3度目の人生は静かに暮らしたい   作:ルーニー

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A's0(エイプリルフール)

 誕生日の前日の夜。1人孤独を感じることもある自室ではやては本を読んでいた。兄とすら思える存在である信也の部屋から借りてきた都市伝説の本は、読めば読むほど滑稽とすら思えるような内容が数多く存在していた。

女性の笑う空。動く植物。腐敗臭の漂う自殺スポット。人の消える路地裏。爆発を起こす石。人型の住まう霊園。行くことをやめさせる空間。そして消える少年。

 軽く例を挙げただけでもどれも胡散臭い、信じられないようなものばかりで、しかもその表情が真剣そのものなのだ。はやてはどうしてこんなものを読んでいるのだろうとすら思えてならない。

 

「……信也やから、なんて納得できるようなできないような……」

 

 普段の様子から考えるに、オカルト嫌いなはずの家族がこんなものを読んでいるということにもはや諦めに似た感情を浮かばせる。どうしてこんなものを、と思わなくはないがホラ話としてはある程度の写真や証言といった情報元を暈しながら記述してあるだけまだ信頼性があると感じているのかもしれない。

 カチリ、カチリ、と1人しかいない空間に時計の進む音が響く。一息ついて時計の音が耳に入ったはやては、ふと時計を見ればもう12時までわずかという時間になっていた。

 

「寝やなあかんな。明日は、私の誕生日やし」

 

 もうひとつの家族とも言える信也の両親から、誕生日だということで家族全員で祝ってもらえるということを約束してもらえた。血の繋がった家族を失ったはやてにとって、普通の家族のように祝ってもらえるこの環境に、1人ではないという嬉しい思いと共に自分の両親はいないという悲しい思いが混ざって複雑な気持ちが渦巻いていた。

 

「……寝よ。寝たら、こんな気持ちも無くなってくんや」

 

 自分に言い聞かせるように本を閉じてスタンドの電気を消す。豆電球とカーテンの隙間から漏れている月明かり以外に光のない薄明るい部屋の中で目をつむる。

 カチリ、カチリと聞きなれた時計の音が静かな部屋の中で木霊する。明日は何をしようと楽しいことを考えようとしたはやては、明日が自分にとって特別な日であることを思い出した。

 

「……そういや、明日私の誕生日やったなぁ」

 

 自身の誕生日であることを思い出したはやては、しかし特に大きく感情を動かすことをせず深く息を吐く。この家に来てから何回目の誕生日だろうか。誕生日が来るたびに一緒に祝おうと約束してくれたお世話になっている大人2人は、どうしてか外すことのできない仕事が入ってきて一緒に祝うことはなく、信也だけが誕生日を一緒に祝ってくれた。もちろん帰ってきてくれれば祝うのだが、そのすべてが次の日に跨いでしまう。

 そのことにはやては怒りを感じることはなかった。2人の職業が医者であることは知っている上でどうしても外せないものはあるということを幼いなりに理解はしていた。しかし、だからと言って寂しさを感じないこととは違う。普段4人で家にいるのに、どうして特別な日は2人も欠けてしまうんだという気持ちは、消すことができずにいた。信也だけはまだどこにも出かけずに一緒にいてくれているが、いつ一緒にいてくれなくなるかわからない状態にしか見えない今、また1人になってしまうのではないかという不安が込み上がってくる。

 

 カチリ、カチリと時計の音が響くたびに、はやての中の不安はじょじょに大きくなっていく。それを自覚してか頭ごと毛布をかぶって時計の音を聞かないように耳をふさぐ。

 しかし、それでも時計の音ははやての頭の中で響く。カチリ、カチリと耳をふさいでいるのにはっきりと聞こえてくるその音に、はやては目を強くつむる。

 

 いやだ。1人はいやだ。家族が欲しい。ずっと一緒にいてくれる、どこにも行かない人が欲しい。

 

 毛布を握る力が強くなる。自分の手が痛くなるほどに強く握りしめて、しかしそれでも現実を見たくないといわんばかりに目を強く閉じて静かに眠りに落ちるまで体を震わせる。

 そして、カチリ、と時計が12時を差した。その時だった。

 

「っ!?」

 

 本棚から何か重いものが落ちる大きな音が部屋に響いた。ふさいだ耳でも聞こえたそれに肩を大きく震わせて音の発生元に目を遣ると、そこには1冊の本が光りながら浮かんでいた。鎖が絡まったそれは、まるで誰かに千切られようとしているかのように鎖の激しい音が鳴り響き、そして大きな音と共に鎖が千切れて消えていった。

 

「な、なに!?なんなん!?」

 

 突然のことに正常な判断ができない。逃げるべきなのにあり得ない光景を目の前に動くことができずただ目の前で起きている現象を見続ける。

 

 宙に浮かんだ本が開いていき、めくれる音が響く毎に光が強くなっていく。そしてめくれる音が止まるとそのページから白い粉のようななにかが降ってきた。4つに別れていくそれらは、次第に4つの山となった。

次に音が聞こえた。かろうじて声のようななにかだとはわかったが、それがどのような声なのか、どこの言葉なのか、どんな音なのかすらわからないその音は、聞き続ければ狂ってしまうのではないかという不安を感じさせるものだった。

 音が鳴り響く中、4つの山は独りでに舞い上がっては何かの形を象り始める。じょじょに形になっていくそれは、まるで逆再生をしているかのように肉体を作っていき、そして最後には4人の人へと変化した。

 

「夜天の守護者、ここに参上しました」

 

 そしてその4人は、まるで王様の前にいるかのように、はやてに跪いていた。

 

 それはまるで魔法だった。そんなものあるはずがないと思っていた。いや、常識で考えたらあるはずがない。

 だけど、目の前で起きたことはとても現実には見えなくて、目の前にいる4人がどうして自分に跪いているのかなんて、はやては現実感のない現実に酔い、細かなことは気にもならなかった。

 ただ、願いがかなった。1人はいやだ。家族が欲しい。その願いに応えてくれた存在だと、そう思った。

 

 現実感のない幸福感に酔いしれているはやてに気を付けながら、しかし扉の一番近くにいた桃色の髪の女性が何かに気付いたかのように扉に視線を送る。そして白髪の男が音もなく立ち上がり、気配を消して扉まで移動した。

 

「扉を壊します。どうかお許しを」

 

 はやてがどういうことかを聞く前に、すぐそばにいた男が扉を蹴り破る。聞いたこともない木が割れる音が響いた中、その声は確かにはやての耳に届いた。

 

「ぃづぁ……!」

 

 割れた扉が落ちる中、白髪の男は破片を踏むことも気にすることなく部屋の外に出ていく。そしてしゃがんで何かをつかむと、それを引きずりながらはやての部屋の中に戻ってきた。

 

「こいつがいた」

 

 首に手をかけて宙吊りにされる。かろうじて息はできる状態ではあったが、しかし足が地についていないせいで思い通りに動くことができずにただ睨み付けていた。 

 

「し、しんや!?」

 

 自分の家族が家族の首を絞めている。その現実に先ほどまでの幸福感は消え去って焦りの混じった悲鳴を上げる。その悲鳴に反応した桃色の髪の女性は目を見開いてはやてに視線を送る。

 

「主、もしや知り合いでしたか」

 

 男が少し慌てたような表情をして手を放す。バランスを整えることなく床に落ちた信也はせき込みながら床にうずくまる。金色の髪の女性は急いで信也に手を伸ばすがそれに気づいた信也はその手を払って逃げるように壊された扉へ転がった。

 

「ガッ!?」

 

 突然、金髪の女性が苦しげに首を押さえる。啜るような音が部屋の中で木霊し、その首からチューブの中にあるかのように血が動く。そして、血は管を回るかのように空中で動き回り、脈動する球体が浮かび上がった。それは真っ赤に脈打つ巨大なゼリーにたくさんの触手が備わっており、ぷるぷると震えている。その触手の先には吸盤がついており、生き血を啜るためにあるような口と大きな鉤爪も備わっていた。

 1人を除いたこの場にいた全員は呆気にとられていたが、金髪の女性の苦しげな呻き声に正気を取り戻した赤い髪の少女は雄叫びを上げてどこからともなく鉄のハンマーを手に取って姿を現しつつあったそれを殴り飛ばす。まるでゴムを殴ったような感触に思わず顔をしかめたが、その幼い姿からは想像できないほどの威力に金髪の女性に噛みついていた触手を残して本体を壁へと叩きつけた。

 

「な、なんだ、こいつは……!?」

 

 壁にたたきつけられた衝撃で吸い取られていたであろう血が壁に弾ける。粘性のある水音に生理的嫌悪感を抱きながら辺りを警戒すると、桃色の髪の女性は見えない何か、おそらく壁にたたきつけられた生物と同じナニカであろうと目星をつけたが、に囲まれていることに気付いた。

 

「こいつらを、父さんと母さんとはやて以外のこの家にいるやつの血を吸い尽くせ!星の精!」

 

 女のような、狂った歓喜の笑い声が部屋を震わせる。いくつもの見えない何かが4人に襲いかかり、しかしそれぞれハンマーや拳などで対処されていく。

 

「テメェッ!」

 

 命令した存在である信也は、いつの間にかはやてのすぐそばにいた。薄く光るナイフを片手に持った信也は気を失ったように眠っているはやてを鉄を握った腕で抱えている。それに気づいた赤い髪の少女はハンマーを振りかぶって信也に突撃するが、聞いたこともない言葉を発しながら信也は腕を前に突き出す。その腕に向かって振り下ろされたハンマーは、しかしまるで腕を避けるかのように横にずれてベッドへと叩き込まれた。

 

「なっ!?」

 

 ありえない軌道を描いたハンマーに驚愕の表情を浮かべる。見たことも感じたこともない異常に動きが鈍り、信也はその隙をつくように喉元へナイフを突きつけた。

 

「っ!?」

 

 しかし、ナイフはヴィータののどを突かず、まるでなにかに阻まれているかのように甲高い音を立てて停止する。つかまれて止められたのではなく、まるで透明な鉄に突き立てたかのようなしびれとともに、わからない現象に対する考えに思考が寄ってしまった。

 

 粘着質な音とともに胸に鋭い痛みが走る。軽く押し出される感覚とともに、体内に何かが入り込み、そして外に出てこようとしてくる感覚だけが信也の脳内を支配した。

 

「ガッ……!」

 

 痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 体の中にあってはならない物体が入り込んでいる感覚が、体から流れてはならないものが流れる感覚が、あるべき熱が失われていく感覚が、かつて玉虫色に押し潰されたあのときの一瞬と同じそれが胸から突き出してくる。口から鉄臭い液体があふれ出し、口や鼻からとめどなくあふれてくる。

 

「隙ありだ」

 

 水を含んだ生物が抉じ開けられる生々しい音が現実のものとは思えなかった。腕に抱えられたはやてを奪いとってねじりながら剣を抜きとる。重い液体がベッドの上に落ちる。信也はゼンマイをとられた人形のように膝から崩れ落ち、粘着質な液体が叩きつけられる音と共に、はやての目の前で信也はピクリとも動かなくなった。

 

「……ん……ぁ……?」

 

 同時に、先ほどまで眠っていたはやてが目を覚ました。先ほどまで眠っていたことの自覚がないのか辺りを見まわし始め、そして床に倒れた信也を発見してしまった。

 

「し、しんや……?」

 

 震える声で呼んでも、彼は動かなかった。認めない。認められない。目の前の現実は、眠っている自分が見ている悪夢だ。次の瞬間には自分は跳ね起きて、急いで車イスに乗ってしんやのへやにはしって、ねてるしんやにとびこんで、おこして、おこられて、それで、それで、それで……。

 しんやが、おとうさんが、おかあさんが、ちをながすにくかいになったきおくが、あたまのなかでずっとくりかえしている。

 

「いやああああああああああああああ!?」

 

 この場にいるすべてと繋がっている少女の悲鳴が、現実を認められない者の耳に現実を、安全を願った者の耳に否定を鋭く突き刺した。

 

 




ということで主から信頼をなくすバッドエンドでした。

これにて3度目の人生は静かに過ごしたいを終了させていただきたいと思います。長きにわたり更新が途絶えてしまい、大変申し訳ありませんでした。希望の物語であるはずの原作に絶望しかない世界で事件に巻き込まれまくったオリジナル主人公を入れたらどう動くようになるのかな、という考えのもと作成させていただきましたが、これほど多くの人に高評価、お気に入り登録をしていただけるとは思わず、投稿を開始した当初は書くたびにコレジャナイ感に悩まされることになるとは思いもしませんでした。
しかし、それでも数多くのいただくことができた感想や評価に驚きながらもうれしく思い、なんとかここまで書くことができました。読んでいただけた読者の方々には感謝の念が付きません。

長いようで短いお話である今拙作でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。また別の作品でお会いすることがあれば、またこいつ変なの書いてるなと思って読んでいただけたらありがたいです。

短いですが、これであいさつとさせていただきます。今まで応援、読んでいただき本当にありがとうございました。
















     *      *
  *     +   嘘です
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *


エイプリルフールです。なんか13年に1度嘘をついてはいけない日とか聞いたことありますがそれは無視します。こういうお祭りには参加したい民なので。
別パターンで主人公は生きながら騎士たちに出会えるのじゃよ。構想はある程度固まりつつあるのでよろしければ気長に待っていただけたらと思います。
あと、この話は1日を過ぎたら特に要望等がない限り消す予定です。

追記
そこそこの人たちから残して欲しいといっていただけたので次の話を投稿するまで残そうと思います。こういう言葉をいただけると本当に嬉しいものですね。

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