魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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日本国は東京都の片隅に、とある一件の家がある。

平均を大きく上回る広さを有する以外、特にこれと言って特筆する点のない邸宅だ。

ただそれは、あくまでも屋敷そのものに対してのもの。

その家人たちに関しては、一般家庭から見ればやや特殊と言えるだろう。

 

表札に掲げられている名字は「司波」。棲んでいるのは4月生まれの兄と翌年3月生まれの妹の二人。

上京して来たとか、下宿しているとかではなく、この家は紛れもなく司波家の所有だ。

ただ、実母は数年前に他界、名義上の家主である実父は後妻の所に入り浸り寄りつきもしない。

これだけ見れば冷え切った親子関係であり、兄妹二人手に手を取り合って生きる美談だろう。

まぁ、それが間違っている訳でもないのだが…………この兄妹をよく知る者ならば、『美談』などと言われてもついつい首を傾げしまう筈だ。

何故…と問われても困るだろうが、強いて言うなら別に二人とも両親がいなくても特に困っていない…と言う事があげられるだろう。

むしろ、反りの合わない実父や後妻と顔を合わせずに済んで清々している上に、兄妹水入らずで過ごす日々に十分満足してさえいる。

 

故に、それ以上の物など、二人は特に求めてはいないのだ。

全く欲するものが無いわけではないが、さしあたっては必要な物は揃っている、と言う事である。

 

そんな司波家では先ほど夕食を終え、今は妹「深雪」が入浴中。

先ほどまで居間でコーヒーを手にくつろいでいた兄「達也」は、ソファーの前で立ちあがり暗い室内で誰かと通話中だ。とはいえそちらも、もう間もなく終わろうとしているが……。

 

「こちらからは以上だ。当分は呼び出すこともないだろうし、特尉も来月からは高校生だ。本官が言えたことではないかもしれんが、しばらくは気楽な高校生活楽しむと良い。と、そうだな。すっかり忘れていたが、高校入学、おめでとう達也」

「ありがとうございます」

 

画面に映った壮年男性からの祝辞に、敬礼を以って答える達也。

その動作は実にキビキビとしており、ただの格好つけとは違う、本物のそれが見て取れた。

 

「祝いの品は、またいずれな」

「いえ、お構いなく」

「そう言うな。仮にも兄弟子だ、それくらいはさせろ。

謙虚は概ね美徳だが、こういった場合は甘えて年長者を立てる物だぞ」

「本当に、お気持ちだけで十分なのですが……」

 

なにしろ、彼の周囲にはその気持ちすら向けようとしない者があまりにも多い。

達也としては、祝いの言葉と思いだけで十分報われていると思う。

まぁそもそも、彼にはそれ以上を求めると言う欲求自体が無いのだが……。

 

「…………」

「少佐?」

「ああ、すまん。話すべきかどうか迷ったのだが……一高に入ればすぐにわかる事だ。やはり、あらかじめ知っておいた方が良いだろう。知ったからと言って、何がどうという事でもないが」

「と、仰いますと?」

「実はな、衛宮が一高に入学することになった」

 

少佐と呼ばれた人物の言葉に、達也の眉が僅かに上がる。

それは、よほど彼をよく知る者でない限りわからない様な……だが、紛れもない驚きの表情。

 

「衛宮と言うと、“あの”衛宮ですか?」

「他に、口にすべきかどうか迷う様な衛宮はいないだろう?」

「確かに、愚問でした」

 

一般人や9割以上の魔法師達にとっては何ら意味を持たないだろう。

だが、極一部の魔法師達にとっては特別な意味を持つ一族の名。

全ての発端にして、未だ謎多き一族。一部からは『ロスト・コード(失われた秘法)』とも称される、秘儀の継承者。

達也も、そしてこの少佐も、その意味を知る数少ない人物のひとりであった。

 

「その様子だと、やはり“四葉”からは何も聞いていなかったか」

「はい」

「だろうな。我々としても、話すべきか随分悩んだ。正直、ついさっきまで話さないつもりでいたからな」

「理由を、お聞きしても?」

「正直、どう対応して良いか判断に困っている。これ幸いにと踏み込むべきか、あるいは外堀から埋めるか、それともしばらくは様子見に徹するか。なにぶん、あちらの情報は皆無に近い。軍にしても十師族にしても、彼らの唐突な動きにどう応じて良いか苦慮しているのだ」

「衛宮からは、なにか?」

「何もない。おかげで判断材料が無くてな、狙いも意図も読み切れん」

 

確かにそれでは、頭を抱えて身動きが取れなくなるのも無理はない。

情報は欲しい、技術も欲しい。しかし、下手な対処をすれば蜃気楼の様に彼らが消えうせてしまうのではないかという、そんな危惧が拭えないのだろう。

実際、かつて魔法を技術体系化するにあたって協力していた提供者達の生き残りも、ある日忽然と姿を消したらしい。またそんなことになって、貴重な情報源を失うのは避けたいのだろう。

達也に今まで情報が来なかったのも、慎重になるあまりと言う事か。

 

「では、何故今そのことを?」

「どのみち偽名を使っているわけではないし、直にわかる事だ。なら、その場で知るよりかはマシだろう。

 下手に驚いて、怪しまれても困る。

 我々から特尉に望む事があるとすれば、一学生としての立ち位置で過ごしてくれ…と言う位だ」

「関われ…ではないのですね」

「関われるのならそれに越した事はないが、無理にする必要もない」

「了解しました」

 

確かに、達也としても変に怪しまれて自分の素姓を探られるのは好ましくない。

そう簡単にはわからないだろうが、相手は謎多き「魔術師」の生き残り。

何ができて、何ができないのか。それどころか何を求め、目指しているのか……それすら判然としない以上、念には念を入れるべきだろう。

 

「さて、少々長話になってしまったが、本当にこれで終わりだ。そろそろ切るが、そちらからは何かあるか?」

「いえ、特には何も」

「衛宮の情報についても、か?」

「元より、大してわかってはいないのでしょう?」

「ああ。恐らく、お互いに持っている情報に大差はないだろう」

「でしたら、問題ありません。当分は一学生として過ごす事にします」

「そうしてくれ。では、またいずれ」

「はい」

 

答えを返すのとほぼ同時に、画面が色を失う。

残されたのは、暗い部屋とそこに一人たたずむ達也だけだった。

 

達也はそのまま、しばし思考の海に身をゆだねる。

魔法が世に出て約百年、その間表舞台に出る事のなかった衛宮が、今になって動きを見せた。

その理由、意図を自分なりに推察しようとして……

 

(いや、やめておこう。答えの出ない問いの反芻は不毛だ)

 

直に無意味さを理解して取りやめる。

推理・推測するにはあまりにも情報が乏しい。

これでは、予想と言う名の妄想にしかならないと分かっているからだ。

 

ただ、そのなんと甘美な事か。

同年代…いや、そも人として抜きんでた知性を持つ達也にとっても、これは大変興味深い。

ついつい、あれこれと思索を巡らせたくなる。

だがそれすらも、達也は不要と判断すれば、容易く切り捨てる事の出来るのだが。

 

そうして、いつまでも突っ立っているのも間の抜けた事だと思い、ソファーに腰を降ろす。

とそこへ、居間と風呂場を繋ぐ扉から深雪が顔をのぞかせる。

 

「お兄さま、入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、もう終わったからね。というか、気にせず入ってくればいいだろうに」

「風間少佐と大切なお話をなさっているご様子でしたから」

 

そう言いながら入ってくる深雪の手には、いつの間にか空になっていたコーヒーのおかわり。

達也は無言でコーヒーカップを差し出し、深雪は満面の笑顔で熱々のコーヒーを注いでいく。

 

「それで、一体なんのお話を?」

「まぁ、色々だが…………強いて言うなら、俺達と同じ新入生のことでね」

「十師族が受験していた…と言う話は聞きませんが?」

「いや、十師族じゃない」

「では、師補十八家ですか、それとも百家? いえ、それくらいでしたらわざわざ風間少佐がお話になることもありませんね。だとすると、一体…………まさか、新しい戦略級魔法師が見つかったとか」

 

ありえない話ではないが、あまりにも可能性が低いと言わざるを得ない。

入試の実技程度で戦略級魔法師が発掘されるなどまずあり得ないし、仮に見つかったのだとしてもわざわざこんな形で知らせる必要もない。

そうして、深雪がなんとか正解を導き出そうと思索にふけるのを微笑ましく想いながら、達也はその答えを口にする。

 

「実はね……衛宮が一高を受験していたらしい」

「っ!? それは、あの衛宮ですか?」

「クククク……」

「あの、お兄さま。深雪は何か、おかしなことを言いましたか?」

 

突然笑い出す兄に、不安げな視線を向ける。

敬愛する兄に、なにか至らない事を口にしてしまったのではないかと思っているらしい。

ただ、もちろん達也が笑ったのはそんな理由ではない。

 

「いや、俺と同じ反応だと思ってな」

「そ、そうでしたか。お兄さまと、同じ……(ポッ)」

(なぜ、頬を染める?)

 

妹の、いまいちよくわからない反応に内心首を傾げる達也。

とはいえ、この妹は割と頻繁にこういう反応を見せる事があるので、あまり気にしないことにする。

 

「深雪は、衛宮についてどの程度知っている?」

「え!? ぁ、衛宮について…ですね。えっと、そうですね……確か私達の用いる『魔法』の発端となった人物が衛宮であったと言う事。それと、特にこれと言った内外、あるいは表や裏への影響力保たず、例の事件を除けば動きらしい動きはなかった筈です」

「そうだね。強いて付け加えるなら、衛宮は遠坂と言う一族の分家であること。それと、60年ほど前に彼らから情報を得ようとした事もあったが、辿り着く事すらできなかったらしい」

「撃退された…のではないのですね」

 

たどり着けなかった…それはある意味、撃退されたと言う事より重い意味を持つ。

 

「衛宮の屋敷には侵入できたようだが、蛻の殻。家人はなく、めぼしいものもなかったらしい。

 遠坂に至っては、そもそも屋敷に近付く事すらできず、気付けば同じ所をぐるぐる回っていたようだ」

「たしか、古式魔法にそう言った物があった筈ですね」

「ああ、恐らくそれと同系統のものだろう。今ならそのメカニズムも解明されているから、辿り着けると思うが……」

「お兄さまは、そうでない可能性もあると考えてらっしゃるのですね」

「何しろ、情報が少な過ぎる。そういう可能性も、考慮すべきだろう」

 

根本的に行って、魔法師側には「魔術」と「魔術師」に対する知識があまりにも乏しい。

元は彼らと同類であった古式魔法師達も、その情報をほぼ全て隠蔽ないし破棄してしまっている。

おそらく、彼らなりのせめてもの時代への抵抗だったのだろう。

そのため、古式魔法と縁の深い九の家でも魔術に関する情報はないに等しい。

 

「ああ、それともう一つ」

「? まだ、なにかあるのですか?」

「これに関しては名称だけで詳しい事はわかっていないんだが、衛宮は『剣の魔術師』または『剣聖』と呼ばれ、遠坂と合わせて『宝石剣』と呼ばれたりもしていたらしい」

「剣…それが衛宮の特徴なのでしょうか?」

「おそらく。一応、千葉家と同じような家系なのではないか、と言われている。とすると、遠坂は宝石になるんだが、それだけだと意味がよくわからない。俺としては、勾玉などに見られるレリックに関連した一族なんじゃないかとみているが」

「流石お兄さまです! そんな僅かな情報から、そこまで読み取られるなんて!!」

「いや、どれも推測の域を出ない。あまり、先入観を持つべきではないだろうね」

 

喜色満面の妹を、やれやれとばかりに嗜める。

 

しかし、彼らは一つ勘違いをしていた。

恐らく、衛宮の情報を得た者は文章ではなく口頭で聴いたりしたのだろう。

衛宮を表す「ケンセイ」とは『剣聖』ではなく、『剣製』であると言う事を。

ただ、衛宮の情報を知る者たちはほぼ全てが同じ勘違いをしている。

そのせいで、後日竜貴は身に覚えのない事で、ある人物に対抗意識を燃やされるのだが…それはまた別の話。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

第一高校入学式の日。

まだ新入生の姿も見受けられない時間帯、なんだかんだで浮かれて早く来すぎてしまった竜貴は、輝かんばかりの立派な本棟を見上げて、しみじみと呟いた。

 

「ん~、入試の時も思ったけど、立派だなぁ」

 

まぁ、傍から見れば初々しい限りだろう。胸元に八枚の花弁をあしらった真新しい制服を『着ている』のではなく、『着られている』少年が感慨深そうに校舎を見上げているのだ。

第三者からすると、『名門校に受かった喜びをかみしめている』と思われるだろう。

実際、時折通りがかる在校生(恐らく、式の準備に駆り出されているのだろう)は、微笑ましそうにしている。

 

――――――あら、随分早く来てるわね。張り切っちゃって、カワイイ。

――――――わかるぞ新入り、俺も去年は感動したもんだ。

――――――あの子はどんな花を咲かせるのかしらね?

 

だがその実、当の本人に名門に受かったことに対する感慨は一切なく、むしろ精神的「おのぼりさん」状態であることに気付く者はいない。

その内心は、中学時代の同級生たちの心情につい納得して、『うんうん』と一人で頷いているだけだったりする。

 

(さすが都会、新都もかなり近代的だと思ってたけど、さすがに比較にならないなぁ。

 こりゃ、上京したがるみんなの気持ちもわかるわかる)

 

まぁ「世界は広いなぁ…」などと、よくわからない感慨にふける少年の心情を察しろと言う方が無理な話だが。

 

「とはいえ、早く来すぎちゃったし……どうしよう?」

 

元々通っていた穂群原学園は、坂地獄で地元では有名な上に家からそれなりに距離もあった。

徒歩圏内とはいえ、部活もやっていた上に家事を母や妹たちと分業していたこともあり、それなり以上に早起きの習慣が身についている。それを上京してからも発揮してしまい、今日も今日とて早く起き過ぎてしまったのだ。

荷解きをして間もなく、掃除するほど汚れていないので已む無く早々に部屋を出立。

 

とはいえ、なにぶん借りた部屋が一高から徒歩十分という好立地。

これだけ近いと、返って寄り道に困る。早朝では空いている店も少ないし、時間の潰しようが無いのだ。

その結果、入学式開始より一時間以上早く着いてしまった。

まだ学校施設を利用する為のIDも配られていないし、手持無沙汰極まれりである。

 

「しょうがない、適当な木陰でも探して座禅でも組んでよう」

 

家レベルで古くから付き合いのある柳洞寺の跡取りとは、幼馴染の間柄。

あちらが禅寺だった事もあり、いつの間にか座禅を組む習慣が身についている。

魔術を行使する上でも精神統一は欠かせないので、修練も兼ねて暇を見つけてはやる様にしているのだ。

 

そうして、散策がてら校内を歩き丁度よい場所を探す。

贅沢を言う気はないが、出来ればあまり人目に付かず、なおかつ芝生だったりするとなお良い。

などと考えながらぶらぶら歩いていると、唐突に横手から声が掛かった。

 

「衛宮」

「?」

 

声に促されて顔を向けると、そこには巨人がいた。

いや、巨人と言うのは語弊があるか。身長は185センチ前後、分厚い胸板と広い肩幅を有しているとはいえ、さすがに巨人と言う事はない。

 

ただそれは、あくまでも外見上の話。

竜貴が彼を巨人と思うのは、その存在感故。顔が濃いとか言う事は少ししか思っていないが、別にそれは理由ではない。

彼が巨人を想わせるのは、一人の人間として人格、あるいは魂と言ってもよいものが、常人に数倍する重さを備えているからだ。それがこの男、第一高校の三大組織、部活連会頭『十文字克人』。苗字に「十」を関する数字付き(ナンバーズ)の名門、日本魔法師界のトップ十師族の三位『十文字家』の総領である。

彼と同等以上の人間となると、竜貴としても“数える”ほどしか知らない。

 

「あぁ、克人さん。お久しぶりです」

「無事に入学できたようだな」

「その節はお世話になりました」

 

相手は年長者、それも竜貴としても一目以上に認めている人物だ。

そんな相手に敬意を払うのは当然だし、百年以上に渡って衛宮と遠坂のお目付け役の様な位置にいる女性に、彼はその様に教育されてきた。

故に、最大級の敬意を払って頭を下げるのはむしろ当然のこととばかりに、深々と頭を垂れる。

 

「お前なら、手を抜いても合格したろうに…入試の成績は見たが、半年に満たない時間でたいしたものだ。

 まさか、あそこから二科の合格ラインギリギリに食い込むとは思わなかったぞ」

「それ、本家にも言われましたけど…やっぱり、落ちる人達に悪いじゃないですか。まぁ、その分色々地獄でしたけどね…フ、フフ、フフフフフフフフフフフ」

(よほど大変だったらしいな……)

 

なにしろ、竜貴の意気込みが大いに評価され、本家さえ巻き込んでの脅威の追い込みが為されたのだ。

特に、優秀すぎる従妹が常にないやる気を見せ、徹底的に追い込んでくれた。

三つも年下の少女に勉強を教わると言うのは、相手の優秀さを知っていて尚、大変精神的に来る物があった。

受験直前には軽いノイローゼにもなったが、おかげで合格ラインには滑り込めたのだから、よしとすべきだろう。

ただ、一つ心苦しい事があるとすれば、それは自身の両肩と左胸にあしらわれたエンブレムだった。

 

「でも、まさか一科生扱いになるとは……見通しが甘かった」

「二科生として入ると思っていたのか?」

「ええ、まぁ。だって、そうでしょ? 僕は魔術師であって魔法師ではないし、魔法師になる気もない。

 そんなこと向こうだってわかりきってるのに、わざわざ実技の個別指導を受けられるようにする意味なんてないじゃないですか。二科生のトップの人は、本来なら一科にいた筈なのに……悪いですよ」

 

そう、それこそが一高における一科生と二科生の最大の違い。

二科生は学校に在籍し、授業に参加し、施設・資料を使用することを許可されている。しかし、最も重要な魔法実技の個別指導を受ける権利が無い。これは、魔法を教えられる人材そのものが少ない事が原因である為、一朝一夕では解決しない問題だ。

 

「こんなことなら願書に、二科を希望、って書いとけばよかった」

「恐らく、それでもお前は一科になっていたと思うぞ。なにしろ、少しでもお前の機嫌を取って口を軽くしたいだろうからな。しかし、特別扱いをされて不満を漏らす、か。相変わらずだな、お前は」

「それに、なんですかこの制服。一科生にはエンブレムがあって、二科生にはないって。昔の時計塔でもここまであからさまじゃ無かったと思うなぁ……もうないから知りませんけど」

「耳が痛いな。それに関しては、我々としても思う所が無いわけではない。

 今期の生徒会長は、特にそういった差別を嫌っている。一応、期待してもらっていいと思うぞ」

「…………そういうことなら、まぁ」

 

実際、克人に当たっても仕方がない事は竜貴としてもわかっている。

気心の知れた相手な為、つい口を突いてしまっただけなのだ。

 

「それで、随分早く着た様だが、どうするつもりだ?」

「あ~…どうしましょうね。とりあえず、座禅でも組んで時間を潰そうかと思ってたんですが……」

「なら丁度良い。少しつきあえ、話がある」

「いいですけど、暇なんですか?」

「入学式…というか、大概の行事は生徒会の管轄でな。俺がやる事は実はあまりない。

 この図体では、どこにいても邪魔になるしな」

(いまの冗談…なのかな? あんまりそういう事言うタイプの人じゃないから、わかり難い……)

 

そうして、竜貴は克人に連れられて部活連本部へと足を運ぶ。

その道中、ベンチに腰掛け読書に勤しむ二科生を見かけたのだが、特になにもないまま通り過ぎた。

ただその実、竜貴はその少年に僅かな違和感…いや、異物感を覚えていた……。

 

(なに……………………アレ? 見た所二科生だけど…………うちの先祖のこともあるし、例外はいるからなぁ)

 

具体的な事はわからないのだが、彼の直感が訴えている。

アレは…………異物だ。世界のなのか、それとも人のなのかまではわからない。

 

普通なら気のせいと思うかもしれないが、彼の場合…否、衛宮と遠坂の直感は馬鹿に出来ない。

なにしろ、この両家にはとある因子が受け継がれている。

とはいえ、あまりにも薄過ぎてさして意味を為さない、とある人物との繋がり以上の意味を持たない代物だ。

 

まぁ、当の本人達にとっては、その繋がりこそが誇らしくも好ましい事実なのだが。

なにせ、彼らが敬愛してやまない……しかし、いずれはあるべき場所へ帰ってしまう人物との消えない繋がり。

故に彼らは自らをこのように定義する、我らは彼の尊き人の眷族、それに恥じぬ己であらん、と。

そしてそれを示す様に、彼の人物の勘の鋭さは確かに受け継がれているのだ。

 

ただ、その勘で物事の善し悪しが分かる事は極稀で、大本のそれには遠く及ばない。

彼にわかるのは、あの少年が普通ではない…と言う事だけ。

 

(ま、うちが人のこと言えた義理でもないか。身体から剣が生えて来るとか、我ながら人間かどうかさえ怪しいし。とりあえず、本家に来た要請に関わりがあるかもしれないから、気にかけておいた方が良いかもなぁ)

 

とはいえ、そもそも一高に来て何をすれば良いかすら知らされていない以上、できる事はないに等しい。

気に掛けると言っても、それはあまり積極的な姿勢ではない。

彼に関しての情報が入ってくるようなら、それを覚えておく…と言う程度だ。

それに、異物同士仲好く出来るかも…と言う期待すらあった。

 

(名前、早めにわかると良いなぁ……)

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

その後、部活連本部にて克人からの要請を竜貴は二つ返事で了承。

不安が無いわけではなかったが、克人ができると判断したのなら多分大丈夫だろうと思ったが故だ。

強いて言うなら、念のために家伝の礼装を着用した方が良いかもしれない、と言う位か。

色やデザインはお気入りとはいえ、かなり目立つのでできれば避けたかったのだが……。

 

一応、その背後には魔法師社会の思惑もあったようだが、郷に入っては郷に従えと言う。

その程度であれば、別に問題はない。

遠坂と違い、衛宮が守らなければならないのは身内位なもの。

初代の養父が言っていた様に、不要となれば魔術を捨てる事に躊躇いが無いのが衛宮である。

今もそう、捨てる理由が無いから受け継いできたが……邪魔になれば捨てれば良いと竜貴は本気で考えているし、先代である母にもその様に教わって来た。

 

恐らく本家はさすがにあれこれ言うだろうが、なんだかんだで最終的には衛宮の決定を尊重してくれると信じている。

故に、衛宮の当主と言う肩書を有しながらも、竜貴自身は実に気軽な物だ。

 

そうして、丁度良い具合に時間もつぶせたところで、改めて講堂へと向かう。

それでも開場して間もない時間だったおかげで、席には十分な余裕があった。

正直、前の方に座ろうと思うほど魔法に熱心ではないので、後ろの方でこそこそしていよう…と思ったのだが、見れば何故か二科生は後ろ半分に、一科生は前半分に座っている。

 

(席の指定はないよね? まさか、暗黙の了解なの?)

 

しばらく、講堂入り口付近で様子をうかがうが、どうもそうらしい。

これには正直、竜貴も頭を抱えてしまう。

 

(この状況でエンブレムのある僕が後ろに座るのは………………ダメだよねぇ、やっぱり)

 

生憎、人の目を気にせず自分の道を突っ走る…と言うほど図太くはない。

少なくとも、自分の流儀を押し通さなければならない場面でもないし、こんな状況で押し通すような流儀も持ち合わせてはいない。

恐らく、後ろの方に座ろうとすれば、周囲の二科生からの視線の集中砲火に晒されるだろう。下手をすると、一科生も加わって十字砲火に発展しかねない。

それはさすがに…………居た堪れない。あるいは、齢12歳にして既に女傑の風格を帯びつつある従妹殿、あるいは曽祖母やその曽祖母を除けば一族総出で頭の上がらない彼女ならまだしも、竜貴には無理だ。

 

(仕方がない、諦めて前…半分の後ろの方に座ろう)

 

深々とため息をつきながら、とぼとぼと脚を動かす竜貴。

それでもなお後ろの方を探す当たり、往生際が悪い。

 

幸い、講堂に来た時ほどではないにしても、まだ席には余裕があったので適当な席を見つくろって着席。

その後は、『今夜の献立どうしようかなぁ』とか『明日はお弁当にするか、それとも学食のレベルを見定めるべきか』などと、趣味丸出しの事を考えながらぼんやりしていた。

とそこへ、おずおずとした調子の声が掛けられた。

 

「あの、隣いいですか?」

「?」

 

声のした方へ振り向くと、そこにいたのはぱっちりとした目と肩に掛かる程度の長さの栗毛を二つに結った少女。

それと、その後ろでいまいち感情の読み取れない表情の灰色がかった髪を短くした少女。

良く良く周りを見回してみれば、もう席もほとんど埋まり、二人揃って腰かけられる所は見つからない。

一族の特徴として目が良いので、まず間違いないだろう。

なるほど、友人同士で座れる場所を探して、ここに行きついたようだ。

もちろん竜貴にそれを拒む理由はないし、女性に権力が偏り気味の一族なので、女性を敵に回すような愚は犯さない。そう、特に曽祖母とその従者は、世界以上に敵に回してはいけないのだ。

それに、衛宮に伝わる数少ない家訓『女の子は泣かせないコト、後で損するからね』もある。

 

「ええ、どうぞ」

「ありがとうございます! ほら、雫」

「うん。ありがとうございます」

「いえいえ」

 

無表情もアレなので、愛想笑いなど浮かべながら気にしていないとアピール。

しかし、つい気になって時間を確認すると、もう開会5分前を切っている。随分とギリギリの到着だ。

その事を聞いてもいいものか困っていると、二人の会話が耳に入ってくる。

 

「よかった、間に合った」

「ほのかが寝坊するから」

「だ、だって昨日はドキドキしてなかなか眠れなかったんだもん……」

「サンタを待つ小学生じゃないんだから」

「なんか、凄くバカにされた気がする……」

(ああ、なるほど。まぁ、気持ちは分からなくもないかな……)

 

恐らく、相当感情豊かな人なのだろう。

その逆だったり、自身の先祖の様なのよりはよっぽどマシだと思う。

それは人として正しい姿だし、個人的にも好ましく思う。

まぁ、そうは思ってもさすがに女子同士…それも今回が初対面の相手の会話に口を挟む度胸はないので、想うだけでしかないのだが。

とそこで、それまで淡々とした口調で話していた少女が竜貴へ視線を向ける。

 

「えっと、なにか?」

「一つ、聴いても良い?」

「え、ええ、どうぞ」

「……………………………………いくつ?」

「ぇ……ああ、そういうこと」

「ちょ、雫! ごめんなさい、失礼でしたよね」

 

質問の内容を理解し、ついつい表情が沈んでしまう。

慌てて頭を下げる栗毛の少女だが、竜貴も落ち込んではいても気を悪くしているわけではない。

なんというか、そう。改めて自分自身と言うものを再認識しただけなのだ。

 

「いえ、いいんです。良く聞かれるので……えっと、僕の年齢、ですよね」

「うん。いくつ飛び級したのかなって」

「でも、凄いですよね。一高に飛び級合格なんて、それこそ主席になってても不思議じゃ……」

「……歳です」

「「え?」」

「ですから、15歳です。今年で16になります」

「「え”」」

 

その瞬間、場の空気が石化した。

高校に入学する場合、通常15歳、数えで16歳が普通。

中には諸事情からそれ以上の年齢で入ったり、あるいは飛び級をして15歳未満で入ったりする者も昨今では珍しくない。

 

竜貴も、その類と思われたのだろう。

その事に関して、二人を責める気は竜貴にはない。

だって、仕方が無いのだ。何しろ、竜貴の外見は……

 

「ご、ごめんなさい!!」

「てっきり、11歳くらいだと……」

「あの、あまり気にしないでください。体質と言うか、一族の性質と言うか……うちの家って、成長が遅いのが偶に生まれるんですよ」

 

実際、竜貴の身長は約140センチ。顔も童顔で、幼いという印象が先に立つ。

これでは、二人が彼の年齢を見誤ったのも無理はない。

140センチ前後とくれば、おおよそ10~11歳男子の平均身長である。

むしろ、二人の見立ては大いに正しいと言えるだろう。

 

とはいえ、竜貴は一族の性質と言うが、遠坂は全然そんな事はないし、竜貴の二人の妹も平均やや上くらいだ。

成長が遅いのは、竜貴とその母、そして祖父だけの話。

その母や祖父にしても、竜貴を生んでからは割と順調に年齢が反映されるようになった。

 

では、何故竜貴だけ成長が遅いのか。

成長とは、言いかえれば老化である。

そして、衛宮はとある家宝を受け継いでおり、それと彼らが受け継ぐ因子が共鳴してしまっているのが原因だ。

その上、アレはその存在が発覚した時点で正式に下賜されたので、それも影響しているのだろう。

まぁ、それだけの要素があってもなお、老化が幾らか停滞してる程度でしかないのだが。

なので、とてもとてもあの宝物の真価を発揮することはできそうにない。

 

「でも、私たち凄く失礼な事を……」

「違う、失礼な事を言ったのは私。ほのかは関係ない」

「ちょ、雫!?」

「あ、いえ、別に気にしてませんから。

 それに、将来的には勝ち組だと思えば、今少し背が低いぐらい…背が、低いぐらい……」

(絶対、すごく気にしてるよ~~~~!?)

(気持ちは分かる。わかるから……どうしようもない)

 

俯きながら、プルプルと肩を震わせる竜貴に、掛ける言葉が見つからない二人であった。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

講堂内で、そんな小規模なコントが行われたりもしたが、そんな事は些細なこと。

入学式はつつがなく行われ、新入生総代「司波深雪」の答辞は男女を問わず多くの新入生、在校生たちを魅了した。極一部の例外を除いて。

ただ、ほとんどの者たちが…それこそ自分も含めて見惚れてしまったからこそ、一高生徒会長「七草真由美」には、その一部が酷く際立って見えた。

 

(あれが…………例の衛宮君、ね)

 

克人と同じく十師族、それも序列二位の七草家の長女である真由美にも、当然竜貴の情報は入っていた。

あわよくば魔法師側に取り込み、その知識と技術を手に入れる様にと言う、無言の要請も含めて。

 

とはいえ、現段階ではあまりにもわからないことだらけ。

幸いと言うべきか、この先一年は同じ学び舎に通う身である。

当面の間は、どういう人物であるか情報を集めるのが吉だろう。

それに……

 

(十文字君とは知らない仲じゃ無いらしいし、しばらくは彼に任せるべきかしらね)

 

先日、一高に通う十師族同士と言う事で「衛宮」に対する対応の仕方を話そうとした所で、克人から明らかにされた事実。恐らく、師族会議でも把握されていないことだろう。

克人もそれは望んでいない様子だった。

克人は一高きっての人格者であり、その胆力・判断力には真由美も絶大な信頼を寄せている。

二人の間に何があったか興味はあるが、今は克人の判断と意向を尊重すると言うのが、真由美の考えだ。

 

(それにしても、深雪さんの答辞の間、上の空でボンヤリしているとは……)

 

正直、深雪の美貌は同性から見ても対抗心や嫉妬すら覚えないレベルだ。

ただただ感嘆し、圧倒される。あんなにも美しい人間がいるのか、と思ってしまった。

そんな司波深雪を、衛宮竜貴はボンヤリと流してのけたのだ。

講堂全体をマルチスコープと言う知覚系魔法で把握していた真由美は、それに気付いた瞬間思わず目を見張ってしまった。

 

深雪の美貌は女性への興味が有る無しで流せるレベルではない。

女性への興味が無かろうと、超一級の宝石の如き美しさで人の目を惹き付ける。

それをどこ吹く風と流すなど、一体どういう神経をしているのやら……。

ただ、それをもし本人に問いただした場合、

 

「え、司波さんですか? ああ、綺麗ですよね。

 はい? まぁなんというか、ベクトルは違いますけど良い勝負な人とか下手すると上を行く人…人(?)を知ってますから。それにあの人達の場合、内面的な輝きとかそういうのが次元違いなので…それに比べれば、気楽なものですよ? あの人たちの場合、圧倒されるどころか呑み込まれそうになりますから」

 

と答えただろう。うむ、聞かなくて正解だ。

さすがに、一国の王を務めたカリスマ溢れる美少女やらそもそも人間ですらないお姫様などが比較対象では、外見が良い勝負でも内面においては相手が悪過ぎる。

そして、そんな連中を見て育ったと言える竜貴からすれば、深雪の美貌と言えど『感心』するのが限度だ。

要は、慣れの問題なのである。

 

(審美眼が普通の人と違うとすれば、そういう事もあるのかしら?)

「………長」

(だとすると、彼の好みって一体……)

「……会長」

(あのタヌキ親父は籠絡してこい…って言外に匂わせてたけど、できる気がしないわ)

「……会長!」

(もうこうなったら、十文字君に任せ切っちゃおうかなぁ……)

「会長!!」

「うひゃぁ!? ど、どうしたのはんぞー君……」

 

突然の大声(本人の主観)に驚き、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。

だが、落ち着いて周囲の状況を確認すると、直に合点がいった。

どうやら入学式は既に終わり、新入生たちは既に解散を始めている。

 

「あ……」

「それはこちらのセリフです。一体どうなさったんですか、先ほどから上の空で」

「ああ、その…ちょっと考え事をね。それで司波深雪さんは?」

「なんとか引き留めていたのですが、講堂の出口へ向かっているようです。急いでください」

「ええ、ごめんなさい」

 

はんぞー君こと、生徒会副会長「服部刑部少丞範蔵」に促され、真由美は慌てて深雪の後を追う。

慣例では、総代を務めた生徒には生徒会に入ってもらう事になっているからだ。

ただ、それにしても……と思う。

 

(まったくもう…ただでさえ一科と二科やブランシュの件で頭が痛いって言うのに……その上あの衛宮まで。

私の高校生活、最後の最後で呪われたりしているのかしら?)

 

ついつい浮かんできてしまったぼやき。

それが案外シャレにならない予言となってしまう事を、この時の真由美が知る由もない。

それも、何も高校生活に限った話でないのがまた……。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

時を同じくして、とりあえず無事入学式を終えた竜貴は、そのままの流れで隣に座っていた二人の女子。

栗毛の「光井ほのか」、灰色がかった髪の「北山雫」と共に、IDカードを受け取るべく窓口へと足を運んでいた。

 

「じゃ、二人は幼なじみなんだ」

「はい。えっと、いつ知り合ったんだっけ……」

「幼稚園の時、ほのかが泣いてたのを慰めたのがきっかけ」

「え、嘘!? それ絶対嘘!! 適当なこと言わないでよ、雫!」

「じゃ、憶えてるの?」

「そ、それは、その……」

 

二人の愉快なやり取りに、必死に笑いを堪える竜貴。

雫はクールそうに見えて、中々お茶目な所があるらしい。

対して、ほのかは弄られやすいキャラクターなのか、竜貴としては一方ならぬシンパシーを覚えてならない。

 

魔法師と言っても、魔術師と違い基本的には一般的な女の子であるようだ。

その事に、竜貴は内心安堵する。

正直、従妹や曽祖母みたいな人ばかりだったらどうしようと思っていたのだ。

決して嫌っているわけではないのだが、誰も彼もがあんな女傑だとするとゾッとする。

昨今では魔術師同士ですら他家の事を知らない場合が多いので、どうしても自分の家とその周辺が基準になってしまうのだ。

 

「もう~……そういえば、衛宮君はどこの中学出身なの?」

「う~ん、多分知らないと思うけど、穂群原学園の中等部から」

「……知らない」

「だろうね~。九州の片隅にあるマイナーな所だから」

「九州!? じゃ、もしかして今は……」

「うん、一人暮らし。近くに部屋を借りてさ」

「「へぇ~」」

 

別に一高に入学するに当たり、上京してくる者は決して少なくない。

とはいえ、それとこれとは話が別。自分達と同い年で一人暮らしをするというのには、何かしら感じ入るものがあるのだろう。

 

「まぁ、HAR(ホーム・オートメーション・ロボット)もあるし、結構なんとかなるのかな?」

「ん? HARってなに?」

「「へ?」」

 

想ってもみなかった反応に、揃って目が点になる。

無理もない。今のご時世、先進国では大半以上の家庭でこの自動家事システムが導入されている。

ない家庭ももちろんあるだろうが、まさか存在そのものを認識していないとは……。

となると、十中八九竜貴が借りている部屋にもHARは設置されていないのだろう。

その意味するところは一つしかない。

 

「衛宮君、もしかして家事全部自分でやってるの?」

「? だって、誰もやってくれないし、自分でやるしかないでしょ。

それにうちって、茶道楽とか家事好きの多い家系でさ。子どもの頃から一通り仕込まれてるから」

「な、なんだろう……この敗北感」

「なんというか…凄いね」

「そう? 曾祖父母なんか、中学時代にはもう一人暮らしだったらしいし。大したことないと思うけど」

「それ、むしろ凄過ぎない?」

「中学で家を出たの?」

「ううん、揃って両親亡くしたからだって聞いてる」

「「……………………………」」

 

竜貴本人はケラケラ笑いながら語っているが、聴いている側から言わせてもらうと……心底笑えねェ。

いくらずっと昔のこととはいえ、中学生が両親を亡くして自活して生きていくのは生半可なことではない。

それを笑って言えるとは、一体どんな神経をしているのやら。

 

(ねぇ、これって笑っていいのかな?)

(普通なら笑っちゃダメ。でも……)

(衛宮君の場合、全然気にしてなさそう……)

 

先ほどの年齢の話の時は一時落ち込んでいたが、リカバリーも速かった。

どうもこの少年、器が大きいのか底が抜けているのか知らないが、あまり細かい事は気にしない性質らしい。

 

「どしたの、二人とも?」

「あ…ううん、気にしないで」

(コクコク)

 

そんな具合に、時折笑えない話しを交えつつ順番を待っていると、ようやく三人の番が訪れる。

待っていた時間の割にはあっさりと手渡されたIDカードを手に、窓口の脇で再度合流。

となれば、次にやる事は決まっている。

 

「二人は何組? 僕A組」

「私もA」

「あ、私も!」

「じゃ、三人一緒か。とりあえず、今後ともよろしく」

「うん、よろしく」

「よろしくお願いします!」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

その後、雫とほのかは駅へと向かい、駅と反対方向に部屋のある竜貴とは別れる事に。

特にすることもなかった竜貴は、道中のスーパーで必要な生活必需品の予備を買い足しながら帰宅。

 

なにはともあれ、友人には恵まれそうなので安堵する。

ただできれば、異性だけでなく同性の友人も恵まれてほしい物だが。

伝え聞く話によると、かつて衛宮邸はプチ女子寮と化していた事があるらしく、家主であった筈の曽祖父「衛宮士郎」は大変肩身の狭いを想いをしていたとか。

それどころか、時には家主でありながら蚊帳の外におかれ、勝手に下宿が増えていた事もあるらしい。

さすがにそこまではいかないだろうが、同性の友人がいないと言うのも居た堪れないのは想像に難くない。

明日からは、男子との交友に力を注ぐ事を密かに誓う。

とまぁ、それはそれとして……

 

「あ、どっこいしょっと!!」

 

『ドスン』とか『ゴトン』とか言う、大変重量感のある音があまり広くない室内に響く。

一応部屋は一階なので、階下のお宅から文句を言われる心配が無いのはありがたい。

 

入学式に出ている間にポストに入っていた不在通知に連絡し、荷物を届けてもらったのがつい3分前の話。

届いたのは、子どもが二人は入れそうな重厚なトランク。

外見相応に重量もあり、大変小柄な竜貴には文字通りの意味で荷が重い。

まぁ、魔術を用いればその限りではないが……人目に付く恐れのある場所で使うものではないのが悩ましい。

 

「さて…………うん、とりあえずは問題無し」

 

トランクを開けると、中にはこれと言って何も入っていない。

充分にそのことを確認した上で閉じると、今度はトランクのやや上に手をかざし、意識を集中する。

 

 

「えっと……Abzug Bedienung Mittelstand」

 

ドイツ語で何がしかの言葉が紡がれる。

すると、閉じられたトランクの隙間が僅かに発光し、間もなく収まった。

それを見て取った竜貴は、改めトランクの淵に手をかけると……勢いよく開け放つ。

 

「お~、さすがさすが」

 

するとどうだろう、何もなかった筈のトランクの内にポッカリと黒い穴が空いている。

しかもそれは深く深く続き、部屋の床はおろか地面のさらに下まで続いていた。

もちろん、実際に部屋の床に穴があいているわけではない。

このトランクは、空間干渉に長けた遠坂の秘術による産物。

今、このトランクの内部は別の場所…所謂「亜空間」とやらに繋がっていた。

 

「さ、それじゃいきますか」

 

トランクの淵に手をかけ『よっ』という掛け声とともに穴にその身を躍らせる。

重力に囚われた竜貴の身体は、暗い穴の中へ真っ逆さま。

気分的には白兎を追って不思議の国に舞い込み、どこまでも続く穴を落ちていくアリスのそれだろう。

 

違いがあるとすれば、アリスと違い竜貴の落下はそう長く続かなかった事か。

間もなく現れた床に竜貴は「トンッ」と軽い足音を立てて着地。

それでも10mは落ちた筈だが、そんな素振りは全く見せない。

 

そして、内部に広がっていたのは所狭しと並べられた本棚や古今東西の刀剣類。

竜貴は壁や床に手を当てながら、その具合を確かめていく。

 

「………………うん、完璧。これなら当面の工房として申し分ないや。

 あとは、鍛練用のスペースと鍛冶場があれば良いんだけど…叔父さん、用意してくれたかな?」

 

先も述べた様に、遠坂は空間干渉に長けた一族。

これはその研究の副産物であり、彼らの家に伝わっていたとある宝箱の応用だ。

トランク内部に仮想の空間を作り上げ、魔術師の簡易工房とする。

これにより、遠坂…そして衛宮は本拠地である冬木を離れても、工房の設営に困る事はない。

特に今回の様に、工房のためのスペースを取れない時には、大変便利な代物である。

 

もしこれを魔法師達が知ったら、なんとか技術を提供してもらおうとするか、あるいは奪おうとするかのどちらだろう。

まぁ後者の場合、そもそも開け方を知らないとただのトランクに過ぎないので、意味が無いのだが。

 

そうして、一通り工房内の見聞が終わった竜貴は、用意されていた豪奢な椅子…ではなく、適当な丸椅子に腰かける。

用意してくれた叔父には悪いが、あんな豪奢な椅子では落ち着かない。

というか、壁の片方を埋め尽くす魔術書の数々など、竜貴にとっては無用の長物だ。

なんでまたここまでするのか不思議だが、叔父があれで妙に凝り性なのを思い出す。

 

(きっと、叔父さん基準であれもいるこれもいるって放り込んだんだろうなぁ。

 ま、(衛宮)的に必要なものは揃ってるから、文句を言っちゃ罰が当たるけど……)

 

さほど大きくもない丸椅子の上で、器用に胡坐をかきつつ考える。

とりあえず、向こう三年間この地でやっていく準備はこれで整った。

この先、状況の推移によって必要なものは出て来るだろうが、その都度送ってもらうなり工面するなりすればいい。

 

元より、衛宮にとってはその身一つあれば十分。

工房も、鍛錬スペースも、あればなお良し…と言う程度でしかないのだから。

 

「それにしても、風紀委員…ねぇ」

 

入学式前、克人から要請された内容を思い返す。

一高には生徒が運営する三大組織がある。七草真由美が会長を務める生徒会、十文字克人が会頭を務める部活連、そして……渡辺摩利という三年生が委員長を務める風紀委員。

風紀委員とは、校則違反者を取り締まるための組織だ。その主な任務は、魔法使用に関する校則違反者摘発、及び魔法を使用した争乱行為の取り締まり。

早い話、荒事が起こったらそれを腕づくで鎮圧するのが仕事なわけだ。

ちなみに、風紀委員は生徒会、部活連、そして教職員それぞれに3名ずつの推薦枠があり、竜貴はこのうち部活連推薦枠で風紀委員に指名されるらしい。

 

「まぁ……なんとかなるか」

 

魔法科高校とは言え、そのほとんどが実戦経験のない一般人に毛の生えた程度の学生ばかり。

魔法の存在は少々厄介ではあるが、この半年弱で自身も一応は魔法も身に付けた、十分対応できるだろう。

 

もし、これを他の一高生たちが聞けば激昂したかもしれない。

たった半年足らずで身につけた付け焼刃の魔法で、自分達を抑え込めるものか、と。

だが、竜貴はそうは思わない。要は、最終的に制圧できればいいのである。

その途中経過がどれだけ不格好でも、「勝った者勝ち」が衛宮の基本方針。

実際のゴタゴタでは魔法など一要素に過ぎない。それを弁えた上で、自分の持つカードを正しく把握し、切り時を見誤らなければ、大概はなんとかなる。それでなんとかならないとすれば、相手が本物の場合だろう。

正直、魔法科高校内のゴタゴタで本物相手に立ち回る心配はあるまい。そういう相手が、無秩序な騒動を起こすことはまずないのだから。

 

なにより、家督を継ぐ以前から母に同行したのも含めれば、竜貴は4度ほど神秘側の後始末をして来た。

これが根底にある為、命の危険もなく殺す必要も無いだけ気楽なものである。

それに上手くいかなくても結局は学生の小競り合いだ。悪くても死ぬ程度で済む。

魔術の世界では、死は最悪ではない。死ぬことさえできない、死んでもなお終わらない、なんていう事もある。

そんな、もっと碌でもない結末が幾らでもあるのだ。

 

また、魔法を学んでわかった事だが、自分の魔法師としての性質は割と『鎮圧』に向いている。

魔法を使って何かをするのは一つの例外を除き得意ではないが、ねじ伏せるとなれば話は別。

衛宮の魔術を考えても、なるほどと思えなくもない物だ。

ただまぁ、速攻性と範囲に欠けるのがネックだが……

 

「ま、それこそ衛宮らしい、か。

それにしても、やっぱり魔法の源流は魔術…なんだなぁ」

 

おそらく、魔法師達の適正はそのまま魔術にも反映されるだろう。

時代が時代、あるいは世界の様相が少し違っていれば、十師族は有力な魔術師になっていたかもしれない。

 

「ま、今となっては意味のない仮定かな。あ、でも、属性とか起源を調べれば、案外役に立ったりするのかな?

 むぅ………そのうち試させてもらうのもありかも」

 

問題は、それを頼めそうな相手が現状克人くらいしかいないことだろう。

そもそもの問題として、魔術師の存在を知るのは十師族と師補十八家、それに百家本流の一部。

一高にはそれらの関係者がかなりいるが……だれでもいい訳ではない。

気兼ねなく頼めそうなのは、交友のある克人くらいか。

 

「とはいえ、あんまり克人さんべったりだと、十師族からの圧力とか凄くなりそうだし、それはさすがに悪いよねぇ。受験でもお世話になったし、あんまり迷惑はかけたくないなぁ……」

 

とりあえず、風紀委員会に推薦が伝えられるのが明日。

実際の顔合わせは明後日らしいので、それまでに必要な物を揃えておくことにする。

 

「ま、向こうもそれを承知で僕を入学させたわけだし、ちょっとぐらいは…いいよね?」

 

なにが「ちょっと」なのかは知らないが、何やら不穏な事を呟く竜貴であった。

衛宮は物事の優先順位がハッキリしている分、魔術の秘匿にいい加減な所があるので、甚だ不安である。




とりあえず、なんか筆…もとい指がノッたのでもう一話投稿です。
こんなに書けたのは、初めて二次創作に手を出した頃以来なので、なんか新鮮。
ああ、書くのって楽しいなぁと、しみじみ思います。

と、竜貴の容貌が今回ちょっと出てきましたね。
本編中にもありますが、彼の外見は大変幼いです。
原因は……まぁ、例のお宝です。
凛が○○○○からパスを使って因子を引き入れたり、○○○○が正式にお宝を下賜しちゃったりしたので、ある程度使えるようになったのですが……良い事ばかりではなかったという事ですね。
大体老化は本来の三分の二程度、ただし次代に継承すれば恩恵は受けられないので通常のペースになります。
また、治癒・回復も早く常人のおよそ六倍、大体全治三ヶ月の怪我が半月で治ることに。魔術による治療も併用すれば、もっと早くなります。
ただし、それが限度。本来の不老とか致命傷が秒単位で治るとか、そう言うレベルからは程遠いです。
もちろん、本当の意味で真価を発揮することもできません。あくまでも、少し恩恵を受けられると言うだけ。

まぁ、とは言っても何事にも裏道抜け穴はありますから、それ次第なんですけど。
つまり、時間制限付きではあるものの、本来の性能を引き出すこともできる……かもしれません。

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