3度目の人生は静かに暮らしたい   作:ルーニー

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エイプリルフールネタで投稿したものをわずかに書き足して投稿。
意外と好評で嬉しかったのでやっちゃった(チョロい作者


IF
没案その1


「っ……。ぅ……ここ、は……?」

 

 突然意識を失い、気が付けば少年は見知らぬ場所に拘束されていた。周りは暗くどうなっているかも見えず、腕は光る輪のようなものだけで縛られているはずのにそこから動かすことができず、しかしそんな状況にあるにもかかわらず少年は慌てることなく辺りを確認するかのように見渡している。

 

「……また、か」

 

 少年、久藤信也はこういったあり得ないことに慣れていた。それこそ、他者の命どころか己の命の危険すらもままあることだった。だからこそ、信也は落ち着いて周りの状況を確認する。己の命の危険を察知するために、危険をいかに回避するかを探すために。

 

「…………」

 

 軽く辺りを確認し終えた信也は、ただどこかの研究室のような場所だな、と感じた。部屋の暗さに目が慣れてきた信也の目にはうっすらと本のようなものが積み上げられた机や本棚のような形をしたものが壁際にあるのを見ることができた。

 

「……チッ。これ以上は見えないか」

 

 しかし、それ以外を確認しようにも暗さでなにも見ることができず、これ以上は見ても無駄だと判断した信也はここからどうやって出るかを考え始める。

 腕や足は鎖で繋がれているわけではない。しかし薄く光るナニかに手足を縛られ、ろくに移動することもできない。なんとか壊れないかと手足を動かしても壊れる気配もない。そもそもこの光っている物が何なのかがわからない。

 ない。ない。ない。考えても似たようなものはあってもそうであるものは記憶になく、しかし突然のことに狂うことなく信也はただどうやって逃げるかしか考えていなかった。

 自身が傷ついても構わない。四肢が残っていれば、最悪死ななければそれで十分なのだと過去(前世)の経験からそう思いながらここからどうやって出るかを考えていると、部屋のドアらしき壁が突然開く。逆光でそれがどんな人間なのかはわからないが、逆光から見える女性特有のシルエットがそこに立っているのを信也は警戒しながら見る。

 

「起きたようね」

 

 カツリ、カツリとゆっくり近づく女性。その声は威厳に満ちたようにも聞こえるし、しかしどこか期待を纏わせるようなものがあると信也は感じた。

 

「……誰だ?」

 

「私が誰かなんてどうでもいいわ。私はあなたに確認をするためにここに連れてきたの」

 

 想定内の返答。むしろ姿を確認すると問答無用で襲いかかってくる正気を無くした狂人やいることを否定したくなる化け物よりも会話ができる人が出てきただけ幾分かマシなほうではあるだろう。

 しかし、会話ができても成立するとは限らない、むしろ拉致されていることを考えれば会話は成立しないであろうことを経験から感じ取った信也は静かに女性が何を言ってくるのかを聞くために耳を傾ける。

 

「あなたに聞くことはただ1つ。死者蘇生の知識を有しているか否か、よ」

 

 それを聞いた信也は思わず思考が停止してしまった。だがすぐにそれも解け、女性が言ったことを頭を高速で動かしながら確認するように口に出す。

 

「死者蘇生の知識、だと?」

 

 死者蘇生の知識。確かに目の前の女性はそういった。確かに自分には死者を死ぬ前に戻すことができることを知っている。さらにその方法も知っている。

 だが、それは常識で考えればあり得ないことであると子供でも分かることだ。人は死んだら2度と起きることはない。それが普通であり、不変の現象である。だが、その常識など掃いて棄てる存在があることを、それらがあり得ない現象を引き起こすことを、その方法すらも信也は知っている。

 だからこそ、なぜ信也がそれを知っていることを知っているのか。それが信也は理解できずにいた。

 

 身動きができない状態にもかかわらず、信也は目の前にいる女性を睨みつけている。

 廊下からの光で照らされている女性は妙齢に見える顔立ちや姿は美しいものであったが、その顔立ちからくる鋭い視線は美しさの中に潜んでいる猛毒の棘のようなものを感じさせるものだった。

 

「えぇ。あなたはアルハザードの知識を持っている。それならば死者の復活も可能でしょう?」

 

 アルハザード。その言葉を聞いた信也は顔を歪める。確かに信也はある書物の原本を調べるためにその名を口にした。だが、知らぬ者からすればただの人の名前だ。だが、知っている者からすればそれは崇め称える者の名であり、忌み嫌う者の名でもあった。

 

 アブドゥル・アルハザード。古代アラビアに生きた、決して存在してはならない知識を記した狂人である。多くの旧支配者を信奉したこの狂人が記した書物、ネクロノミコンは口にするのも拒む知識が記されている。その知識を写した写本は多く、それですらも国が滅んでもおかしくないほどの情報がそれには載っているのだ。

 その中でも信也はそこに記されている怪物や化け物、魔術の知識、およびそれらの対処法を知るためにその原本を求めていた。もちろん簡単にことが運ぶようなことはなく、得られるものも書物の一部分のみであることが多いが、それだけでも街が1つ滅んでもおかしくはない代物だ。

 なぜその名前を知っていると言わんばかりに睨みつけるが、女性、プレシア・テスタロッサは何も感じていないのか涼しい顔で少年を見ていた。

 

「出来るのでしょう?ねぇ、外法の魔導師さん?」

 

 バチバチと、手にしている杖から電気が迸る。脅しとして電気を発している杖を信也に向け、しかし信也は絶望で顔色を変えることはなく、むしろ威嚇するかのようにさらに視線を強くした。

 

「……いつから俺を監視していたんだ」

 

 睨み付けながら吐き出したその疑問は、当たり前のように出てくるものでありながらどこかずれたものだった。

 通常ならば『どうやって監視した(HOW)』、または『どこから見ていた(WHERE)』などといった質問が出てくるはずなのに、信也が出した疑問は『いつから(WHEN)』。監視されていたこと自体に驚きはたいしてなかった。

 

 しかし、それも仕方のないことかもしれない。信也が今まで体験してきたことはまさに『ありえない』をこれでもかと詰め込んでは煮詰めてドロドロにしたかのような、混沌とした非現実だ。いつ死んでもおかしくないどころかいつ世界が崩壊してもおかしくないような事件に何度も遭遇し、果てには神とすらも何度も遭っている。

 そんな中、いくら完全だと思ったところでどんなものにもできる綻びはあるのだ。そこから知りたくもない真実を必死に手繰り寄せて事件を解決してきた信也からすれば、個人で隠してきたことが誰かしらにバレていたとしてもおかしくはないと理解できている。

 

「……どうでもいいわそんなこと。さぁ、できるのかできないのか、ハッキリ言ってもらいましょうか」

 

 しばらく信也とプレシアのにらみ合いが続いたが、信也がわずかに顔をしかめ、鼻を鳴らして渋々といったように口を開いた。

 

「……いいだろう。ただし、条件がある」

 

「条件?あなた、自分の状況がわかっているの?」

 

「自分の状況?なにをふざけたことを。条件を飲まなければ俺は2度と口を開かないだけだ」

 

 通常ならば、両手を縛られろくに動くことも出来ない状態でそのようなことを言ってもこけおどしにもならないものにしか感じられないだろう。

 だが、信也の言葉には覚悟を決めたような、圧力のようなものすら感じる。娘を生き返らせるために狂ったプレシアも、わずかに冷や汗を流すほどにそれは強いものだった。

 

「……ふん。アリシアが生き返るのならなんでもいいわ」

 

 本来ならばそんな交渉に乗る必要はなかった。ただ脅しをかけて情報を引き出し、それでもしゃべらなかったら消す。それをするだけでよかったのだが、今回は情報が情報のために軽々しくそのようなことはできなかった。

 プレシアの求める情報、アルハザードの知識は今やほぼすべてが失われたと言っても過言でもない。一部の人間からはその知識だけでも兆の額を出してもよいといわれているほどに希少なものになっている。

 今自身の目の前にいる少年はその知識を持っているとプレシアは確信していた。実際にプレシアのもつ知識にすら存在しない現象を引き起こしているのだから、少なくとも失われた知識の一端は持っていることは間違いない。

 だからこそ、次にアルハザードの知識を持つ存在が出てくるかわからない現状千載一遇のこのチャンスを逃すわけにはいかないプレシアはある程度の条件を呑まざるを得ない。

 いくら探せばあるとはいえアルハザードの知識を、邪神の知識を多く貯えている信也をここで逃せば再び長い時間をかけて探す必要が出てくるのだ。分の悪い賭けであったが、信也はなんとか多少の譲歩をつかみとることができて内心安堵していた。

 

「それで?何が望みなの?」

 

「蘇生させる肉体が完全であるという保証。貴様の持つ知識と伝承を記した書物。俺という存在の黙秘。そして痕跡を残さずに俺を元の世界に返すことだ」

 

 それをしないのなら、俺は一切手を貸さない。

 そう言った信也の目は、嘘など言うようなものではなかった。ここでこれを飲まなければ間違いなく、死ぬようなことがあっても話すことはない。

 少年のような見た目に合わない威圧感と異常さに、わずかに関わったことへの後悔すら覚えていた。

 

「……いいわ。それぐらいなんの痛手でもない。すぐに用意してあげるから、その間に準備をしなさい」

 

 だが、プレシアも、自らの欲望のためにクローンを作り出す禁忌にすら手をつけるほどに狂ってしまったプレシアも普通ではなかった。

 わずかに感じたおぞましい狂気を気のせいだと思い、警戒をしながら信也の腕を解放する。急に体を支えていた物が消えたことで魔術師はその場に倒れこんだが、隙をなくすように一気に起き上がりプレシアを睨み付ける。

 

「こっちよ」

 

 魔術師の視線を無視し、背中を向けて部屋から出ていくプレシア。魔術師はそれを警戒し、やや離れた位置を保ってプレシアを追いかける。プレシアは信也に背を向けていたが、しかしそれに信也は何かをすることもなくただついていく。

 歩く音しか聞こえない通路をしばらく歩き、ある部屋の中の壁に手を置くプレシア。すると壁が音もなく開き、プレシアはその中へと入っていった。

 信也は警戒をしながら部屋の前まで歩き、中を見てわずかにではあるが初めて動揺を露にした。

 

 その部屋は真っ暗な空間だった。生活必需品もなく、家具もない。そんな殺風景な部屋の中に、まるで人工の大木のようなものがあった。

 胴体はガラスでできた、生体ポッドというべき装置の中には目を閉じた少女が入っていた。中は液体で満ちており、少女は静かに、一切動くことなくそこに漂っていた。

 それをプレシアは当たり前のように振る舞い、中にいる少女に嬉しそうな、恍惚としたと言える表情を浮かべている。

 それを信也はわずかに恐怖のような感情が湧き出ていた。自分の理解が及ばない存在が目の前にいるという事実に、過去の体験がふつふつと思い出させていたのだ。

 

「……肉体を、死体を出せ。そして一切の風と振動を起こすな」

 

 だが、人智を越えた存在に幾度も対峙してきた信也はすぐに恐怖を振り払い、感情を凍らせる。恐怖するのはいい。それは五感を研ぎ澄まし、周りを警戒する最高の感情だ。だが、過度な恐怖は思考を停止させ、身体を強張らせるだけのものとなる。そんなことでは対抗すべきである脅威に殺されたも同然である。

 それに、信也はこう言った手合いには幾度も対峙してきた。だからこそ知っているし、ある程度の理解もある。

信也はプレシアの狂気を理解できない。だが、狂気は理解できないものだと理解している信也は表情を凍らせ、中へと入っていく。

 信也の姿を確認したプレシアはわずかに顔を歪ませ、近くにあった機械を操作する。

 ゴボリ、と大きな空気の入る音とともにポッドに大きな気泡が少女を包んだ。そして気泡は空間へと変わり、液体の無くなった中で少女は倒れるようにポッドに寄りかかった。

 

「……最終確認だ。この死体、本当に不備がないんだな?」

 

 ポッドが開き、少女を抱き抱えたプレシアはゆっくりとその頭を撫で、どこからか取り出した毛布の上に寝かせる。まるで壊れ物を扱うように、同時に笑みを浮かべていたプレシアは、信也の声を聞くなり慈愛に満ちた笑みを忌々しげに歪めては信也を睨み付ける。

 

「当たり前よ。事故で死んでからすぐに肉体を回復させたの。肉体にはなんの不備もないわ」

 

「……いいだろう。終わったというまで一切の干渉をするな。それを破ったとき、こいつがどうなろうと知ったことじゃあない」

 

 プレシアを少女から離し、信也は少女の前に立つ。何度か口を動かし、のどを慣らすように数回声を出して口を閉じる。

 目を閉じて深呼吸をする。そして、ゆっくりとまぶたを開き、少女に視線を向け、ゆっくりと口を、開いた。

 

「          」

 

 信也は呪文を唱える。いや、それは呪文なのか、言葉としてすら怪しい音を、人が出せるのかとすら恐怖するほどに怖気立つ音が部屋の中で木霊した。魔導士として優秀なプレシアも初めて聞く音に、こんな音が人から出るのかと、わずかに恐怖を感じた。同時に、これならばきっと娘を生き返らせることができると確信めいたものも感じていた。

 

 何分経っただろうか。嫌悪感すら感じる音で絶え間なく唱え続ける信也に、プレシアはまだかまだかと苛立ちが沸いてくる。杖を持つ指で杖を叩き、今か今かと愛娘の蘇生を待っていると、それは突然訪れた。

 

 アリシアの死体がわずかに発光し、次の瞬間には白い粉の山へと変わったのだ。

 

「っ~~~~~~~~!?」

 

 声にもならない悲鳴をあげた。愛する娘が、なにかもわからない粉へと変わったのだ。気が狂いそうなほどの痛みを感じ、今にも信也に襲いかかろうとした。

 しかし、怒りと絶望の中でまだ終わっていないという、わずかに残った想いが信也を襲うことを引き留めた。まだ終わっていない。まだ、終わったと言っていない。

 だが、それでも、失敗したなどと言うようであれば、目の前の信也には生きていることが苦痛となるほどの痛みを与えると、今にも消えそうな想いを繋ぎ止めるように別の怒りを沸かせていた。

 

 そして、白い粉の山となったそれに対して信也は呪文を続ける。

 人が出せるようなものではない、異常とすら言えるその音が部屋の中に響く。そして、全ての呪文を唱え終えて口を閉じた、その時だった。

 

 白い粉が、まるで逆再生されたかのように肉体へと変化するように動き始めた。

 粉は骨へと、肉へと、神経へと筋へと水へと爪へと皮へと体毛へと目玉へと歯へと変わっていき、そして、それは呪文を唱える前と寸分の狂いもなく変わった。

 

「……アリ、シア……?」

 

 目の前の現象が信じられないのか、さっきまでの狂おしいほどの殺意と怒気の代わりに驚愕と信じられなさを露にする。よろよろと2人へと近づいていき、もう終わったのかを確認しようと口を開いた、その時だ。

 

「……ん……ぁ……?」

 

 開く筈のない口がわずかに開き、そこから少女のか細い声が漏れた。

 その声を聞いたプレシアは目を見開き、音もなくそこから涙が溢れ出している。

 

「……こ、こ……どこ……?」

 

 ゆっくりと、しかし確実に開いていく瞼の下には、普通ならばありえない光を宿した目が顕れる。

 顕れた目はゆっくりと辺りを見渡し、目の前の顔も見えない不気味な人間を見て、そしてそのままその後ろにいる存在へと移った。

 

「終わったぞ」

 

「アリシア!」

 

 着火した爆弾のごとくその言葉を聞いたプレシアは待ちきれないと言わんばかりに信也を除けて愛しい娘に抱きつく。そこから感じる心臓の鼓動が、呼吸が、体温が、愛してやまない娘が生きているということを実感させた。

 

「……おかあ、さん?」

 

「あぁ……!アリシア……!本当にアリシアなのね……!」

 

 まるで懐かしむように、まるですがるようにアリシアを抱きしめ、涙をこぼす。長年の夢が叶ったという現実を確かめるように頭をなで、頬を合わせ、身体を抱きしめる。

 あぁ。夢ではない。本当にアリシアは生き返ったのだ。

 

「どうしたの?なにか、あったの?」

 

 突然の母の行動に起きたばかりのアリシアは不思議そうな表情を浮かべる。だが、母が自分を抱きしめてくれているということに安心感が沸いたのか、すぐに嬉しそうに破顔した。

 

「……契約通り、生き返らせた。そちらも契約通りにこの世界の知識と伝承を集めたもの、そして私を元の場所に戻してもらうぞ」

 

 感動すべき家族の対面を男の声が遮る。その声を聞いたプレシアは忌々しげに表情を歪めてその声が発せられた方を見る。

 まるで人形のように表情の見えない、しかし確実にこちらを警戒していると確信しているプレシアは恩人とも言える目の前の男に、忌々しげな表情を浮かべる。

 大きく鼻をならし、ついてきなさい、と一言告げるとアリシアを抱きながら歩き出す。それに信也はついていくとプレシアは一番奥の部屋へと入っていく。不意打ちを警戒して中を覗くと、そこは様々な機械が置いてある、一種の研究室のように見えた。その中でプレシアは部屋の中央にある機械を片手で操作しながら空いている手でタブレット端末を信也へ投げ渡した。

 

「魔法を使っていないからその手のサーチもできないわ。使い方は音声ガイドで覚えなさい。私の持つ知識と伝承を全てその中に入れておいたわ。もう1つはその端末の充電器よ。この世界でも使えるようにしてあるわ」

 

「……確かに受け取った」

 

 タブレット端末とそれに付属しているものを確認した信也はローブの中にそれを入れる。

 本来ならこのようなことをする必要は全くない。むしろ自身に管理局の目が向く可能性を考えればこのようなことをしないほうがいい。すべてを終えたあとで、一瞬にして殺してしまえば全てが終わるのだ。

 だが、それをして万が一復活させた愛娘に何かあったら、機嫌を損ねるようなことをしていなくなるようなことになれば、目の前の外道を殺してまたやり直さなければならなくなるのだ。仮にこの呪文を奪い取り、同じ事をしたとしても、同じように復活するかどうかすら危ういことを考えればこのまま機嫌を損ねないほうがまだマシであるとプレシアは判断した。

 手を出せばまた愛娘を死なす。この可能性が信也を生かし、かつ情報を手に入れることができる。まさに自分の命を張った一か八かの賭けであったが、信也は分の悪すぎるその賭けに勝ったのだ。

 

「そこが転送システムよ。起動すればあなたが指定した場所に送れるようにしてあるわ」

 

「……転送後に私に関する情報の一切合切を消してもらうぞ」

 

「構わないわ。アリシアと共にいられるのなら、ね」

 

 装置の中に立ち、プレシアは装置の操作を始める。少しの間、かなりの早さでタイピングを続け、そしてすべてが終わったのかピタリと手を止める。そして視線を信也の方へ向け、信也とプレシアは同時に口を開いた。

 

「2度と俺の前に姿を現すな。イカれた魔術師」

「2度と私の前に姿を見せないことね。外法の魔導師」

 

 奇しくも似た言葉を発した2人はそれ以上の言葉を出さず、カチリという音とともに信也の姿が消えた。

 

「アリシア、これからは私と一緒に生きていきましょうね……」

 

 プレシアは、消えた信也のことをまるで忘れたかのように、記憶から排除したかのように装置から視線をはずして愛娘のアリシアを抱き締める。

 人として生きている温かさと心臓の鼓動、息をしている声はそこにいるはずのない、もう手に入ることはないのではないのかとわずかに感じた存在がいるんだと、安心すら覚えた。

 

「…………」

 

 ただ抱き締められているアリシアは呆然と虚空を眺めていたが、だらんとぶら下がっていた手を母の背中に回し、弱々しく抱き締める。

 

「おかあさん」

 

「なに?アリシア」

 

 愛娘からの呼び掛けにプレシアは喜びを隠せずにいられなかった。抱き締める強さを強め、ただただそこにいるということを感じたかった。

 

「のどがかわいたの。おなかがすいたの」

 

「そう。なら、ご飯にしないとね。なにがいい?あなたの大好きなハンバーグ?それとも久しぶりの食事だから消化にいいものがいいかしら?」

 

 早速準備をしなくちゃ、と離れようとするプレシアだったが、アリシアはその腕を放そうとしなかった。まだ甘えたいのかな?と微笑ましい愛娘の様子に笑みを浮かべるプレシアに、アリシアは微笑みを浮かべて口を開いた。

 

「おかあさんをたべたい」

 

 その言葉をプレシアが理解する前に、アリシアの歯がプレシアの首に突き刺さる。プレシアが自分の娘が何をしているのかを理解する前に皮と肉がちぎれ、水が落ちる音が部屋の中で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……肉体が完璧?死んでから長い期間あの状態でいたのに、本当に何も欠けないとでも思ったのか?いや、おそらく作り物と自然治癒の違いを知らなかったから、それを知ることができなかったのか」

 

 転移が終わり、被っていたローブを炎の精で燃やしている中、どこにいるかもわからないプレシアに向かって嘲笑うかのような笑みを浮かべていた信也がそこにいた。

 

 信也は感覚的に解っていた。死後何年も経った死体に、それも肉体が損傷した結果死んだ死体がいかなる技術を以てしても完璧に修復できることなどないと。

 肉体とは生きていた時に自分のものであると(たましい)が認識していたもの。死んだあとに無くなった部分にクローンの肉を繋げてもそれは欠損部分を治しただけであり、(たましい)がそれを肉体と認識していないために完全に修復できるわけではない。

 例え『復活』の呪文で塩と化合物の山となっても、それは別の人間のそれと合わせたものに過ぎない。つまり、本来の人間の(たましい)と別の人間の(たましい)が合わさった化け物になる。それが死んだ人間の細胞を使って作った部分的なクローンの肉だとしても、(たましい)が全く存在しないわけではないのだ。仮に死ぬ前からそれが自分の肉体であると認識していたのならば、本体の意思のある(たましい)がクローン部分に宿る(たましい)を排除して肉体的にも霊的にも1つになるのだが、それはあくまで仮定の話。ここでifを求めても無駄なことだ。

 

 プレシアの話を聞き、死体を塩と化合物の山と化したものを見て信也は感じていた。あれは複数の肉体が1つになっているだけの肉の塊であることに。万全には程遠く必要な量が足りていないと、前世での経験から直感的に理解できていた。

 

 だが、それを信也は言わなかった。言ったところで狂った人間に聞く耳など持つはずがないと、今までの経験で理解していた信也は逆に自身の手を汚さないで魔術を知る存在を処理できることに喜びすらあったのだから。

そして信也は『復活』の魔術を唱えた。クローンであったがゆえに肉体は完全なものとなったが、(たましい)は交ざった。混ざってしまった。

 (なかみ)が増えてしまったから肉体(ようき)が足りなくなった。溢れそうになった(なかみ)は溢れないように肉体(ようき)を増やそうとする。成長するために食べ物を食べるのと同じように、足りない部分を摂取することで補おうとする。それしか考えられなくなる。

 

 触れるべきではない知識を見た女性、プレシアは自ら望んだ存在に殺され、復活した少女のアリシアもなにも知らず、不完全であるがゆえに理解できずに自分の親を殺し、足りない肉体(ようき)を補おうと人を食らう化け物としてまともな人間はそれを殺す。そこに魔術の存在を知る者の影はない。

 

「邪神の知識に触れた己の愚かしさを呪うことだな。触れてはならない知識を知った代償をその身をもって払うがいい、プレシア・テスタロッサ」

 

 どこにあるかもわからない時空の箱庭を空に幻視して、信也は嘲笑うかのように顔を歪めていた。その言葉はとても軽く、とても冷たいものだった。

 

 そして信也はこれで終えたと思っていた。自分に繋がることは消えて、一時の平穏が訪れたと感じていた。

それが、この出来事が日常を壊す決定的な瞬間であることを知らずに。わずかな期間の安堵を噛みしめていた。




あくまでこれはエイプリルフールネタ、つまり本編とは関係のないお話です。もしかすればあったのかもしれない。そんなお話であるということを理解いただけたらなと思います。

エイプリルフールネタならもっとギャグ話にすればよかったなぁと若干後悔。そしてギャグ話とかどう考えても拙作の主人公じゃ無理だわとすぐに正気にもどる。ゾンビとかグールにマイケル・ジャクソンの物真似させたりすればよかったんだろうか。
あとルーニー。お前の出番じゃないから立たなくていい。立たなくていいから。立たないでくださいお願いします(懇願

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