魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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その後、目を離している隙に雫とほのかが入部を決めたバイアスロン部と共に狩猟部の救護を行い、一段落した所で第二小体育館へと向かった。

とはいえ、大分時間を使ってしまったので、その頃には色々と終わった後だったが。

幸いにも、その日のうちに達也が何をしたか知る事ができた竜貴は、学業の傍ら資料探しと対策を講じることになり、おかげさまで絶賛寝不足である。

 

「ふぁ~……」

「大丈夫か? 寝不足は集中力を低下させる、風紀委員の仕事に支障が出るぞ」

「いやぁ、家業の関係で夜更かしには慣れてるとはいえ、連日だとちょっとねぇ。

新勧もはじめは色々目新しくて楽しかったんだけど、一週間経つとさすがに……っていうか、そこまで物騒なのは達也君くらいだと思うけど?」

「む……」

 

達也の言っている事は実にもっともだが、同時に杞憂に近い。

確かに集中力の低下は、風紀委員の職務を考えれば危険と言えなくもない。

 

しかし、今日まで特に若干の集中力の低下が影響するような事態はなかった。

反面、達也の方は色々な意味で危険地帯真っただ中と言う感じだったが。

 

「まだ狙われるの?」

「どうもそうらしい。実害が無いと思って放置していたんだが……甘かった。

 ここの所、エスカレートする一方でな」

「なんとかならない?」

「顔を確認した訳じゃないし、逃げる算段もちゃんとつけている。アレでは捕捉するのも骨だ」

 

風紀委員会本部への道すがらばったり会った二人は、なんとはなしに近況報告がてらそんな話になっていた。

 

「なるほどねぇ……なんなら、僕の方でも注意してみようか?」

「頼めるか?」

「いいよ……って言っても、今日で新勧も終わりだし、尻尾を掴むのは難しそうだけど」

「出来れば、諸共終わってくれるとありがたいんだがな」

 

いままでは勧誘のゴタゴタもあり、それに紛れて嫌がらせを受けていた。

隠れ蓑である勧誘週間が終われば、それまで程容易にちょっかいは掛けられなくなる。

達也としては、一緒にフェードアウトしていってくれる事を願うばかりだ。

 

「…………」

「どうしたの?」

「実を言うと、生徒会に匿名で写真が送られていてな」

「証拠写真?」

「いや、それならとっくに犯人を拘束している。

残念ながら、後姿だけで魔法発動の瞬間をとらえたものじゃない」

「……もしかして、撮ったのが知り合い?」

「察しが良くて助かる。恐らく、北山さんと光井さんだろう」

「ああ、そう言えば僕も何度か見かけたっけ。なんで達也君の周りにいるのかと思ったら、そう言う事か」

 

屋上から監視している時、確かに何度か二人ともう一人赤毛の女子の姿を見た事があった。

赤毛の子の方も、先日の狩猟部の救護を手伝った時に見覚えがある。まぁ、救護が終わり次第移動してしまったので、名前までは知らない。

それはともかく、委員の仕事で忙しくあまり深く考えていなかったのだが、ようやく合点がいった。

 

「お前は二人と同じクラスだろ。一応、気に掛けてやってくれ」

「別に良いけど、そりゃまたなんで?」

「高校生の嫌がらせレベルなら問題はないんだが……俺のキャスト・ジャミングについてはこの前教えたな。

 一高の一部で反魔法師団体の浸食が見られるそうだ。もし気付かれていれば、アレを目当てに動いている可能性がある。場合によっては、二人もターゲットにされるかもしれない」

「なるほどね……そう言うことなら、任せてくれていいよ」

「助かる」

 

はっきり言ってしまえば、達也としては言うほど二人の事を心配していた訳ではない。

ただ、あの二人は深雪にとって最も親しい友人と言っていいので、二人に何かあれば深雪が悲しむからだ。

それに、幸いにも当てにできる人間がいたことも大きい。

ついでに、竜貴の力がどんなものであるか、それを知るあて馬になるかもしれないという下心が無い訳でもなかったが。

 

そして、そんな達也の予想は、残念ながら数日後に的中してしまうことになる。

事は、竜貴が校内を巡回中に挙動不審な女子三人組を発見したことから始まった。

 

(あれは……雫さんとほのかさん、それに良く一緒にいる赤毛の子)

 

あの三人の挙動不審な様子は、ここのところたまに見かけるのであまり気にする様な事ではない。

まぁ、本人達に言うべきかどうかは、迷う所だが。

問題なのは、三人の視線の先だ。

 

(あの人を尾行するつもりなのかな?)

 

彼女らの見ている方向には、細身の男子生徒の姿。

三人はどうも人目を避けるように動いているようだが……下手過ぎる。

あれなら、少し注意力のある人間ならすぐに気付くだろう。

いや、普通の女子高生である三人に、尾行のノウハウがある方がおかしいのか。

 

「あれじゃ気付いてくれって言ってるような物だし、達也君からも頼まれてるし……それに」

 

友人の危険を見過ごす程、人でなしになったつもりもない。

一応今日は風紀委員の当番なのだが……どちらを優先するかは考えるまでもなかった。

最低限の義務として早めに切り上げる旨だけ端末から報告し、竜貴は尾行する三人の尾行をすることにした。

 

もちろん尾行すると言っても、三人ほどお粗末なものではない。

幸い、この辺りの地理には明るい。簡易の使い魔を放って三人を追わせ、自身は常に先回りする様に動く。

 

そして、竜貴が懸念したように、三人の尾行は勘づかれていた。

 

(人通りの少ない路地裏か……ま、定番と言えば定番かな)

 

路地の出口付近で待機していたので、急ぎ現場へと向かう。

使い魔の視点からは、三人がバイクに乗ったライダースーツの男たちに囲まれている姿が見えていた。

ここに誘導した本人を捕えてから向かおうか一瞬迷ったが、そちらは無視。

重要なのは、あくまでも三人の身の安全。

あの男を捕えなければ根本的な解決にはならないだろうが、本当に大事な物を見落としては意味が無い。

 

また、今回は学外の事でもあり、あの男が直接何かをした訳ではない。

それこそ、単なる偶然と言いきられてしまう可能性もある。

とはいえ、竜貴の証言があれば監視の一つも付くだろう。今はそれで十分だ。

むしろ、問題なのはやはりこちらの方。

 

「なるほど、達也君の言った通りってことか」

 

竜貴が現場に到着した時、三人は耳を抑える様にしてその場に蹲っていた。

見れば、ヘルメットを被った四人の男たちの指には金属製の指輪らしきものがはめられている。

竜貴は初めて目にするが、アレがアンティナイト、魔法の発動を妨害するキャスト・ジャミングを発生させる代物なのだろう。

 

(ま、僕には関係ないけど)

「貴様、そこで何をしている!?」

「なに!?」

「こいつ、いつの間に!」

「あの制服、一高の生徒か…なぜ動ける!?」

 

雫達を取り囲んでいた男たちの一人が竜貴に気付くと、残る三人も後ろから現れた竜貴へと向き直る。

同時に、アンティナイトの指輪を向け、キャスト・ジャミングを放つが……竜貴に変化はない。

 

代わりに、竜貴は羽織っていた外套を脱ぎ、寄り添うように倒れているほのかと雫に被せる。

続いて、もう一人の赤毛の少女の前に立つ。

すると、それまで耳を押さえて苦しんでいた三人の様子が変わった。

 

「あれ、これって……」

「キャスト・ジャミングが、なくなった?」

「どういうこと?」

「言ったでしょ。それは、外界からの守りの概念武装だって」

 

三人を安心させようと微笑みかけながら、竜貴は少しだけ自慢げに語る。

ようやくその言葉の意味を理解したのか、ほのかと雫の表情が驚きに染まった。

 

「あ、まだその中にいてね。今出ると、また同じことになっちゃうから」

「馬鹿な、このアンティナイトは高純度の特別製だぞ! その影響下にいながら、なぜ平然としていられる!」

「おい、もっと出力を上げろ!」

「ああ、無駄無駄。僕にそんな玩具は意味が無いよ」

 

指輪を向け、一層キャスト・ジャミングの強度を上げるが、竜貴は至って平然としている。

 

「それにしても、まさか本当にそんな骨董品が出て来るとは……」

「骨董品、だと?」

「あなた方は知らないでしょうけど、それ……大昔にも流行った事があるんですよ。

その時に、あらかた対策は講じられて、すっかり廃れちゃったんですけどね」

 

元々この鉱物は、遥か昔の高山文明の魔術師たちが、その土地から多く産出される鉱物を大がかりな魔術儀式によって精製した物だ。

本来の用途は、魔力…より正確には、その構成要素の一つと共鳴し、魔力を増幅させるというもの。

ただ、大がかりであった分大味でもあったようで、鉱脈を丸ごと精製したとしても全てが彼らの求める性質を帯びた訳ではない。中には、当然粗悪な劣化品も存在した。

例えば、そう……共鳴はしても、魔力を増幅させるのではなく、その流れを阻害すると言ったような。

 

その後、これらの文明は衰退していったのだが、余所者の魔術師たちはそれらの鉱物の性質に気付くやこぞって回収。

様々な形で加工を施し、自身の礼装に組み込んでいった。

結果、魔術師たちにとってはなんの価値もない劣化品だけが取り残された訳だ。

いや、一応手間暇かければこれらの劣化品を精製し直すこともできるのだが……割に合わないので誰もやろうとはしなかった。

 

しかし、この話には続きがある。

ある時一人の魔術使いが、これらの置き去りにされた鉱物に着目し、対魔術師戦の切り札として応用した。

それはやがて、教会を中心とする魔術師を刈り出そうとする者達に知られる事となる。

結果、多くの魔術師たちが為す術もなく命を落とした訳だが……彼らとてそのままでいた訳ではない。

 

元々、魔術師とは研究者だ。彼らはその効果を調べ上げ、やがて対策を確立する。

最も手軽な方法としては、魔術回路の回転を止めて魔力の生成を止める事。

ただし、この場合でも多少なりとも影響は受けるし、何よりほぼ無防備になってしまうので意味が無い。

次点が、加工した同種の鉱物で作った護符を持つ事。

基本的には波動の種類が同種であり、なおかつ互いにかき消し合うように加工することでほぼ無効化できる訳だ。

 

これらの対策の結果、この金属は効果を発揮することが無くなり、自然と歴史の闇へと消えて言った。

いまでは、いくつかの資料にその名と対策が残っているだけである。

 

衛宮はその探求の性質上、様々な鉱物をサンプルとして所有している。

今回はアンティナイトが魔法師達に注目されるより以前に確保していた分を使い、簡易的な護符を作り所持していたわけだ。

元々さして使い道のない、本当に資料としてのみの価値しかない代物だったので、今となっては入手困難な物とは言え特に惜しくもない。

まぁ、その加工の為にここ数日寝不足気味になってしまったのだが、こうして功を奏した以上、睡眠時間を削った甲斐はあったということだろう。

また、赤原礼装を被っていない赤毛の少女への影響が少なくなったのも、彼女の前に立った竜貴が持つ護符が、波動を中和しているからである。

 

「魔法の歴史はたかだか百年程度…短い短い。

そのやり方は、僕たちがもうずっと昔に通り過ぎた場所ですよ」

 

歴史が長いとはそういう事だ。

その長い時間の間に、様々な対抗策が生まれては、更にそれに対する対策が講じられてきた。

魔法師達にとっては未だ個人の能力以上の対策のない脅威でも、魔術師にとってはそうではない。

 

「ば、化け物め!」

「別に否定する気はないけど、本物を知っている身としては笑っちゃいたくなるなぁ」

「この……!」

(遅いなぁ……玩具が通用しないってわかった時点で引いていれば良かったのに…っと!)

 

所持していたナイフで切りかかってくるが、魔術師でもなければ魔法師でもなく、ましてや人の域を逸脱する様な代行者ですらない人間の動きなど、人外の速度に慣れた竜貴には遅すぎる。

一足で間合いを詰めると、ナイフを持った手を抑えながら鳩尾に肘。

続いて、悶絶する男を肩に担ぎ投げつける様にして背後から迫る二人にぶつける。

咄嗟のことに反応できずもみくちゃになる三人。その間に、無傷の二人に迫ると、顔面を握りアスファルトの地面に後頭部から叩きつけた。

 

「あ、やば……やり過ぎてないよね?」

 

ついいつものノリでやってしまいかけ、叩きつける寸前に力を抜いたのだが……間に合ったようだ。

出血もないし、生命活動にも支障なさそうなので大丈夫だろう。

それを確認すると、ようやく悶絶から復帰しかけていた男の顎を爪先で蹴りつけて意識を刈り取り、最後に逃げ出そうとしていた男に向けてガンドを……撃とうとしてさすがにやめる。

 

如何に始まりは魔術であったとしても、魔法と魔術は既に別物。魔法は既に“正しい人の営み”の中にある。

一切の怪異、一切の神秘が関与しない事柄に、魔術師が魔術を以って関与すべきではない。

相手が魔法師であったならまだしも、此度の不埒者どもは“魔法師ですらない”のだ。

以下に竜貴とはいえ、使う必要のない魔術をわざわざ使う程に無節操ではない。

 

となると、あとは走って追いかけるか、手近な何かを投げつける位しかできる事はない。

さすがに友人たちを置き去りにして追いかけるのは気が引けるので、近くにあったゴミバケツを投げつけようとした所で……竜貴の動きが止まった。

 

「あれは……」

「いったい、どこへ行くつもりですか?」

 

逃げようとする男の行く手を阻む様に姿を表したのは、性別を問わず見る者の目を惹きつけてやまない美貌の主。

表情こそ一見すると冷静に見えるが、その身にうっすらと纏った冷気が深雪の怒りの程を如実に表していた。

 

「こ、こいつ!」

 

先ほど竜貴に効果が無かったのにもかかわらず、なおもアンティナイトに縋ろうとする男。

男は深雪にアンティナイトをはめた右手を向けキャスト・ジャミングを放ちつつ、勢いをそのままにナイフで襲いかかる。

だが、そのナイフが深雪に届くよりも前に、彼女の魔法が発動した。

 

「あ~ぁ、ご愁傷様」

「うぁっ!?」

 

まるで車にでも跳ね飛ばされたかのように弾き飛ばされ、そのまま壁へと激突する。

立ち上がる素振りは見られず、男が一撃の下に沈んだ事は誰の目にも明らかだった。

 

「助かったよ、ありがと深雪さん」

「いえ、こちらこそほのか達を助けてくれてありがとう、衛宮君」

「ま、友達だからね。っと、それより三人とも大丈夫?」

 

三人に被せていた外套を着直し、皆の顔色をチェックする。

どうやら、何か後に引く様な症状は見られないようで、平静かそれに近い状態の様に見えた。

ただ、なにやら深雪を見つめるほのかだけは、どこか夢見心地っぽいが。

 

「あ、ありがとう……」

「私からも言わせて、ありがとう。竜貴君、深雪」

「本当にありがとう!」

 

二人の手を取って感謝を伝える三人に、顔を見合わせて肩を竦め合う。

 

「あ、それとはじめまして。私、アメリア=英美=明智=ゴールディ。エイミィって呼んで」

「よろしく、エイミィ。私のことも、深雪って呼んで頂戴」

(ん、ゴールディ? はて、どこかで聞いた様な、そうでもない様な……)

 

記憶に引っ掛かりの様なものは覚えるのだが、後ちょっとの所で出て来ない。

竜貴は早々に思い出すことを諦め、直近の問題に思考を傾ける。

 

「さて、あとはこの人達をどうするかだけど……」

「私の方は気絶させただけで命に別条はないけど」

「あぁ、僕の方はちょっとやり過ぎたかも。まぁ、一応力は抜いたし、多分大丈夫」

「となると、いずれ監視システムに発見されると思うし……」

「警察に連絡、くらい?」

 

確かに、雫とほのかの言う通りにするのが妥当なところだろう。

竜貴としても警察で事情聴取…と言うのは些か面倒くさい。

 

(僕の暗示でも自白させるくらいはできるけど……そこまでやる程の事でもないか)

「……ちょっと大事にしたくない事情があるのだけど…被害者であるみんなが訴えたいなら止めはしないわ」

「ううん、必要ない。監視カメラにも取られてるし」

「そう、ありがとう」

「じゃ、こっちはどうする?」

 

そう言って竜貴が手に取って見せたのは、男たちがはめていたアンティナイトの指輪。

ほのか達は先ほどのこともあって、指輪を見る目には怯えの色が見える。

そんな彼女たちには悪いと思いつつ、竜貴は手に取ったそれにこっそり解析を掛けていた。

 

(やっぱり…か。これ、半ば概念武装化してる)

 

達也の話を聞いた時から不思議に思ってはいたのだ。

およそ百年前の魔術基盤の消失により、大半の魔術とそれらによって作られた魔術品が意味を為さなくなった。

アンティナイトに使われている鉱物も、元は魔術によって精製された大きな意味では魔術品の一種。

衛宮の家で保管してたサンプルにしても、竜貴が引っ張り出した時には既にその力を失っていた。

なので竜貴は、再度精製し直す所から始める羽目になり、余計に睡眠時間を削ることになったわけだが。

 

にもかかわらず、現地で採取された劣化品にはいまなおその力が残っているらしい。

その事に疑問を覚え、竜貴なりの推論は立てていたのだが……結果は案の定。

 

元々、魔術品と概念武装は似て非なる物。

魔術品が魔術……ひいては魔術基盤によって成立しているのに対し、概念武装はそれ自体が力を持っている。

魔術によってその力をより引き出す為に加工する事はあれど、根本的な力の源泉は概念武装それ自体なのだ。

 

とはいえ、両者が酷く似た存在であるのもまた事実。

年月を経た魔術品は、通常の物品以上に概念武装へと至りやすい。

ただし、概念武装としての相が濃くなればなるほど、魔術基盤との繋がりは薄れ独立していくので、かつての魔術師たちが自身の魔術を残す……と言うことにはならなかったのだが。

まぁそれはともかく、現代に遺されたレリックとやらはその多くが元魔術品の半概念武装なのだろう。

 

(もったいない……ちゃんと加工すれば、色々使い道もあるだろうに)

「どうするって言われても……」

「ねぇ?」

「それにアンティナイトは軍事物資。私達が持っていったりしたら色々不味い」

「あ、そっか。そう言えばそうなんだったっけ」

 

魔術師としての竜貴は…と言うか衛宮は、どうあっても作る側の存在だ。

そのためなのか、この手の「未加工の原石」を前にするとどうにも血が騒ぐ。

とはいえ、さすがに軍やら何やらを敵に回すようなマネをする気はない。

できればガメてしまいたいと言う欲求をなんとか抑える。

 

(仕方ない、か。概念武装化しつつある代物なんてそうそう手に入らないから、色々試したかったんだけどなぁ)

「そういえば、二人はどうしてここに?」

「あぁ、私は生徒会の用事で、ちょっとね。そうしたら三人を見かけたの」

「僕は達也君に頼まれたからかな」

「お兄様に?」

「うん、ちょっと気に掛けてほしいって頼まれてたからさ。だから、お礼なら達也君に言ってよ」

「う、うん。そっか、達也さんが心配してくれて……でも、それじゃ風紀委員の方は……」

「一応早引きする連絡は入れたけど……これって、サボりになるのかな?」

 

よくよく考えると、風紀委員側からの返事は確認していなかった事を思い出す。

これではサボりと言う事で、後でお叱りを受けても仕方が無いかもしれない。

 

「でも、それは私達を心配してくれたからで……」

「それとこれとは話が別だよ。ま、その時は誠心誠意謝るさ」

「なんか、ごめん」

「だから気にしないでって。それより、深雪さんは生徒会の用があるんでしょ。

 三人の事は僕が駅まで送るから、用の方を済ませちゃったら?」

「そう? ごめんなさい、悪いけどお願いするわ」

「任されました♪」

 

そうして、深雪は生徒会の用を済ませる為に別行動を取り、竜貴は三人を駅まで送ることに。

道中、キャスト・ジャミングを防いだ外套へと話が及んだのは、当然のことだろう。

 

「でもさ、衛宮君のそれってすごいね。キャスト・ジャミングを防げるなんて、軍とか警察が知ったらほしがるんじゃない?」

「そうかな? 深雪さんは自力で防いでたみたいだし、そんなことないと思うけど?」

「深雪の場合、事象干渉力が桁違いなんだよ」

(それこそ十師族並みかも)

 

竜貴が奢った缶ジュースを飲みながら、先ほどの事態をネタに話がはずむ。

ただし、雫の小さな呟きは、三人の耳には届かなかったようだが。

代わりに、竜貴は深雪の事象干渉力の高さに感心したようで感嘆の声を漏らす。

 

「へぇ~」

「へぇって、竜貴君は深雪より干渉力が上なんだからできるんでしょ。さっきだって……」

「え? あ、う、うん! できるよ、もちろん! うん!」

「「「? ? ?」」」

 

実は礼装を使って防いでましたと言うのはさすがに不味いと分かるらしく、慌てた調子で首肯する。

その様に三人は不審そうな眼差しを向けるが、もっと気になる事があるので話を戻す。

 

「それより、そのコート! なんなのそれ、キャスト・ジャミングを防ぐなんて初めて聞いたよ!」

「ああ、これね。まぁ、欲しがるのはわかるけど、お金に換えられるものじゃないしなぁ」

「そうなの?」

「そ。何しろ、世にも珍しい一品モノだから。僕達でも同じ物はもう作れないなぁ」

 

代わりに、別の材料があればキャスト・ジャミングを防ぐだけの装備なら作れるのだが、それは言わない。

どのような形であれ魔術品や概念武装の類を放出する訳にはいかないし、なにより一つ作るだけでも数日を要する。とてもではないが、軍や警察に配備できる数を揃えるなど到底不可能。

手順の簡略化は至難の業だし、できる人間を増やすのも魔術の性質上、無理な相談だ。

 

「作る? え、もしかしてそれって衛宮君が一から作ったの?」

「「あ……」」

 

エイミィの疑問に、ほのかと雫の表情が固まる。

一応二人も、魔術は基本的に隠す方針である事は聞いている。

彼女らには思い切り暴露されてしまったが、一応原因は事情を知るエリカが皆の前で追求したからだ。

しかし、今回は事情が違う。まさか、雫とほのかから教える訳にはいかないし……と思っていると、竜貴自身が、さも後ろめたい事など何もないという顔でさらりと嘘をつく。

 

「あぁ、僕の家って一応古式魔法師に分類されるんだけど、実際には魔工師みたいなものでさ」

「古式の魔工師って事?」

「そうそう、大体そんな感じ。まぁ、術式なんかも受け継いではいるんだけど、本業はそっち。

 で、これはうちの先祖が作ったものなんだけど、製法とかもう残ってないんだよね」

「え、残ってないの?」

「残ってるのもあるよ。そっちはそっちで、ロスト・コードなんて大仰な呼び方されてるけど」

「ロスト…コード?」

「ま、早い話がレリックの作り方、みたいな感じかな。って言っても、それだけで作れる訳じゃないし、現代魔法とはかけ離れすぎちゃって、今のところは転用も難しんだけどね」

「レリックかぁ……って事は、古式魔法よりさらに古い形式って事?」

「そう言うことになるね。正確に言うと、ロスト・コードはそう言う古式よりもっと古い魔法の形式全般の事。

イメージとしては、御伽噺の魔法使いを思い浮かべてくれればいいよぉ」

 

いつもと変わらぬ軽い口調で、呼吸をするように嘘と真実が入り混じった事を口にする。

一応魔術云々を知る二人としては「良くすらすらと嘘がつけるなぁ」と、思わず感心してしまいそうになる光景だった。

 

「へぇ~、そんなの初めて聞いたけど……」

「ま、レリックがらみでもあるから、仕方ないんじゃない?」

「そっか……って、そんなの話していいの?」

「なので、今の話はオフレコでお願いします。下手に口外すると、軍とかに暗殺されちゃうかもよ?」

「そんな物騒な話しないでよ!? 私は何も聞いてない、聞いてないんだからぁ!?」

「あははは、もう手遅れなんじゃない?」

 

騒ぎ立てているエイミィだが、彼女も竜貴の言が冗談交じりである事はちゃんと理解している。

その為、二人のやり取りはその内容に反して実に軽妙だ。

 

やがて、駅に着いた所で竜貴は三人を見送ってから帰宅の途に就く。

念のために件の路地裏を覗けば、そこには既に先ほどの男たちの姿はなかった。

警察か、それとも別の何者かが回収したのだろう。

 

まぁ、それ自体は竜貴にとってさほど問題ではなかった。

今の所、火の粉が自分やその周囲に降りかかってくるようなら払うが、率先して消火にあたる気はない。

少なくとも、今の所「魔術師である衛宮竜貴」がこの件に深入りする道理はないのだから。

 

(やれやれ、魔法科高校って言うのも存外面倒くさい。

 ヘルメットの記録を遡っていくつかの拠点はわかったけど、僕が乗り込んでってわけにもいかないしなぁ)

 

魔法を排斥しようという動き、それ自体は「正しい人の営み」の範疇だ。

動こうとする世界と人、それを押しとどめようとする動き、これらは極々自然な事。

神秘の側の魔術師が手を出すとすれば、その正しさが崩壊した時か、あるいは全く関係ない魔術的な利益のために行動する時だけ。

生憎、衛宮の方針では後者の理由で動く事は皆無に近いので、前者の時が来るのを待つしかない。

あるいは……

 

(達也君が何か動くとなれば、見極めるために同行するくらいはできるんだけどなぁ)

 

達也は現状、竜貴の要監視対象の筆頭だ。

竜貴が魔法科高校に進学することになった、未だ内容を知らされない理由。

それに繋がる可能性が最も高いのが達也なので、彼の動きを極力把握するのは竜貴の役目とも合致する。

そう言う理由でなら動く事もできるが、そうでない限りは難しい。

 

(後できる事は、使い魔を放って各拠点に網を張る位か…………うん、無理)

 

衛宮の魔術は偏りまくっているので、簡易的な使い魔だろうが本格的な使い魔だろうが関係なく、遠距離かつ長時間の使い魔の運用などできない。ましてや複数同時など夢のまた夢。

監視しようとするなら、竜貴自身が赴いて四六時中一箇所を監視するしかない。

無論、そんな事ができる筈が無いので、当然却下だ。

 

「仕方ない、達也君が動くのを待つとしますか」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

ある日の昼休み。

数少ない男友達であるレオをはじめとしたグループと昼食を取るのが日常になり、周囲の一科生から白い目で見られるのも気にならなくなってきた今日この頃。

竜貴は今日も、雫とほのかを誘ってさっさと教室を出ていつものメンバーと共に昼食にしようと席を立つ。

だがそこで、基本的には達也と共に生徒会室に入り浸っている深雪から待ったがかかった。

 

「あ、衛宮君、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「実はお兄様から連絡があって、西城君たちは実習室で居残りしているらしいの」

「あ、そうなんだ。そっか、それじゃ邪魔しちゃ悪いか……」

 

実質、実技全般が免除になっているも同然の竜貴が顔を出しては、色々な意味で邪魔にしかなるまい。

さすがに友人の神経を逆撫でする気はないので、今日は諦めるしかないだろう。

とはいえ、ここで一つ問題が生じる。

 

「二人はどうするの?」

「え? えっと、私達は……どうしよう、雫?」

「私は別に竜貴君と三人でもいいけど?」

「な、なら私も別に……」

 

雫は本当に気にしていないようだが、ほのかは若干焦り気味。

別に竜貴に気があるとかではなく、男子と一緒に食事…と言う事に腰が引けてしまうのだろう。

いつもはレオも一緒とは言え、それ以上にエリカや美月と言った同性の存在が大きい。

アレくらいの人数で男女入り乱れてとなれば、あまり気にならないのだろうが……さすがに三人だとその限りではないらしい。

 

竜貴としては、別に一人で食事をしてもかまわないので、ほのかに要らぬ心理的負担は与えたくない。

また、レオもいない中で美少女二人と一緒に食事……というのは、中々に居心地がアレだ。

悪いのではないが、能天気に喜べるような神経も持ち合わせてはいないのである。

むしろ、女性優位な風潮の強い一族の中で育ったので、今ぐらいは解放されたいという気持ちもあったりなかったり。

 

「三人とも、ちょっといいかしら?」

「「「?」」」

「実はお兄様も居残りに付き合うそうで、私も暇になってしまったの。

 良ければご一緒させてもらえないかしら?」

「え”!? そ、それは……」

「私達は別にいいよ。ね、ほのか」

「う、うん! むしろいつでもウェルカムだよ!」

「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうわね」

「……どうしたの、竜貴君?」

「いや、うん……なんでもない」

「?」

 

竜貴としては、ここにさらに深雪が加わると言うのはできれば避けたい結末だったのだが、最早言える雰囲気ではない。

ほのかは腰が引けていたのを忘れてテンションが鰻登り、深雪も安心したような嬉しそうな表情を浮かべている。

雫は話の前も後も変わった様子はないが、なんとなく若干嬉しそうに見えなくもない。

そんな中で「じゃ、僕はこれで」と言うのはさすがに空気が読めないにも程があるだろう。

已む無く、いつもより3倍はきつくなった男子共の殺視線に甘んじて耐えるしかないのであった。

 

「でも、ちょっと意外」

「意外って、何がなの雫?」

「深雪だと、達也さんより先に箸をつけるなんて言語道断、みたいに考えてそうだったから」

「いや、雫さん幾らなんでもさすがにそれは……」

「ええ、その通りよ、雫。今日はお兄様から先に食べているように言われたの」

「…………ちなみに、もし言われなかったら?」

「もちろん、お兄様をお待ちするわ。でも、私の一存でお兄様のお言葉に背くなんてできる訳ないもの」

 

深雪のさも当たり前の様に返される返答に、最早苦笑すら浮かばず、頬を引き攣らせるしかない竜貴であった。

 

(下手するとあの人以上の忠誠心……ホントに兄妹なの、この二人)

 

脳裏に浮かぶのは、彼が知る限り誰よりも「忠義」に厚い騎士の横顔。

彼女は歴史上、もっとも偉大な英雄の一人にして、一国の王でありながらも、現在の主に絶対の忠誠と揺るぎなき信頼、そして深い敬愛を捧げている。

そんな彼女と比較できると言うだけで、深雪の達也に対する想いの丈は計り知れないと言うもの。

正直、この二人なら近親相姦ぐらいありなんじゃないかと思えてくるのだが、竜貴はそんな思考を振り払うのにちょっとした苦労を強いられるのであった。

 

その後、昼食を終えて達也たちへの差し入れを仕入れて実習室へと向かう四人。

竜貴としては、周囲からの視線が痛くてたまらないのもあって、食堂を出た時の解放感は筆舌に尽くしがたかったのだが……言わぬが花と言うものだろう。

そうして、竜貴たちが実習室を覗くと、どうやら課題クリアまであと一歩と言う所の様だ。

 

「エリカちゃん、一気に40も縮めたよ! あともう一息!」

「よ、よーし! なんかやれる気になって来たぁ!!」

「迷うなレオ! 一々的を目で確認する必要はない筈だぞ!」

「お、おう! よし、次こそは!」

(頑張ってるみたいだし、終わるまで待ってようか)

(その方が良さそう。集中を切らせたら悪いし)

(そうだね)

(仕方、ありませんね)

 

深雪は若干辛そうにしながらも、竜貴達の意見に同意してくれる。

というか、どれだけ達也に会うのを待ち焦がれているのやら。

そんな深雪の思いが伝わったわけではないだろうが、3分と経たないうちに彼らは無事課題をクリアした。

 

「ようやく終わった~」

「ダンケ、達也。つーか、腹減ったぁ~」

 

歓声を上げるエリカと、その場に座り込んで空腹を訴えるレオ。

そんな声を待ちに待っていた深雪は、エリカの「ようや……」という段階で既にスタートを切っていた。

 

「お兄様、もう入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、待たせてしまってすまない。もう大丈夫だよ」

「はい、それでは失礼します」

(っていうか、達也君は気付いてたんだ。気配で察したのか、それとも別の何かか……)

 

衛宮の一族は空間の異常にこそ敏感だが、それ以外の感知能力はあまり高くない。

達也がどうやって気付いたかは分からないが、少し気をつけた方がいいかもしれないと自制する。

特に竜貴たち衛宮の人間は、まともな魔術師と違って秘匿には適当な部分が目立つ。

その自覚があるからこそ、意図して自制する必要があるのだ。

 

「二人もお疲れ様」

「おう」

「なんとかね~」

「お兄様、ご注文の通り揃えてまいりましたが……これで足りるのですか?」

「いや、もうあまり時間もないしこれ位が適量だろう。深雪、御苦労さま。光井さんと北山さん、ありがとう。それに竜貴も悪かったな」

「いえ、これ位何でもないです!」

「気にしないで。私、こう見えてもちょっと力持ち」

「ま、足りないなら僕がなんとかするから大丈夫だよ」

 

竜貴の返事を聞くや否や、途端に深雪の表情が凍りつき、がっくりと肩を落として今にも崩れ落ちそうだ。

その、この世の終わりと言わんばかりの様子に、さしもの達也も困惑の色を隠せない。

 

「それはありがたいが……どうした、深雪。なぜそんな打ちひしがれているんだ?」

「お、お兄様~……深雪の、深雪の至らなさをお許しください!」

「…………………………………………いったい、どういう事だ?」

「こりゃ、アレだな」

「アレよね」

「竜貴君、お料理上手ですから」

「お弁当のおかずを分けてもらったら、この有様」

「深雪、よっぽどショックだったんでしょうね……」

 

竜貴の腕前を知る面々は、揃って「やれやれ」とばかりに首を振っている。

他の面々はまだしも、深雪にとって自分以上の味を出された事は色々ショックが大きかったのだろう。

彼女にとって、達也に奉仕する事は生き甲斐そのもの。

その生き甲斐の一端を担う料理において、プロならまだしも同年齢の男子に負けたと言うのは余程の衝撃だったに違いない。

 

「大丈夫だよ、深雪。俺にとっては、お前の料理に勝るものなんてないんだから」

「お兄様……ですが、それは」

「竜貴の料理は確かに美味いのかもしれないが、ある一線を越えれば後は個人の好みの問題だ。

 俺の好みを一番理解していて、それを作る事ができるのはお前をおいて他にいない。そうだろう」

「…………は、はい! そうですね、お兄様! お兄様に喜んでいただく事が深雪の幸せです! 例え料理の腕では及ばなくても、お兄様の為の料理では深雪は誰にも負けません!」

「いつ聞いても思うんだけどよ、兄妹の会話じゃねぇよな」

「同感だけど、それこそ今さらでしょ」

「あのそのえっと……わ、私は応援してます!」

「なにを?」

「わ、私だって……」

 

と言うのは、二人の兄弟愛を些か以上に逸脱したとしか思えないやり取りに対する皆の感想だ。

まぁ、最近ではそれも見慣れてきた感があるので、いつもの事と流され気味ではあるが。

 

「ところで、二人がやってたのって魔法発動までの時間を短くする鍛錬でしょ。

 大変だよね、やっぱり」

「正確に言えば、目標時間以内に納まれば一発クリアなんだけどな。

 そう言えば、竜貴は実技は基本免除なんだったか」

「一応はね」

「羨ましい…って言っていいのか?」

「どうだろ。その分、色々わずらわしそうだけどね」

 

この場にいる面々は、竜貴の事情を一応は知っている身なので、彼が実技を免除されているからと言って単純に羨んだり妬んだりはしない。

むしろ、その代わりに被るあれやこれやがないだけ、まだ気楽だと考えているようだ。

そんな気の良い友人たちに、竜貴は素直に感謝の念を抱く。

 

「大変……と言う事は、竜貴君も経験があるんですか?」

「魔法じゃなくて魔術の方だけどね、中々上手く出来なくてさ。いやぁ、特にお婆さんには散々罵倒されたっけ」

「罵倒って……」

「やれ才能がないだの、やれヘッポコだの…………酷い言われようだったよ。

 あんな怪物と一緒にされちゃ困るってのに」

「そんなに凄い人なの?」

「…………わかりやすく言うと、うちの本家は百家の傍流くらいの家柄なんだけど、それが十師族の当主と同等以上になった、くらいかな?」

「ムチャクチャじゃねぇか!?」

「だよねぇ……」

 

実際、魔法師の序列を魔術師の序列を当て嵌めていくと、大体そんな感じになる。

 

「ま、うちは歴史が浅いからね。どうしても不利になりがちなのは仕方ないんだけどさ」

「そう言う物なの?」

「魔術は基本どれだけの蓄積と研鑽を積んできたか、だからね。

 遠坂でさえ三百年程度の歴史しかないし。むしろ、その程度の歴史であの域に届いたあの人が怪物なんだよ」

 

だからこそ竜貴などは、凛は当主を譲ったりせず、もう百年か二百年ほど延命して当主の座にあり続ければ良いのに、と思わないでもない。実際、そう言った魔術師は決して少なくはない。

彼女ほどの才能は、恐らく今後数百年現れる事はないだろう。

最も近いと言える奏でさえ、凛と比較すれば数段見劣りしてしまう。

 

とはいえ、彼女は決して無様な延命などしないだろうが。

遠坂の家訓は「余裕を持って優雅たれ」。

彼女の美的感覚からすると、その手の延命行為は「優雅」とは対極にある筈だから。

 

「三百年で、“その程度”かよ。すげぇ話だな……」

「中には千年・二千年……それこそもっと昔から続く家もあったからね。

 一応遠坂は魔術師の間でも名門扱いではあったけど、家格はそこまで高くはないんだよ。

 ま、今となっては生き残った家自体が少ないから、今更そんな格なんて意味が無いんだけど」

「……なら、竜貴君は一科生と二科生のこと、どう思ってるんですか?」

 

控えめな、しかしその奥に芯の強さをのぞかせる美月の問いだった。

 

「僕個人としてはバカバカしい、かな。所詮は入学時点での優劣でしかないし、一科のドベと二科のトップの間に、それほどの差があるとは思えないしね。その逆ならともかく、言う程の差があるとは思えない」

「やっぱり、そうですよね……」

「でも、魔術師としての僕はそれを当然のこととも思うかな」

「え?」

「そう言えば言ってなかったっけ。魔術は基本的に一子相伝でさ、僕には妹が二人いるけど二人とも魔術は教わってないよ。一応、最低限の知識はあるけど」

「へぇ、それは初耳」

「色々と事情があってね。一番見込みのありそうな子どもにだけ教えて、場合によっては魔術の存在そのものを教えなかったり、他家に養子に出したりすることもある。これも、本質的には一科と二科の区別と同じなんじゃないかな」

 

魔術とは元々、選ばれた人間のみが学ぶ物だ。

それはある種の選民思想なのかもしれないが、その性質上どうしても教えられる人間が限られてしまうのが魔術でもある。ならば当然、より優秀な者を選ぶのは自然の流れと言うものだろう。

だから、一科と二科の間の差別意識そのものはバカバカしく思うものの、区別される事自体には何の疑問もない。

 

「もし僕が学校側に直してほしい事があるとしたら、評価基準くらいだよ」

「どういうこった?」

「今の評価基準だと、単純な魔法力の強さしか測れない。それはそれで一つの基準だけど、そんなものは結局魔法師の一面でしかないんだ。達也君なら魔法に限定してもその知識や理解力は群を抜いてる訳だし、それはそれで評価されるべきだと思う。

 昔、変な魔術師がいたらしくてさ。魔術の実践はからっきしのくせに、理論の再解釈と系統分類は天才的なんだ。おかげ、この人に師事すれば魔術師としての成功は約束されたも同然……っていう、名物講師がいたんだって。さて、この人は果たして魔術師として劣っていたのか優れていたのか、どっちだと思う?」

 

その問いに、皆は揃って腕を組んで頭を悩ます。

今の魔法科の評価基準を考えれば、間違いなく劣等生だろう。

しかし、優れた魔法師を育てることのできる人物であるのなら、それは下手な優等生より遥かに有為な人材と言える。

 

「別に魔法に重きを置く事自体はいいんだ。ここは魔法科高校なんだし、むしろ魔法以外を評価する方が変だと思う。正直に言えば、魔法とそれに関連する物以外を評価する必要はないって言うのが僕の意見。

もしそんな人がいるとしたら、転校するか、あるいは一高の外に評価を求めるべきだと思う。

ただ、魔法重視と言っても一面的な見方はどうかって思うだけ」

「お前、俺ら前にして言い切りやがったな」

「それって、あたしたちに喧嘩売ってる?」

 

竜貴の言い様は、ある意味二科生を切って捨てている様なものだろう。

もっと魔法のみを評価すべきだという事は、大半の二科生を評価しないと言っているのと同じなのだから。

 

「なんで? だって、エリカさんは普通の魔法はともかく剣術なら凄いんでしょ?」

「それはまぁ、自信はあるけど……」

「レオ君にしても、身体能力と硬化魔法の組み合わせは相性が良さそうだし、それで充分じゃない?」

「お、おぅ……」

「美月さんにはその眼があるし、達也君は言わずもがな。別に魔法全般に優れてる必要なんてないんだよ。何か一つ、得意分野を磨くだけでもいい。相手より一つでも優れていれば、条件次第で充分勝機はあるんだから。

 評価すべきはその人の劣っている点じゃなくて、優れている点であるべきじゃないかな。そこから色々な面で優れている人達を集めて、その人達を育てるのに力を注ぐべきだよ。その為には、やっぱり画一的な評価基準じゃ限界がある。ま、全てにおいて並以下って言うんだったら、話は別だけど」

 

もしそうだとすれば、選択肢は二つ。諦めて別の道を探るか、無駄かもしれない努力をするかだ。

その道で身を立てたいのなら、無駄でも何でも努力するしかない。

それが嫌なら、はじめからその道を選ばなければ良いのだ。

 

自分の生き方は自らの選択の結果、即ち自分自身の責任だと思うが故に。

他の選択肢を選べない身の上ならまだしも、そうでないなら自分以外の何かに責任を負わせるべきではない。

 

「すこし、意外だな」

「なにが?」

「お前がそんなに厳しい事を言うとは思わなかった」

「そうかな? 魔法科高校で魔法以外の評価がおろそかになるのは、むしろ当然だと思うけど」

「なら、高校生としての評価はどうだ? 俺達は一応高校生でもあるらしいぞ」

「…………なるほど、そっちの評価は考えた事がなかったなぁ」

(考えた事が無かった、か)

 

竜貴にとっては、魔法科にいる学生は高校生である前に魔法師の卵、という意識があるのだろう。

だからこそ、高校生としての面が評価の中に入っていない。そんな物はわざわざ評価する必要のない物なのだ。

それこそ竜貴の弁を借りるなら、「高校生として評価してほしいなら、普通の高校に転校すればいい」と言うことになるのだろう。ここはあくまでも魔法を学ぶ場で、それ以外はすべて余分でしかない。

一人の人間としての竜貴は良識のある少年だが、魔術師としての彼は非常に冷徹な思考の持ち主らしい。

 

(もしかしたら、魔術師たちの学び舎なんてものがあったら、そんな感じだったのかもな。

 だが、だからこそ竜貴は……壬生先輩とは相容れない)

 

達也の脳裏に浮かぶのは、先日の小体育館であった騒動の当事者の一人、壬生紗耶香の姿。

その後も幾度か顔を合わせ、彼女の主張は一応理解しているつもりだ。

だからこそ、竜貴と紗耶香はどこまで行っても平行線だと分かる。

 

『魔法だけがすべてではない』と訴える紗耶香と、『魔法関連以外を評価する必要はない、嫌なら辞めればいい』と断ずる竜貴。二人の考え方は、水と油も同然だ。

竜貴としては親切で『転校』を進めそうだが、紗耶香には『落伍者への侮蔑』としか取られないだろう。

出会って言葉を交わせば、100%紗耶香は激昂するに違いない。

 

「竜貴、お前」

「ん?」

「壬生先輩の事を知ってて言ってるだろ」

「まぁね。委員長さんから聞いたよ、達也君が二年の先輩を言葉責めにしたって」

「あの人は……」

 

いい加減頭痛を覚えそうな上司の振舞いに、達也はがっくりと肩を落とす。

竜貴は竜貴で、それが誤った情報とわかった上で楽しんでいるから困りものだ。

 

その後、話題を変える意味合いもあって、深雪にレオたちがやっていたのと同じ実習をやってもらい、その人間の限界に迫る数値に一同唖然とし。

続いて試しに竜貴がやると、レオたちの倍の時間がかかって逆の意味で呆れられ、竜貴自身は「だから干渉力以外はからっきしって言ったじゃないか」と不貞腐れたりしたのはご愛嬌だろう。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

それから一週間は、これと言った騒動もなく平穏に過ぎて言った。

達也に対する闇討ちじみたちょっかいもなくなり、ようやく人心地ついた……のだが、それは所詮、嵐の前の静けさに過ぎなかった事を、間もなく彼らは知ることになる。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

一日の授業が終わり放課後へ入って間もなく、ハウリング寸前の大音量がスピーカーから飛び出した。

 

『僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!』

「え、なに!?」

「落ち着いて、ほのか」

「あちゃ~、元気な人達だなぁ」

 

動揺するほのかとなだめる雫、竜貴は面白そうにスピーカーを見上げ、深雪は無言で……ただどこか深刻そうな表情を浮かべていた。

他のクラスメイト達の間でも動揺は広がっており、聞こえないと分かっている筈にもかかわらず抗議の声を上げる生徒までいる。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

有志同盟とやらの演説を適当に聞き流しながら、竜貴は振動する端末を手に取り画面を表示する。

内容は案の定、風紀委員に対する非常招集のメールだった。

横を見れば、深雪も同様に端末に目を落としているので、似たような内容が生徒会辺りから着ているのだろう。

 

「この件で呼び出し?」

「うん、深雪さんもでしょ?」

「ええ、そうみたい」

「というわけだから、ちょっと行ってくるね」

「ほのか、雫、先に帰っててくれる?」

「わかった、気をつけて」

「頑張ってね」

「ええ、また明日」

「じゃあね」

 

二人に別れを告げて、竜貴と深雪は揃って教室を後にする。

が、竜貴は早々に深雪と別行動を取るべく進路を変えた。

 

「え、衛宮君? 放送室はそっちじゃ……」

「大方立て籠ってるんでしょ。

 開くかもわからない扉の前より、こっちの方が良さそうだからさ。

 委員長さん達には巧く言っておいて」

「ちょ、そんな……」

 

引き留めようとする深雪の声を置き去りにし、竜貴は放送室直下の教室へと向かう。

置き去りにされた深雪はと言えば、追いかけるべきか僅かに悩み、仕方なく当初の予定通り放送室前へと向かう。

やや遅れて到着してみれば、そこには達也をはじめ生徒会、風紀委員、部活連の面々が揃っていた。

 

「待ってたわよ、深雪さん」

「申し訳ありません、遅くなりました」

「深雪、竜貴は一緒じゃないのか?」

「おかしいな、彼にもメールは送った筈なんだが……」

「それがその、衛宮君は……別行動を取ると言って」

「アイツめ、独断専行だぞ」

 

深雪の報告に、やや不愉快そうに眉をひそめる摩利。

彼女の言う事は最もなので、概ねこの場にいる面々は摩利と似たような反応を示している。

竜貴から「巧く言っておいて」と言われた深雪だが、こんな短時間の間に巧い言い訳など思い浮かばなくても仕方が無い、むしろ無茶ぶりした竜貴の自己責任と思うことにした。

ただ約一名、克人だけは反応がやや異なっている。

 

「相変わらずだな」

「どういうこと、十文字君?」

「単独行動、独断専行はアイツの得意分野だ。

基本的に集団で事に当たる、と言う事自体に慣れていない。

アイツの立場上、他人と協力する……と言う事自体が少なかったんだろう」

「確かに、それはそうかもしれませんね」

 

この場には竜貴の事情を知らない者もいるので、克人たちは極力固有名詞などは出さないよう配慮する。

昔ならいざ知らず、今や魔術師は大変数を減らしている。

さらに、彼らは基本的にその身を隠して今日まで来たのだから、他者と連携を取る事態の方が少なかったと言うのも納得はいく。ただまぁ、だからと言って今単独行動を取ることを正当化する理由にはならないが。

 

「十文字、竜貴君が何をするつもりかわかるか?」

「さて、アイツはあれで突拍子もない事をする事があるからな……その上、ばれなければ良しとする傾向もある。

 場合によっては、放送室に乱入くらいはするかもしれんぞ」

「だが、どうやってだ? 鍵は締まっているし、さすがに通風口から入るのは無理だろう」

「…………」

 

摩利の問いに、克人は無言を貫く。

別に発言を拒否しているわけではなく、彼なりに可能性を考察しているのだ。

竜貴がどんな魔術師であるかは、克人は一応承知している。

もちろん、懇切丁寧に説明された訳ではないので、知らない事、誤解していることも多いと踏まえた上でだ。

 

(ばれなければ良いとはいえ、まさか密室内の人間に直接魔術を仕掛けたりはしないだろう。

 かと言って、幾ら衛宮でもあの小さな通風口から侵入するのは無理だ。となると……)

 

そこまで考えた所で、克人の額に一筋の汗が浮かぶ。

 

「どうした?」

「いや、まさかとは思うが……」

『ガチャ』

「む?」

 

克人が嫌な予感の内容を口にしようとした時、唐突に放送室の扉が開いた。

そこから姿を表したのは……案の定と言うべきか、あっけらかんとした竜貴の姿。

 

「みなさ~ん、制圧したんでこれで終わりで良いんですよね?」

「た、竜貴君、あなたどうやって……」

 

眼を見開いて驚きを露わにする真由美に対し、竜貴は半身になって放送室内部が見えやすいようにする。

真由美と摩利、それに克人が代表して中を覗き込むと、そこにはどこから持ち出して来たのか、荒縄で縛りあげられた二科生の姿。

よく見れば、誰もが意識を朦朧とさせ逃げる事はおろか抵抗することすらできていない。

 

「…………どうやって入った?」

「やだなぁ、下の階からよじ登ったら偶々窓が空いてたんで、コッソリ入り込んだだけですよ?

 ウッカリって怖いですね」

「本当だろうな?」

「ええ♪」

 

克人からの詮索に、竜貴は悪びれた様子もなく朗らかに答える。

もちろん、克人をはじめこの場において竜貴の事をある程度知る物は全く信用していない。

普通に考えて、窓の鍵を閉め忘れるなどと言う間抜けな失敗をする筈が無いのだ。

 

そして、竜貴の魔術を一度ならず目の当たりにした達也と深雪には、直に彼が何をしたか理解できた。

 

「お兄様、アレはもしかして……」

「ああ、大方窓ガラスを割って侵入し、その上で復元したんだろう。

 ついでに、遮音の結界と竜貴から意識を逸らす魔術を使っておけば、有志同盟とやらからすれば突然放送室内に現れたように思えた筈だ。それは、瞬く間に制圧されても無理はない」

 

このやり方で巧いのは、有志同盟達には竜貴がいつ侵入してきたかわからず、だからこそ竜貴の証言がほぼ全てになる。

そのため、竜貴が窓を割ったことも、魔術を用いて窓ガラスを修復したことも推論の域を出ない。

もしかしたら、もっと別のやり方をやった可能性すらある。

克人は「ばれなければ良いと思っている節がある」とは言っていたが、本当にそのとおりらしい。

 

ただ、竜貴に言わせればそれは酷い誤解だ。

今回竜貴は、本当に魔術は使っていない。

そもそも、こんなことで一々魔術を使う必要すらないし、魔術師が関与する様な事でもない。

 

そんな事をしなくても、一高の三巨頭が放送室前に集った時点で、彼らの意識は八割以上そちらに集中していた。

彼らの力の程を知るからこそ、有志同盟はその動向に細心の注意を払い警戒していたのだ。

そこでまず、極小規模な魔法を放送室内に使用。これに有志同盟の面々が過敏に反応している間に、同盟が盗み出したマスターキーを竜貴でも使える基礎単一系の魔法で動かし、開閉スイッチに当てて窓を解錠。

後は速やかに、腕ずくで彼らを制圧しただけの事。

 

もし複数人……それも隠密行動の訓練など受けていない学生たちで竜貴と同じ事をしようとすれば、直にばれて失敗に終わっていただろう。

しかし、今回は竜貴が一人で動いていたし、なおかつ彼は魔術師だ。

彼に言わせれば、魔術師など「隠れてこっそり悪さをするのが仕事」みたいな人種である。

碌に訓練も受けていない連中から姿を隠すなど、術なしでも容易。

 

それを説明しないのは、わざわざ説明するのが面倒なのと……ちょっとした悪戯心である。

魔術師だから魔術を使ったと思っている皆の反応が、竜貴としてはちょっとツボだったりする……うむ、実に底意地が悪い。

 

と、そんな愉快なやり取りをしている間に、首謀者の一人であるセミロングの髪をポニーテールにした美少女が意識を取り戻した。

 

「ぁ、ここは……そうだ、私達! あ……」

 

自らが置かれている現状に直に気付いたらしく、その顔にうっすらと絶望に似た色が浮かぶ。

続いて周囲に視線を巡らせると、やがて彼女の視線は竜貴の所で停止した。

 

「あなたが、やったの?」

「ええ」

「くっ……なんでよ! 私達はただ、差別をなくしたいだけなのよ! なんで邪魔するの!」

「あ、そういうのいいんで。僕はただ風紀委員の仕事として、あなた達を取り押さえただけですから。

 差別とか区別とか、そう言う話はこの人達にどうぞ」

 

話をする気などないとばかりに、さっさと背後にいる克人たちに丸投げする。

あまりの取り付く島のなさに、真由美や摩利はおろか、深雪からも同情的な視線が紗耶香に向けられていた。

代わりに、竜貴にはやや……いや、大分非難がましい視線が向けられているが。

 

「まぁ、確かに衛宮の言う事にも一理ある。お前たちの主張はどうあれ、その為に取った手段は認められない物だ。だからこそ、風紀委員として取り押さえた事は、アイツの職分に適う事だ。同時に、思想や主張は、アイツの職務とは何ら関係ない。

 そして、お前たちの主張に対応するのは俺達の役目だ。少なくとも、衛宮がお前達の相手をする理由はない。

 お前達とて、アイツに自分たちの主張をぶつける事が目的ではない。違うか?」

「それは……」

 

克人の言う事は紛れもない正論だ。

彼女たちが求めるのは、あくまでも二科生の待遇改善。

竜貴に対して自分達の邪魔をした事を問い質し非難する事は、個人的な感情を満足させることでしかない。

それくらいの事を理解する冷静さは、まだ持ち合わせているらしい。

ただそれでも、紗耶香は自分たちの主張に見向きもしない竜貴に対し、一言言わなければ我慢ならなかった。

 

「あなたも、所詮は優越感に浸った一科生でしかないってことね。

 自分が優れてるから、優遇されてるからそん…な……」

 

非難の言葉をぶつけてやろうとして、かえって尻すぼみになっていく。

彼女の目を捉えるのは、竜貴のそれまでと別人のように冷たい眼差しだった。

 

「……まったく、だから一科生なんて嫌だったんだ。変な誤解されて、良い迷惑ですよ」

「嫌だった? ……あなた、何を言って……」

「近いうちにわかると思いますけど、僕はそもそも差別だの区別だのに興味はないんです。

 というか、根本的に僕には関係のない話ですから。そうですね、強いて言うなら偏った評価基準のせいで友人が正当に評価されないのが、不満と言えば不満な位ですか」

「関係ない? そ、そんなわけない! 貴方は一科生で! あらゆる面で優遇されてる筈よ!!」

「かもしれませんね。ま、その優遇自体が僕には意味のない事なんですけど」

「え……」

 

優遇されていることを認めながら、同時にそれは意味が無いと言う。

そんな竜貴の言葉が、紗耶香には理解できないのだろう。

無理もないと竜貴も思う。しかし、同時に真実でもある。

魔術師である竜貴にとって、魔法師として優遇されても得られる物などないに等しいのだから。

 

「いずれわかる事ですけど、僕はそもそも魔法師じゃありません。だから、この学校内の上下関係はさっぱり関係ないし、興味もありません。上か、下かじゃないんですよ。僕はそもそも、そう言った基準の外側。評価云々で言うなら、『評価の対象外』なんです。

 学校を変えたいと言うのなら、どうぞご自由になさってください。変わったとしても、やっぱり僕には関係のない話でしょうから」

 

先日の達也との話で、自分には「高校生としての評価」の視点が欠けている事を竜貴も一応理解した。

理解した上で、やはり意見はあまり変わらない。

優先すべきは「魔法とその関連項目の評価」であり、それ以外の評価などおまけだ。

評価されれば良し、評価されなくても仕方が無い、その程度の物でしかない。それこそ、個人の人格すら評価の対象にはならないと思っている。それでも評価されたければ、学校以外にその場を求めればいいのに……としか思えないのだ。

 

まぁ、評価されるために学校側を変えようと言うバイタリティは感心する。

かつての時計塔なら、嘲笑されるか爪弾きにされるか、あるいは粛清……まではいかないだろう。

恐らく、魔術以外も評価しろと訴えた所で、相手にされずに終わるだけだ。

その意味では、可能性がある以上挑む価値のある目標と思えなくもない。

 

なので竜貴は、あくまでも一風紀委員として、あるいは魔法師でない何かとしてのスタンスで応答している。

魔術師『衛宮竜貴』としての意見は、きっと彼女に受け入れられないことが分かるから。

 

「あなた、一体……」

「それは追々……さて、あとは克人さん達にお任せしますけど、良いですか?」

「ああ、ご苦労だったな」

「はい、それじゃ僕はこれで……」

「いや、ちょっと待て」

「え”……」

 

その場を去ろうとする竜貴の襟首を、後ろから摩利が鷲掴みにする。

普段なら耳に心地よいハキハキとした声が、今は何やら妙にドスが効いていた。

 

「い、委員長さん?」

「確かに君のおかげで手際よく事態は片付いた、その点は評価しよう。

 だが! それと独断専行は別問題だ!! 来い! 本部で焼きいれてやる!」

「え、嘘!? た、達也君! 深雪さん!?」

「悪いな竜貴、さすがに弁護できん」

「コッテリ絞られてくださいね♪」

「見捨てられたぁ~!?」

 

悲鳴じみた叫びを残しつつ、摩利によって風紀委員会本部へと連行される竜貴。

その後、小一時間に渡る説教により、文字通り搾りかすにされるのであった。

 

余談だが、有志同盟は克人と真由美の配慮もあって、二日後に討論会を開き、これに参加することになった。

竜貴は結果的にこの事を達也達より早く知ることになったのだが、それは単に摩利の説教が長引き、討論会のことが決まるまで帰れなかったからにすぎないのだが。

 

ともあれ、こうして事態は収束へと向かっていく。

それが穏やかな形で終わるかどうかは、また別の問題だが。

 


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