人形術師の義娘   作:霞音

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閑話.人形術師のとある夜

 

 護衛用に、上海と蓬莱にいつものニードルを装備させる。他に数体の人形も連れて行く。

 人形は計8体。アリスが保持する、戦闘が可能な全ての人形たちだ。それら全てに、戦闘用の装備を施した。この幻想郷において実力者であるアリスの全力装備。並みの妖怪では歯が立たないことだろう。

 

 ちらりと、視線を今出てきた我が家へと向ける。

 そこの二階にあるのは娘の部屋だ。電気はついておらず、もう眠っているらしい。出かける姿を見られても別に構わないのだが、言い訳が面倒臭いので好都合だった。それに、成長期の女の子が夜遅くまで起きているのも宜しくない。魔法の勉強は大いに結構、だが徹夜は許せない。

 そんな複雑な親心を抱える、人形術師であり魔法使いでもあるアリス。

 

「さて、行きましょうか皆」

 

 手についた魔力糸の数はサツキの比ではない。それら全てが、人形たちへと続いていた。

 時刻は深夜。万全の戦闘準備を整えて、アリス・マーガトロイドは家を出た。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 今宵は満月。

 空には星がまたたき、雲ひとつない。綺麗な夜空が、アリスの頭上に広がっていた。

 丘の上に腰を下ろし、吹き抜ける心地よい夜風を肌で感じる。

 

「こんな夜に月見酒ってのもいいわね」

 

 升に入った酒をあおる。喉を通る仄かな甘味はとても美味だ。

 これで肴でもあれば言うことなしなのだが、無いのだから仕方ない。我慢である。

 

「でも、せめて何か下に敷くものくらい無かったのかしら」

 

 嫌味ったらしく、相手に聞こえるように言葉を発する。

 相手を挑発するアリス。それは、娘であるサツキも知らないアリスの素顔の一つ。

 

 それに返ってくる言葉は、やけに深みを帯びていた。

 

「風に靡く草原に、直に腰を付ける。服越しに草の冷ややかさを感じ取る。これもまた、風情じゃなくて?」

 

 そんなことを真顔で宣う金髪の女性。視線を向ければ、彼女は何が嬉しいのか微笑んでいた。

 

「――あながち間違いじゃないのが腹立つわ。それと笑うな」

 

「だって、貴女ってば全然素直にならないんだもの。見ていてとても楽しいわ」

 

 八雲紫は実に良い笑顔で升を傾ける。

 その視線が無性に腹に来て、アリスもヤケクソ気味に酒を煽った。

 

「あの子はどうしたの?」

 

「サツキは寝たわ。最近は夜更かしもしてないみたいだし、朝は元気が良いみたいなのよ」

 

「そういう貴女は、相変わらず朝が弱いらしいわね」

 

「うっさい」

 

 図星を突かれ、紫を睨む。アリスが向ける怒りの視線を飄々と受け流しながら、余裕そうな表情を浮かべる紫。

 どれだけ睨んでも無駄だと悟り、荒れた手つきで次を注ごうとしたら、横から伸びてきた手が代わりに酒を注いでくれた。

 

「……ありがとう」

 

「気にしなくていいわ。楽しみましょう」

 

 視線を横に向ければ、紫は変わらず楽しげに笑っている。

 自分といて何が楽しいのか甚だ疑問だが、酒が美味いので気にしないことにした。

 

「人形はコロコロ変えているのね」

 

「ええ。素材がどうしてもダメになってしまうから、仕方ないのよ。心が痛むけど」

 

「でも、その子たちだけはずっと貴女の隣にいるわよね」

 

 紫が見ているのは、アリスのすぐ近くで腰を下ろしている人形たち。その中心にいる、アリスの大切な家族である二体の人形。

 

「上海と蓬莱は特別よ。魔法を使っているもの。思い入れもあるしね」

 

「へぇ」

 

 それっきり、会話も無くなる。

 別にそれが気まずいということはない。元よりアリスは相手に気を遣うような性格をしていないし、相手が相手だ。気を遣う必要はない。なんて、本人に気付かれれば噛み付かれそうなことをこっそりと考える。

 

「ふぅー」

 

 力を抜くように息を吐き出す。

 普段はサツキに気を遣い、酒を抑えているからか。久しぶりに飲む酒はやはり格別に美味しい。幻想郷といえば酒だ。だが久しぶりだからか、酔いが回るのも早いようである。少し思考が緩くなってきた。客観的な思考、いい感じに酔いがきているらしい。

 火照った体を、夜風が適度に冷やしてくれる。それがまた気持ちよかった。

 

 風に靡く草を見つめ、アリスは口を開く。

 

「ねぇ」

 

「なに?」

 

「今はどんな感じなのよ」

 

 普通なら質問の内容など伝わらない問いだ。これだけで何を聞かれたのか分かる者など希であろう。

 だが、その相手は稀な部類に入る相手だ。紫は、アリスの問いを完璧に理解してみせる。

 

「魔法の森の外が、という意味なら――そうね、里の人間が妖怪落ちしたわ」

 

「里の人間が?」

 

 里の人間が妖怪になった。

 それは、幻想郷という場所において禁忌のひとつだ。粛清の対象でもある。

 

 しかし、大概の場合はそれを他者が認知することは少ない。妖怪落ちしたということは、その妖怪には人間と等しい知性と理性があるということだ。ならば、露わにした瞬間に自分が不利益になるようなことをおいそれとひけらかすことはない。

 誰にも気付かれることなく、その妖怪は闇へと消えていくのだ。

 

 だが、どういうわけか彼女はそれを認知している。

 そもそも眼前にいる八雲紫という女性は、この幻想郷という場所を作った張本人だ。幻想郷の管理者でもある彼女が、それほどの大事を知らないはずがなかった。

 

 そして、紫は何でもないことのようにこう言った。

 

「まだ捕まらないんだけどね」

 

 それは、管理者としてどうなのだろうか。もう少し焦ってもいいのではないかと思う。

 いや、彼女が焦っているところなど想像できない。というかしたくないので今のままで問題はない。

 

 だがしかし、それならば一つ問題があった。

 

「博麗の巫女は動いていないの?」

 

 この幻想郷のバランサーである存在は、こういう事件においてはいの一番に解決に赴く役目を担っている。

 今代の巫女は優秀な部類であると聞いていたのだが、まだ解決できていないところを見るに、そうではないのかもしれない。

 

「まだあの子は若いわ。経験が足りてないのよね」

 

「……大丈夫なんでしょうね」

 

「心配は無用よ。それよりも、そっちこそ大丈夫なのかしら? もうあまり時間は残っていないわよ」

 

 振られた質問は、先ほどのアリスがしたものと同じで主語が抜けている。だが、主語などなくとも聞かれている内容など容易に想像できた。

 彼女の問いなんて、意味することは一つしかない。

 

「大丈夫じゃないわ。確かに、あの子は人形操作を完璧にモノにしているけど、自衛のためには使わない。それなのに、他の魔法を覚えようとしないのよ。このままだと、最悪の手段を選択することになるわ」

 

 それは最悪の結末。命に関わるようなことはないのだが、問題はそこではない。

 

 顔を伏せるアリスに追い打ちをかけるように、紫は言葉を投げかける。だがその声音には、アリスを労わるような響きが込められていた。

 

「……分かっていると思うけど、けっこう切羽詰っているのよ。少なくとも、あの子が平均的な妖怪くらいまでなら倒せる術を身につけてもらわないと、この先命を落とすことになるわ」

 

「――分かってるわよ。もう時間はあまり無い。多少強引にでも、あの子には頑張ってもらうわ」

 

 それの意味することを考えると気が滅入る。そして、それを強いることになるであろう自分自身にも嫌気が差す。

 それでも、あの子の命を守るためにはそうするしかないのだ。割り切らなければ、サツキは命を落とすことになる。それだけは避けなければいけない。

 

「これは母親である貴方の役目よ。多少厳しくても、心を鬼にして頂戴」

 

 念を押すように彼女は言う。

 言われるまでもないことだ。以前のサツキが言ってくれた言葉は、確かにアリスの背中を押してくれていた。

 

「――ええ、大丈夫よ紫。覚悟は出来ているわ」

 

「そう、ならいいのよ」

 

 もう紫は何も言わない。アリスの返事を聞いて納得してくれたのだろう。

 だが、どうしてもやりきれない。酒を飲もうとすれば、空になっていることに気づく。

 先程までたくさんあった酒の瓶、それら全てが空になっていた。

 いつの間にこんなに飲んでいたのだろう。無くなってしまったものは仕方ないとは言え、口寂しいことに変わりはない。

 

 空を仰げば、徐々にだが空が白け始めている。もう酒はない。酔いも覚めてしまっている。

 

 吹き付ける風は、覚めた体には少し冷たかった。

 

 

 

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