ガンバーズに入ってから2ヶ月が経ち、7月へと入った。 この2ヶ月でチームとしての練習方式が決まり、身体作りと基礎作りが主になって進めていくことになった。
父さんもこの事に賛成で、水木さんは自分がアップの時にしているメニューを教えてくれる等とバックアップをしてくれている。 と言うのも、この間市長から手紙が届きその内容はと言うと“今月末に行われる大会で1勝を上げないと解散”というものだった。
俺としてはもうすぐ試合があるのに基礎練ばかりで良いのかと思い父さんに聞いたところ、「基礎が無いのに試合で出来るわけがない」と一喝されてしまった。 水木さん曰く、幸い守備は及第点との事なので後はどれだけ俺が落ち着いて投げれるかと、打線が機能するかがポイントらしい。
キャプテンの一堂さんを中心に、蓮、司の2人が居れば試合にはなるだろうとのこと。 始めたばかりの逸平だが、外野で早くもセンスが光るようなプレイを度々する様になっており外野で出場することが濃厚となっている。
日はあっという間に流れ、遂に試合の日を迎えた。
・・・
目が覚め、カーテンを開けると外は晴れ渡っていた。 んー、良い天気だ。
顔を洗ってから1階に向かうと、瑠璃花が窓から顔を出していた。
「おはよう瑠璃花」
「おはよう和弥君。朝ご飯まだでしょう?お母さんが作ってくれたから良かったら食べない?」
「嬉しいなぁ、瑠璃花のお母さんの料理は本当に美味しいんだよね〜」
試合に前に美味しいご飯も食べれてやる気元気は満たんだ。
「後でお母さんと応援に行きますね」
「うん、ありがとうな瑠璃花」
家に戻ってから道具の最終確認も終え、残すところは試合会場に向かうだけとなった。
「さぁ、父さん。行こうか」
「忘れ物はないか?」
「大丈夫、戸締りもしたよ」
今日の試合会場はいつものグラウンドとは違い、市が経営する河川敷で行われる。 参加チームは僅か13と少ないが一応県大会予選らしい。 その証拠にサイバーキッズの姿も見えた。 零人は俺の姿に気が付くと軽く会釈をし、チームの輪へと戻って行った。
開会式が終わり、いよいよ試合へと移っていく。
「この試合が初めてになるが、落ち着いていけば試合にはなる。今日までみっちり基礎はやってきたんだ、自信を持っていけ!」
監督の言葉に俺たちは大きく返事を返し気合いを入れる。
対戦相手は“パンジーズ”といい、パンジーの花を飾ったチームフラッグがネットに掲げられている。 ブルペンで投げている投手を見ると、栗色の長髪の女性が投げていた。 先発は彼女なのか。
キャプテン同士のジャンケンの結果、俺たちは先行ということになり、パンジーズがシートノックを始めた。
今日のガンバーズのオーダーはと言うと、
・1番 中堅手 星
・2番 二塁手 一堂
・3番 遊撃手 石蕗
・4番 右翼手 如月
・5番 投手 柊
・6番 三塁手 小野
・7番 一塁手 徳川
・8番 捕手 無田
・9番 左翼手 二ノ宮
俺たち4年生が中枢部分に入るという驚きの結果になった。 特に初心者ながら先頭を任された逸平は飛び上がっていた。
こちらのシートノックも終わり、いよいよ試合が開始される。
かと思いきや、礼の後相手選手である女性選手がこちらに話しかけてきた。
「ふっふっふっふっ!」
「何だその笑い方!?」
その笑い方、特徴的にも程があるだろ。 思わず突っ込んでしまった。
「私の名前は
「何か変な事言ってるでやんすよ」
「私は貴方達に絶望を与えてしまう。悪いことは言わない。生きる希望を失う前に立ち去るのです」
「何言ってんだこの女」
みんながその言葉にきょとんと首を傾げる。 無田君と司に至っては顔を顰めている。
「試合はやって見ないことにはわからないさ。早くやろう」
お、蓮の闘志が燃え始めたな。 良い感じに試合で爆発してくれることを願うぜ!
「あの姉ちゃんええケツしとるな〜」
「父さん…それってどういう意味だ?」
「いや!あくまで野球的に見てだな!引き締まっているな〜と」
「はぁ…何言ってんだか」
・・・
プレイボール!と主審がコールし、俺たちの命運をかける試合が始まった。
投球練習を見ていたが、どうやら比奈鳥さんは軟投派らしく山なりのボールが投げ込まれている。 この手の投手はボールを線ではなく点で捉えなければならない為攻略が難しいとされている。 う〜む、まさか初戦からこんな投手と見えることになるとは。
経験者でも対策しにくい山なりスローボールの前に初心者である逸平はなす術なく、三振を避けようと懸命にバットに当てるもキャッチャーフライに倒れてしまった。
続く一堂さんもバットに当てはするものの、打球は力無く転がり2死となった。
ここで静かに燃える男・蓮の登場だ。
静かに打席に入り、投じられた初球を鋭いスイングで弾き返した。
ボン!と複合素材バット特有の音が鳴り、打球は左翼手前にと落ちる。 複合素材バットはリーグによって規制されており、使えないことが多々あるが今大会はOKとのこと。 俺たちは4年生と下級生だから6年生に比べると力はまだ足りない。 そこで水木さんがミゾットスポーツからこのバットを取り寄せてくれたのだ。 太っ腹だなぁ。
蓮が初球から盗塁を決めた直後、少なからず動揺したのか、比奈鳥さんの投じたスローボールは高めに浮いた。
ソフトボール経験者という事もあり、ノーステップ打法の司は上手くタイミングを取り、外野フェンスを越える打球を放った。
司が塁を回り始めると、みんなは堰を切ったように声を上げ始める。 勿論俺も先制点を取ってもらったからハイテンションで司を向かい入れる。 まさか、初打席でこんな大仕事を成すとは…嬉しい誤算だ。 さらっと盗塁を決めていたけど、蓮の判断も良かった。 うーん、流石だなぁ2人とも。
比奈鳥さんはマウンドをガシガシ削っている。 付け込むなら今だな!
--緩いボールを打つコツは、充分に手元まで引き付けて鋭く振り抜くこと。
水木さんが以前教えてくれたことだ。
外角の球を捉えた打球は右翼手前に落ちる。
良し、良い感じに打てたな!
ここからまたチャンスを広げたいところだったが、次の小野はフライを打ち上げてしまい、1回の攻撃は終わってしまう。
「落ち着いてな。低めにさえ投げれば大火傷は無い!」
「わかってるさ父さん」
--いよいよ、初めてのマウンドだ。
・・・
逸る気持ちを抑えて小走りでマウンドへと向かう。 マウンドに着くと自然と頬が緩んでしまうが仕方の無いことだろう。 ずっと楽しみにしていた投手を遂にやることが出来るんだ。気分は最高そのものだ。
無田君が座ったのでそれに合わせて投球練習を始める。
初めての試合のマウンドという事もあり、慎重に感覚を確かめるように投げ込む。 投げ込んだ球はスパーン!と音を立てて無田君のミットに収まった。 うん、良い感じだ。
ボール回しが終わり、審判のコールにより試合が再開される。
無田君から出されるサインに頷き、公式戦デビューとなる一投目を相手の胸元を目掛けて投じた。
「ストライーーック!」
しっかりと狙ったところに行っている。 腕も振れている気がする。
2球目も同じく直球を選択。 でも1球目よりも少し力を抜いて投げた。
父さん曰く、打撃はタイミングが命らしい。 それをずらしてしまえばこっちのものとのこと。 本格的に野球を初めてまだ3ヶ月、俺は変化球を覚えることはまだせず、ひたすらに緩急を身につけるよう心がけることにした。
先程より球速が遅くなった球に相手打者はタイミングがずれ、平凡なゴロとなる。 これを蓮がきっちり正面で捌き1死。
2番打者も2-2の並行カウントまで行ったものの、低めの球を打ち損じピッチャーフライに倒れた。
そして3番打者である比奈鳥さんを迎える。
「ふっふっふっふっ!ヒットの恨みは忘れない!倍返しだ!」
「…そんなヒット1本で大袈裟な」
比奈鳥さんの言葉に、蓮が呆れたように呟く声が後ろから聞こえてくる。 まだ序盤だと言うのに、この人も熱血だな。 まぁでも、そういうのは--嫌いじゃない。
初球は今投げられるであろう全力の直球を真ん中目掛けて投げ込んだ。 比奈鳥さんはこれを見送ったが、無田君はマスクを外して何か言いたそうな顔をしている。 ごめん、サイン無視しちゃったな。 でも、次はちゃんと投げるから。
2球目は外に外した抜いた直球。 比奈鳥さんが見送ってこれで1-1。 3球目は少し力を入れてさっきよりも速い直球を胸元に投げ込んだ。 すると比奈鳥さんは待ってました、と言わんばかりに足を開き強振をした。
カキーン!とカーボン製バットから小気味の良い音が鳴り、打球は一堂さんの頭を越えて右中間を転々と転がって行く。
逸平が追い付き、直ぐ様中継へとボールを返すが時既に遅し。 比奈鳥さんは2塁に立っていた。
「ふっふっふっ!倍返し成功だな!」
ものの見事にやられてしまった。 あの打ち方からして、恐らく内角に山を張っていたのだろう。 お陰で良い所に転がされてしまった。
2塁に走者を背負い、この試合初めてのセットポジションを取ることに。 あんまりセットは好きじゃないんだよなぁ…。
4番打者に対して2球続けてボールが先行してしまったが、3球目に相手は手を出しサードゴロでこのピンチを脱することが出来た。
初回から経験できる事が多い、正に野球をやってるって感じだ。
「アウト!」
一塁審の声によって、思考から現実に戻される。 ウチの攻撃は三者凡退に倒れていた。 やはりスローボール、それもあそこまで遅いものだと相当な武器になっているようだ。
「いいね、俺も負けてられないな!」
2回からは互いに譲らない投手戦が続いた。 比奈鳥さんは低め低めを心がけた堅実な投球で、蓮等を塁に出すも要所で締める投球をし、7回2失点でこの試合の投球を終える。 最もパンジーズは後攻の為、この回に俺が2点取られたら次の回も投げることになるのだが。
しかし、そうはさせない。
タイミングを崩す事は勿論だが、終盤に入り相手が俺の球に慣れてきたような印象を抱いていた。 そこで父さんに相談したところ「ムービング系統の球なら即興でも間に合うかもしれない」との事で、早速ツーシームと呼ばれる直球系のボールを試すことにしてみた。 このボールは、カーブやスライダー、またはフォークの様に直接的に握りが変わる訳でもなく、指のかける位置が変わるだけなので直球と同じ様に投げることに違和感を抱かなかった。
そしてこのツーシームがハマり、相手は手前で動く新しい球種に戸惑い見せ、俺はこの試合を完封勝利として飾ることが出来た。 打たれたヒットは3本と言う個人的にはかなり納得の行く投球が出来たと思う。
「やった!勝ったでごわすよ!」
「これで潰れなくて済むでやんす!」
話し方が特徴的な徳川君と無田君が抱き合って喜んでいる。
「ナイスピッチ!」
「良い投球だったね、和弥」
「これでガンバーズは安泰だな」
外野で終盤に、抜けていれば失点という場面で好捕を見せた逸平。
初回に流れを作り、堅実な守備でゲームメイクに貢献した蓮。
蓮の作った流れを切ることなく、先制の一打を放った司。
「ありがとう。正直言って、お前らが居なかったらって思うとゾッとするな」
4人で笑い合い、パン!とハイタッチを交わすのであった。
「如月司。ふふ、やるわね。でも、勝負はこれからよ。またいつか会いましょう!ふっふっふっふっ!」
「最後までうるさい女だ」
比奈鳥さんの言葉に対し、呆れた様子を示す司の姿を見て俺たちは顔を見合わせて笑うのだった。
・・・
「和弥君、試合お疲れ様」
「うん、ありがとう瑠璃花。いやぁ、正直疲れたよ」
団扇で火照った顔を扇ぎながら瑠璃花と言葉を交わす。 昼から行われた試合では、俺以外に投手が居ないということや、試合経験の浅さが露骨に現れ、“ナヤンダーズ”というチームに8-1で負けてしまった。 ナヤンダーズに負けてしまったのは悔しいけど、それより今はガンバーズの解散危機が去ったことや試合に勝てたことで皆胸がいっぱいという様子だった。 勿論俺も、その中の一人だ。
・・・
チーム解散の危機は乗り越えたものの、現在ガンバーズは投手を出来るのが俺しか居ないという死活問題が残っている。 秋に行われた大会に出場するも、投手陣不足というのは手痛いものであり、初戦で敗退を喫してしまった。 そしてこれによって--
「今日をもって、俺はガンバーズを引退だ。短い間だったけど、みんな、ありがとう」
キャプテンである一堂さんがチームを去ってしまうのだ。
「また、これで…振り出しでやんすね」
「心配するな!お前達4年生には沢山助けて貰ったからな、今度は俺が返す番だ。欠員は必ず防ぐさ」
そして一堂さんが去ってから1ヶ月後。
「ふっふっふっふっ!元気にしているかガンバーズ?人手が足りなくて、練習試合も出来なくて困っているらしいな。だがもう大丈夫、私が来た!」
何とパンジーズのエースである比奈鳥さんがガンバーズに入団するとの事だ。 もしこれが本当ならば渡りに船だ!投手も2人になるし、人数も9人になる!
「私が入ることに文句はないだろう?なぁ!如月司!」
「…何で俺に聞くんだよ」
比奈鳥さんのやつ、司にホームランを打たれたことを相当根に持っている様子だ。
「でも、
「ふっふっふっふっ!解ればいいのだ!」
2人が握手を交わしたことによって比奈鳥さんの正式な加入が決まった。
これによって当面試合に関して心配する必要は無くなった為、俺たちは黙々と練習に取り込めるようになった。
来年こそはサイバーキッズと対戦できるように。
共通の思いを胸に、練習に明け暮れた。
秋が終わり、冬が終わり、春が終わって夏が来た。
ガンバーズに入ってから過ごす2回目の夏だ。 去年よりも活躍することを誓い、俺たちは明日に控えた試合に備えるのだった。
人物紹介③
無田 税 --東小学校に通う4年生。 和弥とバッテリーを組んでいる。 悩んでいることは自転車の補助輪が外れないこと。 祖母と暮らしており、父親から貰ったミットを大切にしている。 水木の大ファン。
比奈鳥 青空 --パンジーズのエースであったが、一堂の説得もとい、スカウトによってガンバーズに移籍。 和弥との二枚看板で大会に望む。 武器は左腕から投げ下ろされる超スローボール。 6年生。 貝殻を大事にしているが何やら秘密があるらしい。
小野 玄空 --僧の息子。法術が少しだが使え、和弥以外声が聞こえない虎造の存在に気付きかけている。意外とお節介焼き。 オカルトが好きで、霊媒師の仕事に憧れている節がある。
二ノ宮 金太 --八百屋の息子。 小遣い稼ぎの為、店を手伝っておりその為練習に参加することが段々と減っていき、幽霊部員へとなりかけていた。 しかし、一堂による説得により野球に対して向き合うようになる。 外野を守っている。
徳川 三太夫 --非常に力が強い。 和弥と同じ北小学校に通う。 賭け事が好きで、良く和弥や司に相撲や腕相撲による戦いを申し込んでいる。 一塁手。