集めようにもモニュメント中々出ないし……素材が出るイベントか、「対決系」のAP消費が半分になる時を待つか……三回目以降のジャンヌ、かなりエロいと思うのは私だけではない筈。
司波達也と共に正式に風紀委員の一員となったその日の晩。
竜貴はトランク内の工房にて、ひたすら平身低頭していた。
『まったく……やり方は一任しているとはいえ、さすがに話し過ぎだ。
刻印やガンドはまだしも、概念武装についてわざわざ詳細に説明することはなかったろうに……』
床に額を擦りつけそうな勢いで頭を下げる竜貴の正面には、古式ゆかしい蓄音器の姿。
真鍮製の朝顔からは、呆れの色が色濃く宿る声が投げかけられる。
見た目こそ蓄音器の様だが、その実は遠坂家伝来の宝石魔術を用いた通信装置なのだ。
こんなものを持ち出したのは、ひとえに電話では盗聴される恐れがあり、それを防ぐために他ならない。
つまり、これと対になる物が遠坂家本邸にあり、その通信相手は現当主を務める叔父、公冶であった。
「いや、その……とりあえず、ごめんなさい」
『やってしまった後で謝られてもな………………それに、君なりに考えあってのことだろう』
「まぁ、一応……アレくらいなら知られても困らないって言うのもありましたけど……」
概念武装の厄介な所は、一括りにされていながらもそれぞれに攻略法がまるで異なる事だ。
特定の状況下でなければ効果を顕さない物もあれば、条件に触れる全てに内包する概念を顕す物もある。
対策としては、その武装が宿す概念と効果を顕す為の条件を見抜き、それに抵触しないようにする事。
ただ、そのどちらも千差万別の為、共通した攻略法という物が無い。
また、外見からそれらを見抜くことも不可能に近い。
強いて言うなら、武器系のものは極力回避に徹し、できれば防御もしないに越した事はない、という位か。
中には、そもそも「回避も防御も意味を為さない」類の物もあるので、これすら定石とは言えないが。
そして、衛宮はこの手の武装を数多く保有している。
一つや二つ知られた所で、彼らにとっては全くマイナスにならない。
「ちょっと、確かめたい事もあったので」
『ほぉ、早速何か気になる事でもあったのかな?』
公冶の声音に、それまでになかった好奇心が浮かびあがる。
竜貴が……というか、衛宮という家そのものが些か以上に魔術師らしくない事は彼も承知している。
とはいえ、彼も名門遠坂の当主。竜貴の口の軽さには苦言を呈さなければならない立場にあったが故に、あのような態度を取っていた。
しかし、公冶とて竜貴が何も考えなしにペラペラしゃべったとは思っていない。
魔術師らしさとは無縁の衛宮だが、決して馬鹿ではない。
ただ単に、彼らは魔術師とは異なる別の価値観を持っているだけの事。特に今回の様な場合、魔術師であることに拘るよりも、より柔軟な思考と行動をとれる衛宮の方が巧く立ち回れるのも事実。
立場上厳しい態度を取らねばならないこともあるが、そのことを理解しているが故に、竜貴の口の軽さにも故あっての事と察しはついていた。
「まず、色々反応を見比べてみた感じ、魔術に関する詳しい情報を知ってる人は克人さん以外にいませんね。十師族、七草家の会長さんも詳しくは知らない様です。
ただ、同級生の司波深雪さんのお兄さん……あ、彼も一年生なんですけど、彼がちょっと気になりました」
『ふむ、具体的には?』
「とりあえず、魔術と魔法が『別物』である事や衛宮の事は知ってたんじゃないかな、と。普通の魔法師なら魔法との違いで首を傾げる所を、彼は妙に反応が薄かったですから。会長さん達と同じで、『色々違う物』っていう認識が無ければ、ああいう反応はしないでしょう」
一応は百家本流の千葉家の娘であるエリカも知る立場の人間だが、彼女の反応もどちらかといえば他の学友たちに近かった。魔術師の存在は知っていても『別物』である事までは理解していなかったのだろう。
恐らく、百家本流辺りでも知っている者は知っているが、その認識はエリカと同程度と思われる。
本当の意味で魔術と魔法が『別物』である事を理解しているのは、十師族クラスか古式魔法師に限られる事が伺えたわけだ。
また、だからこそ達也の反応の異質さが分かる。
竜貴の話に対して興味や関心は持っていたようだし、時には驚きもしていた。
ただそれ以上に、竜貴の話を冷静に吟味していたのが異常なのだ。
幾ら彼が冷静沈着で、深雪の話によれば学年一の知性の持ち主とは言え、不自然過ぎる。
普通なら驚きや困惑といった感情を処理した上で、理性による分析や理解が始まる。
なのに彼の場合、感情の処理があまりにも早い。それこそ、はじめから「そう言うもの」として割り切った上で話を聞いていなければおかしい程に。
なにしろ、普通動揺というものは早々治まるものではない。
それこそ、真由美たちですら冷静になろうとして冷静になっていたのに対し、達也は一度驚いてからいっそ不自然なまでに自然に冷静になった後、感情のブレの様な物は見られなかった。
「一応、彼は古式魔法に分類される『忍術』の継承者、九重八雲と言う人の弟子らしいので、多少こっちの事を知っているのも、当然と言えば当然ですが」
『君はその事も含めた上で、なお不自然だと思う訳か』
「はい。古式魔法師の間でどの程度僕達の事が残っているかわからないので、勘による所が大きいんですけど」
この事を知った後で念のために聞いてみた所、『師匠から話は聞いた事がある』と彼は回答した。
つまり、彼の言によればエリカと同程度かそれ以下の情報量ということになる。
それならば、初めて下校を共にした時の反応もわからないではない。魔術師のスタンスなどをはじめ、ほとんど知らないのならばアレが普通だ。
あの時と今日の事が矛盾すると言うのではない。
反応そのものよりも、その前後や周囲との微かな違いに違和感を覚える。
だからこそ、今日は組み合わせを変えて反応をうかがったのだから。
『なるほど、確かに注意しておいた方が良い少年の様だ』
竜貴の報告に、公冶も納得の意を示す。
一瞬、はじめて見かけた時の異物感を話すべきか考え……やめることにした。
アレはもう完全に勘による物だし、具体的な理由を上げられないからだ。
代わりに、彼はもう一つ気になる事を告げる。
「あともう一人、気になる人がいまして」
『それはそれは、魔法科高校も中々に人材がそろっているようだね』
「ですね。柴田美月さんって言うんですけど、あの人…たぶん、浄眼持ちか何かですよ」
『浄眼』それは、『ありえざるモノを視る』異能。
その大まかな定義を表す様に、視える物は能力者によって異なる。
思念の流れを視る者もいれば、霊体を視る者もおり、千差万別だ。
なので、公冶がまず次の点について言及したのも当然だろう。
『浄眼か…どういうタイプなのかね?』
「魔法的には霊子放射光過敏症って言うらしいんですけど、あまり珍しくはないみたいですよ。
感覚が鋭すぎて、『
『それだけであれば、浄眼というほどではないと思うが?』
「でも彼女、プシオンやサイオンから相手が兄妹かどうかまで分かるらしいんで、結構強力な筈ですよね」
とはいえ、公冶の言う通りその程度であれば浄眼というほどではない。
しかし、それだけ見えていれば、気付きそうな物なのだが……。
「なのに、赤原礼装を見ても特に反応しなかったんですよ」
『なに? それは…封を解いてもかね?』
「はい」
『なるほど、確かにそれは不自然だ』
「ええ。普通の魔法師ならともかく、彼女なら見れば確実に何かしらの反応があると思ったんですけど……」
そもそも、概念武装というのはそれ自体が膨大なまでの想念…つまりプシオンやサイオンを帯びている。
並の魔法師でも霊子放射光を見ようとすれば、まるで目の前で強力なフラッシュをたかれたかのような錯覚を覚えるだろう。それを承知しているが故に、竜貴は赤原礼装に外部にこれらを洩らさない術を施している。
そうでなければ、真っ暗闇の中でスポットライトを浴びているかのように目立って仕方が無いが故だ。
だがあの時、赤原礼装を目にしても一切反応を示さない美月を不審に思い、一瞬だけ術を解いた。
他の面々は視ようとしなければ視えないので問題はなかっただろうが、美月だけは違う。
彼女は意識しようがしまいが関係なく、可視光と同じように視てしまう筈。
なのに、封を解いても美月は一切の反応を示さなかった。
『考えられる理由としては、無意識的に目を瞑った様な状態になったからか、あるいはピントの合わせ方を知らないことも考えられるな。これらならばいいが、最悪なのは……』
「使い方が間違っている場合、ですね」
一つ目と二つ目であれば特に問題はない。一つ目は本人にその旨を教えた上で繰り返せば、霊子放射光を見ないようにする訓練になるだろう。二つ目にしても、訓練を重ねて焦点の合わせ方を覚えれば、より一層見える様になるだけでなく、場合によっては視ないようにすることもできるようになる。
しかし、もし三つ目であったとすれば……それは、あまりにも危険だ。
『それにもいくつか種類はあるだろうがね』
「元々、霊子や想子を視るためのものじゃないのに、そっちを見ようとしてる可能性。
もしかしたら、根本的に方向性が定まっていない可能性もありますね」
前者の場合、言うなればレントゲンで風景を撮る様な物だ。本来見るべきものは別にあり、無理に向かない物を見ている事が考えられる。この場合、危険性は『本来見るべき物』次第だろう。
もっと厄介なのは、後者の場合。方向性が定まっていない……つまり、『○○を視る』という器だけがあり、そこに自由に方向性を植え付ける事ができるとすれば……万能に近い可能性を秘めていることになる。
まぁ、そこまで都合の良い器などまずあり得ないので、ある程度の方向性はあるだろうが。
ただ、事と次第によっては、それこそ悪名高い『直死の魔眼』すら再現できるやもしれない。
いや、可能性だけで言えば前者にしてもそれは同じか。
「早めに、起源の鑑定をしておいた方がいいですかね?」
『…………………………いや、やめておこう。迂闊な事をしては、それこそ方向性を与えることになりかねない』
人間の起源…即ち、『存在の方向性』というのは不確定な事も珍しくない。
もちろん大まかな方向性はあるので、『誰』が「どのような方法』で鑑定しても似たような結果にはなるだろう。
ただ、鑑定を行うことにより、曖昧だった方向性に明確な形を与えてしまう事がある。
例えば『ナオス』という言葉でも、『治す』と『直す』に変換できる。場合によっては『
美月の目が『視る』事に特化しているのは、まず間違いない。
では何を視る為の目であるかは、今のところは不明。
起源の鑑定は、この不明瞭な部分に形を持たせてしまうかもしれない。
穏やかなものであればいいが、物によっては美月自身を不幸にする。
いや、この手の能力の常として、大抵の場合好ましい結果にならないだろう。
ならば、灰色のままにしておいた方が良い。
「わかりました。とはいえ、念のために魔眼封じを用意しておいた方がいいかもしれないですね。
材料の方、お願いしてもいいですか?」
『ああ、構わないよ。だが竜貴、わかっているとは思うが……』
「もちろん、そのつもりです。その方が、美月さんの為かもしれませんから」
『すまないが、頼む』
万が一の時、何をどうするかは二人とも口にしない。
決して気分のいいことではないが、それでも必要ならば否はないからだ。
ただ、そんな日が訪れる事のないよう、竜貴なりにできる事はするつもりだが。
「そう言えば、奏はどうしたんですか? いつもなら、そろそろ口を挟んできそうなのに……」
次期当主とはいえ、現当主同士の会話に割り込むほど無礼な少女ではない。
逆に言えば、報告などなどが一段落すれば、首を突っ込んでくるのが遠坂奏という少女だ。
タイミング的に、そろそろと思っていたのに出て来ないので、不思議に思っていたらしい。
「ああ、あの子は今お婆様の所に行っているよ」
「アレの練習ですか?」
「うむ。生憎、私では習得できなかったが、あの子は素養があった。
お婆様もご高齢だ。あの方が亡くなれば、例の秘技はまたも歴史の闇に消えていく。
そうなる前に、学べる限り学びたいのだろう」
「時計塔がまだあった頃、お婆さんが若くして『
『
時計塔の支配階級たる十二人の
その為、事実上の最高位は一つ下の『
竜貴の曽祖母、遠坂家六代目当主『遠坂凛』は30代を目前にしてこの位階に上り詰めた鬼才だ。
彼女をその域に押し上げた功績はいくつかあるが、そのうちの一つが、彼女が現代に蘇らせたとある……発声法である。
凛が確立した理論の上では努力次第で誰もが習得できる筈だが、あまりにも難度が高過ぎたが故に、本人を除けば彼女の終生の好敵手「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト」以外に今なお修得した者はいない秘技。
遠坂においても、7代目8代目と習得できた者はいなかったのだが、今代において遂に後継者が現れた。
それが遠坂奏、遠坂凛の真の意味での後継者と目される少女である。
ちなみに、竜貴が凛を「お婆さん」と呼ぶのは、子どもの頃からの習慣と『曽祖母』という存在の巧い呼び方が思いつかなかったからだ。
「奏、良くアレできますよね」
『確か、君も一度ならず試した事があったか』
「ええ、さっぱりできませんでしたけど」
『恥じる事はない、私もだ。正直に言うとな、我が娘ながら嫉妬してしまった事さえある』
「心中お察しします」
その後いくつかの確認を済ませ、ついでにGWには一度帰省することを確認し通信を終える。
なにしろ渡辺摩利曰く、明日からは馬鹿騒ぎの一週間が始まるのだから。
早めに切り上げて、英気を養っておくにこした事はない。
(それに、お祭り前の体調管理は礼儀みたいなものだしね)
* * * * *
と、竜貴なりに意気込みを以って当日を迎えたのだが、風紀委員としての活動が始まるより先に、取り締まる側の筈の風紀委員が爆発していた。
「何故お前がここにいる!!」
場所は風紀委員会本部。
授業後、一度合流してから本部へと足を運んだ竜貴と達也を待っていたのは、一人で先に来ていた森崎の怒声だった。
「いや、それは幾らなんでも非常識だろう」
「なにぃ!」
「森田君、風紀委員会に好き好んでくる生徒なんて普通いないよ。風紀委員以外にはさ」
「僕は森崎だ!!」
「あ、ごめん」
皮肉でも何でもなく、素で間違えたこともあり申し訳なさそうに頭を下げる。
だが、当の森崎の頭を冷やすには至らない。
代わりに、第三者からの叱責が場を納める。
「やかましいぞ、新入り!」
森崎は慌てて口を噤んで直立姿勢を取り、二人は摩利の方を向いて黙礼。
摩利も二人の黙礼に目で答え、口では森崎への注意を継続する。
「衛宮の言う通り、風紀委員会の業務会議に風紀委員以外が顔を出す方が稀だ。なら、必然的にこの場にいるのは風紀委員以外にいない。この程度の事をいちいち説明させるな」
「申し訳ありません!」
健気に返事をしているが、その実ビビりまくっているのが誰の目にも明らかだ。
まぁ、それも無理はあるまい。摩利に連行されかけたのは一昨日の事で、それでなくても生徒会長・部活連会頭に並ぶ権力者の叱責は身に余るだろう。そう言った物にさっぱり興味のない二人が例外なのだ。
そんなこんなでようやく静かになった所で、摩利は視線で以って三人に空いている席を示す。
「まぁいい、三人とも座れ」
「「「失礼します」」」
何やら憮然とした表情の摩利に首を傾げながら、竜貴は達也と共に席に腰を下ろす。
一応彼なりに配慮し、森崎の正面には竜貴が座り、その隣に達也が座る形。
森崎の敵愾心満載の視線を見るに焼け石に水以下の様な気もするが、やらないよりはマシだ…気分的に。
その後、続々と上級生たちが入室していき、室内の人数が九人になった所で上座の摩利が立ち上がった。
もちろん、一年生である三人は扉に一番近い下座である。
「諸君、今年もあの馬鹿騒ぎの一週間がやって来た。
風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる。
この中には去年、調子に乗って大騒ぎした者も、それを鎮めようとして更に騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さぬよう、気を引き締めて当たってもらいたい。
間違っても、風紀委員が率先して騒ぎを起こすことのないように」
それとなく周囲に視線を配れば、一人ならず首を竦めている上級生がいる。
さすがに二度も三度も同じミスをするとは思えないが、竜貴としては眼前の同級生の方がそう言う意味で心配だった。
実力云々以前に、色々二科生に対する態度とかその辺がトラブルの元になりそうなので、極力お近づきにならない様に心に誓う。
「今年は幸い、卒業生分の補充が間にあった。紹介しよう、立て」
緊張感を熱意の表れとした感のある直立不動の森崎と、落ち着いた面持ちながら肩の力を抜いた達也、それに手こそ振りはしないがにこやかに上級生たちに微笑みかける竜貴。
三者三様の態度で立ち上がった彼らに、上級生たちの品定めをするような視線が突き刺さる。
「1-Aの衛宮竜貴と森崎駿、それに1-Eの司波達也だ。今日から早速パトロールに参加してもらう」
「役に立つんですか?」
誰が、とは言うまでもないのだろう。
問い質した二年生の他にもざわめきが生じている辺り、やはり中々に衝撃的な人事らしい。
「心配はいらん。三人とも、それぞれ得意分野こそ違うが使える奴らばかりだ。
司波の腕前はこの目で見ているし、森崎のデバイス操作も中々の物だ。衛宮の場合……」
「?」
「十文字のお墨付きだ」
『ニヤリ』と人の悪い笑みを浮かべる摩利に、件の二年生が息を呑む。
十文字克人の名は、それだけ一高内で大きな意味を持つのだろう。
三巨頭一の人格者というのは伊達ではない…事と関係があるかは分からないが。
「他に言いたい事のある奴は?
…………よろしい。新入り三人は、巡回について私から説明するから残れ。
他の者は出動! 風紀委員の力を見せてやれ!」
全員が一斉に立ち上がり、踵を揃えて、握り込んだ右手で左胸を叩く。
どうやら、これが風紀委員の敬礼の様なものらしい。
そうして、上級生全員が出て言った所で、摩利は三人への説明に入る。
まず渡されたのは、腕章と薄型のビデオレコーダー。
「レコーダーは胸ポケットに入れておけ。
丁度レンズ部分が外に出る大きさになっている。スイッチは右側面のボタンだ」
摩利の言う通り、ブレザーのポケットに入れるとそのまま撮影できる丁度良いサイズだった。
特注品だろうか……などと、竜貴は割とどうでもいい事を考える。
「今後、巡回の際はそのレコーダーを常に携帯すること。違反行為が起こったらすぐにスイッチを入れろ。
ただし、撮影を意識する必要はない。風紀委員の証言は原則としてそのまま証拠に採用される。
念の為、くらいに考えてくれればいい」
続いて携帯端末を取りだし、三人にも出すように指示する。
そのまま委員会用の通信コードが送信され、三人はそれぞれ無事受信されたことを確認。
「報告の際は、必ずこのコードを使用すること。こちらから指示をする時もこのコードを使うから必ず確認しろ。
CADについて、風紀委員は学内携行を許可されている。
使用についても、いちいち指示を仰ぐ必要は無い。だが、不正使用が判明した場合は委員会除名の上、一般生徒より厳重な処罰が下される。何しろ、以前には退学になった例もある。甘く考えないことだ」
「質問があります」
「許可する」
「CADは委員会の備品を使用してもよろしいでしょうか?」
予想外の質問に、摩利の顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。
まぁ、それも当然なのだろう。
普通、魔法師は自分用のCADを持っているし、それは当然自分用に色々と調整されている。
そうでない委員会の備品を使うメリットなど、竜貴から見てもない様に思う。
「構わんが…あれは旧式だぞ?」
「確かに旧式ではありますが、エキスパート仕様の高級品ですよ、あれは。
今まで、放置されていたのが不思議な位です」
「そうなのか?」
「ええ。しかし意外ですね、中条先輩ならご存知でしょうに……」
「中条は怖がって、ここに入りたがらないからな」
(なるほど、あの人小動物っぽいもんなぁ……)
中条梓の事は竜貴も良く知らないが、昨日少し見た限りではそんな印象を受けた。
そして、今日顔を合わせた風紀委員の面々は(学生にしては)中々迫力がある。
あれでは、寄りつかないのも無理はないだろう。
「わかった。そう言うことなら、好きに使ってくれ。どうせ今まで埃を被っていたようなものだ」
「では、この二機をお借りします」
「二機?ふ、本当に面白いやつだな。君は」
(あれ? 確かCADって同時に使うのは結構難しいって聞いた様な気が……)
うろ覚えの知識に引っ掛かり、そんな事を思うが……達也がこんな所で無意味なハッタリをかますとは思えない。
当たり前の様に扱えるのかもしれないし、別の用途があるのかもしれない。
魔法科高校の成績は実技重視と言っても、そこにCADの扱いに関する項目はない。
あくまでも、評価対象は魔法力を顕す「処理能力」「干渉強度」「演算規模」の三つなのだから。
二科生である事とCADの扱いの巧さは、また別の問題だろう。
と、竜貴でさえそう思うと言うのに、そうは思わない人間もいたりするわけで。
「おい」
風紀委員会本部を出た所で、森崎に呼び止められる。
風紀委員は基本単独行動らしいので、巡回場所が被らないよう確認しようと思っていた矢先のことだった。
「なんだ」
「なに?」
「用があるのは司波の方だ、お前に用はない」
「ふ~ん」
「……それで、俺に何か用でもあるのか」
森崎の言葉は些か以上に失礼なものだったが、竜貴は反論せず一歩下がり達也に場を譲る。
先に行くべきか考え、一応は残る事にした。ないとは思うが、風紀委員同士で騒動を起こすなど、バカバカし過ぎる。それも、今日付けで着任した二人となれば、なおさらだ。
「CADを二機同時に使って、魔法を発動できる訳が無い。
調子に乗るのもいい加減にしろ!
お前もお前だ、衛宮!」
「え、僕?」
思わぬ飛び火に、間の抜けた表情で自分自身を指さす竜貴。
そんな仕草すら森崎には気に障る様で、忌々しそうに竜貴を睨んでいる。
「お前も一科生の一員なら、自分の立場を自覚しろ!
僕たちはこんな補欠とは違う…選ばれた存在なんだぞ!
お前の軽はずみな態度が、周りにどれだけ迷惑をかけてるかわからないのか!」
「周りにって……僕、迷惑掛けてる?」
激昂している森崎にではなく、斜め前に達也に向けて尋ねてみる。
「いや、少なくとも俺達は特に迷惑は被っていない」
「だって」
「そいつは二科生だろ!!」
「一応、深雪さんに雫さん、ほのかさんもいるけど?」
「ぐっ、それは……」
あの三人、特に深雪に対して文句は言いづらいのだろう。
しかもこの三人は竜貴同様、率先して二科生と遊戯を交わしている。
竜貴の事が無くても、彼女らは達也達との付き合いを継続する筈だ。
(時計塔があった頃の魔術師も、こんな感じだったのかなぁ……)
その頃を知らない竜貴には、曽祖母の話から想像するしかないが魔術師の中には選民思想を持つ者も少なくなかったらしい。まぁ実際、彼らは歴史と伝統、ついでに多くの資産を有する貴族でもあったので、そう言う考えを持つのも無理はない部分はあったのだが。
「ねぇ、タモリ君」
「森崎だ、いい加減覚えろ!!」
「ぁ、ごめん。森崎君、別にえらそうに説教する気はないけど、友人を選ぶのは個人の自由だし、誰に迷惑をかけるものでもないと思うよ。少なくとも僕の交友関係は、君に口出しされる様なものじゃないと思うんだけど?」
「一科生と二科生のけじめをつけろと言っているんだ!」
(ここで、魔法師じゃ無くて魔術師だから関係ない…って言えたら、どんなに楽か……)
さすがに、その程度の分別は竜貴にもある。
克人の配慮で落とし所を見つけて、その線でいく事を確認したのはつい先日の事。
それを無碍にするのは忍びないし、親しい仲であり、ついでに色々と探りを入れたい相手ならいざ知らず、森崎に教えてやる意味も必要もない。
なにより、教えるとなるとそれなりに時間もかかるし、多分知っても彼は考えを変えない気がする。
つまり、教えても全く状況が改善されない公算が高い以上、そんな事を口にしても仕方が無いのだ。
「わかりました。クラスメイト半分以上の署名があったら、善処します」
「お前……!!」
「周りの迷惑って言うんなら、少なくともそれくらいは集めてもらわないと……ねぇ?」
「くっ……フン!!」
森崎にも、それを集めることの無意味さと滑稽さが分かったのだろう。
苦々しそうに竜貴を睨んだ末、踵を返して去っていく。
「案外、良い性格をしてるんだな」
「やめてよ、悪い癖だって自覚してるんだから」
ついイラッとして、竜貴はあんな程度の低い皮肉を飛ばしてしまった自分に自己嫌悪に陥る。
「それで、竜貴はどうするんだ? 俺はとりあえず、エリカと約束があるんで一度教室に戻るが」
「デート? 深雪さんが妬くんじゃない?」
「悪い癖なんじゃなかったか?」
「ありゃ…一本取られたか」
竜貴としても、下世話な事を言っている自覚はあったらしく、バツの悪そうな顔をしている。
どうやら、森崎とのやり取りの影響はまだ抜け切っていないらしい。
「僕は…どうしようかなぁ。とりあえず、体育館裏とか?」
「今時、そんな所で何かしでかす奴はいないだろ。
というか、今は勧誘の警備が仕事だぞ」
「だよねぇ…じゃ、屋上にでも行ってみようか」
「そんな所からどうするんだ?」
「これでも目は良い方だからね。上から見て、何かありそうなら急行、ってところかな」
それなり以上の魔法師であれば、校舎の屋上から飛び降りる位はなんてことはない。
竜貴は魔法は不得手だが、魔術に似た様な事ができないとは限らない以上、達也も突っ込んだりはしなかった。
正直、竜貴がどう風紀委員として立ち回るか興味はあったが、達也はそれを切り捨てて教室へと足を延ばすのだった。
* * * * *
第一高校、本棟屋上。
校庭一杯、校舎と校舎の間の通路を埋め尽くしたかのようなテントの群れを、竜貴は見下ろしていた。
「なるほど、これはみんな楽しそうだ」
縁日の露店の如くひしめき合い、飛び交う勧誘の声は屋上まで届いている。
活気に溢れるその様相は、ただ見ているだけでも楽しく、中に入っていければなお楽しそうだ。
だが残念ながら、今の彼はこの喧騒を取り締まる側。
可能なら来年は風紀委員を辞して、是非ともあの中に飛び込んでみたいものである。
別に入りたい部活があるわけではないが、一緒になって騒ぐだけでも楽しいに違いない。
「あ、雫さんとほのかさん発見。ははぁ、二人とも大人気だなぁ」
眼下では、数少ない(自覚すると悲しくなるが)友人がもみくちゃにされている。
出来れば助けたい所ではあるが、今の所風紀委員の出る幕はなさそうだ。
二人には悪いが、丁重に見捨てさせてもらう。
若干の罪悪感に蓋をして、気を取り直して再度警戒に戻ると、今度は些か穏やかではない光景を見つける。
「と、あれは……う~ん、あんな密集した所で魔法を使うのはいただけないなぁ」
事の発端は見ていないのでわからないが、どうやら新入生の取り合いがヒートアップしているようだ。
見れば、中にはCADの操作を始めている者もいるし、発動してからでは間に合わないので先に動くことにする。
「
肉体の隅々にまで魔力を通し、強化の魔術を掛ける。
更に、刻印から質量操作の魔術式を読み出し実行。
屋上の床を蹴り、軽くなった体を宙に放りだす。
熟練の魔術師であれば、ここにさらに気流制御を加えて姿勢制御を行うのだろうが…竜貴には無理な相談だ。
彼にできるのは自力での強化と、刻印に頼っての質量操作の二重起動が精一杯。
奏であれば、鼻歌交じりにやってのけるのだろうが……今更無い物強請りをするような年でもない。
竜貴は強化した肉体の性能を頼りに、軽くなった体で強引に着地。
若干足が痺れたのは、二重起動で強化の方がやや甘くなったからだろう。
そんな己の未熟に恥じ入りつつ、足の痺れを無視して竜貴は騒動の渦中へと飛び込んでいく。
「はい、スト――――ップ! 風紀委員です。今魔法を使おうとしたそこの先輩、CADの携行が許可されているとはいえ、魔法の使用には十分注意してください。今回は未遂なので口頭での注意にとどめますが、次はその限りじゃありませんよ」
竜貴の領域干渉の欠点は、魔法の発動を根こそぎ抑え込んでしまう為、本当に魔法の不適正使用だったか証明し辛い事だ。今回も、相手が魔法を使う前に間に合ったので未然に防げたが、逆に言うとこうして口頭での注意くらいしかできない訳だ。
まぁ、元々「山ほど逮捕してやろう」なんて気はさらさらないので、これで構わないのだが。
「あ、あぁ、すまない」
「次は気をつけてくださいね。はい、では皆さん一度解散してください。また揉めても困りますし、一度冷静になってくださいね」
竜貴の腕に付けられた風紀委員の腕章のおかげか、渋々ながら散っていく上級生たち。
それを確認した竜貴は、騒動の中心になってしまった新入生を見て……目を点にする。
「えっと……大丈夫ですか、中条先輩?」
「はぅ~……あ、ありがとうございますぅ」
別に、梓が騒動の中心にいた訳ではない。
彼女の身体を支える様に、新入生と思しき女子生徒もいた。
恐らく、彼女を守ろうとして飛び込んだは言いが、勢いに呑まれてしまったのだろう。
見るからに小動物然とした彼女には、それでも多大なる勇気が必要だったのだろうが。
「それで、君の方は?」
「あ、はい。私は全然……先輩が庇ってくれたので」
「そっか。じゃ、中条先輩は僕が保健室へ連れて行くから君は……」
「い、いえ! お世話になったのは私なので、私がお連れします!」
「そう? じゃ、お願い」
恩義を感じているらしく、妙に熱意の籠った眼差しで言われては引くしかない。
竜貴としても、まだまだ仕事を始めたばかりなので、その方がありがたいのも確かだ。
互いの利害が一致したこともあり、竜貴は彼女が梓に肩を貸しながら去っていくのを見送る。
(確か、中条先輩は情動干渉系の魔法を使えるらしいけど……慎重になったのかな?)
梓はあの性格なので、幾ら有効とは言え自分の固有魔法をあまり積極的に使いたがらない気がする。
興奮状態にある集団を鎮静化させるにはもってこいの魔法らしいが、そうそう使っていいものでもない。
性格的な理由か、あるいは冷静に考えた末の結論なのかは、付き合いのほとんどない竜貴にはわからない事だが。
まぁ、その結果として助けに入った本人が目を回していると言うのは、中々に本末転倒ではある。
「さて、それじゃ一度屋上に戻るか、このまま巡回に入るか……どうしようかな」
屋上から監視した方が色々都合は良いのだが、一々こうして戻らなければならないのは間が抜けている。
それならいっそ、このままぶらぶらと巡回する方が良いかなぁ…などと思っていると、竜貴の視界に妙な光景が飛び込んできた。
「あれは……委員長さん?」
竜貴の視線の先、人並みの隙間を縫う事200メートルほど先で、風紀委員長の渡辺摩利がスケボーに乗って疾走していた。恐らく、竜貴の視力が無ければまず気付かなかったことだろう。
とはいえ、見つけてしまった物は仕方ない。
摩利の表情は中々に凄い形相なので、何かしらの騒動が原因だろう。
「でも、一体何を……ああ、なるほど」
摩利の進行方向の先を見れば、彼女と同じようにスケボーに乗った女性が二人。
ついでに、その二人の腕には見知った顔が抱えられていた。
恐らく、雫とほのかをあの二人が連れ去り、それを追い掛けているのだろう。
(まぁ、さすがに本当に誘拐って事はないだろうし、どこかの部活が強引な勧誘でもしてるんじゃないかな)
風紀委員長である摩利が追っているので、別に任せっきりにしてしまってもいいのだろうが……見知った顔がいる以上、それはさすがに薄情な気もする。
「やれやれ……じゃ、先回りといきますか」
友人達を連れ去った二人組の進行方向から、推測される進路を端末の敷地内平面図で確認。
残念ながら、厳密にどこの部活の人間なのかわからないので、目的地は大まかに当たりをつけるしかない。
(こんなことなら、各部活の部室とか待機場所とか一通り確認しとけばよかった)
まぁ、確認したからと言って、全て覚えてすぐに思いだせるかは別の問題だが。
そんな感じに脇道へとそれて行きかける思考を元に戻し、竜貴は先回りする為に走りだす。
目指すは……
(振り切る為に進路を変えたとしても、最後は小体育館辺りに行きそうかな)
そう当たりをつけて、竜貴は小体育館へと向かう最短距離を突っ走った。
* * * * *
「はぁはぁ、はぁ……いやぁ、わかってはいたけど、広いなぁ、ここ」
相手はスケボーに乗り、なおかつ魔法でそれを動かしていたので、割とマジで走ったこともあり僅かに息が切れる。怪しまれないよう、強化の度合いを制限していたのも影響している。
とはいえ、どうやら先回りにはなったようで、同じ様にスケボーらしき物に乗っている生徒たちの姿も見えた。
おそらく、ここで待ち伏せていればそのうちやってくるだろう。
途中で摩利に捕まえてもらう方が、あの二人にとっては良いのだろうが。
「にしても……暑い」
魔力である程度暑さや寒さはレジストできるのだが、さすがに火照った体まではどうにもならない。
ただでさえ一高の制服は長袖なのに、竜貴はさらにその上から外套や手袋までしている。
そりゃ、暑くて当然だろう。
「ちょっとくらい、良いよね?」
手袋は色々と事情があって外せないが、外套くらいは問題ない。
まぁ、今この瞬間を狙って内面に干渉する魔術や何らかの魔法で竜貴のエイドスを改編しにかかられたりすれば、その限りではないが……今のところはその心配もあるまい。
視える範囲にいるスケボーに乗る部員(バイアスロン部)や馬に乗る部員(狩猟部)には、そんな素振りは見られない。
そう判断した上で、竜貴は着ていた外套を脱ぎ肩に掛ける。
「ふぅ~……」
一息つき、ネクタイを緩めて手で扇ぎながら服の中に風を送り込む。
落ち着いてみれば、遠目に見える乗馬している人たちなど実に長閑だ。
「乗馬かぁ……そういえば、10年くらい前にエーデルフェルトの所に行って以来だけど、ルヴィアさん元気かなぁ」
死んでいるとは思わない。
かつて、曽祖母の使いでエーデルフェルトの領地に向かうある人のお付きとして同行した際、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと会ったのだが、なるほどあの遠坂凛の終生の好敵手というのは伊達ではない。
時折曽祖母に抱く畏怖と同種の物を感じた事を、今でもはっきり覚えている。
なにより、彼女と曽祖母は「どちらかが死んだら相手の葬式を挙げる」という約束を交わしているそうだ。
これだけ聞くと仲がよさそうに聞こえるが、その実あの二人「アイツの葬式を上げるのが最後の楽しみ」と考えているらしい。同時に「アイツに葬式を挙げられるなんて死んでもごめん」とも思っているらしく、絶対に相手より長生きしてやると豪語し、今日に至っている。
案外、凛が118歳まで生きられたのは、そんな執念があったからかもしれない。
ちなみに、曽祖母と同格の魔術師だったからか、あるいは別の理由か。エーデルフェルトもまた、現代に魔術を継承する一族の一つだ。
ただあの一族の場合、それなりに分家も抱えていたのだが、そのほぼ全てが魔術を失ってしまった。
中には魔法に転向した分家もあると聞いた覚えがあるが、魔術を伝えているのは本家のみだとか。
「う~ん、中々来ないなぁ。もしかして、先に捕まったとか?
それはそれでいいけど………よし、確かめてみるか」
アスファルトで舗装された大地に手をつき、眼を閉じて意識を集中する。
行使する魔術は、衛宮が習得している中でも比較的得意分野に入る「解析」。
開祖である衛宮士郎の場合、比較的シンプルな構造の物に限定されていた反面、相性の良い物なら構造や材質だけでなく、創造理念の鑑定や今日に至るまでの経験まで読み取れた。
彼以降の衛宮は、彼から受け継いだ魔術の幅を少しでも広げることに腐心した。
彼に出来なかった事は必要最低限身につけるに留め、彼にできた事の幅や深さを広げる事を選んだのだ。
そうして至った答えの一つが、これ。
現在の衛宮の解析は、衛宮士郎のそれより深さは変わらないが幅は広がった。
CADの様な精密機器の構造を読み取るのは難しいが、建造物や土地などを対象にする事ができる。
あまり詳しい事はわからないが、それでも表面的な事柄や、数日前までの記録を読み込むは可能。
克人などはこれを知った際、「犯罪捜査にうってつけだな」と呆れていたが……。
今回はこれを用い、この辺り一帯の土地の状況を解析する。
あまり広い範囲にまでは及ばないが、ここから死角となる校舎の裏くらいまでは射程内。
それでなにも手掛かりが無い様なら引き上げようと考え、解析に着手する。
いや、解析しようとした瞬間、竜貴の体内で魔力の流れに乱れが生じた。
「ッ! ガハッ……ア…グゥ……」
体中を走る不快感を力づくで押さえつける。地面に付けようとしていた右手は、気付けば胸を鷲掴み強く強く指を立てていた。外部からは、心臓に何かしらの異常を抱えているように見えたかもしれない。
幸い、あまり大きな乱れではなかったようで、直に落ち着きを取り戻すことができたが。
(……治まった、かな。でも、今のは一体……)
魔力の制御ミス…ではない。今更、この程度の魔術行使でミスをする程未熟ではない。
アレは恐らく、外的要因から来る物だ。
体内の魔力の流れが乱れる寸前、不自然な波の様なものを感じた。
多分、それが原因なのだろう。
「発生源は……小体育館か」
地面に膝をついていた体勢から立ち上がり、小体育館方へと視線を向ける。
不自然な波の様な物は一回きりで、それ以降に異変らしきものは感じらえない。
とそこで、丁度良いタイミングで通信が入った。
『―――――こちら第二小体育館。逮捕者一名、負傷していますので担架をお願いします』
「この声、達也君か……ということは、今のも?」
第二小体育館と言えば、ちょうど先ほど竜貴が確認したものがそれだ。
前後の流れを見れば、自ずと答えは見えて来る。
達也が何かしらの魔法を使い先ほどの波を発生させ、それが竜貴の魔力の流れに影響したのだろう。
本来であれば影響は受けなかったが、偶々外套を脱いでいたのが災いした…いや、この場合は幸いしたと言うべきか。
(誰かに見られている所でなくて良かった。大したことはないとはいえ、変な情報が向こうに渡っても困るしね)
ほとんど人目に付かない場所であったこともそうだが、それに加えて魔力の流れを乱される可能性を知る事が出来たのは大きい。後で、それとなく達也に何をしたか確認できれば、なお良しだ。
そう言う意味では、今知る事が出来たのは幸運と言える。
(恐らく、サイオンの波動か何かかな。魔力は生命力の他に、サイオンやプシオンなんかを含めて魔術回路で精製した物だから、影響を受けるのは別に不思議じゃないし)
言わば、生命力というエネルギーにサイオンやプシオンと言った魂の断片(この場合は魂の色で着色すると言った方がいいかもしれない)を加える事で、魔力を精製しているのだ。
元々、人間は魔力を帯びる事はあっても生み出すことはできない。
それができるのは、生命力から魔力を精製する器官である魔術回路を持つ魔術師だけだ。
また、人体にとって異物である魔力の行使には小さくない不快感を伴うが、魔法にはそれがないので彼らは魔力を使っていない事になる。
とはいえ、サイオンを使い過ぎれば息切れを起こしたりするので、生命力や体力と全くの無関係という事もない。
生命力や体力とサイオンやプシオンは密接に繋がり、これらを統合するのが魔術回路であり、統合した物を魔力と呼ぶ…というのが、竜貴の考えだ。
魔力は大変デリケートな物。今回の場合、サイオンの波動に共振する形で、魔力の流れが乱されたのだろう。
まぁ、そうとわかっていれば、対策などいくらでも立てられる。
(たしか、大昔に似た様な礼装だか何だかが流行ったって話があった様な……赤原礼装があれば問題ないとは思うけど、一応備えておいた方がいいか)
赤原礼装は外界からの干渉を遮る概念武装。
これを纏ってさえいれば、体内の魔力の流れを乱される事はない。
少なくとも、体内に何か直接叩き込まれたりしなければ。
それでも、不測の事態で外套を外している事態も無視できない以上、やはり備えはしておくべきだ。
竜貴は帰り次第、資料を探して対策を講じる事を決め、とりあえずは第二小体育館へ向……おうとしてやめた。
「そっちも大事だけど、今はあっちが先かな」
視線の先には、体調を崩した様子で座りこむ乗馬していた数名の生徒たちの姿。
彼女らは魔力を用いていない筈だが、サイオンの波で何かしらの影響を受けたのだろう。
さすがに放っておくわけにもいかず、竜貴は先にそちらへ向うことにした。