人形術師の義娘   作:霞音

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2.変わらない日常

 

 

 魔法の探求とは気の遠くなる時間を有する。

 それは、母さんを見ていれば分かるとおりだ。母さんは人間を捨て、魔法使いという種族となることで長寿を得ている。その時間全てを魔法の探求に費やし、それでもまだ、目的である人形の自立化を実現できていない。

 何年、何十年でも足りはしない。魔法に終は存在しないのだ。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 相棒へ名前をつけてはや二年。魔法の勉強を始めて八年くらい。

 私の魔法に対する知識はかなり深くなった。身長もそれなりに伸びたと思う。まあまだ、母さんの身長を追い抜くには至っていないのだが。

 それだけの時間を経て、私が使用できる魔法は”人形操作”のひとつだけ。

 

 そう、ついに私は人形――祈里を動かすことに成功したのだ。

 

 

 

 

 時刻は夕方。場所は自室。

 数年経って、部屋の内装もそれなりに変化した。だが、長年使ってきた机もベッドも変わってはいない。年季の入った机の上には、これまた年季の入った魔道書が置かれている。

 祈里を動かそうと試行錯誤していた時に参考にしていた魔道書だ。祈里を動かすことに成功したことで、今ではあまり使っていない。おかげでそれなりに埃を被ってしまっていた。

 

「祈里、そこの料理本取ってもらってもいいか?」

 

 こくりと頷き、ベッドに置かれている料理本を取ってきてくれる祈里。

 小さな体で一生懸命に魔道書を持ち上げる姿は、どうにも愛着が沸いて仕方がない。 感覚としては、相棒というよりも娘に近かった。

 

「ありがとう」

 

 魔道書を受け取り、祈里を休ませてやる。

 さて、私がどのようにして祈里を動かしているのかというと、なんて事はない。ただ、動けと念じているだけだ。それに魔力糸を通して魔力を送ってやるだけで、祈里は動いてくれる。

 

 受け取った料理本を開き、椅子の背もたれにもたれ掛かる。

 

「うーん、やっぱり洋食がいいのかな」

 

 先の反省から、私は魔道書以外にも本を読むようになっていた。おかげでいろいろな知識が身についた。そして、今力を入れているのは料理だ。

 

「グラタン……は難しそうだな。スパゲッティならなんとか」

 

 母さんが何時も作ってくれる料理は美味しい。食べるととても素敵な気持ちになれるのだ。

 私も母さんにそんな気持ちを味わってほしいと、最近になって勉強を始めたのだが、成果はあまり好ましくない。まあ、すぐに結果が出ないことなんて魔法で慣れたので問題はない。

 

「なあ祈里、お前は何食べたい?」

 

 聞けば、ピッと指でグラタンを指す祈里。乱数による行動とはいえ、狙ってやったのではないかと思う程に的確な希望だ。

 

「いや、グラタンはちょっと……スパゲッティで勘弁してくれないか?」

 

 それでも祈里の指はグラタンから動かない。

 どれだけグラタンが食べたいのか。これはもう、意見が変わることはないだろう。乱数とは如何に。

 だが、聞いたのは私だ。可愛い祈里の答えでもある。なら、やるだけやってみよう。

 

「しゃーない。やってみるかな」

 

 今日の料理は決まった。

 本日の夕食当番は私である。母さんも食べることになる料理だ、失敗は許されない。

 

 

 

 気合は十分。台所に移動した私は、キツくエプロンの紐を結ぶ。

 こうして、私の悪戦苦闘が始まった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 夕食を終え、今は家族の時間。

 二人向かい合うように、居間の長テーブルに腰を下ろしている。テーブルの上には、祈里と上海がちょこんと座っていた。

 

 

 思い出すのは先ほどの夕食。死闘の果てに出来上がったのはグラタンモドキ。

 それを苦笑いしながら食べきってくれた母さんには、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「まあ、食べられない味じゃなかったわよ」

 

 そう言って、机に置かれた食後の紅茶を飲む母さん。

 その心遣いが痛い。何時もは優しい母さんなのだが、今日だけは嬉しく感じない。むしろ申し訳ない。

 

「それでも、サツキはかなり料理の腕をあげたじゃない。最初の食パンは、今でも覚えてるわ」

 

「止めて、忘れて」

 

 私もしっかり覚えている。あれを忘れろという方が無理だ。

 始めて作った朝食のパン。どういうわけか、出来上がったのは真っ黒に焦げたパンだった。いや、あれは最早パンではない。食べ物ですらなかった。言い表すとするなら炭か。とてもではないが、食べられるものではない。

 まあ、母さんはそれも食べてくれたのだが。

 

「今思っても謎だよ。なんであんな物を作れたんだろうって」

 

 どういう過程を経てあんな悪夢が誕生したのか。どれだけ焼けば、あれだけ真っ黒になるのか。

 咳き込みながら、涙目でパンを口に運ぶ母さんを見て、感覚だけで料理をしまいと誓った日である。

 

「それから頑張って……食パンはもちろん、目玉焼きとかも作れるようになったものね。大した進歩だわ」

 

「……元が低すぎただけだよ」

 

 それでも、初挑戦で食べられる代物を作れたことは確かに進歩なのだろう。

 当初は、初めて作る料理は何でもかんでも焦がしていたのだから。それを考えれば、努力が着実に実を結んでいると考えられる。

 

「でも、なんでグラタンなんて難しい料理に挑戦したの? スパゲッティとかなら今のサツキなら問題なく作れるでしょう?」

 

「いや、祈里の希望でさ……」

 

「へぇ、それで挑戦してみたわけね」

 

「うん」

 

 結果は悲惨だったわけだが、挑戦したことに意味が有る。最近は、失敗に対してそう思えるようになっていた。この数年で、かなりメンタル面は成長できたと自分では思っている。

 祈里を動かせたことが、私の中で大きな物に繋がっていた。

 

「それで、魔法の勉強はまだ続けてるの?」

 

「うん。まあ、以前ほどはガッツリじゃないけどね。薬草とかその辺のことを調べてる」

 

「薬草? なんでまた」

 

「私が過労で倒れた時は、母さんが薬草とかを煎じて飲ませてくれるだろう? だから、母さんが倒れた時に、私にもそういう知識があったほうがいいかなぁと思って」

 

 体調を崩した時、我が家で重宝するのが薬草だ。人里は遠く、薬なんかを定期的に買いに行けないことも手伝っているのだが、薬草の方が効果が高かったりする。その分、調合なんかも難しいのだが。

 

 家の周辺には多くの茸のみならず、薬草も生息している。だから原料については問題ない。

 問題があるとすれば、私に知識が不足していること。私が倒れた場合は問題ないが、母さんが倒れた時に手詰まりになってしまう。

 そのへんのことを考えて、今は薬草について勉強をしていた。

 

「そうね、知識はあって困るものではないけど。なんで私に聞かないのよ。独学よりも、私が教えたほうが効率がいいと思うわよ」

 

「いや、ちょっと一人で頑張ってみたくてさ……」

 

 適当にごまかしておく。

 言えるわけがない。母さんの教え方が下手すぎて、自分でやる方が効率がいいなんて。

 

「そう、適度に頑張りなさいね。体を壊したら元も子もないんだから。睡眠だけはしっかりとりなさい」

 

「うん、大丈夫。それは安心してよ」

 

 最近はそこまで魔法についてガッツリ勉強しなくなったので、徹夜することも無くなった。母さんは変わらず徹夜しているようで、朝しっかり起きてくれないのは相変わらずだけど。

 

「ならいいわ。サツキはしっかりしてるから、あまり心配はしてないんだけど。やっぱり母親だから、気になるのよ」

 

「……もう、私は子供じゃない」

 

「そう言ってるうちは、まだまだ子供よ」

 

 楽しそうに笑っている母さん。遊ばれているのだろう、実に楽しそうだ。

 これ以上何か言えば泥沼に嵌る。実に遺憾だが、母さんからの生暖かい視線を私は見て見ぬふりをした。

 

 

 

 これもまた、マーガトロイド家の日常。

 今日も母娘仲は良好です。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 少し、祈里を動かすことに成功した当時の様子を語ろうと思う。

 

 数年前、私は人形に祈里と名前をつけた。小さな人形だ、金色の髪をした可愛らしい人形。

 なぜ、祈里と名付けたのか。まあ、安直なのであまり語りたくはないのだが、祈里を動かせたことと遠からず関係があるので語ることにする。

 

 祈り、という言葉がある。

 

 祈る。願いや自分の希望、それら正の感情を己よりも上位の存在。例えば神様や仏様に、それが叶うように望む行為を指す。

 

 そう、私は祈里の名前にそれらの意味を込めたのだ。

 祈里が動いてほしいと、ただそれだけを祈りながら毎日練習に明け暮れた。名付けてからは、それ以上に練習をした。それでも、すぐに成果は出なかった。

 

 けれど、私は弱音を吐くことはない。

 母さんからの励ましの言葉があったし、何より祈里がいてくれたから。

 まだ動いてくれないけれど、以前とは違って私は祈里を一人の人間として見ていた。だから、どれだけ結果が出なくても頑張れたんだと思う。

 

 

 名付けてから半年、私は一日のうちのほとんどを祈里と共にするようになった。もしかしたら、母さんよりも一緒にいる時間は長いかもしれない。

 

 

 

 そして、その時は突然訪れた。

 何の変哲もない日だ。何時ものように練習をしていた私は、魔力糸を通して魔力を祈里に送っていた。

 

 そっと、糸が通っていない左手で祈里の頭に触れる。目を閉じ、私は祈った。

 

 

 そして、思考は形を得る。

 

 

____私の手を握って。

 

 優しく握り返される私の左手。驚いて目を見開くと、祈里の小さな両手が私の人差し指を握り返していたのだ。

 

 

 

 その時の感動は、言葉ではとても言い表せない。

 声もなく涙が溢れ、私は珍しく涙を流した。胸に祈里を抱き、そこから人形には無いはずの体温すら感じた。

 

 ようやく、ようやくだ。

 実に8年以上。努力はついに実を結んだ。

 

 それからはお祭り騒ぎだ。寝室にいる母さんに突撃し、飛び回る祈里をお披露目し、夜通し祝い酒を飲み明かした。

 

 翌日はお察しながら、二日酔いが酷かったが。それでも、忘れることはできない日となった。

 

 

 それは数年たった今でも変わらない。あの時の感動は、色褪せることなく私の中で色づいている。

 

 あの時に私の手を握ってくれた祈里は、私にとって母さんと同じくらい大切な存在となって、今の私の隣にいてくれる。そのことが、私はたまらなく嬉しいのだ。

 

 

 

 以上が、私が祈里を動かすに至った出来事である。

 他の人に共感してもらえるとは思っていない。何せこれは、私だけの喜びなのだから。

 それでも、自慢したくなったのだ。私の隣で宙を舞う小さな友達のことを。

 小さな子供の可愛らしい自慢だと、笑って見てくれると嬉しい。

 

 

 

 

 

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