上半身が消えた事もその一因だったかもしれない。

 

逃げなければ、と思う。同時に、無駄だと言う事も分かってしまった。

魔法が発動するまでの時間は極僅か。

だが、その僅かな時間でこの敵は自分達を間合いに捉える事ができる。

そして、竜貴を殴り飛ばしたあの一撃。あんな物をまともに受ければ、硬化魔法を用いたレオでも……。

本能が理性を上回り、自らの死を絶対の物として受け入れてしまったと言う事。

しかしそこへ、理性を奮い立たせる重厚な声が三人の身体を震わせた。

 

「止まるな、走れ!!」

 

一喝と共に、いつの間にかCADを操作していた克人は女の頭上に障壁を作りだし、これを叩きつける。

女はそれをハルバート……いや、ハルバートだったもので受け止めた。

本人は耐えられるようだが、足場であるコンクリート製の床が耐えきれず、「ミシミシ」と音を立てながら陥没していく。

 

それに僅かに遅れて、達也が動いた。

銃身の長い拳銃型のCADの銃口を女に向け、躊躇いなく引き金を引く。

傍らの深雪は僅かにその事に目を見開くが、続く驚愕がそれを塗り替えた。

達也の魔法が、発動しなかったのだ。

 

「そんな……」

(やはり、ダメか)

 

冷静に、達也は自身の魔法が不発に終わった事を受け入れる。

魔法の使用を不得手とする達也だが、「例外的な魔法」が二つある。

ただ、どちらも基本的には「直接的な事象改編」を行う種類の物。

そのため、事象改編そのものを受け付けない存在には効果が無い。

例えばそう、今目の前にいる「なにか」などがそうであるように。

 

(しかし、なんだこのバカげたサイオン量は……)

 

達也の視界……情報の次元から見たその女は、最早輪郭を捉える事すらできない太陽の如き輝きを放っていた。

莫大な量のサイオンが、後から後から湯水のように溢れだしている。

その身から放たれる人間とは比較にならないサイオンが、魔法式の侵入を許さない。

故に達也は、自分ではこの「なにか」に対処できない事を即座に受け入れ、それができる者に指示を出す。

 

「深雪、やれ!」

「はい!」

 

克人の障壁と女の力が拮抗している間に、深雪はCADから彼女が得意とする系統の中でも、特に強力な魔法を呼び出す。

その名は、振動減速系広域魔法「ニブルヘイム」。

この魔法を、今深雪は最大レベルで行使している。

それはつまり、液体窒素の霧さえも含む冷気の塊を作りだし、これをぶつけたということだ。

 

「……やった」

 

深雪が安堵したように呟く。

それも当然だろう。女の身体は瞬く間のうちに凍りつき、克人の障壁で押しつぶされたのだから。

これで起き上がってこられる生物など、いる筈が無い。少なくとも、自らの身体を凍る前に戻せるような、そんな例外でもない限り。

だがその考え方自体が誤りである事を、克人は知っていた。

 

「まだだ、今のうちに逃げるぞ!」

「え、でも……」

「いくぞ、深雪。エリカ、レオ、桐原先輩も急いでください!」

「「お、おう!」」

 

二人に促されるまま、四人は扉へ向けて再度動き出す。

エリカ達は竜貴の事が気掛かりだったのだが、それを言える雰囲気ではなかった。

なにより、焦りの色を浮かべる克人の顔が、彼らに余計な口を挟ませない。

 

(これで、時間を稼げればいいが……)

 

それが、偽らざる克人の本音。彼は、これで終わったなどとは思っていない。

アレがなんであるかは、克人にもわからない。しかし、アレが「埒外」の存在である事はわかる。

魔法は物理法則に縛られないが、引き起こされる現象は基本的には物理現象の延長だ。

あの手の相手には、それだけでは効果が薄い事を克人は知っている。

そして、大半の魔法師はその物理現象の延長しか操れない。

あの手の連中にダメージを与えるのは、至難の業なのだ。

それは、克人とて例外ではない。克服しようにも克服できない、現代魔法の抱える構造的性質だ。

 

故に、これで終わったなどとは思っていない。

ただ、叶うなら……この建物から脱出するまでの時間稼ぎになってほしい。

だがそんなささやかな願いは、無惨にも粉砕される。

 

「ゥ――――――」

 

僅かな声がしたかと思うと、克人の障壁が粉砕され陥没した床からそれが這い出てくる。

それは何事もなかったかのように立ち上がると、体からパラパラと何かが剥離していく。

どうやら、身体の表面を覆っていた氷が剥がれ落ちているようだ。

つまり、ニブルヘイムは体の表面を凍らせただけで、その芯には届いていなかったらしい。

 

しかし、これを竜貴が見ていたならさぞかし驚いた事だろう。

一瞬とはいえ、単に冷やしただけ(と言うには冷た過ぎるが)でアレの動きを止めたのだから。

 

続いて、それは二・三度手を開閉させる。どうやら、力の入り具合を確かめているようだ。

恐らくだが、今の身体にまだ馴染んでいないのだろう。何しろ……

 

(姿が、変わっている)

 

扉へ向けて走りながら、達也はようやく女の姿が変わっている事を意識する事ができた。

さきほどの「ドレスの様な衣装」ではなく、「花嫁衣装の如きドレス」を身に纏い、頭巾はなくなり赤毛から機械的なパーツが覗いている。また、手に持つのはハルバートではなく戦鎚(メイス)へと変化していた。

 

(いったい、何が起きた……)

 

立て続けに起きる不可思議な現象に、達也も理解が追いつかない。

いや、そもそも理解する為に必要な知識が彼には決定的に欠けていた。

わかるのは、目の前の現実だけ。その現実が、何故起こったのか……それがわからない。

そんな中でも一つだけ確かな事がある。それは、今は逃げの一手しかないと言う事だ。

だが、そんな甘い考えを、それは容易く踏みにじる。

 

「ナ―――――――――――――――――――――――ォォォゥ!!!」

 

この世の物とも思えぬ甲高い絶叫。

いつ果てるともしれないそれが耳朶を叩いた……否、貫いたと表現すべきか、その瞬間、彼らの足は縫いつけられたように動きを止める。

同時にこの一時、達也でさえその怜悧な思考力を喪失し、何が起こったのか「理解しようと努める」事さえできなくなっていた。

それが彼女の固有スキル「虚ろなる生者の嘆き」の効果。いつ果てるともしれない甲高い絶叫により、敵味方を問わず思考力を奪い、抵抗力のない者は恐慌をきたして呼吸不能に陥る事さえある。

 

幸いなことに、この場には心身ともに優れた者が揃っていた。

おかげで最悪の事態は免れたものの、それでも彼らは所詮「人間」に過ぎない。

正常な思考力は奪われ、魂の芯に響く絶叫に身体が竦みあがる。

それは、「まともに感情の働いていない」達也でさえ例外ではなかった。

 

達也達が僅かな自失に囚われている間に、それは瞬く間のうちに距離を詰める。

そしてそれは、人の頭を容易く握りつぶしたトマトに変える戦鎚を人間の知覚を越える速度で振り下ろさんと、高々と振り上げる。

 

(深雪は、やらせん……!!)

 

しかしその直前、達也の中にたった一つ残された衝動が総身を貫く。

その衝動に後押しされ、誰よりも早く思考力を取り戻した彼は深雪を守らんとそれの前に立ちふさがる。

 

動き出しを見てからでは間に合わない。まともに受け止められるようなものでもない。

それは、先ほど竜貴が殴り飛ばされた瞬間に理解している。

故に、動きの起こりを見逃さず、戦鎚の軌道を先読みし、受け止めるのではなく受け流すことに全身全霊を注ぐ。

まともな人間、あるいは練達の武芸者でもそれは不可能に近い。

 

だが達也は、既に達人の域に近い技量を備えている。

このまま修練を続ければ、遠からず魔人の域にも達するやもしれない。

その業の限りを尽くせば、多少の損害と引き換えにこの一撃を受け流すことも不可能ではない。

ただ一つ、彼に足りない物が無かったのなら。

 

「ァァァァ!!」

(今っ!)

 

振り下ろされる隕石を彷彿とさせる一撃を前に、達也はタイミングを、軌道を完全に見切り、最速で左腕を掲げる。

それは、この常識外れの一撃を確実に捌き切る、これ以上はないと言っていい動き。

見切ってからの動作は迅速、腕は戦鎚に対し適度な傾斜をつけ、接触に僅かに先んじて掲げた腕を振るう。

達也自身、確実に致命傷を避け、腕の被害も最小限に抑えられると確信していた。

しかし、完全に見切っていたが故に、達也の動き出しは…………早すぎた。

 

(なん、だと……)

 

極限の集中が、達也の体感時間を引き延ばす。

だからこそ、彼は理解してしまった。振り下ろされる戦鎚の軌道が、縦から横に今まさに変更されようとしている事を。

 

達也に足りなかった物、それは人外の存在に対する知識。

彼らは、銃弾が発射されるのを見てから避けられるような基本性能と反応速度を有する怪物。

動き出す直前に防御したのではあまりに速い。それを見てから手を変えるなど、彼らにとっては造作もない。

彼らを相手取る際は、ギリギリまで何をするかを悟らせてはならなかったのだ。

 

先読みして最速で防御するなど愚の骨頂。

対処行動が間に合うその瞬間まで引きつけ、生と死の境界線上に割り込む。

それだけが、人の身で彼らと対峙する為のただひとつの方法。

少なくとも「人間の臨界」を越えない限り、これ以外に方法はない。

 

達也がそれを知り、その為の修練を少しでも積んでいたなら、あるいは対処できただろう。

だが彼は知らなかった。知らなかったからその為の修練を積んでこなかった。そう動く事が出来なかった。

故に、これは当然の帰結。達也は為す術もなく、腕を無為に掲げた滑稽な姿でその身を砕かれる……筈だった。

 

「ォ?」

「っ!?」

 

戦鎚を薙ぎ払おうとしていた女が、突如達也から視線を外した。

そのまま戦鎚を振り払い、いつの間にか飛来していた白剣を弾き飛ばす。

弾かれた剣が宙を舞う。同時に、部屋を照らす灯りが陰った。

見上げれば、そこには額から血を流しながらもなお戦意を失っていない竜貴の姿があった。

 

「シッ!」

 

弾かれた剣を掴み取りながら、空中で体をひねって蹴りを見舞う。

それは難なく戦鎚の柄で防がれるも、続いて背後から飛来する亀甲模様の入った黒剣が女の背に牙をむく。

間髪いれずに襲いかかった剣を、女は体を回転させながら竜貴諸共剣を弾いて対処。

竜貴は弾かれた勢いを利用して距離を取り、達也もまた同様にバックステップで間合いを取る。

 

「衛宮、生きていたか」

「なんとか防御が間にあったんで。ま、ちょっと意識が飛んじゃいましたけど」

 

あの瞬間、剣による防御こそ間に合わなかったものの、腕を畳んで受け止め、力の方向に逆らわず身を投げ出す事はできた。

おかげでなんとか致命傷は避けられたものの、万全とは言い難かった事もあり、数秒とは言え意識が飛んでしまったのだが。とはいえ、その防御した腕も決して無事とは言い難い。

 

(よし、なんとか動く。骨は砕けたけど、代わりに芯を通したから痛いのさえ我慢すればしばらくはいける)

 

残念ながら、竜貴の強化の魔術ではあの一撃に耐え得る程に肉体を補強する事は出来なかった。

結果、右腕の骨は見る影もない程に砕け散っている。

そこで投影魔術を用い、骨の代わりに金属の棒を作り骨の代用にしているのだ。

とはいえ、そうそう長く持つものではないが。

 

「克人さん……」

「わかっている。任せるが、いいな?」

「ええ。正直、庇いながらとか無理なんで」

「わかった。行くぞ!」

 

既に、二人の決定に異を唱えるつもりは皆にはない。

克人に従い、5人はまっすぐ扉へと向かっていく。

今度こそ邪魔が入ることなく、達也達は部屋からの脱出を果たす。

 

無論、それが殿を務め、皆の背後で剣を振るって足止めする竜貴のおかげである事は言うまでもない。

そして達也は、皆を先導する克人の後ろを走りながら、情報の次元からその闘いを視て己の過ちを理解する。

同時に、竜貴がどれだけ危うい綱渡りをしているかも。

 

(まったく、正気を疑うな……)

「会頭、ありゃ一体何なんですか!」

「俺にもわからん」

「わからんって……」

「俺にわかるのは、アレは夢幻の類と言う事だけだ」

 

それが比喩表現の一種である事は、わかりきっている。

問題なのは、何故そういう表現の仕方をしたかだ。

 

「どういう事です?」

「今俺達は白昼夢を視ている様な物だ。夢の産物が夢から現実に出てきているとして、どう対処する」

「…………」

「夢の住人に近代兵器も魔法も意味はない。

あちら側の存在を傷つけるには、あちら側の武器なり術なりが必要だ」

「でも、夢ならなぜあちらの攻撃が当たるのでしょう?

 私達とではいる世界が違うというなら、あちらにとっても同じはずでは……」

「病は気からと言うだろう。人は、思い込み一つで肉体に影響が出る」

「つまり、攻撃されたと言うイメージが肉体に作用する様な物、と?」

「俺は、そう解釈することにしている」

(なるほど。それなら、深雪の魔法で一時動きを止められた事にも理屈が通る)

 

深雪の介入が入るまで、克人の障壁ですらアレには有効に作用していなかった。

つまりアレに対して魔法を使用した三人の中で、深雪だけがまともにアレに魔法を作用させる事が出来た訳だ。

その理由も、克人の説明から見出すことができる。

深雪の本来の魔法の適正は、系統外魔法……つまり、精神干渉系の魔法を得手とする。

彼女が振動減速系の魔法を得意とするのは、その特性が物理現象に置き換わっているからだ。

そんな深雪の特性が影響して、アレに多少なりとも効果を発揮したのだろう。

 

「でもそれじゃ、竜貴君は……」

「奴の剣を視たか?」

「え?」

「アレに負けず劣らぬサイオンの光を放っていただろう。つまりあの剣も、あちら側の存在と言う事だ」

 

実際、達也の眼にも竜貴の剣からは途轍もない量のサイオンが放たれている事が分かる。

 

(先ほどまではそんな事はなかった筈。違いは……あの紐か。

 それなら、恐らくは桐原先輩の剣も同じと言う事になる)

「でもよ、この後どうすんだ?」

「どうするって、なにがよ」

「竜貴の話じゃ、逃がさねぇ為の結界があるんだろ。

 そんなもんがあるんじゃ、外に出ても意味ねぇんじゃねぇか?」

「それは……」

 

レオの言う通り、達也達だけでは結界からの脱出は困難。

悠長に脱出方法を探っていては、竜貴が負ければいずれ追い付かれることになる。

何より、竜貴一人に全てを押し付けるのは彼らとしても納得がいかない。

 

「とりあえずは外に出る。屋外なら、人数の利を活かす余地もあるだろう」

(だがそれでも、ダメージを期待できるのは竜貴か桐原先輩、あと辛うじて深雪だけ。

 俺とエリカ、それにレオは接近戦しかできないが、それでは……)

「レオ、とりあえず絶対に近づくんじゃないわよ」

「なんでだよ」

「さっきの見てなかったの? アレと私達とじゃ反応速度が桁違い。

 私達が何かするのを見てからでも、アイツは余裕で対処できるのよ。

 自己加速術式を使えば速度だけなら渡り合えるか、上回れると思う。

 でも、アイツはこっちがやる事を見て、考えてから動いても間に合うの。どんなに早く動けても、そんな後出しじゃんけんされたら勝ち目なんてないわ」

 

自己加速術式は確かに優れた白兵戦用の魔法だが、難点がある。

それは、人間の思考・反応速度が追いつかないと言う事。

人間の知覚速度の限界を超えない以上、先の先を読んで手を打って行くより他にない。

 

しかし、相手は人間離れした速度に思考や反応が追いついている。

それなら、エリカ達の様に先の先を読んでいく必要はない。

正に後出しの様に、相手の手を見てからそれを潰す手を選択すればいいのだから。

 

「そう言う意味じゃ、私もダメでしょうね。竜貴君が用意した剣って事は桐原先輩なら攻撃は通るかもしれないけど、当たらないんじゃ意味はないし。達也君は? 実際に向かいあってみてどうだった?」

「同感だ。とてもじゃないが、今までのやり方じゃ効果はないと痛感した。

 やるなら、あちらが変化できないギリギリまで引きつけて対処するしかない」

「あの速度を引き付けるって……命投げ捨ててるのと同じじゃない」

 

うめく様なエリカのつぶやきに、達也も同意する。

刹那でもタイミングが早くても遅くてもダメ。遅ければ対処が間にあわず殺されるし、早ければこちらの対処を潰す様に動かれてしまう。

それは最早、一手一手が大穴狙いにも等しい綱渡り。

たった一度それをするだけでもどれほど神経をすり減らす事か。

 

ましてや、それを戦闘中常に続けるなど不可能だ。

できる者がいるとしたら、それは頭がイカレているとしか言いようがない。

そして、そんなイカレた男がいる事を達也は既に知っている。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「ァァァァァァァァァアアアアアアァァァウウゥァァァァ!!!」

 

人の心を震え上がらせるような絶叫と共に、それは巨大な戦鎚を力の限り叩きつけて来る。

そこに技はなく、そこに術理はなく、そこに理性はない。

あるのはただ、目の前の標的を肉塊に変えようと言う暴力的な意思のみ。

 

竜貴は降り注ぐ落石の如きそれらを、刹那のタイミングを逃さず弾き、いなし、避けていく。

本能に流され手を早める事はなく、微かな恐れで手を送らせる事もない。

絶妙なタイミングで、生死の境界に割り込み一秒後の生存を勝ち取っていく。

一挙手一投足が、達也が言う所の大穴狙いの綱渡り。

その全てを、竜貴は顔色一つ変えることなく渡り切る。

さもありなん、“この程度の速度”は彼が慣れ親しんだそれに未だ及ばない。

 

(確かに速くて重い、速度も力も僕より遥かに上。

 だけど―――――――――――――――――――――――あの人程じゃない!)

 

百年以上に渡り、衛宮と遠坂の子等を教練してきた彼の王とは比べるべくもない。

充分な魔力供給が受けられず、本来の性能の半分以下しか出せなくなった彼女だが、それでもなお人間の限界の遥か先にいる。

そんな彼女を相手に人間以上の存在との闘い方を学び、時に実戦を乗り越えて来た竜貴にとって、この程度の速度も力も驚くに値しない。

生と死の境界に割り込む闘い方は、握る剣にも、その身体にも徹底的に刻み込まれている。

 

剣を握る腕はだらりとさげられ、全身から可能な限り力みを抜く。

ただし、肘と膝は僅かに曲げ、どの方向からの攻撃にも対処できるよう備える。

先手を取ろうなどと露ほども考えない。姿勢は専守防衛、狙うはカウンター。

その一点にのみ勝機がある事を、竜貴は知り尽くしていた。

 

「ァァァァアアァァァァィィィィィィィィ!!」

 

繰り出される猛攻を、皮膚や衣服に掠る距離で捌いて行く。

相手に武の心得はない様で、本能に任せた攻撃は前後の隙が大きい。

竜貴はその隙を見逃したりはせず、間髪いれずに左手の莫邪を振るう。

 

とはいえ、相手が人間離れした速度とそれに追いつく反応速度の持ち主である事に変わりはないのだ。

案の定、竜貴の一太刀は余裕をもって回避され、返しの一撃を右手の干将でいなす。

やはり、単に隙をついた程度で届く程、「英霊」の域は低くない。

 

(なるほど、半端者とは言えさすがはサーヴァントか。

 あの人には遠く及ばないとはいえ、それでもなお格上である事に違いはない。

 そろそろ、凌ぐのも厳しくなってきたな……)

 

闘いながら、竜貴は既に相手の大まかな状態を推察していた。

確かに指南役である彼女には遠く及ばないが、制限を抱えた状態で相手取るには厳しい相手。

戦鎚が掠める度に、身体の所々から血が滲み、痣が浮かびあがっていく。

確かに、「英霊」の名に偽りなしと言えるだろう。

本調子からは程遠いにもかかわらず、これだ。

もし完全か、それに近い状態で召喚されていたら、数分ともたずにひき肉になっていただろう。

 

(英霊の直接召喚ではなく、肉体を寄り代にしての憑依召喚。

 確かにこれなら、大聖杯級の大規模な用意は必要ない。

 ま、それにしたって何かしらのタネはあるだろうけど……)

 

なにしろ、単に英霊を憑依させただけでなく、外装を纏う様に半ば以上英霊化していた。

常ならば、英霊の力の一端を借り受け、その真似事をこなすのが限度。これは明らかにその域を逸脱していた。

そんな術式は聞いた事が無いし、ましてやアインツベルンの錬金術ともかけ離れている。

とはいえ、それによる弊害もないわけではない。

 

(どこの英雄か知らないけど、素体の性能にかなり影響されると見た。

 一応戦闘用のホムンクルスが素体らしいけど、それでこれか。

 仮に魔法師を素体にしたとして、どの程度に仕上がる事やら)

 

恐らくだが、先ほどブランシュのメンバーでやっていた実験もこれに関連したものだろう。

魔術師…正確には、ホムンクルスなら可能だが、魔法師の場合なにかしらの条件がつくらしい。

何故魔法師を利用するか、はあまり考える必要はない。

魔術師は数が少なく、誰も好き好んでこんな術式の実験台になろうとはしないだろう。

仮に、何らかの方法で強制しようとしても、相応の抵抗をされるのは当然。

それなら、数が増え続けている魔法師を利用するのは理に適っている。問題なのは、そこではなく……

 

(ユスティーツァを回収しようとしていたことからして、やはり目的は聖杯。

 こんな実験をしてるって事は、魔法師を巻き込むつもりか?

 協会がなくなったとはいえ、思い切った事をする……っと、さすがにそろそろヤバいか)

 

思索と戦闘を並行してきたが、そろそろ限界を迎えつつある。

ここから先は、一度この状況を終わらせてからにすべきだろう。

 

実際、ついに弾く事もいなす事もできなくなり、剣の腹で受け止め身体もろとも弾き飛ばされてしまった。

竜貴の小柄な体は宙を舞い、辛うじて体勢を立て直して着地。

だがその間に、サーヴァントモドキは距離を詰め、追撃を仕掛けてきている。

 

「くっ……」

 

体勢が不十分な所へ繰り出された一撃を辛うじて受け止めた物の、呆気なく双剣を失ってしまう。

技でも何でもなく、単純に力負けした結果だった。

 

「ウィィ――――」

 

無論、敵にこの機を逃す理由はない。

無刀となった獲物を憐れな虫けらの如く叩きつぶすべく、強力無比な打突が放たれた。

だが、受ければ絶命確実な一撃を、一対の光がかち上げる。

 

「おおぉっ!!」

 

軌道を逸らし、自身の真上を通り過ぎていく戦鎚を確認する事すらせず、竜貴はがら空きになった懐へ一気に踏み込む。

竜貴の手には、先ほどと同じ双剣が握られている。

それを交差させつつ戦鎚の柄を抑えながら踏み込むと、竜貴はがら空きとなった脇腹へひざ蹴りを叩きこむ。

とはいえ、力・速度のみならず頑強さも人間の域を超えているであろうサーヴァントモドキを相手に、如何に強化しているとはいえ、良くても岩を割る程度の蹴りではダメージは望めない。

故に、竜貴はそこにもう一手趣向を凝らす。

 

身体は剣で満ちている(I stab my soul with a sword )

 

当たる瞬間、その膝を食い破るように刃が突き出し、文字通りの意味で脇腹を抉る。

蹴りを戻すと同時に刃も消すが、竜貴の膝は真っ赤な血で染められていた。

 

予想外の一撃に、戦鎚に込められていた力が僅かに鈍る。

竜貴はその瞬間を見逃さず、双剣に力を込めて戦鎚を弾いた。

戦鎚の重量もあってバーサーカーの体勢が崩れ、僅かに数歩たたらを踏む様に後退する。

そこへ竜貴はさらに踏み込み、今度は自由になった双剣を構える。

 

「ナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――オゥッ!!!」

 

再度放たれる絶叫。

人間であるならば、抗う事すら至難なそれに晒されて―――――それでも竜貴の足が鈍る事はない。

 

それもその筈。衛宮の外套は、彼らの内面を守る為の概念武装。

如何にサーヴァントの固有スキルとは言え、相手が一級品の概念武装では分が悪い。

ましてや、当のサーヴァントそのものが劣化品とあっては尚の事。

 

「シッ!」

 

十字を描く様に刃を滑らせ、確実にその首を取りに行く。

この様な好機、もう一度あるかどうかすら怪しい。

相手の意表を三度突いたからこそ得られた、奇跡の様な一瞬。

それを竜貴は―――――――――――――――――――――――――活かす事が出来なかった。

 

「ゥ……ゥゥ…………ッ!」

「ちっ……」

 

竜貴の刃がその身を切り裂く寸前、バーサーカーの身体から紫電が迸った。

至近距離から放たれた電撃を防御する事も回避する事もできず、感電した事で動きが僅かに鈍る。

それはコンマ一秒にも満たない遅滞だが、サーヴァントにとっては充分過ぎた。

バーサーカーは半歩下がる事で竜貴の斬撃を避けると、豪快なフルスイングで応じた。

 

なんとか双剣で受け止めるも、またもその手から剣が飛ぶ。

バーサーカーは勢いをそのままに身体を回転させ、再度戦鎚を振りぬく。

しかしその時には、既に竜貴の手に新たな双剣が握られ、これをいなす。

 

(さすがに、二度目ともなれば驚かないか……)

 

一度目は多少なりとも驚いたようだったが、最早その様な素振りはない。

 

(さて、どうするかな。どこから見られてるかわからない以上、出来ればこれも多用はしたくないんだけど……そうも言ってられないしね)

 

知覚系魔法の中には、障害物などを無視して遠方を見る『遠隔視』かそれに類する物がある。

もし達也達の中にその使い手がいれば、何もない所から剣を生みだしている事に気付いているやもしれない。

それくらいで衛宮の魔術の本質に迫られる事はないが、それだけでも十分に異常な事に変わりはない。

この点を危惧していたが故に、竜貴としても剣の再投影はできれば避けたい選択肢だった。

 

それこそ相手がサーヴァントでさえなければ、竜貴も投影を使ってまで闘おうとはせず、途中でさっさと逃走を選択しただろう。

ただ、サーヴァントが相手となれば逃げるにしろ闘うにしろ投影は避けられない。

それを理解していたからこそ、竜貴はより生存率の高い選択肢を選んだのだ。

少なくとも、逃げる為の条件を整えずに闇雲に逃げても、意味が無い事を彼は知っていたから。

 

(どの道、このまま戦ってても勝ち目は薄い……ってか、無いか。

 となれば、やっぱり……まったく、念のための保険だったんだけど、まさか本当に役に立つとは……)

 

別に、この事態を予期していた訳ではないが、この状況なら万が一に備えて用意していた保険が役に立つ。

それはなにも今この瞬間だけでなく、それを乗り切った後でも。

『アレ』を見せれば、投影の事もなんとか誤魔化すことができるだろう。

できるなら、そちらを見せるのも避けたかったのだが。

 

「ゥ――――――――――!!」

 

残念ながら、あまり悠長にしていられる状況でもない。

唸りを上げる戦鎚に剣を弾かれること十度。

徐々に、だが確実に一度の投影で凌いでいられる時間が短くなってきている。

 

降霊した英霊と憑依された肉体が馴染みつつあるのか、あるいは単なる学習の結果か。

いずれにせよ、カウンターの頻度は減り、代わりに投影の頻度が上がっている。

このままいけば、いずれ一方的に押し切られることになるだろう。

勝算はある。ならば、その光が潰える前に実行に移すべきだ。

 

(――――――来い!)

 

散乱する剣に命じると同時に、白黒の剣の全てが浮き上がりバーサーカーに殺到する。

無論、それで打ち取れるほど甘い相手ではない。

バーサーカーは襲いかかる刃の全てを弾き、かわし、掴み取っては叩きつけていく。

その間に、竜貴は床に手をつけると新たな魔術を行使する。

 

リライト(強化、実行)

 

床に付けた手から魔力を流し込む。

狙う先は敵の足元。通常なら、投げ落とす訳でもないのに足場を強化することに意味はない。

だが、強化の魔術には通常とは違う使い道が存在する。

過剰な強化は、逆に対象を破壊してしまう事があるのだ。

これを利用し、竜貴はバーサーカーの足元を過剰に強化することで自壊させる。

 

とはいえ、ある程度以上の距離があってはそれほど大きな成果は望めない。

精々、足場を少し崩し軽くバランスを崩させる程度。しかし、今はそれで十分だ。

 

「……ゥ……!?」

ソードバレル・ファイア(剣弾、一斉射)!!」

 

斜め上方に展開した5対の干将莫邪が、一斉にバーサーカーに降り注ぐ。

バーサーカーはそれらを迎撃しようと身構えるが、その動きに迷いが生じる。

 

それもその筈、剣弾の狙いはバーサーカーではなくその周囲。

彼女自身にめがけて飛来する剣は一つもないのだから。

故に、彼女が打ち払うべき剣は一つもなく、その周囲に次々に剣が突き立って行く。

その結果、脆くなった足場に更なる衝撃が加えられ、地下へと繋がる穴が空いた。

 

「ゥ、ィィ……!」

 

とはいえ、この程度で落ちてくれるほど甘い相手ではない。

だからこそ、竜貴はさらにダメ押しの一手を打つ。

 

「…………爆ぜろ」

 

小さく、聞き取れない程に微かな声で彼はその場にある全ての剣に命を下す。

それに呼応するように、バーサーカーの周囲の剣が一瞬の閃光と共に爆発した。

剣の内に秘められた魔力を炸裂させる「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」。

連鎖する様に次々と起こる爆発が追い打ちとなり、バーサーカーの姿が閃光と爆風の中に消えていく。

 

竜貴はそれを見届ける様な愚行はせず、急ぎ出口目指して疾駆する。

目指すは屋外。そこで待機しているであろう皆に合流し、保険を用いて決着をつける。

ただし、それまでの道のりを無事に踏破できればの話だが……。

 

「ァァァァァァァァァァァォォォオオオオオォォオォォォオ!!」

「ちっ、もう来たか」

 

広いとは言えない廊下を、時速40キロに迫る速度で駆け抜ける竜貴を猛追するバーサーカー。

同時に、耳朶を打つ破砕音から、あれは最短距離を壁を粉砕しながら突っ切っている事が分かる。

竜貴にも同じような事ができない訳ではないが、彼は即座にそれを却下。

 

第一に、単純な直線距離におけるトップスピードではあちらが上。

同じ土俵に立つよりも、曲がりくねった廊下に従って動いた方がまだ可能性がある。

第二に、竜貴では壁を破壊してから通り抜けるまでに僅かなタイムラグが生じる。

アレのように粉砕しながら進む、などと言うマネはできない以上、やはり致命的だ。

少なくとも、アレに竜貴の進行方向を予測して先回りをする、などと言う理性が無い以上はこれが最善。

 

とはいえ、このまま走り続けても屋外まで逃げ切るのは厳しい。

故に、竜貴は「懐に手を入れるフリ」をして手元に黒鍵を投影。

振り向きざまに剣を構え、弓の如く身体を引き絞り左右四本ずつ、計八本の刃を投げ放つ。

 

投影に関しては、以前克人が説明してくれているので、外套の中に用意していたという言い訳が立つ。

まぁ、それでも外套内にかくしておける数には限度があるので、無暗に使うと怪しまれてしまうが。

それでも、出口にたどり着くまでの足止めにはなる筈。

 

しかし、バーサーカーは瞬間的に最善の選択肢を選ぶ。即ち、無視。

所詮、魔力で編んだだけの刀身は物理的攻撃力に乏しく、致命傷はおろか行動を阻害する程の傷を与える事すらできない。

それは正しい。ただし、相手が竜貴でなければ。

 

「ウィィ!?」

 

黒鍵が着弾した瞬間、予想外の衝撃がバーサーカーの身体を打つ。

細身の剣からは想像もつかない衝撃で、彼女の身体が僅かに宙に浮いた。

 

衛宮の投影は、対象となる剣のあらゆる情報を取り込むことから始まる。

それはなにも材質や構造、製造工程に留まらず、それが今日に至るまでに刻んだ経験にも及ぶ。

黒鍵の使い手の中には「鉄甲作用」と呼ばれる投擲技法を用いる使い手がいたらしく、その経験を彼らは読み取り習得している。

とはいえ、これですら僅かな足止めにしかならないようだが。

 

「おいおい、マジで……?」

 

衝撃から体勢を立て直す時間すら惜しいとばかりに駆け出し追い縋る。

ダメージは期待していなかったと言え、それでもこうも速く動いて来るとは……。

 

已む無く、竜貴は再度黒鍵を構え軽く床を蹴って体を回転させながら跳躍。

敵を視認するや否や、即座に黒鍵を投擲する。

ほとんどダメージにはならなかったとはいえ、あの衝撃は敵にとっても無視できない物の筈。

それを見越しての「通常の投擲」は、相も変わらぬ無視によって応じられた。

 

「ァァァァアアアァァァァァィィィィィィィィィィィ!!」

 

直撃し、身体に突き刺さった黒鍵など意にも解さず、バーサーカーは更なる加速を以って追ってきた。

やがて、浅く刺さる程度に留まっていた剣の方が、走る振動によって抜け落ち廊下に硬質な音を響かせる。

 

竜貴の鉄甲作用には一つの欠点があった。それは、どうしても一瞬のタメを必要とする事。

本家本元ならいざ知らず、所詮は「模倣」に過ぎない竜貴では、このタメなくして鉄甲作用は使えない。

そして、一々そんなタメをしていては足止めの意味もなく追いつかれるだろう。

だからこそ、初撃にリスク承知で鉄甲作用を用い、あとは通常の投擲でやり過ごそうと考えた。

鉄甲作用に僅かでも脅威を感じてくれれば、それだけ逃走成功の可能性が高まる。

打ち落とそうとすれば速度が鈍るし、踏みとどまろうとすればなお都合がよい。

 

だが、バーサーカーはそれを見抜いたのか、あるいは鉄甲作用を含めて無視することにしたのか。

どちらかは定かではないが、いずれにせよ黒鍵は相手にしないと決めている。

それは、竜貴にとって予想外であり、同時に最もとってほしくない手段。

なにしろ、通常の投擲では速度を鈍らせる事すらできず、鉄甲作用では足止め以上に時間をロスしてしまう。

 

制限抜きで投影を使うとしても、廊下の様な狭い空間での戦闘にはあまり向いていない。

となれば後はもう、わき目もふらずに逃げる以外に選択肢が無い。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

その頃、竜貴より一足早く屋外に出た達也達は、廃工場を取り巻く茂みの中に身を潜めていた。

 

「で、どうすんだよ」

「あたしに聞かないでよ」

 

あれから彼らなりにアレコレと対策を講じようとした物の、全てが徒労に終わり今に至る。

無理もない。対策を講じようにも、彼らには絶望的なまでに魔術や神秘に対する知識が乏しい。

わかっている事と言えば、まっとうな物理攻撃では効果が無い事。

莫大なサイオンを放ち続けるため、魔法による直接的な事象干渉も受け付けない。

おまけに、人間離れした基本性能に相応しい反応速度を持つ為、攻撃を当てる事はおろか敵からの攻撃を防ぐ事さえ至難の業。

これはおよそ、達也達の持つ手札の大半を無意味な物にするに十分な反則だ。

 

「それに中の状況だってわからないんじゃ……ねぇ、達也君」

「なんだ?」

「達也君なら分かるんじゃない? 中でどうなってるか」

 

エリカの言う通り、確かに達也には中の状況が分かる。

詳しくは皆には説明していないが、エリカは一高が襲撃を受けた折に、達也の知覚能力の一端を知っていた。

故に、達也も詳しく話すつもりはないが、無理に取り繕おうとすることもない。

 

「どうやら竜貴の奴もこちらに向かっているようだ。

 あちらも追っているが、なんとか切り抜けながら外を目指している」

「それは、倒すのは諦めたと言う事でしょうか?」

「恐らく、違う。何かしらの考えあってのことだろう」

 

実際、竜貴は逃げ回りながら出口を目指してこそいるが、その動作には何らかの目的意識が伺える。

逃げる為の算段が付いているからという可能性もあるが、それは違うだろうと達也は考えていた。

もしそうなら、恐らく竜貴はもっと早い段階で逃げるための策を実行に移していた筈。

恐らくは、彼も腹を決めて「手の内を知られる」事を前提に、打って出るつもりなのだろう。

 

(それにしても、あの剣は一体どこから……?

 懐から出している分は、以前聞いた黒鍵とやらと情報が合致するが、あの双剣と同種のサイオンを放つ剣をあんなにも……これが、衛宮の魔術なのか?)

 

途轍もない量のサイオンを放つ双剣の詳細は、達也をして正確に視る事はできない。

だがそれでも、弾かれる度に手のうちに現れ、時に周囲に展開される剣が、彼が最初に持っていた剣と同種のものであることくらいはわかる。

 

(剣を創造する能力か? あるいは、どこからか呼び出しているのか……いずれにせよ、現代魔法の常識で考えれば、驚異的な能力だ)

 

それは、以前竜貴の魔法を知りその先を想像した時以上の危機感。

前者であれば、エネルギーの物質化などと言う域をはるかに超越した「真の意味での物質の創造」。

後者であっても、所謂「瞬間移動」の類だ。

 

どちらにせよ、これが明らかになれば世界の常識が覆る。

人は無から有を生み出すことはできないし、時間をかけずに物を運ぶ事もできない。

このどちらかでも実現すれば、世界はその在り様を根本から変えることになるだろう。

その前では、十師族や戦略級魔法師など……。

 

「どうだ、状況は?」

「いま、竜貴が逃げながらこちらに向かっています。会頭達の方は?」

「ダメだな、やはり脱出の手掛かりはない」

 

茂みの奥から現れた克人は、達也の問いに厳しい表情を浮かべて首を横に振る。

無駄を承知で結界から脱出する術が無いかを確かめに向かったのだが、結果は案の定。

竜貴の言う通り、ここから脱出するのは難しい様だ。

 

「時間をかければ可能かもしれんが、今すぐにと言うのは厳しいな」

「そうですか」

(あるいは、桐原の刀ならば可能性はあるが……)

 

竜貴が用意した刀の封を解けば、あるいは結界を破る事ができるかもしれない。

生憎、どういう刀なのかわからないので、その場合は一か八かの賭けになるが。

それこそ、物によっては武明の命と引き換えにして……などと言う事にもなりかねない。

それに、問題はもう一つある。

 

(もし、衛宮が外を目指しているのが桐原の刀を当てにしての物であれば、これを持って行くのは下策か……)

 

脱出のために動きながら、克人が武明も彼の刀も伴わなかったのはそれが理由。

もしかしたら、この刀が竜貴の生死を分けるかもしれないと思ったからだ。

克人は一応竜貴の事もそれなりにわかってはいるが、無論衛宮の術の詳細を知っているわけではない。

故に、この刀を持って行ってもいいのかどうかの判断が付かなかった。

だからこそ、結界の調査は最も魔術を知る自分だけで赴き、残りの皆でこの刀の警護にあたらせたのだ。

 

しかし、それもそろそろ限界を迎えつつある。

責任ある立場の人間として、克人は竜貴と皆の命を天秤にかけねばならない段階に来ていた。

即ち、竜貴を見捨てて刀の力を借りて脱出を図るか、あるいはここに踏みとどまるか。

どちらにせよ、確実性に乏しい選択肢ばかりではあるが。

だがそれは、達也にも言えた事だった。

 

(竜貴が以前使っていたのと違い、効果がはっきりしている分、結界としての境界もわかりやすい。これなら、分解を使えば破壊は可能だろう。

敵にしても、ベースはあくまで人間だった。なら、マテリアル・バーストで纏めて吹き飛ばすことは不可能じゃない)

 

後者の場合、問題なのはその余波だ。例えば、手近な石や砂などを用いればマテリアル・バースト自体を使うのは可能。ただし、それによって生じる爆発はこの場にいる人間全てを吹き飛ばしかねない。

使用のためには、慎重に対象を選ぶ必要があるだろう。達也はまだしも、深雪にこれを凌ぐ術はないし、如何に達也でも一度死んでしまったらもうどうにもならないのだから。

あるいは、結界を破った上で距離を取って使用してもいい。

ただそのためには、自身の魔法の特異性を皆の前で晒す必要がある。

決断を迫られると言う意味では、達也もまた遠からず決断を下さねばならない状況に追い込まれつつあるのだ。

無論、最悪の場合には後始末も含めてそれを実行するだろうが。

 

つまり、克人にしろ達也にしろ、状況を打開するための方策に当てが無いわけではない。

ただし、どちらもその為には障害や課題、あるいは不確実性が伴う。

故に、もっとも可能性が高く同時に望ましい展開は、やはり竜貴の手でこの件が処理される事だ。

 

「……司波、衛宮が出て来るまであとどれくらいだ?」

「残り、十秒もありません。いや、これは……」

「お兄様、一体何が……っ!?」

 

達也が言い淀み、深雪がその真意を問おうとした所で全員がその異変に気付く。

突如、廃工場の壁の一部が爆砕されたのだ。

同時に、粉塵が舞う中から一つの影……竜貴が飛び出す。

続いて次の影が粉塵から跳躍、落下の勢いを乗せた戦鎚が竜貴の頭上からたたき落とされる。

しかし竜貴は、それには目もくれずに身を投げ出し、無様に地面を転がりながら叫んだ。

 

「桐原先輩! 解いて!」

 

武明なりにその可能性は考慮していたのだろう。

すでに紐に掛けられていた彼の手は、迅速にその結び目を取り払う。

 

同時に、再度閃光の如きサイオンの輝きが発生。

それは意思を持っているかのように自ら鞘から抜け出すと、バーサーカーに襲いかかる。

 

「ゥ、ァ……?」

 

飛来する剣の迎撃に気を取られた隙に起き上がり、竜貴は双剣と宙を舞う刀の三刀で応戦する。

ギリギリのタイミングを見極めて双剣で防御し、空中を変幻自在に舞う刀が牙をむく。

それまでは専守防衛からのカウンター一辺倒だった闘い方に、僅かに余裕が生まれる。

自身は防御に専心しつつ、刀で攻撃することで敵の攻め手を妨害しているのだ。

だが、達也はその闘い方に僅かな違和感を覚えた。

 

(三刀流、か。しかし、どこかぎこちない。あの闘い方に慣れていないのか?)

 

確かに僅かに余裕は出来たようだが、三刀の連携には小さなズレがある。

どうやら、変幻自在に動かせるからこそ、刀の制御は小さくない負担になっているらしい。

今はまだ手数で一時抗えているが、それも時間の問題だろう。

 

達也のその読みは正しい。

竜貴とて、刀が一振り増えたからと言って状況を有利にできるとは思っていない。

これはあくまでも次の手の、そして切り札を斬る為の布石、時間稼ぎに過ぎないのだから。

 

「草子、枕を紐解けば」

 

剣戟の合間を縫い、懐から簪の様なものを抜き、天高く投げる。

 

「音に聞こえし大通連」

 

縦横無尽に宙を駆けていた黄金色の刀が後を追う。

 

「いらかの如く八雲立ち」

 

竜貴自身もまた、手にした双剣を投げこれを爆破。

 

「群がる悪鬼を雀刺し」

 

バーサーカーの視界が爆煙で覆われた隙に、バックステップで距離を取る。

 

「顕現せよ、文殊智剣大神通―――――――――――天鬼雨!!!」

 

その瞬間、神話伝承に語られる奇跡が再現された。

一際強いサイオンの輝きが放たれたかと思うと、天に座す刀が増えていく。

一振りが二振りに、二振りが四振りに、4が8、8が16、32、64、128、256……際限なく増殖していく剣は螺旋を描き、夕暮れ時の空を埋め尽くす。

 

「堕ちろ!!」

 

号令と共に、空を埋め尽くす無数の刃が雨霰の如く降り注ぐ。

 

「ゥゥゥゥゥアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

絶望的な光景を前に、バーサーカーは一歩も引くことなく踏みとどまる。

決して小回りが利くとは言い難い戦鎚を振り回し、降り注ぐ刀を次々に弾き飛ばし、時に回避していく。

だが、それだけで凌ぐにはその数は圧倒的過ぎた。

 

元より、決して武勇に優れた英霊ではない。

彼女はその狂暴性や残忍性、出自によって英霊へと昇華した存在。

無限循環、第二種永久機関を疑似的に再現しているが故に、常に全力で動き続けられるとは言え限度がある。

つまり、全力で動き続けてもなお凌ぎきれない攻撃の前では、意味を為さないのだ。

 

間もなく回避も防御も限界を迎え、一振りの刀が彼女の肩を貫く。

そこから先はもう総崩れだ。刀が刺さった方は動きを阻害され、戦鎚による防御が一手遅れる。

弾けない刀を避けようとすれば、その分のしわ寄せが別の箇所に行く。

凌げば凌ぐほど、そのしわ寄せは大きくなる。

それは、わかっていながら袋小路に追い詰められる憐れな獣の様だ。

 

しかし、忘れてはならない。

武の体現者として名をはせた訳ではないとはいえ、彼女もまた人類の超越者たる英霊の一角なのだと言う事を。

 

「…………」

 

身体に刺さる刀が五本を越えた所で、バーサーカーは結末を粛々と受け入れた。

回避も防御もやめ、手にした戦鎚の尾部を地面に付ける。

それはまるで、刑の執行を前にした死刑囚の様だった。

ただ一つ違う点があるとすれば、それは……終わりは受け入れても、一人で終わるつもりなどないと言う事。

 

「全拘束、解除……宝具、『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』……発動」

 

その瞬間、新たに奇跡が顕現した。

空が割れる。バーサーカーに残された全ての魔力が、戦鎚の尾部にあるフィンを高速で回転させる。

空から大地へ、あるいはその逆か。蒼白の光の柱が顕れた。

 

「――――――――――――――――――――――――――ッ!!」

(やっぱり、そうきたか……!)

 

その雷撃は世界を徹底的に蹂躙する。

半径数十メートル圏内にある全てを破壊し、肉片すらも残さない雷。

それが、人の身では抗いようもない暴威が、確かな指向性を以って竜貴に襲いかかる。

 

並の魔術師であれば、この時点で詰み。

逃れる事も、防御する事もできずに飲み込まれ、跡形もなく消滅するだろう。

そう、竜貴が英霊たちの奇跡の具現、宝具すら複製する衛宮の後継でなければ。

 

身体は剣で満ちている(I stab my soul with a sword )

 

紡ぐは、二代目以降の衛宮を顕す呪文。

彼らは剣に非ず、彼らは鞘。無限の剣を納める鞘である。

故に、その身は余すことなく剣で占められた、正に剣を納める器そのもの。

 

絶滅必死の雷光が迫る。

一秒にも満たぬその間、今度は竜貴が終わりを受け入れる様に瞼を閉じ、最速で己の中に埋没する。

引き上げるは、たった一つを除いて彼らが持ちうる最強の守り。

その外見だけを見れば、ある種の防御魔術にも見える新たな奇跡。

 

「“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”――――――――!」

 

大気を振るわせ、真名を解放する。

激突するは、雷の鎚と華の盾。

あらゆる回避、あらゆる防壁を貫くその一撃を真っ向から受け止める。

 

突き出された手より出現した七枚の花弁が主を守護し、僅かな余波すら届かせない。

彼のトロイア戦争において、大英雄の投擲を唯一防いだアイアスの盾は伊達ではない。

本来の用途は投擲武器、使い手より放たれた凶器に対してこそ真価を発揮する結界宝具。

だが、如何に真価を発揮できない状況とはいえ、大英雄の投擲とは比べるべくもない。

古の城壁にも比肩するそれは、揺らぐことなくそこに在り続ける。

 

あるいは、完全な状態で召喚されていたなら、突破も可能だったかもしれない。

しかし、現実として敵は肉体に憑依すると言う形を取った不完全召喚。

人間の数十倍とも数百倍とも言われる魂の質量を受け切る事はできず、納められた分だけが顕現している状態だ。

むしろ、宝具を発動できた事自体が驚くべき事なのかもしれない。

なぜなら……

 

(雷撃が、弱まった……?)

 

アイアス越しに伝わる雷の感触が、見る見るうちに減衰していっているではないか。

やがてそれは視認できる形でも現れ、視界の全てを白く塗り潰していた光が消えていく。

 

残されたのは、全身に蛇の如き雷撃の痕が刻まれた銀髪の女だけだった。

 


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