MONSTER Rare DAYS ~ 稀少なる者たちの日常 ~ 作:我武者羅
しがない刑事であった
と言うのも、毎回毎回目先の欲に駆られていることが悪いということは自覚している。だが、自覚しているからといってそれを『治す』ということを考えるとは限らない。
『そんじゃ、借金は全部チャラになったから、これからは誠心誠意を込めて働けよ♡
あの時のフクメンの最後の声とか、かなり本気だったことを窺える。
(だがよォ……だが! いきなりか!?)
そう、河崎は立派なスーツを着込んで仕事場に駆け込もうにも、何週間かの有給休暇を取らされ、ホームステイする者の対応をしなければいけなくなったのだ。
今は立派な一軒家の広いリビングで立ち尽くす。
つい最近まで住んでいた安上がりのアパートとは偉い違いだ。笑ってしまうほど違う。
隣に住むこの間知り合った青年、
それよりもだ。河崎は先に考えないといけないことがあった。
「……ラクネラ・アラクネラさんよォ」
「あん♡ 〝さん〟付けなの? 別に呼び捨てで構わないのよ?
「くっ! ちちち近いんですけどねぇ!」
同居するとこになった新たな新居と新たな住人。
女の人間の上半身と、蜘蛛の下半身を持つ〝アラクネ族〟の美しい女性、ラクネラ・アラクネラは妖艶な声を出して河崎に抱き合うよう
アラクネ族。
河崎もきちんと調べてきたのだが、手の指には鋭く尖った爪が備わっており、人の皮膚を簡単に切り裂くことができる。呼吸器官は上半身と下半身それぞれに存在している(下半身は蜘蛛の“書肺”があるらしい)。下半身の蜘蛛の背中にあたる部分には模様があり、これは個人個人で違うらしい。ラクネラのは
今の時間帯は朝。余りご飯というものを作らないタイプであった河崎は慣れぬ手つきながらでラクネラと共に朝食を食べ終え、さてどうしようかと悩んでいた所でラクネラが絡んできたのだ。
「あら、アナタも恥ずかしい顔をするのね。可愛い♡」
「くぅっ!」
こんなことを言われたのは何時以来か!?
「あ、あら? どうして泣くの?」
「……いや、久しぶりにそんなこと言われたし、嬉しかったから……」
「も、もぅ~! どんだけ職場ツラいのよ。それともそんなに出会いがなかったのかしら」
本心じゃなくても嬉しかった(可愛い=褒められたと感じているから)。余りにも出会いが無かった(変わりに幻獣種や稀少種やらには出会うことばかりなのだが)為に、他種族といえど、こんな美女に優しくそんなこと言われては、男なら喜ぶだろう。
ラクネラも昨日の勇ましさとは違う、河崎の少しヘタレな部分にも気付き、何故かそれを魅力と感じてしまうのは『恋は盲目』と言われる由縁か、それと同時にラクネラのS気質にも脹れ上がる。でも、
自然とラクネラは、そう女としての勘が働き、河崎を優しく抱擁させる。優しく、優しく。硬い手であることを恨めしく思うが、今はそっ、と撫でてあげる。
(……あったけぇ)
(なんだか、母性を疼かせるわね。この体勢)
巨大な下半身の足はゆっくりと綺麗に床にへと折り畳んでいき、河崎もラクネラの豊満な胸の幸せと、長年触れることがなかった人肌に安心感を覚えて、微睡んでくる。
ギュッと、ラクネラも幸せそうで、顔を紅潮させツバ垂らして喜んで抱いていると、胸の中で河崎が眠っていることに気付いた。
(……やっと寝たわね)
ラクネラも馬鹿ではなかった。
河崎が今まで休みを取っていなかったことを知ると、それだけ疲労も蓄積しているのが分かった。
あとは、安心感を覚えさせればいい。
親にされたように、ラクネラも河崎に同じく思いっきり抱き締めただけ。それだけで眠ってくれたが、
(……可愛い。これが昨日あんなにカッコ良く見れたなんて)
河崎の寝顔がやはりとても無防備で、ラクネラの心を踊らせる。
〝アラクネ族〟ということで、この蜘蛛の下半身だけで人間たちから忌避や嫌悪感を抱かれていたのは、ラクネラ族の歴史にも刻まれている。
だが、それもしょうがない事だということも分かっている。
子供の頃から身近で見てきた虫が、巨大なモノとなって身近に迫られたら、そりゃあ多少は身構えるだろう。身構える事さえ無理な者は泣き叫ぶかどれかだった。
(……でも、この人は……)
揺らぐことも無く。真っ直ぐな目線でラクネラを見てきた。
ラクネラが出会ってきた人間たちは、必ずといっていいほどこの人間とは違う部位であろう蜘蛛の下半身に視線が言っていた。
(うふふ、まったく)
それなのに、目線を揺らがず、真っ直ぐな目で見てきただけだというのに、それがラクネラにとって心底嬉しかったのだ。簡単なことだけど、簡単なことをひてくれない。そんな日々だった。
ホームステイ先でのトラブル。
(……人前じゃ弱音なんて吐かない質だからなぁ。
謎な所も魅力に感じてしまったラクネラだったのだが、河崎が少し眠気が薄まり、意識を覚醒させていくと、目線がラクネラと合う。
そこでラクネラは少しだけ、身構えてしまった。
目が覚めた時、こんな大きな蜘蛛の下半身を持つ女が居たらどんな反応を示す?
驚愕? それとも嫌悪?
ラクネラがそんなことを思い浮かべてしまうくらい、少しだけ不安だったのだが、
「……ぅぁ………………巨乳美女が居る……夢か?」
ラクネラがその豊満な胸で優しく包み込んでいた為に、手がラクネラの双丘をガッシリと掴む。掴んでしまった。まるで夢から覚めることを拒絶するかの如く揉みしだいて確認作業を没頭する。
「あん! うふッ!……ふ、ふふ、い、いきなりワイルドね♡ 寝起きから元気じゃな~い♡」
「ぅぁ……妙にリアルだな。エロい」
「あぁんッ♡」
指からはみ出してしまうほどの巨乳を、未だ寝惚けている為に弱々しいがそれが逆にラクネラを感じさせるものだったが、ラクネラがそろそろ
(ムフフフっ♡ あらあらァ~そんなことしてきたら
まさに捕食者としての眼差しとなったラクネラが、妖艶な顔となって河崎の顔に自らの舌を這わせようとした瞬間だった。
ガシャーン!!
「な、なんだァ!? ってなんだァ!?」
ラクネラが顔を近づかせていた為に、いきなりの爆音とラクネラに驚いた河崎は後ろに転がって距離をおいた。赤面となって状況を整理している。
「そ、そうか。オレ寝ちまったのか」
「そうよ。でももうちょっと眠っててもいいのよ♡
立ち上がり、妖艶な顔つきは治らず、舌舐めずりして近寄るラクネラに河崎は嬉しいような怖いような分からない感情に陥っていると、隣から声が聞こえてくる。
『あ、主に弟君が居られたのですか!?』
『えぇー?! 聞いてないよだぁりん!』
『え、なになにー? オトウト?』
『まぁまぁ。弟様はだんな様と似ていらっしゃるのでしょうか』
どうやら他種族間交流をしている
まったく、朝から元気だねぇ。と他人事みたいに考えていた河崎だったのだが、『ピンポーン』と音が聞こえた。誰かお客さんが来たようだ。
「ハニー、誰か来たわよ」
「そういや、ハニーって……」
「うふふふふ♡ 解釈はそっちが好きに考えていいのよ」
またも艶のある笑顔を振りまくラクネラに、河崎はなんとも言えぬ顔になったが今は先に誰が訪ねてきたのか確めに玄関に向かう。
新築されたばかりだが、埃も一切無い玄関に河崎は眩しいものを見たように薄目になってしまったが、先に玄関のドアを開ける。
すると、そこに居たのは、
「どうも、カワサキさん」
「……アクセル?」
同じ職場で働き、更には命も預けあった仲でもある何百何千年も生きている〝生ける
「い、や。違ぇか……?」
だが、目の前にいるのは、河崎より背が小さい小柄の
実際の河崎が背を預けるほどの仲間でもあり友でもある〝アクセル〟は、河崎より数百年も歳上なのに青年という若さを保ったままの姿であり、
目の前のアクセル似の少年は、ニコッと柔和な笑顔をみせてた。好感の持てる晴れやかそうな笑顔だった。
「ボクはアクセル様じゃないよ。まぁまったくの無関係とかでは無いのだけれどね」
「……でも、
柔和な笑顔のまま、コクリと頷くアクセル似の少年は本当に汚れを知らなそうな潔白の名が似合いそうな子だったが、河崎はすでに認識を変えていた。
(……なら、
差別ではなく、単なる『警戒』。
それは人間が取るべく当たり前な心構えのひとつだろう。近年の日本では薄くなりつつある教えの構えだが、河崎は何度も修羅場を潜ってきた。
警戒心が鍛えるのもしょうがないと思うと自己分析し、
顔つきが変わったことに気付いたその少年は、柔和なそうな笑顔から一変して、悪戯好きそうな瞳を持つ
「なんじゃ、つまらん。充分危険察知なぞ出来そうな男ではねぇか。のうアクセル様」
『フッ、そうだな』
「なっ!」
二つに驚く。
一つは、やはり子供の姿なのに一気に年寄り臭い口調になったことから実年齢は河崎より上かもしれないこと。
二つ目は発売されたばかりであろう、腕時計型の最新携帯電話から聞き覚えのある声が聞こえてきたことに。少年はスマホと同じ画面タッチ操作を巧みに扱いながら通話音を高くすると、聞き覚えのある声が河崎に話しかける。
『よくぞ見破ったぞ。カワサキのクセにやるではなきか』
「くっ、またどっかでふんぞり返ってんのかオンチな王様よぅ!」
『なんだカワサキ。見ていたのか? この見事な誰にも捕らえることなど不可能である晴れやかな天空と、それを広大な翡翠の絨毯が広がる母なる大地のこの場所を』
「何処だよっ!!」
相変わらずのアクセル節に、河崎は笑いながらツッコむ。
だが、要件を聞きたいのも事実。
河崎は真面目な顔となって聞く。
「それで、話をする為にこのガ……人を寄越しただけじゃないんだろう?」
『……あぁ』
「……なんかあったのか?」
『いやなにも』
「……っく! 舐めた真似を」
理由を聞くと、なんと日本に難を逃れた
一体
そこで、密かにアクセルはフクメン経由でその日本在住のヴァンパイアたちともう会っていたともいう。
そして、日本在住のヴァンパイア達も、己の血が騒いだことで、何も証明もせずアクセルが吸血鬼たちの王の中の王『
そして、日本にやってきていたアクセルはすぐにある人物を見つけたという。
『オレの育ての親でもあり、執事でもあった男が今カワサキの目の前にいる者がそうだったのだ』
「はぁ……?」
『まぁ、そうなるのも致し方ない。オレもそうだったからな』
血が疼き、すぐに分かったという。
『
「えっ、じゃ……じゃあアンタもブラ……ッッ!!」
「『
ガチン! とまるで目に見えない力で顎を閉ざされた。
少年然としたその者は、話が本当なら既に数千年以上も生きているということになる。
「アクセル様、
『あぁ、そうだったか?』
「はい」
あの喋るなとは、一時的なものだったのでもう喋れるが、どうやら込み入った話らしい。
気まずさが漂っている中、アクセルは話の要点を言う。
『なぜこの男を送ったのか、詳しくはフクメンに聞くとがいい』
「ウォォイ!! なんだその投げやりは!」
『……?……槍なんぞ持っておらんぞ、たわけ!』
「言うと思ったわボケ!」
「まぁ、待ちよ。
「えっ?」
そう言って、言うことだけ言って行ってしまった。
アクセルも『まぁ、頑張るがいい』とか言って通話が切れていた。実にふざけてる、と思った河崎だったが、ふとその少年の後を目で追っていると、なんと、
「ハニー? まだなの~? はやくイチャつきましょうよ~」
「ななな、まさか!」
「うん?」
トツトツと、六足を立てながらラクネラがやって来ると、河崎が隣を見て驚いていることに気付く。
「なぁに~? どうしたの?」
「まさか」
そう言って、走って隣の家の青年のところにへと向かうと、先程の少年が入って行った。
「まさか!」
「まさかしか言ってないわよ」
ラクネラも河崎の後を追いながらそう呟いて、呆然とする河崎の頭に腕を置く。
「あの子がどうかしたの?」
「まさか!!」
「なにが『まさか』なのよ~」
河崎は公人の家の窓を覗く。
すると、あの少年が手荷物を持って公人や他種族の娘たちと話しているところだった。
最早確かめたくてしょうがなくなった河崎はドバッ! と窓を開ける。
「まさかァァァァァ!!」
「「「うわああああああ!!!」」」
当然、全員(若干一匹スライム)が驚いて河崎に視線が集まるが、関係が無いと言わんばかりに少年に詰め寄る。
「まさか! とは思うがまさか!」
「スゴいわハニー。そこまで『まさか』連発して疲れない?」
「ちょっとちょっとー! なんでお隣さんのカワサキがここに乗り組んで来るのよー!?」
「コイツとは、その、仲間の仲間で、オレはその仲間の仲間であり」
「パピ分かんないよー。仲間が仲間でナカマがなかま? あれ? なかまがナマカでマナカがナマコ?」
「
なんだか話がこじれてきた。
「この方は主殿の弟君である
「お、こりゃ失礼……じゃねぇぞ!?」
「な、なんなのだ」
河崎は笑えるほど混乱してきた。
(アクセルの執事じゃなかったのか?! そしたら何千年も生きていたヴァンパイアの筈で、そんで……そんでこの
河崎が公人を注視するように視線を向けるが、ガボガボとスライムの娘に頭部全体を包み込まれていた。河崎が知っている
「てか、ネーミング何なんだよそれ!?」
「あ、気軽に
「クッ、わざとだろ? それわざとだろ!」
なんだか二人しか知らないやり取りに見えたその他メンバーだったが、流石に混乱する河崎がウザかったのか、弟人が話を進める。
「
「えっ? いやだってさっき弟だって」
「弟
「いやだって……ヴァン…………」
「……ふふふ、それは追い追い説明するとして」
「先伸ばしするつもりか!」
「説明が面倒なんですから別にイイでしょう」
河崎が『この見た目ガキスケが!』と前に進もうとするが、シャキッ! と銀色の一閃が煌めいた。
間一髪のところでラクネラが蜘蛛糸で河崎を縛り上げて引き寄せる。
そして現状を把握しようとしたら、すぐに理解する。
「模造剣とはいえ、当たったらかなりの鈍痛だぞ」
「忠告を聞き捉えないからだ」
「……この馬女ァ……
「貴様も面白がり、傍観していたではないか。それにしっかりとカワサキ殿を守るように後方に控えていたこと知っていた。だから今のような蛮行に及んだのだ」
二重巻きまでされて、河崎はラクネラに抱き枕の如く抱きつかれているが、目線はケンタウルス族の美女・セントレアと交差して睨み合っていた。
だがしかし、セントレアの言にも筋が通っており、迷惑をお掛けしているのは確かに河崎の方にあった。納得はしないが、それはまたの後日として引き下がろうと、ラクネラを抑え込みながら口を開こうとする。だが『ちょっと待ってください』と家主であり、他種族を沢山ホームステイさせている
「河崎さん。お隣同士なんですし、遠慮は無用ですよ。そりゃ度を越えたモノでしたらこちら側からもなにか言わせてもらうと思いますが、
「そ、そりゃありがてぇが。今日のはいきなり押し掛けてきて迷惑掛けたのは本当だからなぁ。また今度にするわ。ありがとう」
「あ、そう……ですか。分かりました」
少し残念そうにする公人に悪いが気がしたが、これ以上居てもこの自称・
「迷惑を掛けた! 本当にすまん!」
「い、いや。分かってもらえたならそれで構わないのだが、そこまで頭を下げなくてもいい。私も短絡的に武器に手をかけた。こちらこそ申し訳なかった」
河崎もケジメとして、セントレアに謝ると彼女も度を越えた真似をしてしまったことを自覚していた。お互いに頭を下げ合い謝ると、河崎とラクネラは外に出てきていた。
「あれで良かったのハニー? なにか知りたかったんじゃない?」
「ん……あぁ……」
ラクネラが心配そうに背後から抱きつきながら耳元で聞いてくる。赤面になりながらも嫌がらず、むしろ嬉しそうに鼻を伸ばしてそれに答える。
「その内話すっていってたしな。なら待つしかねぇだろ。腹立つが……」
「ハニーがそれでいいなら、いいけど」
「それよりも、……ラクネラ」
「あら♡ 何気にやっと名前で呼んでくれたわね」
「……あぁ、その通りだ。オレはまだお前を名前で呼ばなかったくらいあまりに話をしなかった。それなのにどうして事情も聞かずにここまでしてくれたんだ?」
ラクネラは河崎に対して余り質問をせず、切迫していた河崎に協力してくれた。だが、事情を聞かずにここまでしてくれたのは流石に気になった。
河崎は未だ蜘蛛糸に絡まれたままだったが、視線をラクネラに向ける。
多眼のラクネラに対して、揺らがない視線に今度はまたラクネラが赤面して答えに詰まる。
(そんなの、惚れたからに決まってるじゃない)
プイッと顔を逸らして、頬を膨らませる美女に河崎も見惚れていると、繋がれた蜘蛛糸をラクネラが掴んで引っ張られていく。
「も、もぅ! お腹が減ったわハニー。何かご飯食べましょう!」
「うわっ、ちょっ、待て! 歩き難い!」
二人は我が家にへと戻っていった。
まだまだ難しいものだった。