もっと早く--僕が気付けていれば。
もっとしっかり--注意していれば。
もっともっと--力が付いていれば。
「たられば」が頭の中を駆け巡る---自責の念は拭えない。
*
6月も後半に入り、チームは仕上げの時期へと移る。
今日行われる練習試合が夏の大会前の最後の調整試合となる。 ここで実践の空気に慣れておかなくてはならない。
対戦相手は--裁判高校。
変わった名前だけど甲子園出場有りと侮れないチーム。 仕上げに丁度いいだろうと、監督も乗り気だ。
「いいか!やるからにはぶっ潰してこい!あの音楽家被れをギタギタにしてやるんだ!」
裁判高校のサードを守る聖君の事だろうか、確かに彼の髪型は独特だ。 まるでモーツァルトのように。 それに口調が少し傲慢という感じも見受けられる。 監督は特にその辺が嫌なんだと思う。
先攻 親切 -- 後攻 裁判 で試合が始まった。
親切の先発は亮。 筋力が増し、打力が伸びてきている。 それは即ち球速が上がっていてもおかしくはないということ。 最近亮が投げ込んでいる姿を見ていないから断言は出来ないが、球速アップを見込むのは間違いではないと思う。
布陣はこの前と少し変わり
1番 二 天道
2番 中 神谷
3番 捕 坂内
4番 三 佳月
5番 投 友沢
6番 一 岩田
7番 遊 基宗
8番 左 神無月
9番 右 疋田
となっている。
相手の先発--幸徳君は右の
オードソックスな右腕だ。
球速は大体130km/h後半が良いところ。
あれから僕達も変わったんだ。 今日は気持ちよく勝たせてもらおうか。
いつもと違い打順は1番。 シニアの時代を思い出しながら粘り、相手の情報を引き出して行く。
8球程投げさせ、引き出せた情報は3つ。
予想通り、中堅の速度である。
変化球は2つ--横に流れるスライダーと落差の小さいフォークボールがあると言うこと。
もうそろそろいいかなと、9球目の甘く入ったストレートを思いっきりぶっ叩く。
金属バット特有の音を響かせた打球は大きく伸びて行き、ライトフェンスを越えていった。 つまり--ホームランである。
相手も先頭にいきなり打たれ多少なりとも動揺は生まれたはずだが、驚いたのは味方の状況だ。
「あいつがホームランを打つ日がくるなんて。これは悪い夢に決まってる」
「今なら空が飛べそうだ」
「あの雲、クリームパンみたいだなぁ」
上から順に寺河さん、勝利、岩田である。
他のメンバーはと言うと--
「ちょ、寺河さん、言い過ぎですってば、はっはっは、わ、笑いが止まらない」
「湊叶が打てるんならわいは片手で運べるっちゅうこっちゃな」
「彼が打てるなら俺たち全員10割ですね」
十彩に信弥に疋田--うわぁ…酷い言われようだね。 何故ホームランを打って罵倒されなくてはいけないのだ、と僕の心は酷く傷ついた。
だがそんな僕の気持ちも梅雨知らず、宗太がセンター前ヒットを放つ。
打線が回り始めた。
宗太の盗塁の後、3番坂内さんも丁寧に弾き返し右方向へのシングルヒット。
ランナー1塁、3塁。 4番信弥のセンターオーバーで1点を追加し、2-0。 5番の亮も単打を放ちこれが3点目に。 6番岩田はフォークを引っ掛けてしまい6-4-3のダブルプレーに倒れてしまうがその間に信弥がホームに返ってきて4点目。 7番基宗さんは三遊間に打球を弾き返すもこれは聖君の守備範囲、惜しくもアウトとなってしまう。
4-0といきなり点差を広げることに成功した。 後は守って行くだけだ。
亮の投球は落ち着いていた。
初回は三者凡退に抑え無難な立ち上がりを迎える。 2回は先頭の聖君に変化球が甘く入ったところを打たれるが後続を断ち切り無失点。
思っていた通り、ストレートの球速がアップしていたというのが大きいのか空振りが以前より取れている気がする。 でも少し気になるのは--変化球の制球の甘さだ。
追い込んでからの決め球--スライダーが余り機能していない。 しっかり抜けきれていないように思う。
試合が動いたのは6回。信弥が手首に
この人が--引き金を引いた。
まず、バントの処理を誤る。
これは相手のバントが上手かったって言うのもあると思うけど、仮にもOKと声を出した身だ。 スタートが遅れたなら素直に亮に譲るべきだった。
--結果は一塁へ悪送球。 岩田が良い反応を見せ、二塁に進むことは防げた。
裁判高校は右打者が多い高校だ。
幾ら球速が上がったとはいえ疲れも出てくる終盤に加え、相手は甲子園に出場経験がある古豪だ。 当然、目は慣れてくる。
打球がサードに飛んでいるのは若い回から傾向が見られていた。 信弥は基宗さんとコンタクトを取り合い、ギリギリまで守備範囲を広げようとしていた。 しかし、北乃さんはそういう行為を全くしなかった。 以前から北乃さんは基宗さんと仲が悪いという節が見られた。 今回はそれが顕著になって出てきた感じだ。
結果として足を引っ張っている。
何が言いたいかと言うと、端的に北乃さんに適正は無いということである。
監督が何故他の選手がいる中であの人を起用したのかはわからない。 3年生だから、と言うのはあるかもしれない。 あの人の両親が学校に器材を贈ってくれることはほんとに感謝しているし、監督が上手いこと言って北乃さんを乗せていたのを僕は偶然見てしまったことがある。 だからと言って監督は、贔屓はしないような人間だ。 こんなに複雑に考えることなく、ただ--打力がそこそこあり肩もある、という点で採用したと認識した方がいいとタイムを取った際に坂内さんに諭された。 確かに、打力はあると思う。 当たれば飛ぶというのは相手からしたら脅威に感じるだろう。 肩が強いというのもいい。 同じところで捕球しても肩の強弱でアウトかセーフが決まることだってある。
僕が多分こんなにもあの人に対し嫌気が指しているのは、僕に無いものを持っているからなんだろう。
「はは…僕も人のこと言えないか…醜いな」
無いより有るに越したことは無いと思うし、無いものを願っても仕方が無いとは思っている。 それでもやっぱりそれが欲しいと思ってしまうのは人間の性のように感じる。
僕より凄い人は幾らでもいる。 なのに、何でこんな身近な人に対してこういう感情を持ってしまうのだろう。
--落ち着け。 思考を集中するんだ。今は試合中、守備に意識を向けることだけ考えればいい。
バントの構えだが、勢いを殺し切れず詰まった打球音が鳴り、打球は
「くそ…何で俺がこんな目に合わなきゃいけない」
何かブツブツと零しているのは分かったが、内容ははっきりと聞き取れなかった。
「サードッ!」
坂内さんが声を上げる。 そこでようやく打球に気付いたが打球は小フライ。 何とも微妙なスタートになってしまう。
「俺が行く!」
北乃さんのスタートが遅れたと見ると、亮が全力で駆け出し飛び込んだ。
「邪魔だ!退け!」
エラーに対しての怒りからか口調が強くなる亮。 しかし、北乃さんは止まらない。 恐らく、聞こえていない。 集中していなかったせいで周りが見えていないのだろう。
--鈍い音が辺りに響いた。
2人が倒れ込み砂埃が舞い上がった。
不味い…今確実に
「亮!」
気付けば身体が動いていた。 坂内さん達も苦い表情をしながら走ってくる。
僕たちが駆け寄ると2人は起き上がる。 ユニフォームは砂まみれになっていた。 転げたのだから当然だろう。
「ちゃんと、捕っている。大丈夫だ」
相変わらずぶっきらぼうにそう告げる亮。
「北乃、大丈夫か?」
「…あぁ」
このプレーに寄ってスリーアウトになった。 とにかくベンチに戻ってアイシング等をしなくては。
「友沢、北乃、怪我は無いか?」
「大丈夫ですよこれくらい」
「………はい」
亮は肘を抑えながら、北乃さんは擦りむいた手首を触りながら言葉を落とす。
「大事をとって交代だ。田島、マウンドに上がれ。岩田がサード。1塁に神無月、
その後、試合は何事も無く終了した。
勝つには勝ったけど、後味の悪いものとなってしまったような気がする。
この胸に残る違和感の正体は何なのだろう…。
「今日は
試合後に聖君が挨拶に来た。 彼なりに気を使ってくれているのかもしれない。
「返り討ちにしたるから待っときや!」
「楽しみにしておこう」
信弥の言葉にそう返すと聖君は去っていった。 案外良い人なのかもしれない。
-- それにしても
「あの髪型ってどうなってるんだろう」
「これはカツラだ!」
「…そうなんだ」
何でこの距離で聞こえるんだろう、そんなに大きな声で言ったつもりは無いのに…それにカツラ何だ…。
*
「では--夏の大会ベンチ入りメンバーを発表する」
遂に、この日がやって来た。
野球部全員グラウンドに成立し、車坂監督の言葉を待つ。
「背番号1--寺河梓真」
これはまぁ予想通りだ。 冬の走り込みが効いたのか安定感が段違いに伸びた寺河さんは非常に頼もしくなった。
「背番号2--坂内大也」
主将と扇の要、打線の主軸と担うものは多い。 でも坂内さんならやってくれそうな気がするんだ。
「背番号3--岩田重機」
岩田が3番か。 と言うことは信弥が5番かな。 岩田のパンチ力を眠らせておくのは勿体無い。 まだ足りないものが多いとの監督の言葉だが伸び代はあると思う。
「背番号4--天道湊叶」
「っ…はい」
思わず言葉が詰まってしまった。 4番、つまりセカンドとして僕は出場することがこれにより九分九厘決まったようなものだ。 勝てなかったなぁと心の中で悔しさを零す。
その後順当に発表されていく。
5番信弥、6番基宗さん、7番越後、8番宗太、9番田代さん、10番亮、11番翔、12番勝利---18番田島、19番神無月、20番疋田という結果になった。
「今日からベンチ入りメンバー中心の試合に切り替える。連絡は以上だ。さぁ、かかれ!」
「おめでとうでやんす。オイラの分まで頑張って欲しいでやんす」
「ありがとう荷田くん!」
練習後、勝利と荷田君が言葉を交わす。 あの2人何気に仲いいなぁってふとした時に思う。
「…おい友沢」
「何ですか北乃さん」
「これ、片付けといてくれや」
そう言って亮が手渡されたのは
「何故同室でも無い俺がしなくちゃいけないんですか?」
亮はこのあからさまな嫌がらせに食ってかかる。 正直僕もカチンと来ている。
「おいおいレギュラーさんはこんなこともしてくれないのか?心が小さいねぇ」
「それとこれは別だと思うが--そこまで言うならやってやろう」
「終わったら部屋に持ってきてくれや。ジュースでも奢るからよ」
亮の言葉に、にやっと笑を浮かべた北乃さんはその場を去っていく。
「…本当にするの?手分けしてした方がいいんじゃない?」
「いや、今すぐ取り掛かれば就寝前には終わる。俺が1人でするさ」
「僕も手伝うよ」
「お前は自治会の資料まとめが残っているだろ。気持ちは嬉しいが大丈夫だ」
「そっか…」
そう言うと亮は洗濯物を片付けるべく洗濯機が置いてある棟の方へと歩を進めていく。
胸の違和感に僕が気付くのはこれから数時間後の事だった。
・・・
「それにしても凄い量だなこれ」
友沢は自身の手中にある洗濯物を見てそう零す。 一体何日分溜めたらこうなるのだと顔をしかめながら思う。
断ってしまったものは仕方が無いと、苦笑いを浮かべながら歩みは止めない。
もうすぐ洗濯機が設置されている棟という所で友沢は辺りに違和感を感じる。
「こんな所に山積みの荷物…一体何が」
山積みになっていたダンボールに気を取られ手を触れた瞬間
--それらは雪崩のように友沢の身体に襲いかかった。
箱の中身は古くなった器材の数々。 ダンベル等の数が足りないと思っていた友沢はこれで合点がいったと薄れる意識の中思った。
「…格好付けずに手伝ってもらえば良かったかもしれないな」
霞んだ視線の先に映るのは自身の利き腕となる右腕だ。 転倒のさい、強かに打ち付けてしまった。
肘から下の感覚が無い。
--友沢の意識は深く沈んだ。
・・・
おかしい。 幾ら何でも遅すぎる。
時計を見ると時刻は午後11時を過ぎている。 練習が終わったのが午後7時、僕はシャワーを浴びてから自治会室に向かいそこで夕食を取った。 部屋に戻ったのは午後10時過ぎで、十彩に聞いたところまだ戻っていないとのこと。
亮はとてもストイックだ。 自主練の量は並大抵ではない。 それでもやっぱり人間らしくお腹が空けば帰ってくるし、肉体的疲労や門限の関係で10時までには戻るようにしていた。 北乃さんが終わったら来いと言っていたので部屋に確認をとったが来ていないの一言。
おかしい。 何かが引っ掛かる。
幾ら量が多いからといって、ここまで時間がかかるのも不自然だ。 グローブを磨く手を止め、僕は走り出した。
-- 一つの嫌な予感が頭を過ぎったから。
「…っ、亮!」
その予感は的中してしまった。
以前までは無かったダンボールが山積みになっているとの報告を受け、先週見回りに行ったことを思い出した。 その時は箱の中身を確認しなかったし、まさかこうなるとも思わなかった。
あの時しっかり中身を確認して置くべきだった。
器材の下敷きになっている亮に呼びかけながら、自責の念に駆られている。
「もう門限は過ぎているよ--っと、そこにいるのは天道くんかい?」
消灯の為、見回りを行っていた梅木さんがタイミング良く現れてくれた。
「何して--待ってて、直ぐに連絡してくる」
一目見て状況を把握してくれたようだ。 間もなくして大河内先生と桧山先生が到着した。
「ひとまず移動しましょう。夏とは言え夜風に晒されるのは身体に良くない」
桧垣先生の言葉に頷き、大河内先生と2人で亮を担架に乗せ造設された病棟に向かうことになった。
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