魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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正直、毎度2万字以上はどうかと思わないでもないので、5000~10000を(努力)目標にしていこうと思います。その方が読みやすいでしょうしね。
場合によっては、以前の話をいくつかに分割するかもしれません。
べ、別に書けない言い訳とかじゃないですよ、たぶん。


閑話1

2095年5月某日、横浜中華街。

全国的に有名な名所の一角、表通りからやや離れた飲食店の廊下を一人の青年が歩いている。

年は二十代半ば、黒く艶やかな髪を伸ばした、如何にも貴公子然とした美青年だ。

三つ揃えで身形を整えたその青年の下へ、一人の女性店員が駆けて来る。

 

「オーナー、オーナー! ちょっと聞いてくださいよぉ!」

「おや、どうしました小明さん? そんな大声を出して、はしたないですよ」

「ぁ、ご、ごめんなさい……じゃなくて! あの人、なんとかしてください! もう半月も出て来ないんですよ!」

「ああ、彼ですか。ですが、彼の引き籠りは今に始まった事ではないでしょう」

「それはそうですけどぉ……だからって、用意しておいたご飯に全く手をつけないなんて! 食材と作った人、具体的には私への感謝とか尊敬とか崇拝が足りないと思うんです!

 その上、呼んでも返事もしなくなりましたし、頭に来たんで入ろうとしたら鍵掛かってるし……」

「入ろうとしたんですか?」

「はい」

(恐れを知らない人ですねぇ)

 

そんな青年の胸中を知ってか知らずか、小明と呼ばれた女性は忌々しそうに地下への階段に視線を送っている。

 

「とはいえ、あなたの心配ももっともですね。わかりました、私からも言ってみましょう」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

「ついでにヤキいれたりは……」

「それはさすがに」

「そうですか……」

「申し訳ありません。とりあえず、小明さんは開店の準備をお願いします」

「はい!」

 

不満がない訳ではないようだが、最低限の要求は通った事に一応満足したようで小明は小走りでその場を後にする。

どうやら中々に面倒見の良い気質らしく、件の引き籠りに相当親身になっている事が伺えた。若干、荒っぽくはあるが。

そんな小明の後ろ姿を見送りながら、青年は思わずと言った様子で笑いを洩らす。

 

「やれやれ、彼も中々に罪な男ですね」

 

それなりに長い付き合いになるその人物の事を思い返しながら、青年は地下へと続き階段を下りていく。

そこは、ささやかな照明による薄暗さと焚かれた香のおかげで、なんとも言えない怪しさがあった。

小明はその性格からあまり気にしていないようだが、他の店員は好んでここに近寄ろうとはしない。

とはいえ、だからと言って詮索しようとする者もまたいない。ここの店員は程度の差はあれ訳ありの者ばかりなので、他人の事情には深入りしないのが暗黙のルールとなっているのだ。

むしろ、小明の様に他人の世話を積極的に焼く者の方が珍しいと言えるだろう。

そんな事を考えているうちに階段を降り切った青年は、躊躇うことなく行く道を遮る扉をノックする。

 

「失礼します、大人(ターレン)

 

返事を待たず、青年は閉まっている筈の扉を空けて部屋の中へと入っていく。

部屋の中は掃除がほとんどされていないようで、開けた傍から埃が舞い、青年は思わず口元を手で覆い眉をしかめる。

残念ながら、店内でこの部屋に入る事ができるのは青年と部屋の主だけだ。つまり、二人が掃除をしないと必然的にこの部屋は埃まみれになってしまう。

少し前までは掃除をする人物がいたのだが、その人物は所用で出かけもう帰ってくる事はない。

別段寂しいとは思わないが、掃除のできる人物がいなくなった事には落胆を禁じえない。

部屋の主は、自身の目的以外にはさっぱり興味を示さない。例え月一でも掃除をするよう要請しても、決して実行しないだろうことが分かっているからだ。もちろん、自分でするという発想も彼にはない。

 

(そんな恐ろしい事、とてもではありませんができませんがね)

 

なにしろ、ここにある物の大半が彼には用途不明の品々ばかり。

なにがなんのためにあり、どういう機能ないし役割を担っているか全くわからない。

下手な物に触ると、それこそ命がなくても不思議はないのだ。いや、それならまだマシな方。この場合の最悪は、自分の中に別の何かが入りこみ、それを受け止めきれずに「自分」そのものが消滅してしまうことだろう。

それを知っている身としては、毎回部屋に入る度に決死の覚悟を決めざるを得ないのも当然だと思う。

それほどまでに、この部屋の中は小さな人外魔境なのだ。

 

そんな伏魔殿の奥の奥。

木材の破片や紙片、あるいは瓶詰めの液体等々、壁一面にとりわけ用途不明の物品が並ぶ机の前に、薄明かりに照らされて光る銀髪の人影があった。

 

「……大人」

「む? お前か。ああ……今の名前はなんと言ったかな?」

「公瑾ですよ、周公瑾」

「ああ、そうだった。まったく、お前は頻繁に名前を変えるから呼び辛くてかなわないな、思源」

「ですから公瑾ですよ。まったく、懐かしい名を……」

「私が付けた名だ。私にとっては、何年経とうとお前は李思源に他ならない」

「親の様な事を仰いますね」

「名付け親に違いはない」

 

その言葉に、思源と呼ばれた青年は静かに肩を竦める。

それはもう随分と昔の、青年が大漢の片隅で残飯を漁っていた頃の話だ。

何の因果か巡り合い、不便だからと名を与えられ、彼が城から持ち出した金品で一時共に糊口を凌いだ仲。言葉として並べてしまえば、二人の間柄はその程度の物だ。

強いて言えば、その際に少々手解きを受けた位だろう。まぁそのおかげで、魔法の師に見出され大漢の魔法師開発機関に所属するに至ったのだから、恩人に違いないだろう。

だが実際には、そのしばらく前に行方不明になってしまったので、名付け親を名乗るには大分無責任と言わざるを得ない。

 

「思い返せば、あの時の浮浪児が随分と立派になったものだ」

「浮浪児はお互い様でしょうに。

まさか、亡命の手引きをしているうちにあなたと再会するとは思いませんでしたが」

「あの十数年も、今となれば良い経験だ。私なりにこの身一つでなんとかしようとしたが、上手くいかなかった」

「当然でしょう。如何に技術と知識、そして道具があった所で、それだけでは意味を為しません」

「ああ、骨身に染みた十余年だった。だからこそ、感謝もしている。情けは人為ならず、だったか。アレは至言だな。あの時お前に手を差し伸べた事が、巡り巡って今日に繋がっているのだから」

 

実際、あの時になんの気紛れか手を差し伸べていなければ、彼の目論見が実現する目途が立つ事はなかっただろう。

 

知識は生まれた時から持っている。技術もまた然り。廃墟と化した城は、その立地と取り巻く環境故に人の手が入る事はなく、道具や資料は散逸することなく残っていた。

だが、彼の目論みを現実のものにするにはそれだけでは足りなかった。組み上げた理論を試す被験体は残されていたが、それを被験体として活用するにはそれなりに手を加える必要があり、その為に必要な材料は城に遺された分だけでは到底足りなかったのだ。

だから彼は城を離れ、必要なものを手に入れようとしたのだが……甘かった。彼が目覚めた時には、資金源もコネも既に意味を為さなくなっていたのである。

あるいは協会が機能していれば、何らかの取引のしようもあっただろう。しかし、それすらなくては“かつての名門”に力などある筈も無し。

 

魔法師に対して取引を持ちかける事を考えた事も一度や二度ではない。

だが、結局それは出来なかった。魔術師としての矜持がなかったとは言わないが、自分から売り込みに行けば安く買い叩かれる事が目に見えていたからだ。

なにより、彼は当初より魔法師を利用する事を考えていた。そんな相手に手の内や弱みを知られる様な事は、なんとしても避けなければならなかったのである。

そうして十数年の放浪の末に、彼は思源と再会し足りなかったものを得る事ができた。

 

「お気になさらず。あなたの目的は、私にとっても都合が良いですから」

「今は、その言葉を信じさせてもらおう。どの道、今の私にはお前以外に頼れる相手もいない」

「信用がないですね」

「それこそお互い様だ」

 

昔の誼があるとはいえ、二人は決してお互いに心を許し合っている訳ではない。

ただ、お互いのために互いの存在が有益というだけに過ぎない。

 

「それで、進捗状況はどうです?」

「難しいな。ある程度の目途はたったが、調整にはもう少しサンプルが欲しい所だ。

 できれば、最高レベルのサンプルがあると良いのだが……」

「さすがにそれは無理でしょうね。高ランクの魔法師を手に入れる、という考え自体が既に無謀です」

「そうか……やはり、先日の失敗が痛いな。あそこでサンプルを確保できていれば……」

「済んでしまった事を言っても詮無い事です。それに、まさか魔術師が関与してくるとは思いもしませんでしたから」

「いや、アレは想定して然るべきことだった。まっとうな魔術師ならいざ知らず、衛宮なら話は別だ。関与してくる可能性は考慮すべきだった」

「……そういうものですか」

 

青年が知る魔術師像では、彼らは自らの領分以外には積極的に関与してこないはずだった。

だが、それはまっとうな魔術師であればの話。

 

(いえ、そもそもまっとうな魔術師であれば、魔法科高校に入るという事自体があり得ませんか)

「代を経て少しは魔術師らしくなったかと思ったが、どこまで行っても魔術使いらしい。そこを見誤ったのが、今回の失敗だ」

「なるほど」

 

ブランシュの蜂起の裏には、彼らの手引きがあった。

彼らとしては、ブランシュを餌に第一高校に通う高ランクの魔法師……出来れば十師族の一員をおびき出し、疑似サーヴァントの実戦データの収集を兼ねて確保するつもりだったのである。仮に第一高校の生徒が動かなくとも、あの場に公的機関の実戦魔法師が関与してくるのはほぼ確実だったので、それならそれで構わなかった。

重要なのは、高ランクの魔法師を確保する、その一点。それさえ達成されるなら、他は瑣末事だ。

その意味で言えば、全て終わった後に行う予定だった衛宮との戦闘による実戦データの収集すらも、余分に過ぎない。

問題があったとすれば、召喚したのがバーサーカーなので、多少やり過ぎてしまう可能性はあった事だろう。とはいえ、そちらも保険として外部からサーヴァント化を解く術式を与えたホムンクルスを同行させた。結果的に、彼女が真っ先に殺されたのは想定外と言えば想定外だったが。

 

だが実際には、衛宮が関与した事で彼らの思惑は失敗に終わる。

衛宮が第一高校に通っている事は知っていたが、まさかその時点では魔術の一切関与していない事案に首を突っ込んでくるとは思っていなかったのだ。

魔術師としての思考に囚われ過ぎた、それが今回の最大のミスだろう。

 

「一応一般人や低ランクの魔法師のデータは手に入ったのでしょう? そちらは役に立ちましたか」

「全く役に立たかったとは言わないが、あまり有用とは言えん。

 魔法師に使わせるには、もう少し安全性を高めないと難しいだろう」

「今の段階だと、運良く適合しても憑依させて十数分で死に至りますからね。それでは、誰も使おうとはしないでしょう」

「……………思源」

「お断りします」

「ダメか? いや、何故ダメだ?」

「当たり前でしょう。誰が好き好んで高確率で失敗する人体実験に参加するのです」

「いや、待て。お前は一応魔術回路も開いている、生き残れる可能性もなくはない」

「変わりません、断固お断りします」

「師の願いに助力しようとは思わないのか?」

「師と言っても、魔術回路の開発をしただけで術の一つも教わっていないではありませんか。

 まぁ、そのおかげで寒さを凌げましたし、様々な場面で助かりましたから感謝はしていますよ。

 ですが、その恩はしっかり返していると思いますが?」

「むぅ……」

 

そう、手解きを受けたと言っても実際にはその程度。

教わったのは魔術ではなく、魔術回路の開き方とこれを回転させる上での注意事項位なもの。

あの当時生きていく上では有用だったが、師と呼ぶほどのものではない。

 

「他の魔法科の生徒なり、有力魔法師なりを連れて来る事は出来ないのか?」

「どちらも十師族や魔法協会が網を張っています。衛宮は十文字家とつながりがある様ですから、そこから足が付きますよ」

「…………今はまだ、衛宮に見つかる訳にはいかないな。それに、あまり派手に動いたり、表だって動いたりすれば他の魔術師まで刺激しかねん。探索に秀でた一族が生き残っていないとは限らない以上、それは悪手か」

「でしょうね」

「……そうだ。確か、ホムンクルスもどきがいた筈だ。アレは手に入らないのか?」

「調整体魔法師の事ですか?」

「そう、それだ」

「無理を言わないでください。調整体を作れるだけの設備と技術は、基本的に国家に厳しく管理されています。十師族か、せめて百家本流でもなければ入手も設備の利用も無理ですよ」

「そういうものか……」

「……それで、他に必要なものは?」

「そうだな……今のままでは、その都度私が施術しなければならない。これではあまり意味がなかろう。出来れば、魔法師にも使える形で礼装として固定化したい」

 

確かに、一々ここに招き入れて施術するのでは足が付きやすいし、手間もかかる。

一応術式さえ把握していれば施術は可能なのだが、魔術回路は開いていても魔術の心得のない思源には不可能だし、ホムンクルスは品切れ。

彼自身が出向くという手もない訳ではないが、それはそれでリスクが高いだろう。

礼装として固定化できれば、そう言ったリスクを負う必要はなくなるので都合は良い。

 

「しかし、できるのですか? その為にユスティーツァを求めたのでしょう?」

「正確に言えば、そちらは大聖杯の再建が出来れば……と思ってだ。まぁ、そちらはもとよりあまり期待してはいない。礼装の量産に使えれば、とは思っていたがな」

 

今更、彼に大聖杯を通しての魔術・魔法の探究をする意思はない。

大聖杯の再建にしても、この術式とそれを宿した礼装の量産のために使おうというのが主たる目的だ。

衛宮との交渉が巧くいくとは元より思ってはいなかったし、かつてのアインツベルンの森が遠坂の領域とされてしまった以上、あの近辺に拠点にできる場所もない。調査をするのは、最早諦めるより他ないだろう。

そして他に量産化の目途は立たない以上、現状では術式の礼装化が最終目標となる。

 

「まぁ、魔法師も含めて資材は私が手配しましょう」

「ん、身体を貸して……」

「身体は貸しませんが、手は貸しましょう。あまり質は良くありませんが、実験に使えそうな魔法師を提供してくれる心当たりはあります」

「どうせなら、できるだけくだらない使い方をしてくれる相手を見繕ってくれ」

「お任せを」

 


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