自由も、未来も、希望すらも作ってやる。
魔法を使うしか能のない、こんな身体で。
◇◇◇
既朔が魔法に目覚めたのは、三歳のことらしい。
らしいと言うのはそうとしか聞かされてないからであり、物心ついた時には既に軍の保護下にあった。
本当の父と母の顔は知らない。
彼らは息子が魔法使いだと知ると、息子をすぐに軍へ売ったからだ。
魔法使いを軍に献上すると、人生を三回くらい遊べるくらいの大金が貰える。神子であった既朔の場合は、その三倍もの金を貰ったようだ。
七歳までは神の子――――そんな言葉がある。
魔法使いの適正は個人差があり、成人すれば魔法を使えないのが殆どだ。
しかし七歳までに魔法に目覚めた子供は魔法適性が非常に高く、成人した後も変わらずに魔法が使えるようだった。
だから人はそんな魔法使いを神の子、神子と呼ぶようになった。
神子は魔法使いより丁重に、とても大切に扱われる。芸術品のように、宝物のように、神様の生んだ子として大事にされる。
そして神子は、帝国の忠実な駒になる。
その神子である既朔は、丁度仕事から帰って来たところだった。
どこまでも続きそうなほど長く白い軍部の廊下を、小柄な少年が颯爽とした身のこなしで歩く。
既朔は今年で十五歳。前線に出る神子の中でも、年少の部類だ。青みがかった黒髪に大振りな蒼い瞳をしていて、肌は白く、顔立ちは少女めいている。
軍に所属する物は詰襟の制服着用を義務付けられるが、神子は服装や武装の自由が許されている。既朔の場合は水干と軍服を合わせたような薄青の服に藍色のフードケープを肩に掛け、膝下までの黒いブーツを履いている
鞘入りの太刀を引っ提げた少年に、誰もが道を譲っていく。
大和帝国において、神子は帝の次に偉い。天を総べる男神と、地を総べる女神の子供であるとされるからだ。
だから神子は帝の次に尊ばれ、畏れられる。
だが既朔は自身に向けられる敬意や恐怖の中に、嫉妬の視線が混じっていることに気がついた。
「……ふん」
無意味なことをしている奴に、くだらないと思いながら鼻を鳴らす。
視線の意味と、向けている人間がどんな種類であるかなど分かっている。十中八九、元魔法使いの軍人だ。
成人した魔法使いは、凡庸な軍人になる。
凡庸な彼らは厳しい管理下から解放されるが、待遇は魔法使いから一兵士の者へとランクダウンする。魔法と言う特権を失ったのだから、当然のことだ。
少年期に魔法以外の利用価値を示していたなら有能な軍人として評価されるが、大抵の魔法使いは魔法以外サボっていることが多い。
だから待遇が悪くなるのは当然なのだ。
しかし、彼らはその当然のことに納得しない。頑張って二十歳まで生き残って来た自分が、なぜこんな不遇を受けなければいけないのかと不満を抱く。
そうして、彼らの嫉妬が既朔たち神子へと向けられる。
元は同じはずなのに、なぜこうも違うのかと。
「…………そこのお前」
既朔の高くも低くもない声が、嫉妬を向けてくる元魔法使いに掛けられる。
「何だか、暇そうだね。訓練をつけてあげようか」
首を傾げながら語り掛ければ、己に声を掛けられていると気づいた元魔法使いが目を丸くした。
でもそれはほんの一瞬で、すぐさま自信ありげな笑みが浮かび上がる。
彼はありがとうございますと答えると、既朔と共に訓練を行う。
結果は、散々だった。
「体術だけでもこの有様とか、有り得ないだろ……魔法しか使ってこなかったのかよ」
無能すぎる、と既朔は床に尻もちをついている兵士を見下ろして呟く。彼の身体には殴打の跡があり、顔はうっ血で腫れていた。
これでも、ちゃんと手加減してやっていたのだ。
彼が魔法を使えなくなってしまったから既朔も魔法は使わなかったし、刀も壁に立てかけて徒手空拳のみで応じた。本来なら、体格的な差もあって既朔の方が不利な条件下なのだ。
だというのに、そいつは軍人としての体術の基盤すら出来ていなかった。
これだけで、どれだけ魔法頼りだったかが分かる。
魔法だけでは、何もかもが上手く行くわけがないというのに。
こんな体たらくでは、駄目だ。軍の恥になる。こんなのがゴロゴロいるのかと思うと、反吐が出そうだった。
魔法使いの軍事教育を改める切っ掛けが得られたのは、不幸中の幸いとでも言うべきか。これはまだ報告するべきだろう。
そう思いながら、既朔は魔法頼りだった出来損ないから視線を逸らす。
「こんな無能は、要らない」
捨ててきて、と怖々様子を伺っていた者に彼は命じる。
引き摺られていく元魔法使いを尻目に、立て掛けていた刀を手に取った。
その後、壁に掛けられた時計を確認する。消費した時間は十分には満たなかった。これなら問題ないな、と思いながら部屋へと戻る。
必要なだけの調度品が置かれた、簡素ながらに管理の行き届いた部屋。既朔はテーブルに向かうとコンピュータを立ち上げ、液晶相対型通信を起動させる。
『帰ってきたのですね。既朔』
液晶の向こうには、黒いベールで顔を隠した女性の姿が映し出されていた。
彼女の名は、イザナミ。大和帝国を統治する帝の片割れであり、黄泉を総べる女君主だ。
既朔たち神子は、仕事から帰った後は帝に報告する義務が課せられている。
ただ、報告する相手は出身によって違う。
神子は高天ヶ原か黄泉にしか現れず、ゆえに都市を総べるどちらかの帝に報告するのだ。既朔は地底都市黄泉出身の神子であるため、女帝イザナミに報告するのが義務となっている。
「母様……反軍の鎮圧、終えてきました」
『ご苦労様、よくぞやってくれましたね。良き息子を持てたこと、母は誇らしく思います』
「ありがとうございます」
イザナミの言葉に既朔は頬を淡く染め、緩む口元を抑えながら一礼した。
神子にとって、二人の帝は親同然だ。
既朔たちにとって皇帝イザナギは父であり、女帝イザナギは母なのだ。そして神子同士のことも、兄弟姉妹のように思っている。
血のつながりはない、けれど家族なのだ。
「母様、他に何かお手伝いできることはございませんか?」
『既朔は熱心な子ですね。……確かに頼みたいことはありますが、貴方は帰って来たばかりです。今は少しお休みなさい』
「はい。……ですが、手伝えるのならばお任せ頂けませんか?」
イザナミの言葉に頷きながらも、けれどと既朔は食い下がる。
女帝はベール越しでも伝わるほど苦笑の気配をさせた後、「では三日後、お願いしますね」と言う。
既朔は母のような帝から告げられる内容を、真剣に聞く。
己の全ては、愛する両親の物だから。
だから全て、作り上げてみせるんだ。
――――他より多い特権は、丁度この身体にあるのだから。