オーバーロード異伝 異形の天使たち   作:そよ風ミキサー

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ナザリック&オルフェノク「やだぁ! 人間じゃない!? こうしてはいられないわ、おめかし(武装)して遊び(ぶっ潰し)に行かなくちゃ!」

人間「止めてください本当に」


大体こんな感じです。

本文文字数:12727文字


第9話 ごきげんよう、人間諸君

「ノア様、モモンガ様。お呼びとお聞きし、只今参上いたしました」

 

 

 ノアとモモンガが偶然にも転移したこの世界で初の人間と思しき種族を発見し、その様相に怪しさを感じて調査の為に配下を呼び出すと、配下達はすぐさま主達の元へと馳せ参じた。

 

 今回呼ばれたのはナザリックから1人、オルフェノクから1人の計2名だ。

 

 ナザリックのシモベの中から呼ばれたのは、階層守護者統括のアルベド。

 オルフェノクから選ばれたのは、オルフェノク54眷属のナンバー2、バラ型オルフェノクのローズだ。

 

 二人の配下を呼び寄せた主達は、応接スペースに打ち合わせをした時に広げていた用紙を畳み、各々が遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を目の前に浮かせながら待ち構えていた。

 そして、配下達が部屋へ入って来た事を主達が歓迎した。

 

 

「うむ、よく来てくれたなアルベド」

 

「とんでもございません。モモンガ様がお呼びとあらばこのアルベド、如何なる事態よりも最優先でモモンガ様の御許(おんもと)へ馳せ参じます」

 

「お前も忙しい所、呼び付けてすまないな」

 

「我が王からのご命令とあらば、それに勝るものはございません。いくらでもお呼びくださいませ」

 

 

 ベクトルこそ違うがこの二人の配下達は、己の主に対して他のシモベとは一線を画する程の忠誠と情念を抱く者達だ。

 

 片や愛する男へ全てを捧げる女として。

 片や己の信奉する至上の存在の使徒として。

 

 その主から軽い労いの言葉をかけられるだけでも、二人は至福の心持に包まれるのだ。

 

 

「さて、今回お前達を呼んだのには訳がある」

 

 

 モモンガがそう言うと、ノアが呼応して手元にあった鏡のマジックアイテムを配下達に見せた。

 配下の二人はその鏡に映る人間達の姿に目を見開くと、己の主達へと顔を向けて話の続きが来るのを待った。

 

 

「あの後、私とノアは此処でこの世界へのアプローチの仕方を思案していたのだがな、そこでこのマジックアイテムを使ってこの地域一帯を調べていた所でこの人間らしき生物達を見つけた」

 

「そこで、我が眷属の中で都合の良いスキルを持つローズと、ナザリックの中でも守りに置いては右に出る者のいない守護者統括の力を借りようとモモンガと話したのだ」

 

 

 そう二人の主が説明すると、アルベドとローズは身を震わせ、その場に跪き頭を垂れた。表情の分かるアルベドに至っては顔色が真っ青だ。

 突然の二人の行動に、主達はビクッと体をはねて危うく支配者の仮面がずれ落ちそうになった。幸いなことに、さっきの挙動は見られていない。

 

 

「我らが友好を築いている間にも、モモンガ様とノア様は既に此処まで進めておられる……」

 

「本来ならばシモベである我らがやるべき筈の事で御二方の手を煩わせてしまい、大変申し訳ございませんでした……」

 

 

 二人の配下の口から出た言葉には、主の役に立てなかった自分達の無能さを悔やむ気持ちが溢れていた。

 

 このまま続けさせたら、終いには命で償いますと言いだしそうな気配がしたため、ノアとモモンガは慌てて配下達の言葉を遮り、当初の目的を告げた。

 

 

「ま、待てお前達。お前達を呼んだのは説教をする為では無いのだぞ」

 

「モモンガの言う通りだ。お前達の力を借りて、この現状から一歩先に進みたいからこそ、こうして此処まで足を運ばせたのだよ」

 

 

 ノアとモモンガがこのシモベと眷属と呼び出したのは、先の通りである。

 手順はこうだ。

 ローズが備えている力の中で、限定的にだが相手の思考を読み取る事が出来るスキルがあるため、それによってノアがマジックアイテムで発見した人間(仮)の思考を読み取り、アプローチの仕方を選択する。

 仮にそれで向こうの素性が割れ、此方に害意が無い、又は戦闘力が此方の実力を上回るようであれば、情報を可能な限り読みとる事に注力して、その後は黙ってやり過ごす。

 逆に、もし害があり、そして此方でも十分対処可能であればノア達オルフェノク陣営で対象を捕獲し、洗いざらい情報を絞り出す。

 そして問題が無いとある程度判断したら、今度はモモンガが自身の魔法がどれくらいこの世界の生物たちに効果を及ぼすのかを知る事もかねて、護衛としてアルベドを伴い直接魔法で現地へ向かうつもりでいた。

 シンプルに言えば、『強い奴には臆病なほどに慎重に、弱い奴には胸を張って行きましょう』という作戦だった。

 

 その現地とやらであるが、ノアがマジックアイテムで怪しげな人間たちを見つけた様に、あの後シモベ達が来る前にモモンガもまた別の人間の集団たちを見つける事に成功したのだ。半ばやけくそ的に勢いよく右へ指を滑らせたのが功を奏したらしい。

 

 だが、モモンガが見つけた人間の集団もまた、普通ではなかった。

 モモンガが見つけた人間の集団は、鎧に身を固めたおよそ野盗とは言い難い者達が馬に乗り、武器を取り、道行く先の村で殺戮の限りを尽くして焼き払ったのだ。

 しかし、その武装集団たちは一つの村を潰しただけでは止まらない。まるで、次の獲物はどこだと言わんばかりに動きを再開し、平原を駆け抜ける様は血に飢えた狼の群れの如しであった。

 

 モモンガが狙いを定めているのはこの集団だ。

 恐らくではあるが、この集団はノアが見つけた謎の集団と何らかの関連性があるのではと二人は睨んでいる。

 それこそ先程二人で話をした、罠とそれを待ち伏せする者の様な存在ではないか、と。

 

 だが、そうやって思考を巡らせる二人ではあるが、二人は先の村で起きた殺戮について武装集団に対して義憤を感じたわけではない。

 

 まるで小さな虫の群れ同士が喰い、喰われるような、そんなものを見ているかのような心境でそれを見ているのだ。

 ノアとモモンガは、それらが果たして自分達に害のある毒虫なのか、それとも他愛のないただの虫なのか、それを判別するために調べているような感情で動いていたのだ。

 

 もちろん二人はその感覚に違和感を覚えた。

 とはいえ、それを忌避する気持ちなど二人には無い。ああ成程、そういうものなのか、という納得だけ。それだけである。

 

 

「畏まりました。ではあれらの心を曝け出させてご覧に入れましょう。<読心>(マインドロード)」

 

 

 ローズのガラスに覆われた眼が、スキルの発動と共に怪しく光り出した。

 その怪しげな眼光を向ける先は、マジックアイテムで映し出された謎の衣装を身の纏う人間の集団。そのリーダー格と思しき人物だ。

 

 見つめてから十秒位はたった頃、ローズがスキルを止めて己の主君であるノアへと報告した。

 

 

「ノア様、思考の読み取り恙なく完了致しました。逆探知を行われた様子もございません」

 

 

 ローズからの朗報にノアとモモンガは顔を見合わせ、主であるノアがその労をねぎらった。

 

 

「御苦労。それで、あれらは何をしていたのだ?」

 

「はい、どうやら敵対国家に所属している最強の戦士とやらをおびき出させる為に、別の国の武装を身に付けさせた部隊をばら撒いて、敵対国の領土内の村々を襲っている様です」

 

 

 どうやらこの世界に存在する国家の、それも中々重要な位置に属する人種達の様らしい。

 つまりあの人間達は、国家間の抗争の為の工作活動の真っ最中だったと言う訳だ。

 ノアはフレンドメッセージでモモンガへと話しかけた。

 

 

『モモンガさん、私達は当たりを引いたみたいですよ』

 

『その様ですね。しかも興味深い言葉が出てきました』

 

『最強の戦士って奴ですね?』

 

『ええ、そこら辺について訊いてみてもらえますか?』

 

 

 最強の戦士、実に聞き捨てるわけには行かないフレーズであった。

 ノアはモモンガからの注文に了承し、ローズへあの集団達の言う最強の戦士なる存在について問うた。

 

 

「最強の戦士とは中々大仰だが、どの程度かは分かるか?」

 

「はい。ですが、所詮は人間という下等な生物の枠組内での最強というだけで、我らを脅かすには到底及ばぬ取るに足らないものかと愚考いたします」

 

「そう言うからには、何か根拠があるのか?」

 

「先程思考を読み取った人間は、対象を殺すために切り札を国から預かっているそうなのですが、実に低レベルな代物でございました。それらから推察しまするに、対象である最強の戦士とやらも名ばかりの粗末な存在かと思われます」

 

「ならばその切り札とやらは何だ?」

 

 

 ノアの問い掛けに、ローズはやや笑いを抑えた声色で告げる。

 それは、切り札を持っている人間に対する嘲りであった。

 

 

「第7位階の天使が封じられた“魔封じの水晶”との事です。どうやらこの世界の過去に魔神を倒した“最高位の天使”だそうです」

 

 

 ローズの告げられた内容に、二人の支配者がぴたりと静止した。

 ……困惑と疑惑とが二人の時を止めたのだ。

 

 

『……第7位で最高位? あれが? 魔法一発で吹っ飛ぶあれが最高位?』

 

『いや待ってくださいモモンガさん、そもそも此方の世界の魔法とユグドラシルの魔法が同じだと決まったわけではありませんよ。もしかしたら、此方の世界では第7位階が超位魔法に値するのかもしれません』

 

『……と、とりあえず名前だけでも聞けませんか?』

 

『じゃあ、やってみますよ?』

 

 

「……最高位の天使とやらの名前は分かるか?」

 

「確認しております。ですが、低俗な天使ですので、御二方の御耳を汚してしまいかねますが……」

 

「構わん、今は少しでも確証が欲しいのだ」

 

 

 多分あれだろうなぁと思いつつもノアが促すと、言い辛そうにしてローズが答えてくれた。

 

 

「……“ドミニオン・オーソリティー”でございます」

 

 

『うーん……確定と見た方が良いんでしょうか?』

 

『い、いやぁ、これって甘く見ていると後で後悔するパターンじゃないですか? ほらあるじゃないですか、後にはとんでもない怪物キャラが控えている何て言うオチが』

 

 

 ノアとモモンガは思案に浸る支配者の姿を保ちつつ、メッセージ内でこの事実に対してどうしたものかと思い悩んだ。

 

 ローズの告げた天使の名前はユグドラシルにも存在するのだが、今の二人にとっては一撃で倒せる雑魚モンスターであった。例え群れで来たとしても纏めて殺せてしまう有象無象である。

 成程、それがあの集団の切り札であるのならば、恐らくそれと拮抗していると思われる最強の戦士とやらの強さはたかが知れるというものだ。ローズもそう判断したに違いない。

 

 しかし、そこで決断しきれない支配者二人はユグドラシル時代には酸いも甘いも経験した古参プレイヤー。すぐさま結論を出すのではなく、とりあえず自分達の心の整理もかねてインターバルを設ける事にしたのだ。

 

 

「ローズよ、他に情報は?」

 

「は、私が読み取った思考によりますと、この人間どもの属している国家は生意気にも人間至上の理念を基に国政を敷き、それ以外の種族の排除を盛んに行っている様です。この集団はその国家が保有する特殊部隊の内の一つらしく、亜人の村落の壊滅などを主な活動にしている様子」

 

 

 その情報に、ノアとモモンガがローズを凝視するように顔を向けた。

 特に反応が強かったのはノアの方である。先程までモモンガと会話をしていた時の未だに残っていた呑気さは無くなり、剣呑な様子が言葉を出さずとも感じられたのだ。

 

 

「……確かなのか?」

 

「はい、私が読み取った思考の中には今も尚異種族殲滅を願う念で溢れておりました」

 

 

 よどみなく答えてくるローズの様子に、ノアは腰かけていた応接椅子の肘かけに片腕を乗せて頬杖を突き、口部の外骨格から鼻を鳴らすような吐息が漏れた。

 

 

 ノアには、この世界に来てから思い描きはじめた目標がある。

 否、“夢”と言っても良いだろう。人間だった頃の鈴木輝雄では決して思い浮かぶ事すらなかった言葉だ。

 

 それを成し遂げるためには、この国はノアにとって障害となるだろう。

 だから―――。

 

 

 

「……目障りだな」

 

 

 ノアはマジックアイテムの向こうに映る集団に対して暗い感情が芽生えだす。

 それが自ずと口からこぼれ、重く冷たい声となった。

 

 まるで地鳴りが起きた時の様な声音だった。

 そこへ先のノアが抱いた感情が合わさり、近くにいたローズとアルベドがびくりと体をはね上げてノアを見た。 

 

 しかし、そこで二人のシモベへ救いの手を差し伸べたのはもう一人の支配者、モモンガだった。

 

 

『ノアさん、シモベ達が怯えています』

 

 

 メッセージで言われたノアはハッとしてローズとアルベドを見やり、落ち着きを取り戻すとモモンガへ陳謝した。

 

 

『……すみません、つい感情的になってしまいました』

 

『気にしないでください。しかし、突然どうしたのですか?』

 

 

 気遣わしげに訊ねてくるモモンガへ、ノアは少しだけ悩んだ。自分がこの人間達へ何をしようかという事を。

 果たしてモモンガは賛同してくれるだろうか。もしかしたら、慎重に行動するようにと自制を促されるやもしれない。

 

 しばし沈黙を続けていたノアは、思考の末にモモンガへメッセージを告げた。

 

 

『モモンガさん、私はこの部隊へ敵対的な接触を試みるつもりです』

 

『ノアさん、やるのですか?』

 

 

 メッセージで送られたノアの言葉に、モモンガは驚きの表情を髑髏の顔で作り、ノアを見た。

 対するノアは、頬杖をついた姿勢のまま、マジックアイテム越しの人間達の姿を静かに見つめている。

 

 

『そのつもりです。この部隊が属している国家の方針は、私達にとって致命的に相容れません。しかもこの人間達は、まだ距離があるとはいえ私達の拠点に近い。可能性が低いとは思うかもしれませんが、何かの拍子で見つかって後手に回るよりは先手を取って彼らを捕まえ、情報を吐き出させるつもりです』

 

『しかし、まだ不確定要素が多すぎます。しかも逆に此方から仕掛けて、ナザリックやノアさん達の拠点がばれたら本末転倒ですよ』

 

『場所の逆探知につきましては、向こう側の装備や強さの認識で多少は程度が知れましたので、此方の隠蔽を跳ね除ける程の力を持っている可能性はかなり低い可能性が高いです。――――モモンガさんは一国家の部隊と敵対行動を取れば、その国そのものが敵となる。その国家の持つ戦力にまだ不安を持っていらっしゃるのでしょう?』

 

『そこまで分かっていらっしゃるのならどうして……』

 

『そこでなのですが、モモンガさんには私とは別に、この人間達が敵対しているもう一つの国の方へ恩を売っていただきたいと考えています』

 

 

 メッセージ内でノアを止めようとしたモモンガだが、ノアの言葉にぴたりと止まる。

 少しだけ顔を俯かせ、ノアの言葉を頭の中で整理するかの様に口元を手で覆いながら思案すると、気づいたように再び顔を上げた。

 

 

『……あの陽動部隊を利用するのですか?』

 

『そうです、モモンガさんの方の遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に映ったあれです。タイミングを見計らって、あいつらが別の村を襲っている所をモモンガさんが魔法の実験もかねて颯爽と助けに入るんです。そして後に来るであろう彼らの標的である“最強の戦士”とやらと接触していただき、彼ないしは国に恩を売って、友好関係を築くための足掛かりを作ってほしいのです』

 

『成程……』

 

 

 ノアの策にモモンガは一定の理解を示したような反応を見せたが、それでも未だに納得しきれていない様だ。

 

 

『……ですが、その戦士は来るのでしょうか?』

 

『あの人間達は、来るという確証を以て人員を動員しているのだと思います。でなければ、国のお抱えの特殊部隊を態々出張らせてこの様な行動をさせる事は無い筈でしょう。そして襲われた村へ例の戦士が駆けつけに来る事を想定しているという事は、相手国がそれを戦士に指示を出す事を知り得るほどに国の内部を把握しているか、戦士の人格を把握していると見ていいと思います』

 

『仮に、その戦士が来なかった場合はどうするのですか? 私達が徒労に終わる可能性があると思いますよ?』

 

『その場合は、助けた村の代表者へ恩を売り、多少は村の復興の手助けをするという手もありかと。そうすれば人伝にその戦士、ないしは国の方へとモモンガさんの名が知られると思います。第7位階であれ程の認識なら、モモンガさんが手心を加えるだけでも大分注目されるとも思います』

 

 

 尤も、最後の方法については確率の問題なので自信が無いのですけれども、とノアが締めくくると、モモンガが顎に手を添えて再び思考の海へと沈み始めた。

 

 

『……この世界へ干渉する取っ掛かりとしてはアリ……ですね。それで行きましょう』

 

 

 思考の海から這い上がって来たモモンガは、重い腰を上げてノアの案に乗る事にした。

 

 

『提案に乗っていただきありがとうございますモモンガさん』

 

『いえ、どうも私一人だと及び腰になってしまいがちですので、先ほどの様な意見を出していただけるとこちらも助かります』

 

 

 この状況下では仕方がないであろうし、それこそがモモンガらしく、そう言う所がギルドマスターに抜擢された理由なのだろうなとノアはこの死の支配者の人となりを改めて確認した。

 

 しかしこれで条件がそろった。

 ノアとモモンガはメッセージを切り上げると、待機していたローズとアルベドへ指示を下した。

 

 

「ローズよ、これから伝える眷属を連れて来るのだ。しかる後にこの人間どもへ襲撃をかけ、あらゆる情報を絞り出すのだ」

 

「アルベドは我が友と眷属達が出立した後、私と共にこの人間どもを叩きに行くぞ。完全武装の準備をせよ」

 

 

 二人の支配者達から下された仰せ付けに、二人の配下がこれに短い返事で以て承り、即座に行動を開始した。

 

 

「では準備ができ次第、私の方から先に行きますね?」

 

「はい、よろしくお願いします。御互い有益な情報が手に入る事を願いましょう」

 

 

 かくして、二人の強大な異形がこの世界に住まう生命へとその威力を振るいに地上へ脚を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 神の祝福。その恩恵を授かる事の出来る人種と言うものは、極めて僅かな物であり、その祝福とやらも、実は大した物では無かったのではないか。

 

 神を崇め奉り信仰心を胸に生きてきたとある男達は、それを身を以て噛み締める事となる。

 

 

 

「ガゼフ・ストロノーフは見つからないのか?」

 

 

 スレイン法国が誇る6つの特殊部隊が一つ、陽光聖典と呼ばれる部隊が自分達の任務遂行の為に、対象が餌に食いつくのを平原の小高い丘に隠れながら息を潜めてじっと待ち構えていた。

 

 その中で、平坦な声を発したのは一人の男。

 際立った特徴のない顔立ちの頬には大きな切り傷があり、その瞳はガラスの様だった。

 男の名はニグン・グリット・ルーイン。陽光聖典の隊長を務めている存在だ。

 ニグンの言葉に、一人の部下が返答した。

 

 

「まだ確認は出来ていません」

 

 

 部下の返答が自身の求めた答えではなかった事が不愉快だったのか、ニグンは眉間に皺を寄せた。

 

 

「此処まで一体いくつ村を潰した?」

 

「4つです。これから5つ目の村へと陽動部隊が攻撃を仕掛ける所です」

 

「ふんっ、奴が駆け付ける頃に、愛する国民が何人死んでいくのか見ものだな」

 

 

 口元に浮かぶのは嘲笑。

 それは獲物に対するものか、それともその獲物が属している国へと向けられたものなのか。

 

 元々ニグンが率いる陽光聖典は、亜人の村落の殲滅を主とした非合法な活動が本来の活動内容なのだ。

 

 陽光聖典が属するスレイン法国は、6つの偉大な神を信仰とする宗教国家だ。

 その国の大きな特徴として、人間こそが選ばれた種族であり、それ以外を下等と見做す教えを続けてきている。

 それ故人間以外の種族が住む国家、ないしは自国の宗教とは別の異教を信仰する国とは仲が悪く、我らこそが人類の守護者であると自称して憚らない。

 

 そして、その人間種を守り抜くためならば、あらゆる手立てを駆使しなければならない。

 そう言った考えのもとに設立されたのが6つの特殊部隊なのだ。

 

 今回陽光聖典が与えられた任務とは、“王国に所属する周辺国家最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフの抹殺”だ。

 本来ならばそのような大物相手は同じ特殊部隊の漆黒聖典が担当するべきものなのだが、様々な事情によってその部隊が動けない為、陽光聖典の方へとお鉢が回って来たのだ。

 

 そのガゼフ・ストロノーフをおびき出させるために、王国の村々を今回の為に用意した陽動部隊を使って破壊して回らせているのだ。

 

 あの最強の戦士は確実にやって来る。

 しかも、その戦士が纏うべきはずの王国の至宝を一切装備せずに、だ。いわば丸裸の状態で自分達の用意する折の中へと転がり込んでくるに等しい。

 これもひとえにガゼフ・ストロノーフが属する王国内の政を司る貴族達のおかげだ。

 

 ガゼフ・ストロノーフは平民から出世した経歴の所為か、貴族達からは大層嫌われている。

 その為、ガゼフは様々な事あるごとに貴族達から嫌がらせを受けていると聞く。今回の任務で誘き出されるガゼフの状況もその一環だ。

 

 そもそも、あの国は貴族達の腐敗が酷い。現在王族派と貴族派で政治抗争が起こっており、国内の状況もそれほど芳しくないという情報を受けている。

 何とも嘆かわしい話だと思うニグンだが、所詮は敵国の仲間割れで、それが此方の手助けとなっているのだ。

 

 ありがとう貴族(無能)達。お前達の協力のおかげで、我ら陽光聖典は最小の被害で最大の脅威を撃ち払う事が出来そうだ。ニグンは、もしこの場に件の貴族達がいたら優しく微笑みかけてやるくらいの恩を感じた。尤も、その後は死体になってもらうが。

 

 更には直属の上司に当たる神官長から、強大な切り札を授かっている。

 負ける筈が無い。これさえあれば如何に最強の戦士と言えども完全抹殺は逃れ得ぬことであるとニグンは確信している。

 故に、この任務は作られた筋道をなぞる様な物だった。

 

 

(さあ来いガゼフ・ストロノーフ。貴様の命、我らが信仰する神への供物にしてやろう。その為に、貴様を確実に抹殺してやる)

 

 

 ニグンは舌なめずりをしそうな己の心を律しながら、再び獲物が檻の中へと来るのを待つ態勢に入ろうとした。

 

 

 だが、その時、思いもよらぬ第三者がその計画を狂わせることとなる。

 

 

 

「…………何だ?」

 

 

 その異変に最初に気が付いたのはニグンだった。

 

 音を立てず、景色に溶け込むように身を隠していたのだが、突如周囲から風の音が消えたのだ。

 

 風が止まったわけではない。現に今も陽光聖典達が待機している丘を中心とした周りの平原には、風が吹き付けているのだから。

 

 

「各員、索敵! 周囲に我ら以外の気配がないかを探すんだ!」

 

 

 何かがおかしい。そう思ったニグンは音程を落としながらも鋭い声色で部下達に指示を飛ばした。

 指示に従い統率のとれた動きで部下達が慌てた様子も無く索敵を行う。

 

 いくつもの魔法が発動される。だが。

 

 

「……ニグン隊長。周囲に他者の気配、確認されません!」

 

 

 次々と部下達からは気配なしの4文字しか返答が返ってこない。

 

 

「そんな筈はない、ならばこの状況は何だと言うんだ!?」

 

 

 しかし、その問いに答えられるものはいなかった。

 部下の誰もが返答に窮して言葉でない。

 

 

「た、隊長! ニグン隊長!!」

 

 

 そこへ一人の部下が憔悴した声でニグンを呼ぶ。

 現状に新たな進展の兆しか? と思ったニグンだが、それは自分達の状況がさらに悪化した事だと知る。

 

 

「我が部隊は……閉じ込められましたぁっ!!」

 

「何だと!?」

 

 

 ニグンが驚愕に叫び返した先にいる部下は、此処から50mほど離れた位置にいた。

 目の前の空間を何度か手探る様に動かし、終いには叩くような仕草までしている。

 

 異変を感じたニグンは複数の部下を引き連れて其処へと向かった。

 狼狽する部下の指し示す壁へと念のために触れてみると、まるで目に見えない壁がそこにある様に、ニグンの手をそれ以上先へと進ませる事を拒んだ。

 

 

(何だこれは……こんな現象は、聞いた事が無いぞ)

 

 

 ニグンも特殊部隊の隊長を務める関係で、現在確認されている魔法についてはある程度認識している。

 しかし、そのどれともこの現象は合致しない。全くの未知の事象であった。

 

 

「各員! 周囲を調べろ! 何処かに抜け道があるかもしれ――――」

 

 

『無駄ですよ。何をしても』

 

 

 突然、ニグンの頭の中へと何者かの声が響き渡る。

 

 

『貴方達はもうそこから出られない』

 

 

 ニグンは驚き周囲を見渡すが、何処にも不審な人影は見当たらない。

 

 しかも、どうやらこの声はニグンだけが聞こえた物では無い様だ。

 ニグンが見回した際、他の隊員達も頭に手をやり周囲を見回しているではないか。

 

 声はすれども姿は見えず。得も言えない不安が心によぎり出したニグンは、声を張り上げて叫んだ。 

 

 

「何者だ! 我らを謀(たばか)ろうとしているのか!? 声の主よ、姿を表せ!」

 

『ふふ、そう怯えずとももういますよ――――ほら、そこに」

 

 

 頭に響いていた声が、突如聴覚へと流れ込む。

 

 ニグン達陽光聖典は第三者の声が聞こえる方向へと勢いよく振り向いた。

 

 

 

 

「ごきげんよう、人間諸君」

 

 

 そこにいたのは、ニグン達が見た事も聞いた事も無い人ならざる者だった。

 

 全身の色は灰。

 発達した筋肉の表面を覆う灰色の外殻は、人でない事をまざまざと見せつけているかのようだ。

 そしてその最たるものはその顔。

 唇の無い剥き出しの歯と、顔の上半分がガラスの様な透明な硬質物で覆われており、本来人間ならばある筈の脳の器官が青いバラとなっているのだ。

 背筋をぴんと伸ばした姿勢で、両手を背中で組んでそこにいる。 

 

 

 こいつは、何だ?

 ニグン達陽光聖典は人間以外の種族を討伐する事に特化した部隊だ。

 その為、それら人外種の情報も多く持っている。

 

 だというのに、この目の前の異形は何だというのだ。未だ嘗て、この様な種族は見た事が無かった。

 漂う雰囲気と佇まいが、只ならぬ存在である事を示しているかのようで、ニグン達の顔に知らぬうちに汗が垂れる。 

 

 

「き、貴様……何者だ」

 

 

 ニグンが生唾を飲み込みながら、精いっぱいに振り絞った声で問いかけると、灰色の異形が慇懃無礼な態度で笑う。

 

 

「これから死にゆくあなた方にそれを言っても意味のない事です」

 

「……何だと?」

 

 

 灰色の異形の言い分は、つまり自分達陽光聖典を亡き者にしようとしているという事だ。

 予想だにしない第三者の介入に驚くニグンだったが、鍛えた精神力で以て心を落ち着かせ、灰色の異形へと言葉を返した。

 

 

「貴様一人で我らと戦う心算か? いささか侮りが過ぎるとしか言いようがないな。化け物め」

 

「ならばやってごらんなさい。そうすれば、貴方達の粗末な脳でも理解が出来るでしょう」

 

「……天使を召喚しろ!」

 

 

 こちらを侮った事を死んで後悔させてやる。

 先ほど感じた不安は怒りとなり、ニグンが部下へと指示を出した。

 

 部下の神官達が召喚魔法を行使すると、輝く翼を携えた存在が複数現れる。

 

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)。陽光聖典が主力として使役する、第3位階魔法で召喚可能な上位天使だ。魔法の力がこもった武器でなければダメージを与えられない為並の戦士からすれば悪夢のような存在である。

 

 現れた数は優に40体。

 宙へと浮かび上がり。炎の剣を片手に構えて灰色の異形を包囲するようにゆっくりと空中を群がり始める。

 

 

「どうだ。本来なら貴様一匹を殺すのには勿体ない位だが、我らを虚仮にしたその報い、全力で償わせてやる」

 

 

 大勢の天使達という数の力で心に余裕の生まれたニグンの口元に笑みが浮かび上がる。

 この数で掛かられたが最後、如何に英雄と言われた存在であろうともカラスに啄まれる腐肉の様に無残な末路を迎えるであろうと確信が出来る。

 

 

「クク……フフフフフ……ハハハハハ……ッ」

 

 

 だというのに、目の前の灰色の異形は、口元に優雅に手を添えて笑い出したのだ。

 ニグン達の姿が、さも可笑しいと言わんばかりに。

 

 

「……何がおかしい? それとも貴様は只の気狂いか?」

 

「いえいえ、貴方達が胸を張って繰り出してきたのだから何かと思いきや……こんなもので私を倒そうというのですから……本当に」

 

 

 

――何と可愛らしい事か――

 

 

 

 突如、空へ浮かんでいた全ての天使達が“潰れて消し飛んだ”。

 

 

「……え?」

 

 

 自身でも想像だにできない程に間抜けな声を漏らしたのは、他ならぬニグンだった。

 

 いざこの化け物をガゼフ・ストロノーフ抹殺の前哨戦として葬ってやろうと意気込んでいた矢先、天使達が見えない力で握り潰されたかのように体が歪に歪み出し、瞬く間に人間の頭サイズまで圧縮したかと思えば光の粒となって破裂したのだ。

 

 

「な、何を、何を……なに?」

 

 

 目の前で起きた事象に、頭が追い付かずに壊れた機械の様に言葉を紡ぐニグン。

 

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)40体が、一瞬で全滅? 全滅だというのか?

 

 

「……化け物め!!」

 

「おや、ようやく認識したようですね? 言っておきますが、仮にあれの高位種を召喚したとしても結果は変わりませんよ」

 

 

 無駄な努力ですのでおやめなさい。

 そう言われたニグンはどよめく部下達をよそに一人歯噛みする。

 

 実際、確かに炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)の高位の存在で、プリンシパリティ・オブザベイションという天使がいるが、あの光景を見せられた後に召喚したとしても、同じ結果しか出ないような気がした。

 

 はっとニグンは顔に浮かぶ脂汗をそのままに、自分の手を見る。

 気が付けば、本人の意思とは無関係に震えているのだ。

 

 その理由は恐怖。

 ニグンだけではない。他の部下達は仮面の中からガチガチと歯の根が鳴り、狼狽しながら自覚しているのか分からないが、神の名を幼子の様に呼び始める者までいた。

 

 今、陽光聖典の者達は、スレイン法国が誇るエリート揃いの特殊部隊から、狼に狙われる羊の集団と化した。

 

 恐怖に狼狽える人間達の姿を満足そうに頷く灰色の異形が、彼らに絶望を与えるために更なる言葉を紡いだ。

 

 

「あなた方を始末するのなど片手で5秒と掛からないのですが……今日は“我ら”にとって記念すべき日でしてね、少々贅沢に振る舞わせていただきます」

 

 

 灰色の異形がパチンと指を鳴らすと、異形がいる場所の真逆の方向に漆黒の空間が広がり出した。

 

 

「是非、死出の旅路のはなむけにしていただきたい。今日は“5人”で貴方達の相手をさせていただきます」

 

 

 漆黒の空間から飛び出す影の数は4つ。

 それらが陽光聖典を囲むように降り立ち、その姿が白日の下に顕わとなる。

 

 

 遠い海に生息すると言われるイカの様な姿の神官の異形。

 

 ツバ広の帽子をかぶり、どこか蝙蝠を彷彿とさせる異形。

 

 象の姿を模した巨漢の異形。

 

 上半身から夥しいキノコを生やした異形。  

 

 

 バラの様な頭部を持つ異形を含めた5人の異形達が、陽光聖典達を包囲した。

 

 

「他の4人もあの程度の天使なら虫けらのように葬れる力の持ち主達です。どうです? 人間如きを相手にするのが勿体ない程に豪勢でしょう?」

 

 

 ニグン達は耳を千切り捨てたいほどにバラの異形の言葉を聞きたくなかった。

 

 あのような存在が5人? 何の冗談だ? これは夢か? できれば待機中にうっかり居眠りをして、つい見てしまった悪夢であってほしかった。

 

 

 だが、その悪夢へさらに追い打ちをかける出来事が起きた。

 

 

 先ほど現れた4人の異形達が出てきた漆黒の空間がまだそこに存在しており、そこから更に何かが出てくる気配を感じた。

 

 

 ゆっくりと、まるでスローモーションのようにそれが足を踏み入れる。

 

 

 全身を白と灰色の外殻で覆われた、2mを上回る巨体。

 顔は飛蝗の様で、その巨大な複眼は禍々しい紫色で覆われており、全てを飲み込むかのように虚無めいていた。

 首に巻いた巨大なマフラーが、物理法則を無視して中空を怪しく漂わせながら現れたその異形は、先の灰色の異形達と似ている様で、明らかに常軌を逸していた。

 

 まさに闇の深淵より出でたる虚無の権化。

 人の理の外に座す恐るべき何かであった。

 

 

「喜びなさい人間達よ、貴方達は実に幸運だ。その矮小な命を散らす事によって、我らが偉大なる御方の無聊の慰めとなる栄誉を与えられるのですから」

 

 

 

 喜びの感情が含まれた優しい声で、バラの異形がニグンたちへと死刑宣告を告げた。




ローズ「この玉体が目に入らぬか~!」

ノア「(`・ω・´)ジャジャーン」

ローズ「恐れ多くもオルフェノクの王、ノア様であらせられるぞ~!」

ノア「(`・ω・´)ボワーン」


モモンガ(……すんごい楽しそうだなあ)



次回、ニグンさんの様子が……?
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