―――精霊。
臨界に存在する特殊災害指定生命体。
発生原因、存在理由共に不明。こちらの世界に現れる際に空間震を発生させ、周囲に甚大な被害を及ぼす。戦闘能力は強大である。
対処法1。
武力による殲滅。達成は困難。
対処法2。
デートして、デレさせる。透曰く、「こっちの方がマジで無理」
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夕食の後片付けも終わり、高峰家のリビングにはゆったりとした時間が流れていた。
「ふー。・・・なぁ虚穂。なんでがさつなお前が淹れるコーヒーはこんなに旨いんだ?」
「死ねば?」
・・・・ゆったりした時間を、言葉の刃が切り裂いた。
一つ咳払いした透は改めて三人娘の真ん中、
透の隣では同じように真理無、虚穂の二人がコーヒーカップを傾けていた。
因みに実零は九時には床につく習慣があり、既に自室で眠りについている。
焙煎されたコーヒー豆の香ばしい香りが鼻を擽り、深みのある苦味が静かな夜を彩る。
酸味を抑えて淹れられた虚穂のコーヒーが、透と真理無の二人は大好きなのだ。
一口飲み、静かな余韻に浸っていると、透は唐突に封筒の事を思い出した。
テーブルにカップを置き、確認する。
「・・・? それさっきの手紙? 誰から?」
真理無が手紙を覗き込んでくる。
別段見られて困る類いのものでも無いのでそのまま読み進める。
「・・・・・なんだ『クレイドル』からか」
前書きの堅苦しさからか、手紙の送り主を勝手に自衛隊の上司と決めつけていたがどうやら違うようだ。
送り主は自衛隊とは別の透が勤めている組織の名前だ。
揺りかごを指すその組織名は一般的には知られていない所謂秘密結社だ。
「クレイドル? また
聞き耳をたてていたらしい虚穂が透に問う。
高峰家に居候する三人の精霊、真理無、虚穂、実零の中で一番社交的と言えるのは虚穂である。
と言っても、彼女ら三人は精霊であるがゆえに迂闊に外も歩くことができず、都合その人間関係は狭いものになってしまうが、その中でも一番回りとうまくやっているのはやはり虚穂だ。因みに近所のお年寄りに一番人気は実零である。
「んーと、そうみたい、だな。どうも近々移動するみたいだぞ」
「移動? 引っ越しするってこと?」
「えー、引っ越ししたら通販サイトの登録情報設定し直さなくちゃいけないじゃん。めんどくさっ」
「そう言うなよ。なんか前々から言ってた霊波遮断繊維、そろそろ出来るみたいだから欲しい服のデザインを持ってきて欲しいってよ」
「「それ本当(マジで)!?」」
先程まで興味無さげな二人が一斉に反応する。
「それ本当なの透!? ガッカリさせようものならただじゃ置かないからね! 家出するからね!?」
「やったぁ!! ホントに街歩けるようになるんだっ!」
先程までの静かな夜はどこへやら。
一瞬で近所迷惑一歩手前の騒ぎようである。
防音が無かったら間違いなく苦情の電話が来ていた。
「あーもう、嬉しいのは分かったから、落ち着けって。隣でバッタンバッタンされると続きが読めんぞ」
クッションなどをぽいぽい投げつけられながらも(主に虚穂)、続きを読んだ透は表情を曇らせた。
「・・・・どうしたのよ透。急に黙りこくって」
「え、いやな。引っ越し先が・・・」
透が紙を二人の前に広げ、三人で引っ越し先を確認する。
「・・・・天宮市、だって」
そこは日本で最も空間震が観測される、政令指定都市だった。
@
翌日。
透は自身が勤めている自衛隊の駐屯地を訪れていた。
・・・と言っても仕事だから毎日来るのは当たり前なのだが、透はこれでも18歳。
本来なら今の時期は高校に通って然るべき年齢だが、透の場合高校は中退して自衛隊にはちょっとしたコネで就職していた。
朝の一連の作業を終えて、緑色の迷彩服に着替えた透は真っ先にある部屋に向かう。
自衛隊○○駐屯地、東棟の最南端にあるその部屋は・・・医務室、と看板が掲げられていた。
「失礼しまーす」
透は数枚の紙の束を片手に遠慮なく入室する。
「おや、案外速いじゃないか。もっと遅い時間に来るものと思っていたよ」
透を出迎えたのはこの駐屯地の白衣の天使とアダ名される女性。
三ツ境
母譲りだと言う赤い髪に日本人離れした長身。脚が長く出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディ。
名前がハーフだと言うのに純日本風なのは、出生がちょっと複雑なのが原因らしい。
その百々火は診察机の椅子に深く腰掛け、ゆったりと足を組んでいた。
思わず喉を鳴らしそうになった透だが、理性がそれを抑え込んだ。
「いやちょっとですね。あの二人が出来れば今日中に街を歩いておきたいと言ってて、服の件ですけど夜までに出来たりします?」
透は紙の束を差し出しながら言った。
「ふむ・・・。・・・この量、間違いなく一人五つくらいコーデを考えてきただろう。彼女らにはデザイナーの道でも歩ませたらどうだい?」
「あ、いや。それ半分以上は虚穂のです」
「・・・・・・・・」
束をペラペラしていた百々火の手が止まる。
「・・・んん。まぁいい。了解したよ。ウチの人員を総動員して今日中に一人一着は仕上げて見せるさ。透くん、キミは彼女たちとこの街での最後の夜を楽しんで来るといい。週末には引っ越しの作業に入るから明日から色々忙しくなるよ」
「はい、ありがとうございます」
一礼し、ドアに向かって歩く透。
その背中を、百々火が呼び止めた。
「? なんですか」
「いや、キミ専用に調整したワイヤリングスーツとCR-ユニット。
「了解です」
そう言うと、今度こそ透は医務室を出た。
高峰透。
彼は自衛隊特殊部隊AST―――精霊を狩るための戦闘部隊の一員にして、秘密結社クレイドルの最高戦力であった。
@
午後の模擬戦闘訓練。
ここの駐屯地では訓練の相手は毎回ランダムに変更され、訓練の直前に発表される。
今回の透の相手。
それは―――
「ちぇー、またトールかよ~。勘弁してくれ」
隣で頭を抱える短髪の男性。
勇気と透はこれで連続五回目の対戦である。
ランダムに結果を出す抽選機が壊れているのか、それともたんなる偶然か。どちらにしろ勇気にとって負け続けていることには変わりはなかった。
「勘弁してくれって言っても先輩。オッチャンがいつも言ってますよ。精霊相手に手加減するな。やられたらやり返せって」
「おい待てトール。てめぇこないだ<ナイトメア>に遭遇して消し炭にされた同期を覚えてないのか!?」
半泣きで透の肩をガクガク揺する勇気。
そんな勇気をしれーっと受け流す透は別のことを考えていた。
<ナイトメア>。
最近この地域の空間震の原因とされる精霊だ。
主に夜間に遭遇することが多く、昨日の晩は真理無に精霊とは会わなかったと言ったが、実はその日は偶然に遭遇し、同期の一人が殉職していた。
ナイトメアはあの三人と違って危険な精霊だ。
進んで人を殺害し、捕食している姿を目撃した隊員もいる。
だから出来ればそういうことはやめて欲しいし、安寧に暮らして欲しいと思う透も頭の中にはありはする。
だが、現実問題透はASTで精霊は殲滅対象だ。
あの三人はクレイドルと透の庇護のもと静かな暮らしを送れているが、クレイドルか透、そのどちらかが無ければ彼女らも自衛隊の殲滅対象となっていた。
「―――ル! おい――ル! おい、トール!」
「へっ? 先輩?」
「いつまでボーッとしてんだ? 前の組終わったぜ」
「ああ、了解です」
透は考え事を中断すると装備を整えるべく更衣室に向かった。
三十年前のユーラシア大空災の折りに出現した精霊の存在を受けて、人類が開発した英知の結晶。精霊が保有する特殊エネルギー「霊力」に対抗して人類が作り出したのは「疑似魔力」。
人類科学は遂に架空であったハズのエネルギーを手にするほどに至ってしまったのである。
CR-ユニットとは、精霊との戦闘の際に
そのフィールドの中では重力すらも自在に操れて、飛行することや水中で長時間行動することも可能である。まさに随意的な領域。使用者の思うがままと言うわけである。
ワイヤリングスーツとはそのCR-ユニットと装着者のリンクをより強める為のスーツで、これを着て着装するのとしないのとでは性能に天と地ほどの差が出る。
自衛隊が正式採用しているスーツはCR-ユニットと合わせた黒を基調とした世界中で最も多く採用されているタイプだが、今回透が着ているスーツは違った。
「てめ、また新作かよ! ずりーぞ企業と正式契約だなんて! 精霊倒すとそんなに重宝されるのか!」
透の青地に黒いラインが特徴のワイヤリングスーツ姿をみた勇気が騒ぐ。
いよいよ相手をするのが面倒に感じてきた透は一人でさっさとCR-ユニットの装着を行う。
小型化された個人運用用の顕現装置に、推進力を生み出すスラスターが二基。加えて通常二枚の可変ウィングは増設されて四枚の翼が付いていた。
そのどれもが黒と青でカラーリングされており、一目で性能の違いを感じさせた。
「チキショー! 今日こそは勝ってやるからなぁあああああ!!」
勇気は装着を終えるとそういい放って訓練室に飛び込む。
・・・・・・もちろん開始三十秒で敗北した。
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終業時間が過ぎ、街全体に夜が降りてくる。
ロッカーで着替えを済ませた透の手にあるのは三人が注文した服が入った紙袋だ。
着替えるまえに百々火のところに取りに行っていたのだ
「・・・・にしてもマジで完成させるとはな・・・・」
大きめの紙袋を掲げながら言う透は少しだけ軽い足取りで帰路につく。
やっとあの三人を街に出してやれる。
今まで彼女らの行動範囲と言えばウチの中か極近くのご近所さんの家だった。
透が住んでいる区画の住人は皆人がいいのか、透たち四人にとても良くしてくれる。
・・・・稀に男一人に女三人という構成を疑問に思って疑いの目を向けてくる人もいたが、例の停電の一件以来そんな事もなくなった。
しかし、彼女たちも見た目だけは年頃の少女。
テレビで紹介されるスイーツや観光スポットにも興味があるだろうし、狭い世界だけでなく視野を広くしてもらいたいとも透は思っていた。
だから透は嬉しいのだ。彼女らを自由にしてやれるチャンスが来たことが。
だが、意気揚々と家にたどり着き、ドアを開けようとした瞬間―――――。
「「「透っ! 帰ってきたの!? 服! はやく!」」」
・・・・ドアによる脳天殴打再びである。
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「あ、あいつらめ・・・・・」
リビングにて、外出用の服装に着替えた透は額にできたたんこぶを氷嚢で冷やしていた。
現在三人は二階にあるそれぞれの部屋に籠り、服選びに四苦八苦している。
百々火の話で服装一式を霊波遮断繊維で揃える必要はなく、最低一着あればそれで十分精霊の反応は誤魔化せるという話だ。
しばらくすると一人目が部屋から出てきて階段を降りてくる音がする。
一人目は、実零だ。
幼い体躯の実零はあまり布地が少ないことを嫌がるため、長袖のタートルネックに青いワンピースという出で立ちだ。
実零自身の金色の髪と相まってまるで人形のような現実感のなさだ。
「ん、私はこれで行く」
「おう、そうか。まぁ肌を隠したのは正解だな。街中でピカピカされても困るし」
透が正直な感想を述べると、ぷくー。
微かに実零の頬が膨らんだ。
「それに、春っていっても夜は寒いしな。実零が風邪引いたら大変だろ」
そう言うと今度は、スッ。
いつも通りの表情を読み取れない顔になった。
しかし今度は微かに口許が緩んでいる。
嬉しい。そう言うことなのだろう。
続いて降りてきたのはスラッとした虚穂だ。
元々持っていたらしいブランドもののシャツに、下はホットパンツに大きめのベルトでキメている。
シャツは身体にピッタリと会っているタイプでそのスタイルのよさが一般解放されてしまっている。
しかしやはり外は寒いとみたのか手にはジャケットがあり、そこら辺は透的にはひと安心である。
「どうどう? 今日だけ特別に見せたげるよ」
「あー、はいはい。カワイイヨー」
「感情をコメロー!」
と、透は適当に言うが、実際つばの狭い帽子を被ってイタズラっぽく笑う虚穂の姿は文句なしに可愛い。
その後、虚穂は窓ガラスに向かって「どういうポーズが男受けがいいのか」などど研究を始めてしまった。
どうでもいいけどそこ、外から丸見えだからな。
最後に降りてきたのは真理無だ。
「・・・・な、なによ皆して。なにか変なとこでもあるって言うの!?」
なんの反応も示さない一同に不安を覚えたのか、声を震わせる真理無。
その服装は明るい暖色系のボーダーセーターが太ももにまで届いていて、その下にあるのは一般的なチェック柄のプリーツスカート。足は長めの靴下で包まれていて、黒い色が真理無の脚線美を引き立てていた。
髪型も長い黒髪をシュシュでまとめていて、不安なのかその束ねた毛先を執拗に揉んでいる。
全体的に言って大人しめのコーデだが、何故かあの真理無に良く似合っている。
髪型のせいか普段より落ち着いて見えるのかもしれない。
「い、いや大丈夫だ。大丈夫。な、二人とも。変なとこなんてないよな!」
「え!? あ、うん。凄い似合ってるよ真理無・・・・」
「ん、大丈夫。真理無は可愛い」
二人のフォローが入り、次第に不安げな顔を綻ばせる真理無。
「え、えへへ、そう?」
そう言うと真理無はその場でくるんっ。
一回転して停止する。
そして、チラチラと透の顔を伺う。
「――――よし、じゃあ今晩のよでイッ!?」
脇腹に痛みが走る。
摘まんだのは虚穂だ。
「(なにすんだてめぇ!)」
「(透アンタ全然分かってないわね! 真理無のこと誉めてやりなさいよッ!)」
「(なんでだよ!? お前らが誉めたから良いじゃん!)」
「(アンタの理屈はどうでもいいのよ! 良いから誉めろ! 話はそこからだ!)」
透は渋々と虚穂との瞬発疎通(コンマ二秒の間にやり取りをする)を切り上げ、真理無に顔を向ける。
「あー、なんだ。凄い似合ってて可愛いと思うぞ俺は」
そう言えば以前勇気が思うだけじゃなくて言葉にする事が重要だと言っていた。
「そ、そう? うん、やっぱり用意してもらって正解だったわね!」
真理無の笑顔を見て、遅まきながらそれを理解する透。
言葉にすることの大切さ。
あの時俺がそれを理解していたらなにか別の解決策が有ったのだろうか。
透はそう思った。
―――ああ、真理無。お前は『