俺がオレ主を史上最強の弟子ケンイチに突っ込むと凄まじくツマラナイ話になる。悲しい 作:ミスドナルドーワッフ
夕方の雨など嘘のように綺麗な星明かりの下、僕は背に人の重さと暖かさを感じて歩いている。
僕がおぶっているのはフレイヤさん。行きがかり上ブチのめしたので、そういう怪我の専門家のいる梁山泊の診療所に言ったその帰り。
「彼女を送って行きたまえ」
と、診察してくれたお髭がダンディな岬越寺先生に言われ、固辞しようとしたフレイヤさんも医者の言うことは聞くものだと強く言われて、結局こういうことになった。
「そこを右だ」
耳元で言われた声にゾクッとしながら、言われた通り角を曲がる。
さっきから行き先の指示のみでそれ以外に会話は無い。別にそれはいい。それは良いのだけれど、伸し掛かる軽い重みとか、背に当たる彼女の柔らかさとか、匂いとか、そういうのを感じてしまうと戦ってた時は気にも留めなかった“異性”というのを強く感じる。
いや、だからといって惚れるとか、青き春の劣なる情動を持て余すとかそういうのは……無いわけではないけれど、やっぱ、ちょっと変な感じがする。
「あそこが、私の家だ」
スッと伸ばされた指の先に本家のお屋敷と合い通じる古い大きな武家屋敷とも思えるお屋敷が見えた。
門には『久賀館流杖術』と看板が下げられていた。
「くがかん流杖術?」
「……
へぇ、そう読むんだ。日本語って難しいねとか何とか考えながら、近づいて行くとチラチラと数人の人影が見えた。
「あっ! フレイヤ様!」
そう、気がついたのはフレイヤさんの部下ワルキューレにいた手拭いを巻いた……確か釵を使ってた子。
その子の声に次々と湧き出てくるワルキューレちゃん達。そして僕に気が付き、
「貴様、風牙!」
「貴様、フレイヤ様に何をした!?」
「フレイヤ様を放せ!」
武器を取り出して、人聞きの悪い事を大声で仰る。
ちょっと、止めて! ここフレイヤさんの家なんでしょ! お家の人に聞かれたらどうするの!?
しかもこの状態で来られたら動けないじゃん。
「もういい、降ろしてくれ」
これ幸いと身動ぎするフレイヤさんを降ろす。柔くて好い匂いで温かいのが無くなるのは寂しかったけど、これでいつでも動けるぞ。
途端、ワルキューレちゃん達が動く。来るか? と思ってたら違った。俺を襲うよりもフレイヤさんの手を引いて、まるで汚いものから遠ざけるように引っ張っていった。
そして、各々武器を向けて、ジリジリとこちらとの間合いを詰めてくる。面倒臭いなぁ……
「止めろ」
「フ、フレイヤ様?」
と見てたらフレイヤさんがワルキューレちゃん達を手で制す。
「……世話になったな、風牙」
「いいえ、別に」
思春期の俺にとっちゃとっても嬉し恥ずかしウへへぇなイベントでしたので。
もうちょっと堪能したいくらいでした。
「久賀館
ん? ナンジャラホイ?
「私の名前だ」
自己紹介だった。まぁ、フレイヤさんとかフレイヤ様とかフレイヤフレイヤって言われるのもねぇ。
「いずれ借りは返す」
それだけ言ってフレイヤさん改め久賀館さんは門をくぐって行った。
ワルキューレちゃん達は、ある人は僕を睨んで、ある人はフンと鼻で嘲って、ある人は可愛らしいあっかんべーなんてしてからフレイヤさん――じゃなかった久賀館さんを追って中に入っていった。
「……しっかし、」
僕は門に下がっている看板を見る。
「武門の実子が不良してるなんて……」
そんな事をしでかす自分を想像して、
「とても怖くて真似できないや」
と僕は震えた。
◇
このところずっと頭ん中でグルグルと回っていることがある。
それは、この間の夜のこと。――――と、言っても久賀館さんの女体の感触や匂いではないからね。
いくら僕が、一日中、3秒に一回の割合でエロイこと考えてる思春期のバカ高校生でも、まぁ、その、そんなに思い出したりはしないよ。うん。
それはそれとして。
頭ん中から離れないのは、梁山泊の髭ダンディ、岬越寺さんに教えられた
今日も今日とて朝ごはん食べてる時も、登校している最中も、そして教室についてからもずーっとそのことについて考えているけれど、どうにもどうして良いのか分からない。
以前、古賀先輩を【龍尾衝】で瞬殺したとき、「やっべ! やり過ぎた!!」と思った。
当代である本家の一平さんに「己が一撃が相手を再帰不能にするということを覚悟しろ」と言われた時は、「そうだな、肝に銘じないと」と思った。
だから、それから
ただ、谷本君やフレイヤさんみたいな拳豪、それに白鳥ちゃんみたく武の心得をある人には、その手加減が少ない。
武を使う=それは相手もまた急所打ちや怪我や流血、人死上等というか暗黙の了解を持っていると思ってしまうからなんだろうけれど、その
岬越寺さんが言っていた先代の言葉。「風雅は今も昔も殺法を伝える武芸。なればこそ活法も使えねば」
殺法とは、相手の動き、技の働きを殺して勝ちを得るという意味であり、活法とは相手の動き、技の働きを活かして勝ちを得るという意味だけれど、先代の言葉にあった殺法活法は、そういう意味合いで使っていないように思う。
たぶん、もう一つの意味合いに近いニュアンスなんだろう。すなわち「人体を殺す法」と「人体を活かす法」。
両方できてこその武。梁山泊のちっこい中国人、馬 剣星さんや髭ダンディ岬越寺さんが鍼灸院に接骨院を開いているのは、そのどちらも十分以上に心得ているからだろう。
その最初の一歩が手加減というものになるのだろうけれど。
しかし、この手加減というのが難しい。相手に決定的な障害を与えず、戦意を挫くか戦闘不能にする。その塩梅。
「うーん……」
うちの剣術の稽古は真剣だし、
机に突っ伏しても良い考えが浮かばない。
悶々としていると机の横を女の子が通る。男の
「……珍しいね、私服」
姫野さんが珍しく、というか初めて私服を着て登校していたんだ。なんかいつもと違う感じで、そう可愛い系?の服だと思う。
まぁ、この高校は制服なんて有って無いようなものだけど。
「え? ああ、おはよ」
「もしかして、今日デート?」
なんとなくそんな言葉が口を
「はぁ? 急に何だよ?」
そう返されて、さて困った。ただ何となくそう思っただけで。
「えっと、なんとなく?」
「……ふーん」
? あ、れ? なんか変だったか?
僕の言葉が気に入らなかったのか、なんなのか、姫野さんがこっちを見るのを止めない。
なんか、こう、なんだろう、今まで感じたことのない威圧感を放たれている気がするんだけど。
「…別に今日は帰りに買い物に行くだけ」
「あ、ああ…なるほど」
「で?」
で? で?って何だ?
……あ! 聞いた理由か? 聞いた理由なら、さっき「なんとなく」って答えたぞ。それに僕は納得したよ。
「何か言うことは?」
え? 話終わりじゃないの?
えーっと、えーっと……。えぇ? 一体何答えりゃいいの?
僕が返答に窮し、内心オタオタと焦っていると何処からとも無く「し~んぱく」「し~んぱく」「し~んぱく」と大声が聞こえてくる。
僕のピンチも知らないで無駄に元気な奴らめ、と思うけれどこういうピンチの時って余計なこと考えちゃうよね。ほら、叱られている時とか。
って、そんなことより――――ん?
ふと視線を外した先、姫野さんの後方、泉さんがこっちを見てる。しかも制服を引っ張りながら自分を指差してる。
何やってんだ? たまに白浜君が奇行に走るけど、それと同じか? そして今度は姫野さんを指差して、また服を引っ張るを繰り返す。
「ん?――泉?」
姫野さんが振り返ると、シュタって奇行を止める泉さん。
そんな様子を見ていて、
「あ!」
服を褒めろ! ってことか!? ようやくそのことに気がついた。
姫野さんがこっちを向く。
「……なんだよ?」
「えーっと、その、可愛い、似合ってる、と思う…ます。今日の服」
「っ!?」
僕の言葉に目を見開いてビックリした後、
「お、遅いんだよ。バーカ」
と、姫野さんは怒ったようにプィと顔を背けて言うと、そのまま泉さんの所に去って行ってくれた。
ふぃー、何とか窮地を脱したようだ。泉さんには、いずれ恩を返さないといけないな。
◇
チンッ
「……九千八百三十一ッ!」
シュッ!―――チンッ
「九千八百三十二ッ!」
シュッ! ポタ、ポタポタ
刀を抜き放つ度に汗が飛び散る。既に九時間以上の間、僕はただひたすらに居合刀を抜いて、納めて、また抜いてを繰り返す。
頭は朦朧として、只、抜いて斬る、抜いて斬るとしか命令を発さない。握力は既に無くどうやって刀を握っているのかは分からない。体力は疾うの昔に底を突き精も根も尽き果ててる。
それでも僕の体は正確に狂いなく剣を振るう。だって、そうしないと物理的に死ぬからだ。
技が崩れた瞬間、僕の首目掛けて白刃が閃く。そういう仕組みになってる。そう仕組んでいるのは
よくもまぁ飽きもせず僕に付き合ってくれているよ。
本来、春香さんは既にお嫁に出て行って本家にはいないのだけれど、なんか僕が谷本君に負けたのを聞いたらしく手ずから鍛えに来たんだと。
いつの話だよ。疾っくの昔に妖怪じじいを筆頭にズタボロにされてるっつーの!! 止めて。
その春香さんは六芸の中でも特に剣が好きで、当代である一平さんも昔、事あるごとに剣を教えようとされたり、斬り捨てられそうになってたと前に話していた。
「九千九百八十七ッ」
この無限に続くかと思われる居合抜きは、そうした一平さんや春香さんも通ってきた稽古で、【奉納の儀】という。
心気を練り、昼夜を問わず、日に数千を超す抜刀をする。抜くうちに五感が冴え、抜刀が万を超す頃には動きに曇りが消え、神業に達すると言われている鍛錬法。
疲れ果てて、余計な事も考えられず、余計な力も働かせられずに抜く一太刀は、最も自然な形――すなわち剣理――に近づく、って寸法だ。
「九千九百九十九ッ」
シュッ!―――チンッ
「一万ッ」
シュッ!―――チンッ
「一万一ッ」
シュッ!―――チンッ
瞬間、袈裟に下ろされる刃を
しかし、クルリとそれを躱し、背に迫る刃を弾いて
「大陸の武術に後れを取ったと聞いていましたが、まぁ、今の間で動けるならばとりあえず良しとしましょう」
「はは、春香は厳しい。殺気の刃への反応の早さだけでもこの歳なら十分だと思うが」
「北斗は、風雅を名乗る者。この程度、目を瞑ってもできねば困ります」
春香さんの言葉に答えたのは、彼女の夫、
まったく、クタクタの時に怖いことをしないで欲しい。自然と体が動いてくれたから良いものの。
「それで、それ以降、他流に遅れを取るような愚は犯していませんね?」
悪びれもせず春香さんは睨むように問うてくる。
「も、勿論……えっと、この間も棒術使いを倒しましたよ。女の子でしたけど」
「武の道では相手が女子供だろうと関係ありません」
当然だろう、とでも言いたげな表情に、次に口から出る言葉は「で、しっかりと止めを差して置いたのでしょうね」じゃなかろうかと思っていると、
「棒術、か……」
「どうしました、
神谷さんが顎に手をやり、春香さんがその様子に首を傾げた。
「いや、あの辺りには久賀館流があったな、と思い出してな」
「くがたち流? 聞かぬ名ですね」
「久賀館流杖術。知らんのも無理はない。
神谷さんは言う
かつて泰斗流がやんちゃしまくってた時にお灸を据えに刺客として放たれるくらい、神谷さんは剣の腕が立つ。当然、その筋じゃ有名で顔も広く、そんなこんなでマイナー流派への造詣が深い。
「伝系までは詳しくないが、当代伝承者の
「まさか? そうなのですか? 北斗」
確かに、そうなんだけど……まずい、かな?
流派同士の戦争になるかもって心配してるんだろうけれど。
「…えっと、はい、多分。その子は自分のことを久賀館 要と名乗りましたし」
「ふぅむ」
「……そうですか、不良の真似事を。なかなかに元気な娘さんのようですね。当代殿も次代が健やかに育っておられ、さぞ頼もしいことでしょう」
おい! いや、普通、子供が不良だったら親は嘆くよねぇ?
これだからヤクザの事務所に斬り込んだ武勇伝がゴロゴロしてる人は困るんだ。
「ははっ、春香はこう言うが、あそこの先代も当代も気の良い方だ。流派上げての争いにまでは、ならんだろう。
そう、せいぜい子供の喧嘩程度にしか思われておらんさ」
……そうだな。そうだよ。神谷さんの言うとおり所詮僕らのやっているのは子供の喧嘩。
僕はどうもその辺を忘れがちになっちゃうな。