人形術師の義娘   作:霞音

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第壱章 『幼き人形使い』
1.動かない人形に名前をつけた


 朝日が登る。それは至極当然のことだ。未だ寒さを残す、春を間近に控えた早朝。目を覚ました私が第一にしたことは、寒さに身震いすることだった。見れば、被っていたはずの毛布が軽く剥がれてしまっている。それにより、胸より上が冷気に晒されていた。寒くて当然である。

 

「うぅ……さむっ」

 

 もう一度、布団の中で身震いする。この季節の朝は、冷え込んでかなわない。

 だがその寒さのおかげで、思考はすぐに現実味を取り戻す。眠気も飛び、まるで冷水を被ったかのような気分だ。

 眠たくはない。だが、全身を冷気に晒すことに抵抗を感じながら、私は嫌々ながらも布団から抜け出る。

 

 そうすれば、今まで以上の寒さが私を襲った。

 

「むりっ、寒すぎる。着替え着替え」

 

 タンスを漁り、暖かそうなセーターを引っ張りだす。多少強引に引っ張ったせいで、中の服が崩れてしまった。その事実に目を瞑り、さっさと着替えを済ませてしまう。

 上にセーター、下にはタイツの上にショートパンツを履く。動きやすいし温かい、私の好きな服装だ。

 

「さて、次は……」

 

 そこまで考えて、急にやる気が根こそぎ削がれてしまった。

 着替えを終え、次に私がすること。日課である”それ”を考えて、思考が一瞬フリーズする。

 だが、それでも私はやらねばならない。それは別に辛いことではない。痛いわけでもないのだが、気分は下がる。こればかりは仕方がないことだ。

 

 して、それがなんなのかと言うと――――

 

 

「母さん、朝だぞ。起きろー」

 

「うぅーん」

 

 所変わって別の部屋。

 ゆさゆさと、私は金髪の女性の肩を揺する。実は私の母なのだが、母は頭まで毛布を被り完全防備。手探りで探し当てた肩を、布団越しに揺するのだが、起きる気配は欠片もない。

 だが次の瞬間、私の視界は暗転する。そして気が付けば、驚くべきことに私は母さんの腕の中にいた。いや、本当にどういうことだ。

 

 とまあ、そういうことだ。

 母さん――――アリス・マーガトロイド。彼女の寝起きは驚く程に悪い。それを私が起こすことになっているのだが、初めに言おう。これは無理ゲーだ、と。

 いくら声をかけ、体に衝撃を与えようと起きることのない母さん。そればかりか、私までをもその眠りのサイクルに組み込もうとしてくる。

 

「ちょっ、母さん! 離して!」

 

 腕の中で暴れようが、母さんは起きる気配も、私を離してくれるような気配もない。まだ眠気を引きずっている私がこのあとどうなるか。言わなくても分かるだろう。

 

「あ……もうむり」

 

 こうして、母娘仲良く朝の丸々を寝て過ごすことになるのだ。

 割とよくある、マーガトロイド家の日常である。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 私の名前はサツキ・マーガトロイド。先述したが、アリス・マーガトロイドの娘である。

 だが、本当の娘ではない。いわゆる養子というやつだ。

 

 母さんの髪は綺麗なセミロングの金髪なのに対して、私は普通の黒髪。それも、長さの部類で言えばロングである。髪色からも、血縁らしき匂いすらしない。

 

 しかし、それがどうしたという話だ。私が私であることは変わらないし、母さんの娘であることも変わらない。だから、あまりその辺のことを気にしたことは一度もない。

 

 そんな、少し変わった親子である私たち。だが、私たちの場合はそこに師弟という関係も加わる。何を隠そう私の母さん、アリス・マーガトロイドは魔法使いなのだ。

 指に火を灯したり、魔法の杖を振り回す魔法使い――――というわけでもなく、母さんの魔法は人形を通して魔法を使うというよく分からないタイプの魔法なんだそうだ。

 そんな母さんにお願いして、魔法を教授してもらえるようになったのが数年前。

 

「魔法は感覚で扱うのよ。だから、私から教えられることは無いわ」

 

 これが、魔法を教えてもらった時の母さんの言葉である。はたして、これは教えてもらったと言えるのだろうか。言葉から漂う丸投げ感が半端ない。

 だが、流石母さん。自室に置いてある、とても分厚い魔道書を貸してくれた。独学で頑張れという意味なのだろうか。私の師匠はとても厳しかった。

 無い知識を絞り、魔道書を解読していく。もはやこれが正しいのか分からない。それでも諦めることは無く、母さんに作ってもらった人形を動かそうと必死に努力する。

 

 幸い、私には魔力が備わっていたらしい。だから、理論上は私も魔法が使えるようなのだ。だが、未だに人形は微動だにしてくれない。

 

 

 

 

「うーん……」

 

 母さんが作ってくれた昼食を食べた後。

 自室にて一人、必死に指を動かし人形を動かそうと努力してみる。だが結果は語るまでもなく。

 目標は母さんレベルの人形操作なのだが、これでは先が思いやられる。

 一度、人里で母さんの人形劇を見たことがあるが、あれは凄かった。まるで人形が意思を持っているかのように、自由に人形を操っていた母さん。その姿は輝いていて、心底憧れた。

 

 何時か、母さんと一緒に人形劇を披露するというのが密かな私の夢なのだが。

 

「でも、これじゃあ共演なんて夢のまた夢……」

 

 机の上に開かれた魔道書を閉じる。書かれている文字は私も知らないものだったので、それを解読するだけでも一年を要した。だが、魔道書を読めるようになったからといって技術が進歩したわけでもなく。むしろ、解読した後の方がやるべきことが増えただけだった。

 

「まあ、努力あるのみだよな」

 

 自分でも言うのも何だが、私のポジティブ思考もなかなかのものだと思う。よく投げ出さず何年も、動かない人形と向き合ってこられたものだ。これが母さんの手作りの人形だということもあるのだろう。応援してくれる母さんの存在が、私に妥協というものを許さなかったのだ。

 

 それでも、さすがに何年も努力しての成果が、魔道書の解読だけだというのは心にクるものがあるが。

 

「ちょっと、休憩するかな」

 

 机に置かれた人形を腕に抱く。

 疲れた目を擦り、居間に向かおうと腰を持ち上げたちょうどその時。扉を叩く音が、私の耳に届いた。

 

「はーい、って上海か」

 

 扉を開ければ、そこには小さな可愛らしい人形が宙に浮いていた。母さんの一番のお気に入りの人形である上海だ。

 身振り手振り、必死に体を動かす上海。どうやら、母さんが呼んでいるらしい。

 

「よしよし分かった。一緒に行こうな」

 

 軽く頭を撫でてやれば、嬉しそうに宙を舞う上海。自意識は無いはずなのに、まるで意思があるかのような動き。母さんの技術の高さが伺える。

 

 

 

「母さん、呼んだ?」

 

 居間に行けば、母さんは魔道書を眺めながら椅子に腰掛けていた。

 右手には魔力糸。上海を遠隔操作させていたのだろう。魔力を使い、ある程度の決められた動きを乱数で人形に行使させる高難易度魔法。

 それを造作もなく片手間で行使させながら、母さんはこちらへと視線を向ける。

 

「ええ、ちょっと一緒にお茶をしようと思って。どう?」

 

 見れば、長テーブルの上には二人分のカップがあった。中には茶色の液体。私の大好きなミルクティーだ。

 

「うん。ちょうど休憩しようと思ってたし、いただくよ」

 

 母さんと向かい合うような位置に腰を下ろす。

 チラリと母さんの読んでいる魔道書を盗み見れば、それだけで頭が痛くなってしまった。

 

「母さん、なんなんだよこの魔道書。難しすぎないか?」

 

「ええ。まあ、禁忌の部類に入るからね。当然、中身もそれに比例するわ」

 

 禁忌という単語は無視する。聞いたら最後、余計頭痛が増すだけだから。

 

「”魂の物質化”って、何に使うのこんなの」

 

「使いはしないわ。あくまで参考にするの。それに、こんな高度な魔法は使えないわ。理論は分かっても、それを実践することが限りなく困難なの」

 

「人形に意思を与えることへの参考?」

 

「ええ」

 

 母さんが長年研究している命題が、人形に意思を与えること。つまり、上海や他の人形たちに、自意識を与えることを目指している。未だに人形を動かすことが出来ない私からしたら、想像すら難しいレベルの話だ。

 

「で、貴女はどうなの?」

 

「何が?」

 

「人形操作、上手くいってる?」

 

 聞かれたくないことを聞かれた。師匠である母さんに、成果が悲惨であることを報告しないといけない。それは恥ずかしいと同時に情けない。

 私は自然と顔を下げてしまう。

 

「……」

 

「ねえサツキ。別に、辛いなら魔法の勉強を止めてもいいのよ。私は強制なんてしないし、貴女には自由に生きて欲しいと思ってる。だから、無理をしているのなら……」

 

「違う、そうじゃないんだ。ただ、私には、さ」

 

 母さんは優しい。こうして私を気遣ってくれる。

 確かに、魔法の勉強は体を酷使する。徹夜なんてザラだし、時にはあまりの疲労から一日中寝ていることすらある。だが、それを辛いと思ったことは一度もない。

 

「魔道書を解読出来た時はすごい嬉しかった。勉強も、いつかはきっと報われるって信じてる。それでもさ、時々思うんだ。私には不可能なんじゃないかって」

 

 何年努力しても、かたくなに動いてくれない人形。必死に頭を捻り、指を動かそうとも私の思いは届かない。このあと何年続けても、人形は動いてくれないのではないだろうか。

 

 それは弱音と何ら変わらない。私は、そんなものを吐き出すような弱い子供じゃないはずだ。

 母さんには心配を掛けたくない。だから、話題を変えようとしたその時。

 

 母さんは優しげに微笑んだ。

 

「――ねえ、サツキ。その子に名前を付けてあげればいいんじゃないかしら」

 

「……名前?」

 

「そう、もう何年も経つのに名無しじゃかわいそうだわ」

 

 視線を腕の中にいる人形に向ける。

 

 そうだ、母さんは人形にちゃんと名前を付けている。人形は道具じゃない、大切な相棒なのだ。

 

「貴女がどれだけ努力しているか、それをその子は私なんかよりもずっと理解しているわ。貴方がどれだけ、その子を愛しているのかも。だから、私から言えることは一つだけ」

 

 母さんの目が真っ直ぐにこちらへ向く。

 

「魔法なんて、理屈や理論じゃないの。人形操作はその最もな例だと私は思っているわ。だから、信じなさい。貴女自身を、そして貴方の相棒を。そうすれば、きっと答えは見えてくる」

 

 魔法に理屈や理論は関係ない。何とも、母さんらしい考え方だ。擬音混じりの説明を披露する母さんらしい。

 だが、確かにそれは真理なのかもしれない。

 

「まずは名前から。頑張ってね」

 

「……うん、頑張る。ありがと」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 風呂には入り、夕食も食べた。後は寝るだけである。

 母さんはまだ居間で魔道書と睨めっこしていた。あれでけっこう勤勉な母さん。教えるのは下手だが、あれで中々の魔法使いなのである。

 

「さて、お前の名前だな。どうしようか」

 

 ゆったりとした時間。今日の夜の分の勉強は中止だ。ベッドに寝転がり、相棒を両手に持つ。

 急遽、私の相棒に名前を付けることになった。明日には、母さんにこいつの名前を報告しないといけない。タイムリミットはかなり近い。

 

「どうしたもんかなぁ」

 

 いざ考えてみるも、これがかなり難しい。

 生まれてこの方、何かに名前をつけたことなど皆無だ。ネーミングセンスが私にあるのかは知らないが、それでもこいつの名前を付けるのは私じゃないといけない。何とか良い名前を考えないといけないわけだが。

 

「……さっぱり思いつかん」

 

 魔道書など参考にならない。あれに書いてあるのは魔法名やその他の効能、人形に付ける名前じゃない。

 他に参考になりそうなのは母さんだが、あれは感覚で生きているような人だ。きっと、私の名前も上海の名前も思いつきで付けたに違いない。その割にはけっこう良さげな名前なのだから、母さんの感覚も侮れない。

 

「名前、難しいな……」

 

 考えても考えても、良い名前は浮かんでこない。

 これでもないこれでもない、と数多の名前を打ち消していく。

 

 名前には意味を込めるのが普通なのだと本で読んだことがある。

 それを必死に考えるのだが、私の貧相なボキャブラリーでは考えるだけ無駄だ。

 

「こんなことなら、魔道書以外にも本を読んどくんだった」

 

 今更、後の祭りである。

 だが悪くない気分だ。大切な物の名前を必死に考えることは、とても気分が高揚する。

 

「なあ、お前はどんな名前がいい?」

 

 人形は何も言わない。当たり前である。

 それでも、私にはこいつが何か訴えているように感じられた。そんなわけないのに。

 

 

 

「……うん、決めた!!」

 

 思考すること1時間と少し。

 晴れて命名された我が相棒。その名前は、後に母さんの高評価を得たのだった。

 

 

 

 

 

「――祈里」

 

 

 

 

 

 

 

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