ダイヤモンドを駆け抜けて   作:かりんと。

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今回は視点を変えてみました。


夢の始まり⑥ 成長

 

 

 

「1週間…短い間だったが長かったな。これで合宿は終了だ。みんな、お疲れさん。誰一人ギブアップしなかったのは少し予想外だったぞ?」

「はぁはぁ…やっと、やっと終わったでやんす」

 

無田の言葉を皮切りに、バタバタと砂浜に背を預ける。

身体中が悲鳴を上げている。 言葉で言い表せないくらい扱かれたのだ。

それでも誰一人として、途中で投げ出さずやり遂げれたのは“勝利”の二文字を追いかけたいからなんだろう。

 

「和弥、疲れたか?」

「…当たり前だろ」

「何じゃ、体力の無いやつじゃのぉ」

「鬼かよ父さん…」

「わはは、でもな、今回の経験は必ずこれからに役立つぞ。断言してもいい」

 

ふーっと、虎造が鼻息を鳴らす。

その様子がどこか可笑しく、和弥は掴んだ砂を落としながら笑うのだった。

 

短期間で土台を作ることを目標に掲げ、和弥たちが取り組んだ練習は過酷なものであった。

 

アップの柔軟が終わると、裸足で砂浜50mダッシュを30本。 初っ端からこの飛ばし様である。

夏場の陽射しも相まって、着々とスタミナを奪っていく。 普段砂浜を走るという経験が無いことに加えて、暑さと陽射しは勿論、足場の悪さが牙を剥いていた。 本来ならこの様な練習は冬期に行うのが定石だが、今回は急ピッチだ。 泣き言は言っていられない。

しかしそれで倒れてしまっては本末転倒。 脱水症状には気をつけて水分の補給は怠らないように配慮もされている。

 

砂浜は地面を後ろに蹴っても中々前には進めない。 その過程で、普段使わない筋肉を使えるようにするのと、力を推進力に変えるフォームを取得することが主な目的だ。

投手である和弥と比奈鳥は、重りを加えて走らされていたので体力の消耗具合が半端ではなかった。 重りをしている為ただでさえスピードが出にくくて困るが、狙いはそこにある。

鋭い切り返し動作によって股関節を強化--つまり、腸腰筋に負荷をかけて走り込んだ。

 

普段使わない筋肉を使うのだから、当然身体は悲鳴を上げる。

虎造はその辺りも考えていた。 食事のメニューは体を作り上げるものに変更し、練習後はプロテインを摂り、アイシングによって筋肉を締め上げる。 湯船に浸かる際も、しっかりと身体をほぐし、ホテル専属の整体師によるマッサージを受けることによって疲労を少しでも回復できるように務めさせた。

 

他の練習は鬼ごっこや素振り。 当然これも、裸足で行う。

とにかく足全体で砂浜を掴む感覚を徹底して詰め込まれた。 これによって体幹がかなり鍛えられた。

 

鬼ごっこは夕方に行われたが、朝からの砂浜ダッシュによって体力を根こそぎ持っていかれている和弥と比奈鳥は、鬼をする機会が必然的に他のメンバーよりも多かった。

 

投球の方も、ブレない軸を身につけるために片足スクワットを行ったりシャドーピッチングを行ったりして補強をした。

和弥はこれに関して3日目くらいにコツを掴み、練習後も夕食前まで独り砂浜で繰り返した。 一度没頭し過ぎた為夕食に間に合わず、瑠璃花に怒られるということがあったが、それは余談だろう。

 

 

 

・・・

 

「虎造さん、ありがとうございました」

 

合宿最後の夜。 ホテルの一室で、虎造の隣の椅子に腰掛けている福沢がそんな言葉を落とした。

 

「礼を言われる筋合いは無いな。ワシだって楽しめたし」

「いや、何だかんだ言って先輩は凄いですよ」

 

福沢はゴクゴクと喉を鳴らしながらビールを流し込む。 その飲みっぷりに、虎造は自分の身体が恨めしく思えてしまう。

 

「俺には、今回の合宿をこんな風にすることはまず無理だった」

「そんな事は無いぞ?ここに来れたのもお前が和弥の拾ったツボを適切に処置したからの賜物じゃないか」

「そういう事じゃ、無いんですよ…」

 

そう言うとまたビールを流し込む。 これはかなり飲むかもしれない、そんな風に虎造は思った。

 

「虎造さん、アンタは“眼”がいい。良く人を見ている」

「んー、まぁそれはこの身体になってからじゃな。周りを意識するようになったのは」

「それが凄いんですよ。普通の人は、自分がボールになったらまずそんな風に気丈に振る舞えない。--少なくとも、俺なら気が狂う思いをしますね」

 

福沢が3本目を空けた。 かなりハイペースだ。

 

「…ワシは、そんなに強くないぞ?」

「………」

 

福沢は何も答えなかった。 浜辺を打ち付ける夜の波を、ただ静かに眺めていた。

 

「ワシが今、こうしてここに居れるのは--周りの人達のお陰だ。和弥が居て、水木が居て、ガンバーズのみんなが居て、そしてお前も居る。ワシがこんな風に笑っていられるのも全部お前達のお陰なんだ。だから、そう自分を卑下に見ることはしなくていい。福沢には、福沢の良い所があるんだからな」

 

カコン、と音を立ててビール缶がゴミ箱へと投げ込まれる。

 

「…解ってましたか」

「当たり前じゃ。福沢、お前はワシの後輩じゃぞ?お前の事など、手に取るように解るわ」

「…虎造さん、アンタには敵わないな」

「ワシが今回したのはちょっとした味付けだ。それが出来るように、ここまでチームを引っ張ってきたのは福沢、他ならぬお前だ。他の皆もそれは解っておる」

 

人間は誰だって愚痴の一つや二つを吐きたくなる時がある。 それは大人とて変わらないものである。

 

--福沢は悩んでいた。

 

虎造の命が後半年も無いと言うこと。 次の大会で敗退すれば、そこでガンバーズが解散してしまうということに。

サイバーキッズの様に設備が整っているチームならば、自分が率いても何とかなるかもしれない。 だがガンバーズは--お世辞にも整っているとは言えなかった。 人数が足りず、試合が出来ない時が続いた。 みすぼらしいと罵られた事もあった。

しかし、今はどうだろうか。 今のガンバーズは以前までのガンバーズとは違う。 和弥たちが入ってきてから、新しい風が吹いているのだ。 あの4人は良いモノを持っている。

それを自分が潰してしまってもいいのか。 怖くて怖くて、仕方が無かった。

だから虎造に監督を代わってもらう様に頼んだ。 この重圧から逃げる為に。 しかし虎造は、それを承知で続けろと言う。

 

--お前ならやれると。

 

水木と同じく尊敬する先輩にそんな風に言われてしまったら、それはもうやり遂げるしかない。 ここで逃げたら男が廃るものだ。

 

強かにアルコールに酔いつつも、福沢は瞳を熱く、そして静かに燃やした。

 

「こんな姿を見せてお恥ずかしい。俺、頑張ります。--虎造さん、必ずアンタを元の姿に戻す。それが俺なりのケジメです」

「ああ。頼むぞ後輩」

 

 

・・・

 

 

福沢がシャワーを浴びに行った為、部屋に残るは虎造だけとなった。

 

「はてはて…どうしたもんか」

 

今回の合宿の結果は、虎造にとっては喜ばしいものだった。

誰一人として、途中でギブアップをすることが無かったからである。 合宿前の予想だと、4年生は全員最終日まで残っていられないと思っていた。 しかしどうだろう、結果は全員やり遂げだ。 これは素直に喜ぶしかないだろう。 くつくつと自然に笑いが生まれた。

 

「それにしても、良く耐えたもんだ」

 

頭に浮かぶのは和弥の顔。 虎造は幼い頃から、身体に合わせてメニューを熟させて来た。 だから和弥が、その他の有象無象よりも抜きん出ていることに対して特に何も思わなかった。 当然だと思っていた。 でも、和弥はそうは思っていない。 ひたすらに、父である虎造を助ける為に、全国優勝を目指して野球に取り組んでいるのだ。 親として、指導者として、誇らしいことだと虎造は思う。

 

「早く才葉の驚く顔がみたいもんだ」

 

見上げた先の夜空では、星が一つ、力強く光輝いていた。

 

 

・・・

 

 

合宿も終わり、夏休みも後少しと言ったところ。 和弥の姿は南雲家にあった。

 

「はーっ、終わんねぇ…」

「愚痴を吐いても終わりません。大体こんな風に溜め込む和弥君が悪いんですよ。自業自得です」

「…こんなにあるなんて、思ってなかったんだよ」

 

今年は宿題の教材が去年よりも増えていた。 その為必然的に量は増加する。 和弥はその事を全く考慮せず、野球の練習に明け暮れていた。

 

「あ、そこ間違ってますよ」

「…へーい」

「ふふふ、まだ時間はあるのだし無理しないようにね。麦茶、ここに置いておきますね」

「ありがとうございます、霊華お母さん」

「母さんありがとう。後、1問解いたらキリもいいですし、一休みしましょう」

 

風が吹き、チリーンと風鈴が音を鳴らした。

 

・・・

 

 

「まさか君とこんなに早く勝負出来るとはな。…聞いたよ、和弥のお父さんのこと」

「そうか…。ごめんな、話してなくて」

「いいさ。誰だって言い難い事や、隠したいことはあるんだからな。--パパたちの因縁とかは関係無い。僕たちは僕たちでベストを尽くそうぜ」

「臨むところだ!」

 

秋の大会が始まると、“ガンバーズ”は快進撃を見せた。

全体的に力が付き、自信も身に付けた。 合宿を乗り越えたことにより、一回り成長出来たということだろう。

難無く初戦を突破し、勢いそのまま決勝戦であるサイバーキッズ戦を迎えた。

 

「今日はあの“サイバーキッズ”との試合だ。散々今まで嫌がらせをされてきたんだ、今日は目に物見せてやれ!--絶対解散はさせんぞ!」

『はい!』

 

福沢の熱い激を受けて、チームの熱気は高まって行く。

 

ガンバーズ先発オーダーはと言うと

 

・1番 中堅手 星

・2番 左翼手 才葉

・3番 遊撃手 石蕗

・4番 右翼手 如月

・5番 投手 柊

・6番 三塁手 小野

・7番 一塁手 徳川

・8番 捕手 無田

・9番 二塁手 芽森

 

となっている。 安定のオーダーだ。

変化した部分は、2番を打っていた比奈鳥がブルペンにてリリーバーとして待機している点くらいだろうか。

今日は総力戦、出し惜しみはしないとのこと。

 

才葉と和弥の目が合った。 もはや語らずとも気持ちは通じるものがある。

 

先攻・ガンバーズ - 後攻・サイバーキッズで試合が始まった。

 

 

・・・

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

サイバーキッズの9番打者が三振に倒れ、3回が終了する。

現在3回終わって両チーム得点、ヒット共に無し。 この内容に流石は才葉だと和弥は思う。

 

--今までの投手とはレベルが違う。

 

とは言えガンバーズナインにも厳しかった合宿を乗り越えた自信はある。 現に和弥も上手くサイバーキッズ打線を抑えている。 その成果を遺憾なく発揮する為に闘志を燃やすのであった。

 

4回表、ガンバーズ先頭打者である星は三塁線にセーフティバントを仕掛ける。 勢いを殺した上手いバントだ。

 

「セーフ!」

「…くそぉ」

 

才葉が三塁手(サード)より早く拾い上げるも、星の足が送球よりも速く駆け抜けた。

これで無死1塁。 続く打者は今日スタメン起用された才葉の妹である才葉さくら。

 

「ははは、さくら。お兄ちゃんが打たせてやろうか?」

 

走者(ランナー)を出したというのにまるで余裕と言った様子でシスコンぶりを披露してくる。

 

「うにゅー!バカにしないで!絶対打ってやるんだから!」

「おお、怖…」

「お前ら何やってるんだよ…」

 

まさか今日の様な大一番の試合で、この様なコントが繰り広げられることになるとは思っても見なかった和弥たちはつい毒気を抜かれてしまう。

 

才葉が一度牽制をした後--星が動きを見せた。

 

「走ったぞ!」

 

すぐさま一塁手(ファースト)がそれに反応し声を上げる。 が、関係無い。

 

さくらは外のボールに対して逆らわず、そのまま流し打ちを行う。 打球は高く跳ねた。

 

「クッ!セカンド!」

 

打点を少し遅らせることによって打球を高く跳ねさせた。

カバーに入りかけていた二塁手(セカンド)に上手く捌かれ、さくらはアウトになったものの、これによってスコアリングポジションに星を置くことが出来た。

良くやったと、さくらを迎え入れる。 元サイバーキッズ出身であり、才葉の妹ということも相まってか高い能力を見せつけている。

 

続く3番、右打席に入ったのは石蕗蓮。

 

“神主打法”と呼ばれる構えを取る石蕗と相対する才葉は、2塁走者である星を一瞥した後投球フォームへと移る。

 

「ストライク!」

 

クイックモーションから投じられた初球--ドロップカーブは弧を描きながら寸分狂わず捕手の構えるミットに収まった。 2球目はストレート。 初球のドロップカーブとの緩急差を利用し、石蕗を詰まらせ内野ゴロに打ち取った。

 

「アウト!」

 

しかし石蕗もただでは終わらない。 打ち取られつつも打球は逆方向に返し、最低限の仕事である進塁打を放った。

 

続く打者はガンバーズの主砲である如月司。 右打席に入り、バットを上段に構える。

上位打線で作ったこの好機(チャンス)、活かしていきたいところだ。

 

才葉の初球は胸元を抉るストレート。 強気な投球である。 しかし、如月はそのボールに対して仰け反ることなくオープンスタンスへと踏み込みを変え、バットを振り抜いた。

 

「ファール!」

 

コンパクトに叩かれた強い打球は、三塁線を襲うも僅かに切れてしまう。

 

(ふーん、これが如月か。良い振りしてるじゃん)

 

才葉は、如月が相手ながら自身のストレートをまともに弾き返したことに対して賞賛を送る。

 

(だったら…これはどうだ!)

 

2球目に投じられたのは先程石蕗に対しても使用されたドロップカーブ。 従来のカーブよりもトップスピンが多く、水平方向より垂直方向へ変化する球種だ。

アウトコース低めにこれが決まり、如月は追い込まれる。

しかし、その表情に焦りは無い。 3球目4球目と、外れた球を落ち着いて見送った。

 

(…そろそろ来る頃か)

 

やや間があってからの5球目、投じられた球は先程まで投げられていたストレートよりも球速が出ていない。

如月の狙いは才葉の決め球であるドロップカーブである。 カウントを取りに来るのにも、追い込んでからも使用されているという事は相当自信があると見て良いだろう。 だからその球を今叩いておければ後々相手に大きく響くはず。 それが如月の狙いだった。

 

(大振りはしなくていい。あくまでコンパクトに)

 

そう心掛けて振ったバットに--ボールが当たることは無かった。

 

「ストライーク!バッターアウト!」

 

如月は完璧に捉えたと思った。 ソフトボールをしていた時も、自分は変化球に強かったという自負が少なからずはある。 落ち着いてボールも見れていたし、空振りは無いと思っていた。 しかし、結果は三振だ。 審判の声が無情にもそれを示していた。

 

「何で当たらなかったって、顔をしてるな?」

 

攻防の交代のため、マウンドからベンチに向かう途中の才葉が声をかける。

 

「簡単なことさ。君は大方カーブを狙っていたんだろ?--カーブと見せかけて違う球種を投げたのさ」

---高速スライダー。

先程の球種は一般的にそう呼ばれるものだ。 如月の雰囲気からカーブ狙いを感じとった才葉は、捕手(キャッチャー)のサインに頷きながらも違う変化球である高速スライダーを投じた。

仮に首を振っていた場合、もしかしたら如月は狙いを変えていたかもしれない。 そう思っての独断であった。 全国の舞台を経験して培われてきたその辺りは流石と言ったものだ。

 

・・・

 

 

4回裏、試合が動きを見せた。

 

「手堅いな、サイバーキッズは」

「才葉監督はデータ重視の野球をするでやんすからね。…この場面、1点は仕方ないし、歩かせても構わないでやんす。絶対に、長打はダメでやんすよ!」

「あぁ、簡単には打たせないよ」

 

マウンドでの打ち合わせが終わり、無田が駆け足でホームへと戻る。

現在の状況は1死走者3塁と言ったガンバーズにとって、非常にピンチが訪れている。

加えて迎える打者は打撃も良い4番の才葉。 状況は芳しくない。

 

(スクイズは無いだろうけど、一応警戒か)

 

才葉ほど打撃の良い選手ならスクイズが行われる線は非常に薄い。

しかし相手はデータ野球の監督だ。 用心することに越したことはない。

 

無田のサインに頷き、初球アウトコースへとストレートが投げ込まれる。

 

「ボール!」

 

(…3塁走者と零人に動きは無しと)

 

2人の様子を確認すると、和弥は再びセットポジションを取る。 2球目のサインが一発で決まり、左足を上げてフォームへと移る。

内角に、やや足元に沈みながらツーシームが決まった。 主審が右腕を上げてコールする。 良い感じに腕が振れたと、先程のボールは好感触だ。 続いて3球目、アウトコースにストレートが決まり主審がストライクをコールする。 これで追い込んだ。

 

(今日の和弥君は球が走ってるでやんすね。これなら、尚更決まりやすいでやんす!)

 

無田のサインに頷き、セットポジションへと移る。 上げた左足が地面に付きリリースに入ろうとした瞬間、3塁走者がスタートをきった。

 

(…っ!まじかよ!)

 

一瞬、走者に気を取られてしまった。 たかだか一瞬の事。 しかし、とても大きな一瞬の出来事となった。

 

カーン!と鋭い音が鳴り、和弥が投じたチェンジアップは無田のミットに収まらなかった。

 

「…やられたな」

 

ベンチでは虎造が先程の光景に苦い表情を見せる。 サイバーキッズの監督、才葉秀人は堅実なデータ野球をし、試合に置いて信用しているものはデータのみである。 それの強さを、見せつけられる形になってしまった。

 

「先程のスタート…やはり監督の指示でしょうか?」

「あぁ、多分な。才葉の野郎ならあれくらいやりかねん」

 

福沢の言葉に虎造は淡々と答える。 先程行われた動きは、和弥がリリースする瞬間を狙って揺さぶりをかけるというものだった。 小学生に、足をつけてから球種を変えろや、コースを変えろというのは無理な注文である。

 

「アイツ…恐らくだがチェンジアップを読んでの動きだろう。厄介なことをしてくれる」

 

タイミングを外しに来るチェンジアップを狙われてしまっては最早ただの棒球に過ぎなくなってしまう。 突然のスタートに動揺したチェンジアップは、いつものようにとは行かず甘く浮いてしまった。 それを仕留めた才葉も流石だが、褒めるべきなのは監督の狙いだろう。 実に気に食わないがと、虎造は鼻息を荒くする。

 

「和弥!切り替えろよ!」

 

和弥はその言葉にしっかりと頷き、牽制を行って自身のタイミングを整えた。

 

「ショート!」

 

ショートを守る石蕗が軽快なフットワークでゴロを処理し、すぐ様2塁へと送球し、流れに乗ってそのまま1塁へと送球されゲッツーが完成となった。

 

「アウト!」

 

グラブをパンと叩きながら和弥はベンチへと戻る。 先制はされたものの、その後はしっかりと抑えた。

 

(まだ一点だ。絶対追いつける)

 

和弥の心に不安の文字は無く、その目は前を見据えていた。

5回表、ガンバーズの攻撃は和弥から始まる。 先程のお返しをと、気合は十分。 しかし、結果は三振に倒れてしまう。

 

「ストライク!バッターアウト!」

「あー、惜しい…」

 

ベンチから落胆の声が上がる。 何球か粘りを見せていただけに、和弥の凡退は大きい。

 

「スリーアウト!チェンジ!」

 

続く6番小野、7番徳川も三振と簡単に三者凡退に抑えられてしまうが

、負けずと和弥も5回裏を3人で抑えてみせる。 才葉に三振に抑えられたことを、上手く発奮材に変えられている様だ。

 

 

・・・

 

 

全国大会常連チームであるサイバーキッズに対して一失点と好投を続ける和弥。 そんな彼の投球に最終回にして、遂に打線が報いを見せる。

この回先頭の才葉さくらに代わって比奈鳥が代打で入る。 チーム最年長である6年生としての意地を期待しての代打だった。

その期待に比奈鳥は応える。 初球、僅かに甘く入ったストレートをコンパクトなスイングで打ち返し、二塁手(セカンド)の右を抜くヒットを放った。

 

「ナイスバッティング比奈鳥さん!」

「良くやった青空!」

「流石でやんす!」

 

最終回の攻撃と言うこともあり、ベンチは盛り上がりを見せる。

流石に最終回、同点の走者を背負ったという事で才葉の様子が変わった。

 

「さて、ここは続かないとね」

 

揺らっと、バットを掲げて石蕗は打席に入る。 自分の仕事は比奈鳥を1つでも先の塁へ進めることだ。

 

ベンチから身を乗り出して和弥は思考する。

 

(…最終回、相手がここで嫌がるのは比奈鳥さんが先の塁へ進むことだ。ここで相手が取る手段は--)

 

打席で構える石蕗も思考を巡らせる。 才葉監督の野球はデータ重視のデータ野球だ。 かつて少しの間とは言え、滞在していたチームの特色はしっかりと覚えている。

データを重視する上で、怖いポイントはデータが存在しない時だ。

 

(今大会で、ガンバーズ(ウチ)がこの状況になったことは無いから相手は対策がしにくい筈。だとするとここは--)

 

「蓮!頼むぞ!」

 

思考の中から1つの答えを出すと、同時にベンチから和弥の激が飛ぶ。 その眼は自分が先程出した答えを物語っている様だった。

 

「…分かってるよ、和弥」

 

--初球はストレート。

 

比奈鳥の足が速いという情報は、今までの試合でデータがあるだろう。 だからこそこの場面、盗塁を必ず警戒してくる。 そういう2人の読みだった。

大きく比奈鳥がリードを取り、マウンド上の才葉へと重圧(プレッシャー)をかける。

--舞台は整った。

 

投じられた球種はストレート。 故に読んでヤマを張っていた石蕗に、これを捌くのはどうということは無い。

鋭く振り抜かれた打球は低弾道ながらも二塁手(セカンド)の頭を越えて、右中間へと転がっていく。

好スタートを見せた比奈鳥は2塁を蹴って、一気に3塁を陥れる。 打った石蕗も2塁へ滑り込み最高の仕事を成し遂げた。

 

会場がこの当たりにざわめきを覚える。 観客達は全国優勝経験チームの試合が観れると思い、この場に足を運んでいたが、今目に広げられている景色は捉えられそうな王者の姿であった。

 

「司!頼むぜ!」

「あぁ、任せろ」

 

和弥の言葉に一言答え、如月は右打席へと向かう。 無死2塁3塁というこの場面、4番という気持ちではなく、後ろに繋ぐ気持ちで打席へと入った。

 

ッカァーン!と音が鳴り、打球は三遊間を抜けていく。

 

「流石4番!頼りになるでやんす!」

「これで同点!このまま行けー!」

 

左翼手(レフト)が捕球し、素早く返球するも比奈鳥はそれより速くホームベースを踏んだ。

これで同点。 試合は振り出しに戻った。 尚も無死1塁3塁とガンバーズの攻撃は続く。

 

「ふっふっふっ、期待しているぞ和弥!」

「あぁ!ナイスバッティングだったぜ比奈鳥さん」

 

パンと同点のホームを踏んだ比奈鳥とタッチを交わす。 これでバトンは受け取った。

「さぁ零人、最後の勝負と行こうか」

「調子に乗っていられるのは今のうちだけさ」

 

 

・・・

 

 

「クソ!どうして上手くいかない!」

 

才葉秀人は苛立っていた。

 

彼が築き上げた全国大会常連のチームは今、ここ最近で試合が行える様になった明らかに自分たちと比べて質が低い様な、そんなチームに押されているということに。

自分が毛嫌いしてやまない相手がいるチームに、背を捕えられたという事実が彼の苛立ちを募らせていく。

「バカな…!配球は完璧だったはずだ!私が、私が小学生に読み負けたとでもいうのか!」

 

険しい目付きで、1塁上で自軍の声援に応える如月の姿を見る。

彼は先程の打席、零人の高速スライダーの前に手も足も出ずに倒れていた。 あの場面、忘れようにもこの試合初見で三振に切って取られた高速スライダーは色濃く脳裏に焼き付いていた筈。 その思考を更に乱すために、打ち気を逸らすためにとドロップカーブを初球から投げさせたというのに、まさかそれを狙っていたとは。

 

「あの4番は…!併殺が怖くなかったのか!?」

 

高速スライダーにしろ、ドロップカーブにしろ、両者共に引っ掛けさせて打ち取れる可能性は充分にある。 それを考慮しての初球の入りだったが、才葉は納得が出来ない。

 

「零人!早くこの回を終わらせろ!」

 

捕手に向けて、素早く球種のサインを飛ばす。 捕手は頷き、才葉にサインを送るが--首は縦に振られず、横に振られることになった。

 

(自分の力で勝負したいんだよ、父さん)

 

今才葉零人の中にある感情は、純粋に柊和弥との勝負を楽しみたいというものである。 その為に1塁走者の如月が2塁へ盗塁を行おうが知ったことではない。 今自分の双眼が捉えているのは柊和弥なのだから。

 

 

・・・

 

 

--走者が居ようが居まいが関係無い。

 

要は石蕗や如月(ランナー)に、ホームを踏ませなければ良いだけの話なのだ。

 

スーッと、洗練された動きでグラブを頭の上へと運ぶ。 才葉のそのフォームを観るやいなや、1塁走者の如月は2塁に向かって走り出す。

 

(走りたかったら、走ればいい。塁の1つや2つ、くれてやるさ)

 

糸を引くように、綺麗なストレートが捕手の構えるミットに寸分狂わず吸い込まれた。 ワインドアップ投法から投げ込まれたその速球は、今日の最速を記録していた。

 

「ストライーク!ワン!」

 

才葉の気迫が篭った一球。 その一球に、会場はどよめきを覚える。

 

「110…いや115は出ているか」

 

この会場にはスピードガンが無いため目測による測定になるが、大体の感覚でそれくらいだと虎造は判断を下す。

 

「これに、緩急を付けられては厳しいですね」

「ああ…明らかにギアが上がっているからな。これが才葉零人の本気か」

 

返球を受け取ってからの2球目は、直ぐに投げ込まれた。 初球程の球速は無いものの、またも寸分狂わず、先程と同じコースに制球され和弥のバットは空を切った。

 

「不味いな、これは」

「ええ…少し分が悪い」

 

3球目、投じられたボールは、空中でググッとブレーキを掛けて垂直気味に下降した。

 

「ボール!」

「ふぅ…」

 

ドロップカーブが外に外れ、カウントが1-2となる。

今のカーブの見送り方は、“手が出なかった”と言うような見送り方だ。 それも仕方の無い事なのかもしれない。 先程の才葉の投じたカーブは最早小学生レベルのモノでは無いのだから。 中学生に舞台が移ってからでも充分に通用するであろう。

しかし、その様な球を見ても和弥は怖気づくこと無く、寧ろ楽しそうに口角を上げていた。

それを見た才葉の表情にも笑顔が灯る。

 

「ファール!」

 

続く4球目、ストレートが内角に投げ込まれるが和弥がこれに反応。 遂にバットで捉え始めた。

 

5球目、6球目もストレート。 和弥もそれに付いて行き、前に飛ぶことは無いもののファールを放ってみせる。

 

(…最高だ、最高だよ和弥)

 

正直に言って、最近の野球は何か詰まらない気がしていた。 好敵手とも呼べる人物が居なかったことがそれに起因しているのだろう。和弥に対しても、ライバルだと言ったものの、自分が居るステージに上がってこれるとは半分半分と言ったところだと思っていた。

しかし、目の前にいる柊和弥は見事に自分の期待に応えようとしている。 彼は今、紛うことなき自身のライバルと呼べる存在になっているのだ。 これを喜ばずにいつ喜ぶのだと、才葉は湧き上がる感情をそのまま表情として表していた。

 

「あの野郎、笑ってやがる」

「この場面で笑えるなんて、心臓の強い2人(・・)だ」

 

和弥もまた、その表情に笑顔を浮かべていた。 この試合の意味も忘れて、ただひたすらに才葉の投げる球をどう打ち返すかを考えていた。

7球目、再びストレートが投げ込ま僅かに外れていることに気付きバットを止める。

これでカウントは2-2の並行カウントとなり、才葉と和弥、両者共に有利とも言えるのが現状だ。 ポンポンと、ロジンバッグが才葉の手の上で跳ねた。

 

「タイムお願いします」

 

強ばった肩と手首を解すために、一度打席の外に立ち軽く素振りを行う。 頭の中をかつて聞いた言葉が過ぎっていた。

 

『大体の投手はな、ここぞの場面で決め球を投げる時、“ロジンバッグを手につける”んだ。覚えておいて、損は無いだろうよ』

 

以前、試合前に掛かってきた電話で水木が言っていたことだった。 その時は何気なく聞き流していたが、ここでそれが過ぎるということは--そういうことなんだろう。

バッテを付け直した後、もう一度素振りを行い右打席へと入る。

勝つのは自分だと、そう示すようにバットを才葉に向けてから上段に構えをとる。

マウンドの才葉が大きく振りかぶり、8球目が投げ込まれた。

いつもと変わらないリリースから放たれたボールは、そのままスピードを保ちつつ、突如アウトコースへと横滑りを見せた。

投じられたのは高速スライダー。 如月を三振に取った球種である。

外角低め(アウトロー)ギリギリという、投手にとって生命線であるコースに制球されたこのボールに、和弥のバットは怯まなかった。

オープンスタンスだったものを、クローズドスタンスに変え、腰を入れて、しっかりとバットを振り抜いた。

 

--音は無かった。

 

そうして捉えられた打球は右方向へ逆らうことなく飛んでいき、外野フェンスを越えて、川に落ちるのを防ぐ金網に当たりポトリと真下に落ちる。

この結果に1人の男が吠え、1人の男が天を仰いだ。

 

「虎造さん。…どうやら“流しの虎”は健在らしい」

「ああ。全く、憎たらしいくらい自慢の息子を持ったもんだ」

 

 

・・・

 

 

「ストラーック!バッターアウト!ゲームセット!」

主審が高らかに宣言し、ガンバーズの面々は喜びを爆発させる。

 

「うおおおお!勝ったでやんす!オイラたちが優勝でやんすよ!」

「ふっふっふっふっ、今日は焼肉だな!」

「ナイスピッチング和弥!」

「ああ!ありがとな!これも全部、みんなのお陰さ!」

 

マウンド上はお祭り状態。 会場に来ていた観客からは惜しみない拍手が送られる。

 

「…参ったな。まさか、アレを打たれるとはね。打つ方で仕返そうにも抑えられるし、はぁ、強いな君たちは」

「今回はちょっとだけ俺にツキがあっただけさ」

「簡単に言ってくれるじゃないか。…また、和弥とは試合をやりたいけど、そう言えば“約束”があるんだよな」

「そう言えばそうだったな」

 

交わした約束。 それはこの試合に負けたチームが解散すると言うものであった。

目を真っ赤に血走らせている才葉監督と、相対するのは虎造と福沢。

態々犬猿の仲の相手の顔を見に、相手ベンチへと移動してきたのにはそれ相応の理由があった。

「さぁ、才葉。--約束を守ってもらおうじゃねぇか」

「約束?一体何の話だ?」

 

人を食った様な表情で、さも知らないようにシラを切り通す。 その様子に、かつての友人の姿は無かった。

 

「おいおい、とぼけるなよ。こっちは命懸けなんだ。あまり無理は言わんが、せめてハワイキャンペーンでもやめて貰えねえかな?」

 

虎造が言うハワイキャンペーンとは、サイバーキッズがガンバーズを潰すために行っていた嫌がらせの1つである。 財力がかなりあるために成せる力技であった。

 

「な、何で、私がお前の言うことを聞かなきゃいけないんだ?」

「貴様!裏切るつもりか…!そもそも吹っかけて来たのはお前じゃろ!」

「ふん、そんなこと知ったことじゃないな。幾ら騒いでもその人数じゃどうする事も出来んだろ!」

 

ここまで来てまさかの発言である。 才葉の言葉は全て逆ギレだ。

 

「…酷すぎるよパパ」

 

これには才葉監督の実子である才葉零人も悪態をつく以外にすべき行動が浮かばなかった。

どう考えても今回のものは理不尽であり、ガンバーズに対して失礼なものである。

 

「和弥、パパが失礼なことを言ってごめん」

 

だから謝った。 父が犯した罪は息子である自分が償わなければならない。

 

「顔を上げな、才葉の息子…零人と言ったか?これはお前が気にすることじゃない。確かにお前さんの親父は偏屈でひねくれ者だが、お前は真っ直ぐなやつだ。今日の試合を見ていたらそれが分かる」

 

ボール姿のやつに言われても説得力は無いか、と虎造は自虐的な言葉を挟んだ後軽く笑った。

 

「…ありがとう、ございます」

「おうよ。また和弥の相手をしてやってくれ零人」

 

虎造の言葉は、暗に解散しなくて良いという意味が含まれている。

そしてそれは、とても暖かく心に響いた気がした。

 

 

 

 





ようやっと話も終盤に差し掛かろうかと言うところに入りました。
作者のイメージとしては、後3話程度で本編に戻れるかなと思います。

閲覧、ありがとうございました。

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