魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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ランチャーとAUOの最終再臨完了、ヤッター!
あとはXとジャックのアサシン組かな。思わぬ形でしたが、折角の貴重なギャグ要員。大事に育てる所存。あとはいずれ出て来るであろう征服王が来てくれれば大満足なんですがねぇ。


014

 

先日行われた期末試験の結果発表が行われたその日。

みなの協力もあってなんとか赤点を免れた竜貴は、所用があって職員室を訪れていた。

 

「では、そう言う事で」

「それはわかったが、発足式にも出られないのか?」

「すみません。かなりスケジュールがキツキツな物で」

「どうしてもか?」

「ええ」

「むぅ……」

「では、これで」

 

竜貴の対応を任された教師はまだ納得の行っていない様子だが、そんなことは竜貴の知った事ではない。懇切丁寧に説明してやれる話ではないし、しても理解を得られるとは思えない。

故に、さっさと話を切り上げて職員室を後にする。

 

廊下を歩きながら端末に目を落とし、ホロスコープ(天体図)や冬木の地脈図をはじめとした各種簡易資料と今後の予定とを突き合わせる。こんな所でそんな物を広げるのは不用心極まりないが、もちろん高度に暗号化されている。魔術的知識を持ち合わせない者が見ても、料理のレシピや観光案内などにしか見えまい。いや、仮に魔術の知識があっても一見しただけでは解読は困難だろう。何しろ、魔術師らしからぬ衛宮がその魔術師らしくない思考方法で作った暗号だ。そのため魔術師であればある程、惑わされる仕組みになっている。

 

(条件として最上とは言えないけど、星の配置、地脈の脈動なんかを見る限りは悪くないか……)

 

元々、儀式……という名の作業は前々から夏休み中に行う予定ではいた。

そう言う意味ではこの時期に九校戦が重なったのは、試運転の意味でも悪くない。

衛宮にとって重要なのはその「作業」そのものであって、出来あがった品自体はさほどでもない。

大切なのはいつか王に捧げるに相応しい剣のみ。それ以外の全ては、実験的な試作品でしかないのだから。妙な使い方さえされなければ、あまり頓着する事はない。

強いて言えば、今後の参考のために徹底的に使い潰して取れるだけのデータを取る位だろう。

まぁ、作業のスケジュールがハードになったのは事実なので、少々しんどいが。

 

などと考えているうちに、廊下の先にそれなりに目立つ集団を発見する。

面子が美形揃いというのもあるが、何より場所が場所だ。

好き好んで生徒指導室前にたむろする生徒などいない。

しかし今回の場合はここが竜貴の目的地であり、その集団もまた目的を同じくしている。

 

「レオ君」

「おう、竜貴。そっちはもういいのか?」

「うん。それでどう、達也君の方は?」

 

黒一点、とでも言えばいいのか、唯一の男子であったレオが肩を竦めて見せる。

どうやら、生徒指導室に呼び出された達也の方はまだ解放されないらしい。

 

「そっか」

「でも、どうして達也さんが……」

「うん。赤点とかならまだしも、理論は断トツの学年一位。実技は苦手らしいけど、問題なかった筈」

「なのになんで達也君が呼び出されなきゃいけないんだか」

 

女性陣、特に気の強いエリカなどは憤懣やる方ない様子で生徒指導室を睨んでいる。

だが、それも無理のない話だ。達也には生徒指導室に呼び出される様な理由がない。

実技は確かに苦手としているが合格ラインはしっかり満たしているし、理論に至っては文句なしの学年トップ。

風紀委員としての働きにも申し分なく、それだけ見れば模範的な生徒と言えるだろう。

 

「竜貴君は何か知らない?」

「って言われてもねぇ……あれ? そういえば深雪さんは?」

 

正直、あの深雪が達也が生徒指導室に呼び出されるという事態を良しとするとは思えない。

それこそ、自ら生徒指導室に突撃して抗議と言う名のブリザードを吹かせても不思議ではなかった。

 

「ああ、ありゃおっかなかったぜ」

「大変だった」

「主に達也さんがだけど……」

「深雪のブラコンも大概よね」

「あ、あははははは……はぁ」

 

どうやら、案の定一悶着あったらしい。

みな明言を避けているが、どうやら達也が根気良く説得したのが功を奏したようだ。

今は生徒会役員という事で、九校戦の準備に追われているらしい。

 

「そういえば、竜貴君は今までどうしてたんですか?」

「ああ、ちょっと実家に戻らなくちゃいけなくてね。明日から九校戦まで休む事に……」

「おっ、達也!」

「レオ……どうしたんだ、こんなところにみんな揃って」

 

竜貴が答えている間に達也が生徒指導室から出て来たようで、自然皆の意識はそちらに向く。竜貴としても「別に後で話せばいいや」と思って急いではいないのだが、雫が若干驚いた様子で自分を見ていることには気づいた。

 

(そういえば、いつから休むかは言ってなかったっけ)

 

九校戦の際に行われる試技でなにをやるかを考えていた時、概要的な部分で相談には乗ってもらったが、その辺りについては言及していなかった事を思い出す。

その後には生徒会への報告やスケジュールの調整等々があり、忙しかったのですっかり忘れていた。

良く見れば、雫はいつもの無表情の中に「どうして言ってくれなかったのか」と言わんばかりの非難の色が見える。

今回の呼び出しの理由について皆が達也から説明を受ける中、こっそり手を合わせて謝罪の意を顕す。

雫の方も多少不満はあるものの、「仕方がない」と納得してくれたらしい。

人差し指を立てているという事は「貸し一つ」とでも言いたいのだろう。その程度には、言葉を介さずに意思疎通ができる様になっていた。

 

ただし、外部から見れば酷く意味深なやり取りに見える事には、全く気付いていない。

当然、一部女性陣が怪しく目を輝かせていた事など知る由もないのであった。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

放課後。

いつも通り校内を清掃しつつ、魔法の不適正使用がないか巡回する竜貴。

風紀委員として何かが根本的に間違っている気はする物の、指摘する者はおらず、仮に指摘しても竜貴もあまり気にはしないだろう。

だがそんな彼でも、風紀委員会本部を出る時の事を思い出すと、少しくらいは心が痛む。

 

(ごめんよ、達也君)

 

試験が終了してからというもの、達也と竜貴はほぼ毎日、放課後を風紀委員会本部で過ごしていた。

九校戦を経て夏休みが終われば、次に待つのは生徒会長選挙。

新しい会長が決まれば、新たに選任された風紀委員の互選により新しい委員長も決まる。

ここまでは特に問題はないのだが、悪しき伝統として風紀委員長の引き継ぎがまともに行われた試しはないらしい。ほとんど整理されていない活動記録が散らかり放題の委員会本部と共に丸投げされるのだとか。

以前から風紀委員として活動してきているのなら、引き継ぎなしでもさほど困りはしない。しかし、現委員長である渡辺摩利が次期委員長にと目をつけている人物に、風紀委員会の経験はない。そこで、できるだけ困らない様に引き継ぎをしてやりたいという摩利の考えは、実に立派なものだろう。

その為の資料作りを、達也と竜貴に丸投げしていなければ。

 

(いやまぁ、達也君の気持ちも分かるんだけどね。同じ立場なら、多分僕も同じ様な事を思うだろうし)

 

思い出すのは、夏休みに入るより早く学校を休み、実家に帰省する旨を報告した時の達也の視線。

一足早く帰省するという事は、つまる所は丸投げされた資料作りを達也一人に押し付けるという事だ。

今までは作業を分担できていたが、それが一人に集中する。ただでさえ理不尽な状態だというのに、それがさらに増すのだから、達也が「裏切り者」という視線を向けるのも無理はない。

 

(でも、仕方がないんだよ。僕も明日には実家に帰らなくちゃいけないしさ)

 

などと言い訳しつつ、目についたゴミを拾っては手元のビニール袋に入れていく。

しかし、本当に悪いと思っているのなら、今日も資料作りに専念して達也の負担を軽くしてやるべきなのだ。

なのにこうして趣味を兼ねた清掃作業に従事している以上、「裏切り者」の烙印は甘受すべきだろう。

 

「あ、そうだ。折角だし、桐原先輩にも挨拶していかなきゃ」

 

友人たちをはじめ主だった関係者には一通り報告をかねた挨拶は済ませているが、まだ武明には伝えていなかった事を思い出す。克人と摩利を除けば、交友のある数少ない先輩でもあるので挨拶の一つもしておくのが礼儀というものだろう。

ただまぁ、その際には一つ気をつけなければならない事があるのだが……。

 

「失礼します」

 

道場の戸をそっと開け、中を伺う様に慎重に顔を出す。

別に後ろめたい事がある訳ではなく、単に会うと気不味い相手がいないか心配してのこと。

本来は別の部に所属しているのだが、最近は魔法系と一般系という違いこそあれ、同系統の部活という事で交流が図られるようになり、こちらに顔を出している事も少なくないからだ。まぁ、それでなくとも武明と交際しているので、いついてもおかしくない間柄なのだ。細心の注意を配るのはわからないでもない。

ただし、当人以外からすればはっきり言って鬱陶しい限りである。

 

「おう、衛宮……って、お前はまた何やってんだ?」

「いや、その……壬生先輩はいませんよね?」

「いねぇよ。だから、そうコソコソすんなっての」

「…………」

「お前な、そんなに俺が信用できねぇのかよ」

「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうです」

「む……」

 

実際、一度ならず武明に騙されて紗耶香と鉢合わせになりそうになった事があるので、竜貴がこの件で彼をあまり信用していないのも無理はないだろう。

とはいえ、武明がそんな事をしたのも、元をただせば竜貴の態度に問題があるからなのだが。

 

「お前ら、もう和解したんだろ」

「はぁ、まぁ一応」

「だったらどうしてそう警戒すんだ?」

「それとこれとは別問題というか、会わせる顔がないというか……」

 

竜貴自身も気にし過ぎという気はしているのだが、それでも春の時に言いたい放題言ってしまったので、どうにも顔を合わせづらい。

女々しいという自覚はあるし、竜貴ほどあちらはもう気にしていない事はわかっているつもりだ。

わかっているつもりなのだが、そこは理屈ではないらしい。

 

「そ、それに別に良いじゃないですか。あの時の事は謝ったし、壬生先輩も許してくれたんですから」

「ならなんでそんなに避けてんだよ」

「いや、その……」

「本当に踏ん切りがついてんなら俺もなにも言わねぇよ。だがな、どう見たって罰が悪そうにしてるじゃねぇか。毎度毎度そんな態度でいられるとな、見てるこっちがイライラすんだっての」

「ぬぅ……」

 

武明の言っている事は実に正論なので、竜貴としても返す言葉がない。

恐らく、竜貴が武明と同じ立場でも似た様なお節介を焼こうとするだろう。

竜貴自身もわかってはいるのだ。こんな物は、単に竜貴の側だけが抱いている罪悪感に過ぎないのだと。

 

「まぁ、それはいい。この説教も今にはじまったこっちゃねぇしな。それで、今日は何の用だ?

 稽古しに来たってんなら、喜んで相手させてもらうぜ」

「残念ながら別件です。明日から一足先に実家に戻る事になったので、その御挨拶に。桐原先輩には、色々お世話になりましたから」

「むしろ、世話になったのは俺の方な気がするがな……」

「では、ご迷惑やご心配をかけてるお詫びも兼ねてという事で」

「ああ、なるほど。それなら心当たりはあるな」

 

なにしろ、紗耶香との事で色々配慮してくれたのが他ならぬ武明なのだ。

いつまで経っても踏ん切りがつかない事には申し訳なく思っているし、武明のお節介に感謝しているのは事実。

だが、同類と思って魔術師としての意見を口にしたは良いが、それが実は一般人だった…というのは初めての経験だ。どういうスタンスで向き合えばいいのか、未だに判断が付きかねている。

 

別に竜貴は、自分が言った事が間違っていると思っているわけではない。

ただ、アレは「切り捨てる事を是とする」理論だ。

弱い者、劣る者、そう言った存在を「落伍者」の一言で切って捨てる。

切り捨てられた存在を振り返る事はなく、それが当り前であるとする論理。

それは世界の在り方の一面を顕しているが、それだけでヒトの世界は回らない。

昔ならいざ知らず、今の時代には弱者を掬いあげるシステムがあり、完全な意味で切り捨てられる事は肯定されない。だからこそ、差別や格差などが批判の対象になり、それを是正しようという流れが生じる。

それがこの時代における、「正しい世界」の「正しい流れ」なのだ。

相手はそんな世界に生きる一般人。故に魔術師として向き合うのは違うし、かと言って一人の人間として向き合うには余計な事を口にし過ぎてしまった。

 

(ホント、どうしたものやら……)

 

あるいは、元々そう接点のある間柄でもないので、このままなし崩しで済ませてしまうのも手かもしれない。

大変消極的かつ意気地のない対応ではあるが、それはそれでありかもしれないと思えてきてしまう。

 

「で、結局稽古はしていかねぇのか?」

「毎回言いますよね、それ」

「お前の腕は知ってるからな。そりゃ、一度立ち合ってみてぇって思うのは当然だろ」

「そんなもんですか」

 

これも割と毎度のことで、剣術部に顔を出すと決まって武明から手合わせを申し込まれる。

しかし、それを受けた事は一度もない。如何に剣術が剣道と違い実戦を意識しているとはいえ、衛宮の剣とは根本的な思想が異なる。衛宮の剣とは、戦に勝つ為の剣であって勝負に勝つ為の剣ではない。一般的な基準で見れば、邪道と言わざるをえまい。そんな剣で、武明の様なまっとうな剣士の相手をするのは正直憚られるのだ。

 

「で、どうだ?」

「止めておきます。僕じゃ、桐原先輩の相手は役者不足です」

「役不足、じゃねぇわけか」

「ええ」

「なら、せめてアイツの相手だけでもしてっちゃくれねぇか」

「はい?」

 

顎をしゃくってみせる先に視線を向ければ、そこには……道着姿の壬生紗耶香の姿。

 

「……………………謀りましたね」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ。いなかったのは本当だぞ」

 

そう、桐原は確かに竜貴を騙したりはしていない。

ただ単に、紗耶香が来ると知った上でそれを言わず、無駄話で時間を稼いでいただけだ。

 

「まだ見周りの最中なんで失礼します」

「まぁ待て、そう時間は取らせねぇよ」

 

適当に理由をつけてさっさと逃げようとするも、予想道りとばかりに後ろ襟を掴まれてしまう。

振り解く事もこの状態から投げ飛ばす事も可能だが、さすがにそこまでする気にはなれない。

かと言って、やはり紗耶香と顔を合わせるのはなんとも罰が悪い。

 

「そう恨みがましい目で見るなって。別に親しくなれって言う訳じゃねぇからよ」

「じゃあ、どうしろと?」

「さっきも言ったろ。壬生の相手をしてくれりゃいいんだ」

 

見れば、紗耶香の方は既に防具を身につけ準備万端の様子。

竜貴が紗耶香に対し負い目の様な物を持っている事を察し、本当に手合わせに終始するつもりなのだろう。

 

正直に言ってしまえば、竜貴にとって彼女は武明以上に手合わせしたくない相手だ。

武明の剣術はまがりなりにも実戦…殺し合いを想定しているが、剣道はそもそもそう言う類のものではない。

手合わせしたとしても、彼女の成長にまったく貢献しないと思っている。それどころか悪影響しか与えないだろう。

とはいえ、負い目がある上に武明の頼みとあっては断り難い。

第一、竜貴としても気不味さから逃げ回っている自分に思う所がない訳ではないのだ。

 

(思い切りぶつかりあえば吹っ切れる、なんていう程単純でもないつもりだけど……)

 

このまま状況が改善される見込みもない以上、試してみる位は良いかもしれない。

 

「はぁ……今回限りですよ」

「おし。えっと、防具はっと……」

「いえ、別にいりませんよ。そもそも付け方知りませんし」

「……お前、今までどんな稽古してきたんだ」

「素振りとシャドーの真似事、後はとにかくボコられました」

「どんなスパルタだ、そりゃ……」

 

実際、生まれてこのかた稽古らしい稽古などされた事がない。

物心ついて魔術の鍛錬が始まると同時に竹刀を持たされ、素振りの仕方やいくつかの型を教わり、それらがある程度板に付いて以降は、ひたすら母やセイバーなどとの手合わせばかり。手加減はしてくれても容赦はしてくれないので、とにかく徹底的に打ちのめされる日々だった。今思えば、「習うより慣れろ」の理論で格上相手の闘い方を身につけさせる意図があったのだろう。無茶苦茶にも程があるが、百年に近く続く伝統らしい。

 

(まぁそれに、僕らの場合技を教わる意味ってあんまりないしなぁ)

 

武器に宿る記録すらも解析できる衛宮の魔術の性質上、技とは教わる物ではなく盗む物だ。

得物を見ればだいたいの技はわかるし、その得物を複製して持てば、憑依経験から模倣する事も容易い。あとはそれを、自分の血肉となるまで繰り返すだけ。

確かに、そんな反則ができる人間を相手に懇切丁寧に教える意味はあまりないのだろう。

おかげで、受けたり捌いたり、あるいは逃げたりするのだけは妙に巧くなった。

とはいえ、それはあくまでも竜貴の事情に過ぎない。

 

「とにかく、女子用の一番ちいせぇ奴ならなんとなんだろ。お前は良くても、壬生の方が気にするだろうしな」

「ああ、なるほど」

 

言われてみればその通りで、防具をつけていない相手に本気で打ち込むというのはそれなり以上に度胸がいる。

紗耶香ならそれくらいできない事はないだろうが、剣道の剣士である彼女からすれば出来ればしたくない事なのだろう。

 

そうして、自分では付けられないので武明に防具をつけてもらい、道場の真ん中で両者は向かい合う。

剣道部と剣術部が合同で練習する事も増え、自然と紗耶香の腕も皆に知られている。

その為か、みんな手を止めてすっかり観戦モードだ。というか、いつの間にか剣道部の面々まで集まっている。

 

(なんていうか、やり辛いなぁ)

 

人前で何かを披露する事などした事がないので、妙に気恥しい。

人に見せられるような腕ではないし、人に誇れる様な剣でもない。

その自覚があるからこそ、衆人環視という状況はなんとも落ち着かないのだ。

 

「審判は俺が務めるが、かまわねぇな」

「ええ」

「……はい」

「よし。それと衛宮、約束は約束だ。今回みたいな事は本当にこれっきりにする。だから、真面目にやれよ」

(真面目、か)

 

本気ではなく、全力でもなく、あくまでも真面目に。武明の言葉の意味を、竜貴は正確に理解している。

彼は竜貴がどういう人間なのかをある程度理解しているからこそ、竜貴にとって本気とは即ち殺し合いであり、全力とは詰まる所「手段を選ばず」という事をわかっているのだろう。

だからこその真面目。逃げず、はぐらかさず、真っ向から。つまりはそう言う事だ。

 

「…………はじめ!」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

アレから小一時間ほど経ち、なんとか解放された竜貴は校内の片隅に設置されたベンチに身体を預け天を仰ぐ。

いつの間にか空は赤色に染まり、幾羽かの鴉がその中を泳いでいた。

 

「まさか、主要メンバー全員を相手にする羽目になるなんて……話が違うよ」

 

そう、紗耶香との試合自体は五分とかからずに終わった。

その試合自体には特筆すべき点などない。竜貴は武明の要望通り真面目に相手をし、ついつい出そうになる足やら投げやらをなんとか抑える事に些か苦労しながらも、無難に勝利を納めた。

如何に不慣れな戦い方とは言え、それで同年代の一競技者に負けるほどヤワな鍛え方はされていない。

 

だが、問題なのはその後だ。

なにを思ったのか、剣術部と剣道部の面々が次々に竜貴との手合わせを希望しだしたのである。

もちろん断ろうとしたのだが「壬生とは手合わせしただろう」と言われると抗し辛い。

結果、なし崩し的に両部の主要メンバー十数人と立て続けに手合わせする羽目になったわけだ。

どれほど持久力に自信があっても、それはさすがに疲れるのも無理はない。

 

「しかし、まさかあんな事を言われるとは」

 

疲れているのは事実だが、その時の事を思い返すと正直反応に困る。

そう、本当に「まさか」だ。

竜貴は自身の剣に誇りを思った事はないし、完全に一つの道具と割り切っている。

そんな自身の剣を指して、試合を終えた紗耶香は言ったのだ。

 

『剣を合わせれば相手の心が分かる、なんて言えるほど私は大それた剣士じゃないけど、それでもあなたの剣が凄くまっすぐだってことはわかった。とても真摯に磨き上げて来たんでしょうね。きっとそれは、貴方の人柄その物でもあるんだと思うわ』

(そんな立派なものじゃないと思うんだけどなぁ……)

 

紗耶香はああ言っていたが、竜貴自身にはとってはただただ困惑するしかない。

勝つ為に、生き残る為に、ただその為だけに磨き上げて来た剣だ。

命が関わっている事もあり真剣であったのは事実だが、「まっすぐ」とか「真摯」とか言われても……というのが本音だろう。

とはいえ人間、よほど的外れでもない限りは褒められて悪い気はしない。

それは、剣を振るうことそのものにはさほど思い入れのない竜貴でも例外ではなかった。

 

「ま、僕らもそう捨てたもんじゃ無かったってことかな」

 

我ながら単純だとは思うが、ようやく紗耶香との向き合い方がわかって来た。

魔術師としても一人間としても向き合えないのなら、剣を修める者として向き合えばいいのだろう。

人に誇れたような剣ではないと今でも思うが、相手が曲がりなりにも評価してくれるのならそれでいいのかもしれない。

 

「まぁ、それはそれとして……あれはどうするか」

 

ベンチから立ち上がり、右目を閉じて実験棟の一角に視線を向ける。

 

(確か、あそこは薬学実験室だったかな?)

 

ピントをずらした視界の中、薬学実験室の当たりのプシオンが規則的に瞬いている。

通常ならばあり得ない現象だが、なんらかの魔法を行使されているとなれば不自然ではない。

魔術師である竜貴に言わせれば稚拙ながら、周囲には人払いの結界も張られている。

効果の方は申し分なさそうだが、如何せん結界の存在そのものが丸わかりだ。

どれほど強力であっても、人に存在を知られたくなくて張る結界としては下の下と言わざるを得ない。

 

(まぁ、それはそれで無限ループになりがちだから、仕方がないんだけど)

 

人払いの為に結界を張り、その結界を隠蔽するために何らかの対処をしたとしよう。

しかし、それならそれで結界の隠蔽のために行われた対処の痕跡を完全に消去することは難しい。

そして、それ以降は対処の為の対処を延々繰り返す羽目になりがちなのだ。

術が使われた痕跡を消すというのは、言うほど簡単なことではない。

 

とはいえ、教室の一角を使っていることからして入念に準備してのものではないのだろう。

そんな即興の結界では、あまり高い水準を期待する方が無理な話だ。

 

(ん~……とりあえずは大丈夫そうかな? プシオンの瞬きも一定だし、結界も安定してる。見た感じ魔法の不適正使用って様子もない。なら、僕がしゃしゃり出る必要も……っ!)

 

風紀委員の取り締まり対象ではなさそうだし、かと言って魔術としての自分に不利益がありそうな様子もない。

そう思って視線を切ろうとした所で、突然それまで一定間隔で瞬いていたプシオンが弾けた。

なにが起こったかは定かではないが、予想外のトラブルが発生した事はまず間違いない。

 

竜貴は反射的に現場へ向うべく駆けだした。

大して距離もないので瞬く間のうちに現場に到着したのだが、竜貴は即座に踏み込む事はせず、入口の前で立ち止まる。それというのも、教室内から覚えのある声が漏れ聞こえて来たからだ。

 

「……調? 色…違……見え…?」

「その……は…い。…とか藍……か。キャッ!?」

「……みき…こ、それは色々…題がある…じゃな……? …や、合意の……ら別に構わ…いが、その場…席を外すま……ってくれ」

(今の声、美月さんと達也君? それに……)

 

恐らくだが、最初の方の声は幹比古のものだろう。

幹比古は二人と同じクラスの筈なので、接点がある事自体は不思議ではない。

ただ、なにやらあまりよろしくない気配がする。

 

(これは、少し様子を見るか)

 

そう結論し、竜貴は気付かれないよう気配を殺しながら教室内の音に耳を澄ませる。

はじめは不明瞭だったそれも、直にはっきりと聞き取れるようになった。

 

「わっ! ご、ごめん! つい……」

(なにが「つい」なのかな?)

 

音だけでは正確なところはわからないが、どうも幹比古が美月に何やら不埒な事をしている様に聞こえる。

まぁ、美月はあまり目立つ方ではない物の、れっきとした美少女だ。

『つい』で手が出てしまうのは色々と不味いが、懸想するというのはわからないでもない。多分そう言う事ではないのだろうが。

 

「その、本当にごめん。誓って、不埒な事をするつもりじゃなかったんだ」

「い、いえ、私も驚いただけですから」

「それで、急にどうしたんだ、幹比古?」

「ごめん。その……少し驚いて……」

(吉田君、なんか謝ってばっかりだなぁ)

 

とはいえ、気も地幹比古の声音には安堵の色が混じっている。

恐らくだが、話題が変わって安心したのだろう。

詳しい状況が分からないので想像を膨らませるより他にないが、状況によってはセクハラ扱いされてもやむを得ない状況だったかもしれないのだ。それなら、幹比古の反応もわからないでもない。まぁ、全て竜貴の想像でしかないのだが。

 

「別に俺に謝られてもな……それで、一体何に驚いたんだ?」

「柴田さん、改めてごめん。まさか、水晶眼の持ち主がいるとは思わなかったんだ」

「水晶眼、ですか?」

「まだそうと決まったわけじゃないけど、そうかもしれないと思ったら確かめずにはいられなくて……」

(あ~……もしかして、ばれた?)

 

水晶眼というものには聞き覚えがないが、美月の眼を指してそう呼んでいるのなら、意味合いとしては「浄眼」と同じものだろう。流派や思想などで名称が異なるのは、割と良くある事だ。

問題なのは、美月の眼の本質に幹比古が踏み込もうとしている事。

自身の眼の特異性を知れば、自然それを意識する様になる。そして、場合によってはそれがきっかけとなって、彼女の眼が見えざる何かを写すようになる可能性は小さくない。そしてそれは、往々にして好ましくない結果をもたらす。だからこそ、竜貴は今日まで極力美月の眼には触れない様にしてきた。

 

それはひとえに、それが美月の為と思えばこそ。

彼女が自身の眼の事で悩んでいる事は知っていたし、力になってやりたいとも思っていた。

なのに一切の助力をしなかったのは、竜貴が関わる事で彼女が「開眼」してしまう事を恐れたから。

その眼に写す『何か』によっては、彼女の人生は大きく歪められる事になる。

それは一友人として、できれば避けたい未来だった。

 

(余計な事を言われる前に踏み込むか……)

 

一瞬その選択肢が浮かんだが、直にそれを棄却する。

既に時すでに遅し。美月はもう「水晶眼」という特異な眼の存在を知ってしまった。

調べてすぐにわかる物でもないだろうが、きっと彼女はそれを知ろうとする。

自身の眼に悩む彼女からしてみれば、制御困難な目を御する為の手掛かりと思う筈だ。

ならば、できる限りの手を尽くしてそれを知ろうとするだろう。そうなれば、その動きは遅かれ早かれどこぞの術者に知られる事になる。

その相手が善良な相手なら良いが、碌でもない相手であれば美月の未来に待つのは暗い物しかない。

そして、多くの場合こういう流れで出会う相手というのは碌なものじゃない。

 

それに比べれば、ここで幹比古から教わる方がまだマシだろう。

まだ、幹比古の知る知識が竜貴の懸念と同じ方向性とは限らないという希望もある。

 

「それで、水晶眼というのは? 差し支えなければ教えてくれないか」

「あ、あの、私もできれば……」

「……うん、別にそれほど秘密ってわけでもないしね」

(あ、今嘘ついた。絶対それ、基本口外しちゃダメな知識だよね)

 

答えるまでの微妙な間からして、確実に言うほど軽い知識ではない事が丸わかりだ。

竜貴としては、不安指数が一気に三倍になった気分である。

 

「僕達精霊を使役する術者は色で精霊の種類を見分けるんだけど、これは実際には本当の意味で色が見えている訳じゃないんだ。僕達が見ている精霊の色は、術の系統や流派によって変わってくる。僕の流派では水精は青色をしているけど、欧州では紫とする流派もあるし、大陸には黒に近い紺色とする所もある。もしかしたら、黄色や赤とする流派もあるかもしれない。

これは場所や術によって精霊の色が変わっている訳じゃないんだ。術者の認識の仕方……そうだね、ある種の思い込みやイメージが反映されていると思ってくれればいい」

「……つまり、視覚的に捉えているのではなく、術を介して波動を解釈しているという事か?」

「暖色とか寒色みたいなものでしょうか?」

 

赤や黄色系の色を見ると「暖かい」と思うし、青系の色なら「冷たい」と思う。

精霊の色分けとは、本質的にはそれらとなんら変わらない。

水精と言う存在に対し、幹比古の流派では「青色」のイメージが定着している。

故に、幹比古の流派の術者が見る水精の色は青なのだ。もし別の流派を学んでから幹比古の流派を学ぶなんて事になった場合、恐らくは最初に学んだ流派の色で精霊を認識するだろう。

 

「うん。要は精霊を見分けるために、波動の波長ごとに色をつけている、って言えばいいのかな。

 だから、僕達の認識する精霊の色は画一的なんだ。濃淡や明暗はないし、他の色と混じる事もない。

 頭の中で分類して色を塗っているんだから、色調の違いなんて生じる事はないんだ。だけど……」

「美月には、本来ならあり得ない色調の違いが見えた」

「多分、柴田さんは水精の力量や性質の違いを色調の違いとして知覚できるんだ。そう、彼女は本当の意味で精霊の色が見えている。そう言う眼の事を僕の流派では『水晶眼』、『神』を視ることのできる眼、とされているんだ。

 精霊の色を視る事ができるという事は、精霊の源であり集まりである自然現象……『神霊』を視て、認識して、そのシステムにアクセスできる存在だという事。つまり、神霊というシステムにアクセスする為の巫女なんだ」

(神霊…ね。本来の意味とは違うだろうけど、要はより大きな力を持った精霊に干渉する為の扉であり鍵ってところか。そりゃ、落ち着いていられないのも頷ける)

 

あるいは、彼の言う神霊とは失われた魔術基盤の事を指すのかもしれない。

幹比古の流派について明るくない竜貴にははっきりとした事はわからないが、要は彼らの流派における深奥へと繋がる道、それが美月なのだろう。

感覚的には、魔術師にとっての「」や魔法へのきっかけに近いのではないだろうか。

 

「……っと、ごめん。そんなに警戒しないで欲しい。以前ならともかく、今の僕に『神』を御する力はないし、そんな気概もない。だから、柴田さんをどうこうなんていう気はないんだ。

 だけど、他の術者に神の術法に至る鍵の存在を教える気にもなれない。僕以外の誰かが神祇魔法の奥伝を極める姿を指をくわえてみているなんて、浅ましいとは自覚しているけど、誰であっても真っ平ごめんだ。だから、柴田さんの事は誰にも言わないよ」

(浅ましい、ね。まぁ、人としては確かにそうかもしれない。でも、魔術師としてならそれは大いに正しい。惜しいな、世が世なら良い魔術師に成れただろうに)

 

そう、魔術師何て言うのはそういう連中なのだ。

違いがあるとすれば、魔導の探究はその代で完成する事などまずあり得ないので、どうしても後世に希望を託すしかない。そのため、自身の血族に対してだけはそれが例外となる、ということだ。

幹比古は自身の鬱屈した思いを「浅ましい」と卑下するが、竜貴からすれば「魔術師らしさ」の片鱗を感じさせるその心には、少なからず好意的になってしまう。

とはいえ、あまりその様な感慨にもふけって入られなかったのだが。

 

「……だそうだ。それならお前も安心だろう」

「「え?」」

「あちゃ、バレてたか」

 

どうやら達也には立ち聞きしていた事がバレていたらしい。

竜貴は無駄な抵抗をするようなマネはせず、潔く教室の扉を挙げて中に入る。

 

「竜貴君……いつから?」

「水晶眼とやらの説明が始まったあたりから、ね。まったく、正直冷や冷やしたよ」

「君は、気付いていたのか……」

「美月さんの眼の事なら、イエス。僕としては、美月さんには余計な事は知ってほしくなかったんだけど」

「余計な事、ですか?」

「いい、美月さん。世の中にはね、知らない方が良い事、視えなくていい物があるんだよ。

 だから、視えない物を無理に視ようとしない方が良い。視えないという事は、視えなくていいという事なんだ」

 

そう、生物とは合理的な物だ。必要な機能だけを残し、必要のない機能は退化しやがて失われていく。

美月の眼も、本来ならばそう言う類。彼女の眼は他人より多くの物を写すが、その大半は生きていく上で視える必要のない物なのだ。ましてや、今以上に見えるようになった所で、損得という意味で言えば「損」に傾く公算が高い。

だからこそ、竜貴は「無理に視ない方が良い」とは忠告しても、あまり踏み込んだ事は言わない。下手な事を言えば、それこそきっかけになってしまうかもしれないからだ。「精霊」を視る程度で済むなら、それでいい。

 

「忘れないで、その眼にも視える事にも理由を求めちゃいけない。君のそれは何かの為に与えられたものじゃ無いんだ。もしそこに理由や意味があるとしたら、それは君が君自身の為に付ける物だけなんだよ」

「あの、それはどういう事なんでしょう?」

「要は、無理にその眼を使いこなそうとする必要はないって事。眼鏡に頼ってる事を気にしてるみたいだけど、見える物は見えるんだからそれは仕方がない。見えなくするって言うのはそれはそれで不自然だからね。重要なのはその眼との折り合いの付け方。くれぐれも、無理は禁物だよ」

「はぁ……」

 

わかっているのかわかっていないのか。

美月は竜貴の忠告に対し、キョトンとした顔を浮かべた後、曖昧に首肯を返す。

 

しかし、竜貴はそれでいいと思う。

美月は、こちら側に踏み込むにはあまりに善良過ぎる。知らず、わからず、どこまでも部外者であってくれるならそれに越した事はない。

願わくば、幹比古との出会いがきっかけとならないように。


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