魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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まさかの連続投稿じゃい!
実はこっちの前半が書き上がってから、「あ、先に入れなきゃいけないのあったんだ」と思い出して書きだしたせいなんですよね。まぁ、別に悪い事じゃないし。

とりあえず、今回でちょこっと自体が動きますが、多分伏線になってない。
大体のところは丸わかりだと思うんだ。感想版へのネタバレはほどほどにね?


015

 

冬木市は深山町の外れ、円蔵山の地下には外部には知られていない天然の大洞窟が広がっている。

別名「龍洞」とも呼ばれるそこは、日本屈指の霊地である冬木の霊的中枢だ。その龍脈の要石として「柳洞寺」が存在しているのだが、その事実を知る者はあまりに少ない。

 

そんな大空洞「龍洞」の最深部、広大な地下空間はすり鉢状の地形をしている。

かつてはその中心に冬木において五度、約二百年に渡って行われた大儀式「聖杯戦争」の中核「大聖杯」が鎮座していた。しかし、大聖杯は第五次終結の十年後に遠坂の当主とロード・エルメロイⅡ世の手で解体。その際、何者かの手で仕掛けられていた魔力瘤が危うく破裂しかけると言ったトラブルもあったものの、なんとか無事に解体作業は終了した。故に、今や大空洞の中心にはなにもない…………筈であった。

 

だが実際には、その中心に西洋建築の洋館が鎮座している。

それほど大きなものではなく華美でもないが、細部まで手の行き届いた見事な造りだ。

相応の場所に建っているのであれば、かなり見応えのある建築物だろう。

ただし、巨大な洞窟の内部という環境を考えれば違和感の塊でしかない。

ましてやその玄関前に、土嚢の様な物がいくつも積み上げられているとなれば尚のこと。

いや、それだけではない。周囲には質素な作りの炉や段々になった石造りの水路らしきもの、はたまた用途不明の金属の立方体や土とレンガで造られた構造物まで、素人目にはよくわからない物が散在している。

 

その中を忙しなく動き回る小柄な人影……竜貴の姿があった。

無論、興味本位で見学している訳ではない。各器具の点検をし、必要なら最後の調整と整備をしているのだ。

それらを終えると、柳洞寺裏から汲んできた湧水を被って身を清める。最後に白装束を身に纏い慣れた手つきで襷を掛ける。

これから行うのは、ある種の魔術儀式。ならば、それ相応の準備というものがあって当然だろう。

 

「さて、あとは最後のが来るのを待つだけか。母さんの方も順調みたいだし、辛うじて間に合いそうかな」

 

白装束の襟を整えながらチラリと洋館の方を確認すれば、一階部分に明かりが灯っているのが分かる。

もう何日もあちらにつきっきりの母には悪いが、あれは竜貴か天音でなければできない作業だ。

竜貴も表向きは学生の身分の為、あまりそちらを疎かにする訳にもいかない。一応、表の顔と裏の顔の両立は衛宮と遠坂の基本方針なのだ。その為、準備期間とも言える今日までは母に任せきりになってしまった。

まぁ、逆にここからは竜貴が中心になるので、バランスは取れるのだろう。

 

「と、来た来た。悪いね、ようやくリハビリが終わったばかりだって言うのに、無理させて」

ナイン(否定)。これはどこ?」

「ああ、そっちに頼むよ」

ヤー(肯定)

 

現れたのは、長い銀髪を緩めに三つ編みにした女性。

表情は乏しいながらも整った顔立ちと、身に纏ったクラシカルなメイド服は良く似合っている。

その両肩に、推定40キロはあろうかという土嚢を三つずつ積み上げていなければ、だが。

 

「まぁ、手伝ってくれて助かったんだけどね。僕だけだと強化しても運ぶのにもっと時間がかかっただろうし」

「お嬢様が車を手配してくれた」

 

実際、彼女が土嚢を運んだのは円蔵山の裏手に止められたトラックからだ。

さすがに大量の土嚢を運ぶメイドが街中を闊歩しているのは、色々と不味いだろう。魔術の秘匿云々以前の問題として。

とはいえ、土嚢を担いで山中を移動するというだけでも充分過ぎるほどに過酷だ。

 

にもかかわらず、このメイドの額には汗一つ、疲労の色すら浮かんでいない。

しかし、それも当然だろう。そもそも彼女は、まだまだ肉体的な感覚が薄い。

疲労という感覚そのものに対し、まだあまり実感が持てないのだろう。

以前はそもそも多くの五感が備わっていなかったらしいが、蘇生して以降は徐々に発達してきていると聞く。

いずれは、感情表現も含めてより人間らしくなっていく筈だ。

 

(つまり、彼女は生まれたばかりの赤ん坊みたいなものか。身体は出来上がってるし、必要とされる知識はあるけど、中身がこれじゃ……そりゃ奏の眼鏡に適うわけだ)

 

世話焼きのくせに世話を焼く対象には割とうるさい従妹の事を思い出し、肩を竦める。

 

「それじゃ、僕は作業に入るけど、君はどうする?」

「見ていく」

「奏の指示かな?」

「ナイン」

「ふ~ん、面白いものじゃないと思うけど……」

「……面白い?」

(まだまだそっちの感覚も薄い訳ね。でも、奏の指示じゃないって事は個人的な興味か。まぁ、良い傾向かな)

 

奏は大抵の事は一ヶ月もやればそれなり以上に物にできる。

器用なのは確かだ、物事の流れやその本質を捉える事に長けているのもあるだろう。

だがそれ以上に、「できない」事の存在を許さない強い克己心の持ち主でもある。

そんな彼女に付き合っていれば、短い期間でも様々な物事に触れる機会があった筈だ。

恐らく、それらが彼女の情緒面の成長に寄与しているのだろう。

 

「わかった。じゃ、中から適当な椅子でも持って来て見ていると良い。あ、もちろん飽きたらいつでも離れて良いから気にしない様に」

「ヤー」

 

普通なら暗に「さっさと離れろ」と言っている様に取られかねない発言だが、まだまだ精神的には赤子同然の彼女の場合、ここまで言っておかないと自分の意思でこの場を離れることすらできないだろう。

 

そうして、竜貴は運び込まれた土嚢の一つを抱えてまず水路らしき物へと向かう。

土嚢の口を空け、中の砂や土を次々水路に流して行く。

 

「……」

「これは鉄穴流し(かんなながし)って言ってね。この国で昔から使われている、砂鉄の採取法なんだよ。

 まぁ、本来は渓流なんかでやるものなんだけど、それだと色々目立つからこの水路で代用してる訳。

 とはいえ、軽い物は下へ、鉄を含んだ重い物は上流に残るっていう基本的な性質に変わりはないんだけどね」

 

興味を引かれている様子だったので、なんとはなしに説明してみた。

特に反応は返ってこないが、竜貴もあまり気にせず先を続ける。

 

「でもコレの場合、さらにふるいにかけてるんだ」

「魔力?」

「そう。冬木は一級の霊地だからね、場所によっては土や砂レベルで僅かだけど魔力が染み付いてる。

 その中でも、より良い物を選ぶ為にちょっと細工を施してあるんだ。

 さすがに古い曰くつきの宝石には及びもつかないけど、こういう所で手を抜くと良い物は造れない。

 料理と同じさ、下拵えが重要で手間暇を惜しんじゃいけないってこと」

 

とはいえ、ここにある全ての土嚢が冬木で採取したものではない。

確かに冬木の土地、なかでも霊脈の要所である円蔵山、遠坂邸、冬木教会、そして中央公園の土砂はそれなりに魔力を帯びている。しかし、だからと言って好き放題取れる訳ではない。遠坂邸ならまだしも、他の場所だと色々な意味で悪目立ちしてしまう。なので、この場にある土嚢のうち約半分は他の土地から採取した分であり、倉庫に保管していた一部でもある。

 

「まぁ、それも土地ごとに特色とかがあるから、持ってくればいいってものでもないんだけど。

 冬木でも、中央公園のあたりはまだまだ癖が強いから使い難いしねぇ」

 

後天的に霊地化した為、他の土地に比べて本来は質が良くない程度で済む。

だが、あの辺りは百年以上前の大火災の中心地だ。百年以上経った今でも、未だにその怨念は染み付いており、呪詛の触媒としてならともかく通常の魔術で使うには向いていない。

 

まぁ、それを言うとこの大空洞もかつては性質の悪い呪いを溜め込んでいたので、浄化には相当苦労したと聞く。

幸いだったのは、人目に付かない場所なだけに大々的に儀式が行えた事と、冬木最大の霊地でもあったおかげでかなりの力技も使えた事だろう。

そのついでにこの場所自体に聖別を施し、以来この場所は衛宮と遠坂が共同で管理する儀式場となった。

本拠地にしたり後継者の育成をしたりするには大源(マナ)が濃すぎて支障が出るが、重要な儀式を行ったりするのには最適なのである。また、地下空間という事もあり気温や湿度が常に一定なのも竜貴としては有り難い。

 

閑話休題。

そうして一通りの土嚢の選別が終わると、質の良い砂鉄を集めて混ぜ合わせていく。

一口に砂鉄と言っても、場所によって僅かに質が異なる為だ。

土の中の砂鉄と砂の中の砂鉄というだけでも、専門家から見れば違いはある。

ここにさらに魔力の質まで絡まってくるので、見た目に反してかなり難しい作業なのだ。

なにしろ衛宮伝来の研究資料の中には細かな配合表があるほどで、竜貴はその全てを丸暗記している。

 

「ほどよく混ざったら、次は製鉄。これはたたら吹きと言って、これまたこの国独自の製鉄法なんだ。この方法で還元された鉄の塊が“ケラ”。その中でも一割に満たない最も良い部分を“玉鋼”と言い、今回はこれを使う。

ただ、ここがかなり難しくてね、くべる炭からして聖別した特別製だ。その上、火の状態をはじめ僅かな変化でも見落とすと魔力同士が巧く結び付かない。いや、最悪折角の魔力が抜けていっちゃうんだ。

 神代と違ってミスリルやオリハルコン、東洋の神珍鉄や火廣金(ひひいろかね)なんかはまず手に入らないからねぇ」

 

神代の終わりと共に、そういった今や伝説上の存在となってしまった金属の多くが失われてしまった。

人工的に精製できればいいのだが、正直その為の理論すらないのが現状だ。

故に、ある物を何とか工夫して使うしかない。

 

「時間かかる」

「うん。上手く結び付かせるには温度管理が重要だし、焦っちゃいけない。普通にやって大体三昼夜だけど、物が物だから不純物を取り除くのには時間もかかる。大凡一週間ってところかな」

 

それも、その間は決して目を離す事ができない。

炎の色、匂い、炉の内部から漏れる音、炉から発せられる熱波、それらから状態を把握し続け、変化に応じてその都度対処していく。

そのためには、非常に高度な技能が求められるのだ。竜貴以外だと、後は天音くらいしかできる者はいない。

その天音は重要な資材の加工に回ってもらっているので、必然的にこちらは竜貴が付きっきりになる。

 

(ま、それが終わってようやく第一段階。その先も、負けず劣らずハードな訳だけど……)

 

なにしろ、あちらは現代ではなかなか手に入らない貴重品だ。

こちら以上に細心の注意を払って加工可能な状態に持って行き、最終的には両者を一つに纏める。

あちらはどうしても量が少ないので、それを補うにはこういう方法しかない。

 

一応、全行程の中で今の段階が最も時間がかかるとはいえ、最終的には丸二週間近くかかる計算だ。

しかし、これでもまだ短い方とも言える、なにしろ、玉鋼に宿る魔力などの諸条件の関係から製鉄以降は時間との勝負な面がある。残念ながら、一つ一つの工程の間に休憩を入れてとはいかない。一度始めたら、完成までノンストップで一気に進めていくしかないのだ。

だが、悪い事ばかりではない。とりあえず、これなら九校戦にもギリギリで間に合うだろう。

 

(まぁ、最悪九校戦に間に合わなくても別にいいんだけどね。

 保管してる礼装から適当なのを選ぶか、それこそ何か投影して持って行ってもいいしわけだし)

 

万が一にも消失してしまう可能性を考えれば、現物を持って行った方が良いというだけだ。

間違えてはいけないのは、今回の鍛造(儀式)の最大の目的は一連の技法の再現/修得にある。

九校戦で使う道具の作成は、そのおまけに過ぎない。

 

衛宮はその魔術の特性から、数々の礼装や概念武装、果ては宝具に至るまでの技術・製法を得てきた。

故に、百年という歴史の浅さに反して様々な技法に通じている。例えば、現代では失われてしまった古刀期と呼ばれる頃の原料や鍛法の知識などがそうだし、ましてや神代の技法ともなれば尚の事。

ただ、それはあくまでも「知っている」というだけに過ぎず、言わば単なる情報に過ぎない。

どんな資料よりも詳細かつ正確で、どのような映像よりも鮮明とはいえ、所詮はそれだけ。

知っている事と出来る事の間には天と地ほどの差がある。それを埋め、「知っている」から「できる」へと衛宮の技術を発展させるのが最大の目的。

 

その為であれば、極端な話今回の鍛造(儀式)は失敗でも構わない。失敗は成功の母、そこから得る物があり最終的にこれを習得できるのであれば、それでいい。

まぁ、貴重な資材を用いる以上、失敗より成功の方が望ましいのは事実だが。

 

とはいえ、要は彼らの悲願に一歩でも近づければいいのだ。

今の衛宮に彼の王に相応しい剣を鍛え上げる技量はない。その為の道具・資材も不足している。

現段階で彼らにできるのは、かつてあった武装を今可能な条件の下で「模造」し、その技術を着実に我がものとしていく事だけ。それは、美術でいう「模写」に近い。他者の作品を忠実に再現し、あるいはその作風を写し取ることで作者の意図を体感・理解する方法であり、日本画においては古くから修行や絵画の精神性や様式、技法の伝達などを目的に行われるもの。衛宮は丁度、これと同じ事をしているわけだ。

彼らが保有するあらゆる知識を「技能」として身に付け、それらを融合し、独自の創意工夫を取り入れ、その全てを十全に活かせる材料を揃えた先に初めて開かれる扉。その扉へと一歩近づき、いつか彼の子孫が「王剣」を創るための鍛法の礎。それこそが、今竜貴が取り組んでいる鍛造(儀式)の本質なのだから。

 

(さて、それじゃいっちょ頑張りますか!)

 

これから約二週間、不眠不休で熱と鉄との闘いが始まる。

長さの違いはあれども、どれも繊細かつ根気のいる作業に違いはない。

僅かな鉄や炎の色の違い、あるいは鉄を打つ音や感触の変化を見落とせば、鍛造(儀式)は失敗してしまうのだから。

気合を入れ直し、心と体を引き締め直す。

 

とりあえずの目標は九校戦だが、同時に遠い遠い先へ向けての一歩でもあるのだから。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

8月1日、天気は快晴。

絶好の行楽日和と言えるが、竜貴は別に遊びに行く為にコミューターに乗っているのではない。

今日は一高が九校戦競技会場である富士演習場に現地入りする日だ。同時に、この日の晩には九校すべてが揃っての懇親会が行われる。さすがにそれまですっぽかす訳にはいかない。

故に、竜貴もそれに合わせて空路で最寄りの空港に移動し、そこから運営側が手配してくれたコミューターで会場へと向かっているのである。

 

ただし、多くの魔法科生徒たちが緊張感や闘志を秘めて移動している中、竜貴はといえば……

 

「……ムニャムニャ、エヘヘ~…zzz」

 

思い切り爆睡していた。それこそ緊張感の欠片もなく、何故か持ち込んだ枕を抱きかかえ、猫のように丸くなりながら。実家である武家屋敷の縁側などで見れば、周りの物にも睡魔をお裾分けすること確実な熟睡っぷりである。

そこにはこれから大舞台へと立つ人間が本来持って然るべき物は一欠片もない。

 

しかし、竜貴には竜貴の言い分という物がある。

なにしろ、彼にとってこれは約二週間ぶりとなるまともな睡眠なのだ。

飛行機に乗っている間も眠っていたが、正直全然足りない。

それこそ、丸三日は眠り続けたいというのが本音なほどだ。

できるなら、冬木からコミューターに乗り込み、移動時間の全てを睡眠に当てたかった。

だが、時間的な問題で空路を経由しなければ間に合わなかった為に、已む無くこの様な形に。

 

とはいえ、そんな至福の時間もそれほど長くは続かない。

富士演習場の最寄りの空港となると富士山静岡空港だが、ここから富士演習場までの時間は精々仮眠程度の物。

竜貴の感覚としては、少し眠ったかと思ったらもう目的地。中途半端に眠った分、むしろ眠気が増して仕方がない。

 

「くぁ~………………眠い、今なら立ってても眠れる。むしろ、歩きながら眠りたい……あたっ!? す、すみません。余所見してました、決して居眠りしてたわけじゃないんです、ごめんなさい!!」

「いや、気にしないでくれ。本官も不注意だった」

 

フラフラしているうちにぶつかったのは、日に焼けた壮年の男性。

体つきはたくましく、ラフな格好をしているが場所が場所だけに間違いなく軍関係者だろう。

それも、醸し出す雰囲気からして歴戦の軍人に相違ない。

竜貴の眠気は即座に吹き飛び、臨戦態勢とはいかないまでも相応の警戒心を秘めながら男を直視する。

 

「その制服は一高の生徒だな」

「はい、衛宮竜貴と言います。事情がありまして、別ルートで来させていただきました」

「そうか。では宿舎に案内しよう」

「え、でも……」

「気にするな、本官も丁度通り道だ。それに、一高が到着するまでまだ少々時間がある」

「? 予定では、もう到着してる筈では?」

 

そう、確か聞いていた予定では正午より幾分か余裕を残して到着する事になっていた筈だ。

にもかかわらず、まだ到着していないどころか少し時間がかかるという。

 

「うむ、色々とトラブルが重なったらしくてな」

「そうですか」

 

恐らく、竜貴を不安にさせない為だろう。敢えて男はそのトラブルとやらには深く触れようとはしない。

竜貴もそれを察し、その気遣いを受け入れる。

皆の事が心配でないといえば嘘になるが、同時に信頼もしているのだ。

少なくとも克人……それに恐らくは達也が揃っていれば大抵の事はなんとかできるだろうと。

 

「さて、ここだ。中で受付を済ませれば、あとは係の者が案内してくれるだろう」

「ありがとうございます。あの、良ければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「と、すまない。そちらにばかり名乗らせてしまっていたか。自分は風間玄信という。それではな、衛宮君。君の活躍を期待している」

 

敢えて階級は告げず、風間はその場を後にする。

ただしその胸中では、即座に自身に対して警戒心を隠して対応したその様子に、一定以上の評価を抱きながら。

 

(あれが、件の衛宮か。達也の言う通り、中々に油断ならぬ少年だ。

 …………一体彼はこの場でなにを見せ、どう我等を出し抜くつもりでいるのやら)

 

風間はわかっている。竜貴は一応魔法師側の要求を受け入れたが、馬鹿正直に魔術を晒す気などない事を。

まず間違いなく、彼は自身に不利益にならない程度、あるいは方法で魔術を見せるのだろう。

あの一見あどけない、しかし強かさを秘めた少年がどうこの状況を切り抜けるのか、風間は純粋に楽しみにしていた。同時に、そこからなんとか利益を得てやろうと目論みながら。

それはさながら、難解なパズルや謎解きに挑むかのような気持ちに近いのだろう。

 

(だが、それよりも早々に動いたな。十中八九、一高の事故は無頭竜の手によるものだろう。衛宮に手を出さなかったのは、その必要がないからか。さすがに、情報を得られなかったというのは楽観が過ぎる)

 

実際、竜貴は今回の九校戦の勝敗において全く関与しない。

彼はあくまでも試技(エキシビジョン)において、魔術を見せる為に来ているのだ。

母校の応援はしても、それ以上に関与する事はない。

無頭竜としても、得体のしれない魔術師に下手にちょっかいを掛ける程無謀ではないらしい。

 

彼らの様な無法者は、逆にその辺りはシビアだ。

自身の利益のためならどんな事でもするが、利益にならない事はしない。

少なくとも、今この場に限っては衛宮に関わって得られる利益はないと判断したのだろう。

あるいは、そちらに割く余力すら惜しいという可能性もあるが、そんな物はいくら考えても埒が明かない。

 

そうして離れていく風間の背を見送った竜貴は、彼に指示された通り宿舎……というかどう見てもホテルだが、そのラウンジに入…った所で、違和感に気付く。

 

(おいおい、どこの馬鹿の仕業だ?)

 

綺麗に整えられている筈のラウンジは、まるで粘膜の様な汚れがこびりついている様に感じられる。

ラウンジ内に散見される人々にしても、虚ろな人形のように見えてしまう。

 

(結界、だよね? 完全じゃないけど、8割方出来あがってる。

 空気が甘ったるく感じるし、まるで食虫植物の中にいる気分だ)

 

はっきり言って、この上ない程に不快だ。

こんな所で数日に渡って寝泊りしなければならないとは……安眠もなにもあったものではない。

なにしろこの結界、まず間違いなく内部にいる人間を捕食する類のものだ。

それがどの程度の物かはまだわからない。精神力や体力を吸い上げるだけなのか、それとも……命を吸い尽すのか。ただ、なんとなく後者だろうとは思っているが。

 

(ま、なにはともあれ調べてみないと始まらないか)

 

ここで慌てて動いては、結界を張った張本人を刺激する事になりかねない。

故に、まずは受付で手続きを済ませてしまう。

一応軍施設でもあるのでいくつかの注意事項と共に鍵を受け取り、割り当てられた部屋へと向かう。

扉を開けてみれば、高級スイートとまではいかなくてもかなり良い部屋が宛がわれていた。

聞けば、竜貴は一応二人部屋ではある物の相部屋の相手はいないらしい。一応は竜貴の立場を慮ってのことではあるだろうが、どこに監視の目や耳があるかわからないので、あまりありがたいとは感じない。こんな状況下となればなおさらだ。この辺り、竜貴は相手方を全くと言っていいほど信用していない。

 

「よし、さっさと荷解きを済ませますか」

 

といっても、それほど持ち込んだ荷物は多くない。

強いて言うなら、先日なんとか間に合わせる事の出来た代物の扱いだろう。

持ち出されたからと言って何が分かる物でもないと思うが、よろしくないのは事実。

かと言って、四六時中持ち歩くには些か嵩張る。なにしろ、太さこそたいしたことないものの、長さは50センチほどある為どうしても目立つ。また、持ち歩いていると色々詮索されそうなので、やはり自室に保管しておくのが良いだろう。

 

「さすがにこれ以上はどうにもならないし、それは仕方ないんだけど……まぁ、魔術錠(ミスティロック)を掛けておけば大丈夫か」

 

残念ながらあまり強固かつ複雑なものを即興で掛けられるほどの腕前はないが、そもそも魔術錠の存在自体知らない相手ならそれで充分。正直、こんな物の存在がばれた所でなんて事はないのだ。

ぶっちゃけた話、こんなものは端末などに掛けるセキュリティとなんら変わらない。

パスワードさえ知っていれば簡単に解けるが、知らなければどうやっても解けない。

ただそれだけのものであり、だからこそ強固に働く。

存在を知っていれば解けるようになる、という訳ではないのだ。

 

「さて、とりあえずはまず食事かなぁ」

 

もうそろそろ昼時になるので、なにはともあれは腹ごなしからだ。

出来ればひと眠りしたいところだが、ある程度の目星をつけてからでないと眠る事も出来やしない。

それに、今眠ると少なくとも夜中までは起きれない気がする。

いや、それ以前に風間との遭遇で目が覚めてしまった。

そんなわけで案内板などを見ながら歩いていると、思わぬところで見知った人物に遭遇する。

 

「え……」

「やっほー、久しぶり」

「エリカさん? それに……」

 

ラウンジに降りてみれば、そこにはソファーに腰掛けた友人の姿。

ただし、その姿はショートパンツに編み上げサンダルと健康的な美脚を惜しげもなく曝しており、上もタンクトップで肩が剥き出し。正直、場所的に露出が激し過ぎると思う。

さらに、その周囲にはレオや幹比古の姿があり、受付の方にはキャミソールのアウターにかなり丈の短いスカート姿の美月までいる。

 

「どうしたの?」

「もちろん応援だけど?」

「いや、それはそうなんだろうけど……」

 

というか、他の理由でこの場にいる理由が思いつかない。

まさか、夏季休暇を利用してバイトに来た、なんて頓狂な理由もないだろう。

問題なのは、何故今この場にいるかなのだから。

 

「競技って明後日からだよね」

「そうだけど?」

「いや、竜貴が聞きてぇのはそう言う事じゃねぇだろ」

「無駄だよ、レオ。エリカはわかってて言ってるんだから」

「ああ、そういやそう言う奴だよな、こいつ」

 

竜貴の質問の意図はちゃんと分かっているくせにのらりくらりと受け流すエリカに、背後の男子陣がヒソヒソと苦言を呈す。もちろんそれとてエリカには聞こえているだろうに、一切の反応を返さない。

 

「………………………………ま、いっか」

「ふ~ん、聞かないんだ」

「聞いてもはぐらかす気でしょ。それに、別にそんな根掘り葉掘り聞く様な事じゃないし」

「ってことは、他に聞きたい事があるのかな?」

「一高の方でトラブルがあったって聞いたけど、何か知らない?」

「ああ、なんか事故に巻き込まれたらしいわよ。まぁ、仮にも一高の代表メンバーが乗ってるバスだもの。当然の様に無傷、事情聴取とかはあったらしいけどその内到着するって」

「そっか、ならよかった」

 

竜貴としてもそれほど心配していた訳ではないが、無事であることが分かったのはやはり良かった。

 

「ところでさ、ちょっといい?」

「ん?」

「ミキもちょっと来て」

「僕は幹比古だ!」

「良いから早く来なさいっての」

 

エリカの呼び名に抗議する幹比古だが、当然のようにエリカ自身は無視。

一応レオも二人の後ろから覗きこんでいる。

 

「実はね、美月の様子が変なのよ」

「変って言うと?」

「なんて言うか、こっちに着いてから落ち着かないって言うか、怯えてるって言うか……」

「美月さんはなんて?」

「な~んにも」

「俺らもそれとなく聞いてみてるんだがよ。『大丈夫です』の一点張りでな」

「どう見たって無理してるの丸わかりなのにね~」

「…………吉田君は?」

「……」

 

竜貴の問いに幹比古も首を横に振る。

つまり、彼にも思い当たる物は特になく、理由も聞いていないのだろう。

確かにそれは、皆が心配するのも頷ける。

 

(もしかして、この結界の事に気付いた?

 彼女の眼の事を考えれば、十分にあり得る事だけど……)

「竜貴君はどう? なにか心当たりない?」

「…………」

 

正直、思い当たる節は思いっきりある。

ただ、それを安易に漏らすべきではないのも事実。

まずは、なんとか美月が見た物について聞きだす必要があるだろう。

 

「わかった、僕からも聞いてみるよ」

 

そう皆に言い残し、丁度受付を済ませて鍵を受け取って来た美月を連れてラウンジの片隅へ。

竜貴は敢えて余計な回り道をするようなマネはせず、単刀直入に美月に問うた。

 

「美月さん、なにが見えた?」

「っ!」

 

問いを発した瞬間、美月が息を呑んだのがわかる。

その反応だけでも、彼女の眼がただならぬ何かを捉えた事がわかった。

問題なのは、彼女が一体何を視たのか、だ。

彼女を不安にさせる何かなのは間違いないだろうが、彼女にはそれを正しく分析する知識がない可能性が高い。

ならば、そこを補うのは竜貴の役目だろう。

 

「…………」

「できれば、教えてくれないかな」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

竜貴の問いに対し、尚も美月は無言を貫く。

だが竜貴は答えを焦る事はせず、ただじっと美月が口を開くのを待った。

そして、秒針が3回程回った所で美月はゆっくりとその口を開く。

 

「…………………はじめは、ちょっと違和感を感じただけなんです」

「……」

「何か変な感じがして、眼鏡を外したら……っ!」

「……なにを、見たの?」

「…………………大きな、目」

「目?」

「このホテルの上に大きな、蛇みたいな目のイメージが見えて、それが…凄く怖くて……」

 

やはりというかなんというか、案の定好ましくない事態が進行しているらしい。

問題なのは、この事を運営側に告げるべきか否かなのだが……

 

(いや、今はまだ話さない方が良いか)

 

証拠となる物がなにもない状態で信用させるほど、互いの間には理解も信頼関係もない。

それに、知らせる事で妙な動きが生じてはその方が危険かもしれないのだ。

最善は、誰にも知られないうちに内々に処理してしまうことだろう。

その為には、まずこの結界について調べるべきだ。

 

「わかった、教えてくれてありがとう」

「あ、あの……大丈夫、何でしょうか?」

「……美月さん、これ」

「え? ぁ……」

 

不安そうにしている美月に対し、竜貴は懐からある物をと出して見せる。

それは、竜貴が普段から持ち歩いている義眼の一つ。

暗示の為の魔術が施されたそれに魔力を通し、込められた魔術を美月に掛ける。

 

「大丈夫、何も心配する事はないよ。ちょっと疲れて、幻を視ただけだから」

「そう、でしょうか?」

「そうそう。だから、君は気にせずみんなの応援をしてあげて」

「はい、そうします」

(ごめんね)

 

どこか茫洋とした様子で返す美月に、竜貴は胸中で謝る。

しかし、恐らくはこれが最善なのだ。美月の眼は確かに優れているかもしれないが、彼女自身には戦闘能力も自衛能力もない。そんな彼女がこれ以上この件に関わるのは、死活問題に繋がる。

なにかを視たということそれ自体を忘れ、無関係なままでいるのが一番安全なのだ。

理想としては、そのなにかが実際の脅威となる前に処理する事なのだが。

 

(出来れば急いで確認したいけど、変に動くと皆に不審に思われるか。

 さしあたっては皆とお昼を食べた後、寝不足って事にして自室に戻ってからかな)

 

そう今後の大まかなスケジュールを決め、竜貴はやれやれと肩を竦める。

本来なら、昼を食べた後には仮眠とはいかないまでも体を休めたかったのだが、これではそうもいかない。

 

とはいえ、現状竜貴以外にこれに対処できそうな人間がいないのも事実。

竜貴は落ち着きを取り戻した美月にやや首を傾げる面々と共に食事を取り、予定通り自室に戻ってからこっそり抜け出す。

目指すは結界の起点と思しき歪み。いくつかあるそれらを一つずつ回り、可能ならば妨害する。

妨害の方はあまり自信がないが、見つければ何かしらの手は打てるだろうと期待して。

 

 

 

そうして、竜貴が事態を好転させるべく動きだしたのと同じ頃。

一組の主従が富士演習場に足を踏み入れていた。

 

「驚きましたね。空気が淀んでいるどころではありませんよ。まさか、誰も気づいていないのでしょうか?」

「ヤー。魔法師は鈍い」

「マリー、あまり失礼ですよ。

 彼らは“ある”か“ない”かの世界の住人です。魔術的な曖昧さは、彼らの苦手とする所でしょう。

 少なくとも、僅か百年の研鑽と蓄積では感知できないのも無理はありません」

 

一歩後ろに立つ従者の言を、黒髪の少女はたしなめる。

魔法師は鈍いのではない。単に、そう言う曖昧な存在に対する理解がまだないのだ。

知らない物、想像もしない物、そう言った物にどうして気付く事ができるだろう。

彼らは鈍いのではなく、まだそう言った存在を知らないだけなのだ。

 

「とはいえ、放置はできませんね。余程の大物か、はたまたどうしようもない素人かは知りませんが、看過するには危険すぎます」

 

一流の結界というのは、仕掛けるまで誰にも勘づかれない物だ。

超一流ならば、仕掛けた事すら気付かせない。

だがこの結界は、仕掛けるより前から他者に異常を悟らせている。

生憎魔法師達はまだ気付いていないようだが、隠れ潜み、それを見抜く事に長ける魔術師の少女には一目瞭然だ。

 

こんな物は、三流の仕事と言わざるを得ない。

ただし、結界の質そのものは尋常ではない。

正直、これほどの結界を張れるというだけで難敵である事は確定だ。それに場所も悪い。

 

「まったく、こんな火薬庫の傍でなんて危ない火遊びを……」

「うん、凄い大源(マナ)

「でしょうね。霊峰富士は日本最大の霊地、冬木も蒼崎の管理地もこれには到底及ばないのですから」

 

そう、古くから富士山という存在は日本という島国の霊的中枢だった。

日本国内において、この土地に勝る霊地は存在しない。

が、同時にこの地を管理する魔術師やそれに準ずる存在もまたいなかった。

それはひとえに、この土地が人の手に余るからに他ならない。

 

「冬木の中枢である柳洞寺ですら、後継者の育成に難ありとして遠坂は拠点を置かなかった。

 ましてや富士ともなれば、どうやっても暴発し自滅する未来しかありえません。

 そんな日本一の危険地帯のすぐそばでこんな物を使うなんて、何を考えているんだか……」

 

それ故に、この土地は神秘側の存在から暗黙のうちに不可侵領域とされてきたのだ。

そんな場所にこれほどの結界を張るなど、自殺行為としか思えない。

この結界を張った者の力量は確かだが、同時に術者としての理解や認識は最低以下だろう。

 

「止める?」

「止められればいいですが、難しいかもしれませんね。とりあえず、竜貴の事ですからもう動いているでしょう。一通り基点の目星がついてから動く方が合理的です。私達は、竜貴が下調べをしているうちに準備を進めますよ。ああ、でも……」

 

―――――――――――できるなら、最悪の事態を想定して手駒が欲しい所だけど。

 

声には出さず、少女は閉ざした口の中で呟く。

そんな都合のいい人材など、早々いる筈もないと分かっていながら。




余談ですが、竜貴の鍛冶はイメージ的には特殊調理食材の調理みたいな感じです。
ミスリルだの新珍鉄だのの加工は、通常のやり方ではできない、ということで。

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