ダイヤモンドを駆け抜けて   作:かりんと。

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今話は閑話のようなものに近いような気がします。


第18話 紡いだモノ

 

*

蝉の鳴き声が活発になってくる、気付けばそんな時期になっていた。

 

月は8月に入り、甲子園へと移動を始めてから数時間後--遂に視界にその姿を捉えた。

 

「あれが…甲子園球場」

「大きいな…本当に」

 

バスの中から少ししか見ることが出来なかったがその存在は強く、尊厳を感じさせる出で立ちをしているように思う。

 

ただの球場では無い

 

そんな雰囲気をどこか感じた気がする。

 

球場から少し進んだ所でバスが停止する。 これから宿泊する旅館「葦屋」に到着したからだ。

 

ここから少し進んだ先に僕たちが練習場として使わせてもらうグラウンドもあるので、立地としてはかなり良いように思う。

 

バスから下りると従業員さん達が出迎えてくれ、視界の端に「歓迎 親切高校野球部」と書かれたボードが写った。 ここに来て、ようやっと実感が湧いてきた気がする。

 

自分たちは観光に来たのではない--戦いに来たのだと。

 

部屋割りは2階にある大広間をメンバーで使わせて貰うことになっており、夜は雑魚寝をする感じらしい。 宗太は「ベッドじゃないと眠れない」とか言い出して、カバンからハンモックを取り出し、壁に吊るし始めた。

 

「それハンモックでしょ?ベッドじゃないじゃん」

「ああ。でも布団で寝るよりこっちの方がマシだ」

僕のツッコミに対して笑顔で答える宗太。 どうやら相当雑魚寝をするのが嫌なようだ。自由な人だ--何て思ったりしたけど実は雑魚寝に対して嫌な思い出があるらしい。 それなら下手に口出ししない方が賢明である。

 

早朝に出発した為、現在時刻はお昼を少し過ぎたと言ったところ。 お腹が空いたなと、空腹を感じていると丁度そこに従業員さんが呼びに来てくれた。 どうやら昼ご飯の用意が出来たみたいだ。

 

広間に移動し、監督からの言葉を聞き終えたらすることは1つだけ--目の前の料理に舌鼓を打つだけだ。

 

「これは…上手い!」

「字が違うでやんす!美味いって表記でやんすよ!」

 

隣で勝利と荷田君がお決まりの漫才を披露している。 この流れだと越後と岩田も参戦しそうだ。

これを食べ終えて少し経ったらいよいよ練習が始まる。

 

「珍しいな、お前がそんなにうずうずしている様子は」

 

明日は甲子園球場を少しの間だが使わせて貰えるし、テンションが上がってくるを抑えろという話は到底無理に思える。 言葉を投げつけてきた亮の顔にも笑顔が見えるのはそういう事なんだろう。

 

「折角連れてきてもらったんだ…なら全力を出し切らないとね」

「あぁ…足を引っ張らないようにしないとな」

 

亮は予選前の怪我の影響で暫く実戦に参加していない。 それがどう影響するか本人も分からないのだろう、だからいつもの亮からは聞けないような自信の無い言葉に聞こえる。

 

「おーい湊叶」

「何ですか寺河さん?」

 

食べ終えた食器をまとめていると寺河さんに声をかけられた。 後ろには坂内さんの姿も見える。 あぁ、なるほど。 --抽選会か。

 

「俺らはちょっと練習抜けるわ。一足先に甲子園見させてもらうとするか」

「あほ。抽選会場に着いて抽選をしたら直ぐにこっちに戻るってさっきも言っただろう」

 

目を輝かせていた寺河さんに、坂内さんが冷たい目で釘を刺す。 ほんとこの2人はここに来ても変わらないな…

 

「話の通りだ。俺たちは抽選に行ってくる。監督も同伴するから練習はくれぐれも気をつけてするんだぞ。そうだな、望ましいのは基礎練と言ったところか」

「道具の扱いには充分気をつけますよ。--また事故にあったら困りますから」

「そうだな、友沢の言う通りだ。--流石にここでは何も起こさないと思うが、くれぐれも慎重にな」

「わかってますよ」

 

この話--恐らく北乃さんに気をつけろと言うことだろう。 甲子園出場に向けて再出された選手の中に北乃さんの名前は無かった。 だからまた荒れるのかと、僕は自治会に話を通して監視カメラを確認してたんだけど、今回は何も起こっていない。 改心したと思いたいんだけど、そうもいかないんだろうなぁって思ってしまう自分がいる。 何も起こらないのが1番だからね。

 

抽選会に向かうのは坂内さん、寺河さん、監督という3人になった。 基宗さんも行く予定だったのだが、練習を締めるという意味で残ってくれた。 実際のところは監視であるが。

 

「湊叶」

「ん?どうかしたの」

「考えているのは北乃の事だろうが、あれはもう解決しているから深く考える必要は無いぞ」

「どういう意味?」

「ちゃんと話し合った(・・・・・)からな」

 

話し合った--それが指す意味は一つしかない。

 

「そうだったんだ」

「あぁ。予選の時にこの事を話すと雑念が生まれると思ってな。本当は夏が終わってから告げるつもりだったんだが、こんなケースになったから早めに告げたんだ」

「なるほど…それなら良かったよ。これで思い切りやれるね」

「…あぁ、やってやろう」

 

ふっ、と亮は獰猛な笑みを浮かべる。 こういうのを見ると根っからの野球中毒(ジャンキー)だなぁって思う。 だからこそあれだけストイックになれるんだろうけど。 僕も見習わないと。

 

・・・

 

予選決勝から一夜開けた次の日、甲子園に向けて改めてメンバーの選出が行われた。 俺は前回同様背番号10を貰うことが出来た。 2回も選んで貰えたんだ。 怪我明けとは言え、選ばれたからには全力を尽くす。それだけだ。

 

自主練を行う湊叶たちの姿を確認しながら独りグラウンドの端でリハビリを兼ねた肘の運動を行っていると視界に北乃の姿が写った。 何やらブツブツと言いながら物陰へとその姿を隠した。 また何をしでかすかわからないからな、少し跡をつけることにした。

 

『…何で俺が選ばれないんだ!上手く友沢のやつを怪我に持ち込んだというのに!あ〜、イライラするぜ!いや、待てよ。俺と同じポジションのやつ…そいつを消せば俺が入れるんじゃ』

 

『やっぱり、あれはアンタの仕業だったのか』

 

『っ!と、友沢…』

 

『バカなことをしたな。お前がダンボール箱を大量に設置しているのに気が付かない自治会だと思ったのか?とっくに情報は回っている』

 

『…だから俺がベンチに入れないというのか』

 

『いや、それは単にお前の実力不足だが--俺が言いたいのは2度と同じ様な事をするなってことだ。幾らお前が大企業の御曹子だとしても、やっていいことと悪いことはある。次に悪事を働けば間違いなく退学だ』

 

『…自治会にそんな権限は』

 

『ある。ここの自治会長さんは誰だと思っているんだ?お前のような者に2度もチャンスを与えるような人物では無い。俺にしたことは目を瞑ってやる。だが、他のやつに手を掛けようと言うのなら--容赦無くその腕を圧し折る』

 

『…くそが』

 

北乃はそう残すとその場から去っていった。

 

殆ど言った言葉は嘘だったんだが、あいつが小心者ということもあって効果は覿面だったと見える。 これに懲りてもうアイツは動けないな。 何しろ見えない敵と戦うことになったからだ。

 

回り道はしたが、少しだけだ。

 

その後俺はグラウンドに戻り、何も無かったかのように振舞った。

 

*

「よーし。それそれ切り上げよう。各自しっかりと柔軟をして今日は終わりだ」

「た、助かったぁ…」

 

基宗さんの声と同時に僕を含める殆どの部員がグラウンドに倒れ込む。 確かに今日の練習メニューは基礎練だったけど…ずっと走りっぱなしだった。 しかも主力選手は身体に重りをつけてだ。 しんどい、何よりしんどい。 ハァハァと動悸が激しくなる。 この練習の目的は、この様に走って身体を追い込むことにより心臓に負荷を与え体力を付けようという作戦らしい。 削られた体力は最近購入した酸素カプセルを使用し一気に回復することで体力向上を狙うというものだ。 確かに夏の甲子園は暑いし大変という話を正月に翔馬からチラッと聞いていた。 でも、これは幾ら何でもしんどいよ…

 

「全くだらしがないな。それでも元投手か?」

「うるさいな…ダメだぁ、悔しいけど身体が重いや」

「俺はもう少しばかり走ってくるからそれが終わるまでベンチで横になっているといい。行くぞ乾」

「ああ。その前にそれ俺のタイヤだから返せ!」

「タイヤなんてどれも同じだろう」

「それには俺の名前が書いてあるんだよ!俺の相棒だ!」

「…黒いタイヤに黒で名前を書く奴がどこにいるんだ」

「ここにいるだろ!」

「君ら五月蝿いから早く走ってきて」

 

全く…あの2人のスタミナは凄いな。 勝利は毎日最後まで残って走っているし、越後も手の皮がズル剥けるくらいバットを振り込んでいる。 みんな頑張っているんだなと、負けられない気持ちが湧き上がってくる。 怠けなければ自然と自分を高めてくれる環境、ここに来て良かったと思えるように頑張ろうとそう強く思った。

 

*

宿舎に戻ると、既に監督らは戻っており坂内さんはウエイト、寺河さんはシャドーピッチングを行っている所だった。

 

「全員揃ったか。まずは…その汗臭い匂いを落としてもらうことにする。さぁ!各自風呂へ行け!」

 

流石にこの状態でミーティングとか勘弁してもらいたい所だったからお風呂に行けるのはほんとに助かる。 因みに湯船に身体を沈めながら手首の柔軟をしていると気付けば僕ひとり取り残され、妙に御機嫌な様子の監督と2人で過ごすことになった。

 

待っていたのは愚痴の嵐でした。

 

「…ふざけるのはここまでにしておくか。天道、お前甲子園についてどう思う?」

「甲子園についてですか?そうですね…皆が目指すってだけあってとても神聖な場所かと」

「なるほど。模範解答も良いところだな。夏の大会が始まる前に、高校の時の恩師と偶然再会したんだ」

「その方って…」

「花丸高校を全国優勝に導いた佐和田監督だ。今も野球に携わっているだけあって元気だったよ」

「佐和田監督ですか。伝説の名将ですよね」

 

佐和田監督と言えば確か、今はビクトリーズの監督をしていると朴木さんが以前言っていた気がする。 妙なところで繋がりがあるんだなと思う。

 

「名将だよあの人はな。俺はその時に聞こうと思ったんだ--甲子園はどんな所だったかをな。でも、答えは貰えなかった」

「自分で見て来いってことですか?」

「察しが良いな。そう言う事だ。--それが漸く拝める。いいか、絶対に勝つぞ」

「はい!」

 

監督も芯から燃えている。 人をここまで熱く何かを持つのが甲子園。 早く抽選の結果が知りたくて焦れったく思う。

 

部屋に戻り、水分補給を済ませた所で丁度監督から集合が掛かる。 いよいよ発表だ。

 

「お前たちが気にしているであろう抽選の結果は--大会1日目第1試合というものになった」

 

初日の第1試合。

 

それが表すのは開幕試合ということ。 そうなってくるともうひとつ懸念されることが浮かび上がってくる。

 

「我々のクジの番号は1。つまり--選手宣誓をウチが行う」

甲子園での選手宣誓の決め方は夏と春で決め方が異なり、今回の夏の場合は各高校の主将の中から抽選を行い1番若い番号を引いた人が担当するという形式だ。

 

「この結果がどういう風に試合に影響するかやなぁ。えらい注目されるで、何せ選手宣誓高校からやでな」

 

信弥が顎に手を添えながら言葉を落とす。

 

言っている事は正しい。 タダでさえ開幕試合ということで緊張感もあるのに、そこに選手宣誓も加わってきた。 坂内さんのメンタルがどういう状況か分からないけど、僕なら重圧で潰れそうだ…。

 

「明日は朝から球場入りだ。初めて使わせてもらうグラウンドだ。各自しっかり状態を掴んでおけよ」

 

坂内さんの様子は普段と変わりがない。 寧ろ、とても落ち着いているように思える。

 

「主将さんは、緊張とかしてないように見えますな?」

「自分たちの力をぶつける事が出来る良い機会に、緊張していたら勿体無いだろう。適度に緊張感は持っておけばいいんだよ」

「流石主将やわ。発想が大きい」

 

何のためらいもなく坂内さんは言い切った。 その言葉には3年生として最後の集大成をどこまで見せつけられるか、という気持ちの強さが溢れている。

 

「開幕試合と選手宣誓に話が持っていかれてますけど、対戦相手の方は何処なんですか?」

 

そうだ、肝心の対戦相手のことをすっかり頭から飛ばしていた。 翔、落ち着いているな。

 

「相手は--古豪パワフル高校。今年は遂にあかつき大附属に勝利し甲子園に出場してきた」

 

パワフル高校--確か、鈴本君が進んだ高校だ。

 

「初戦から厳しい戦いとなるだろうが、力としては決して劣ってはいない。全力で戦おう」

 

坂内さんのこの言葉で僕たちは士気を高める。 まだ未経験の地で戦うって言うのはどんな雰囲気かも分からないし、不安要素もある。 でも、それは相手も同じだ。 この仲間たちなら、「甲子園には魔物がいる」と呼ばれるそんな壁も乗り越えて戦える気がする。

 

 




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