3度目の人生は静かに暮らしたい   作:ルーニー

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人は非日常を認めたがらない。

なぜならそれを認めるということは日常は非日常へと変わるということなのだから。


保育園児3

「大丈夫か、はやて」

 

 今、俺は病院にいる。別に俺がやらかして入院しているわけじゃない。神話的事象に巻き込まれて大怪我を負ってここにいるわけじゃ決してない。ないったらない。

 ここにいるのは、はやての足の病が進行したからそれに関する検査入院をするということで、その病室に来ている。

 

「うん。大丈夫やよ。別にこれが初めてじゃないんやから何も心配いらへんよ~。しんやも心配性やな~」

 

 朗らかにそう笑うはやて。確かに心配したことは事実だが、そこまで心配したつもりはない。心配したのは、この病院は神話的事象を引き起こしうるのかどうかの心配だ。

 

 病院ってのはどうしても悪いものをつけてくる患者が多い。それが怪我だけならいいのだが、中には呪いを持って病院に来るようなカスがいることも事実だ。実際に俺は肝試しに行って呪われていたバカを知っている。正直そいつは知り合いでもなくどうでもいい、というかそのまま死ねばいいと思っていたから放っておこうと思っていたのだが、そいつの行った場所がそうも言ってられない場所だったのだ。

 

 どうもそこは疫病を司る神を祀っていた神社で、そいつはそこにいって荒らしまわったカス集団の1人らしい。そんで荒らした結果その呪いがこいつにかかり、その呪いが伝染しているということだった。

 それを聞いた瞬間、俺はこいつが死んでから動こうかなとか思った。だがそうすると他に入院している人たちが危なくなるということで、なんでこのカスの尻拭いをせにゃいかんのだという思いがありながら、けど友達が入院しているから仕方なくその神の怒りを治めに奔走した。何とか解決した後でそいつら全員器物損壊で捕まってスッキリしたからよかったけど。

 

 話がそれた。まぁそんな風に、害をまき散らすクソッタレでも病院にくるんだ。それで死にかけた身としては警戒するのは仕方ないだろう。もうそんなクソッタレを救うようなことをする気は全くないんだから。

 

「しんや?どうしたん?」

 

「……なんでもない」

 

 気が付けばはやてが心配そうに俺を見つめていた。急に何も言わなくなったことを疑問に思ったんだろう。

 まぁ、あんなことが多くはない。この周辺にそういったものを祀っている神社や寺もない。変な噂が立っている月村という存在が気になるが、あそこは屋敷だ。あそこで儀式を行っているとかじゃない限り、おそらく病院内は大丈夫ではあると思う。

 

「……母さんのところに戻る」

 

「え~!もっとここにおってぇなぁ!」

 

 しっかりと服を握り、俺から離れたくないと言い張るはやて。やはり、両親の死が1人になる恐怖を怖がっている。一応両親には伝えてはいるが、まだ独居恐怖症(モノフォビア)は治っていないんだろう。

 

「大丈夫だ。大丈夫。また明日くる」

 

「でも~!」

 

「はやて、大丈夫だ」

 

 そう言いながらはやての頭に手を置く。人ってのは不思議なことに人肌の温度を感じるとわずかでも安心感を覚える。はやてはまだ小学生にもなっていない、幼い子供だ。両親が早くに死んで、短い期間とはいえ甘える人がいなくなっていたんだ。なおさら人肌が恋しくなっても仕方がない。

 

「……うん」

 

 納得がいかない、と言ったような表情になりつつ、でもしぶしぶと手を放してくれた。いい子だ、とそのまま頭を軽くなで、また明日と病室を出る。

 はやての病室から出て母さんのいる診察室へ向かおうと動くと、タイミングが悪かったのか誰かとぶつかってしまい、そのまま廊下へと倒れてしまった。

 

「す、すまん。大丈夫か?」

 

 ぶつかった相手は申し訳なさそうに俺に手を差し出してくる。その人はおそらく高校生ぐらいの少年で、差し出されている手には大小さまざまなタコができているのが見えた。

 

「大丈夫です」

 

 差し出されている手を掴み、立ち上がる。ぶつかってきた相手はすまなかった、大丈夫か?と心配そうにしてくるがそこまで心配されるほどのことか?と思いつつ大丈夫だと答える。

 最後に本当にすまなかったとだけ言い残して去っていったが、何をそこまで急いでいたんだろうか。それにあの刺々しい物言いは、どこか既視感を覚えた。そう思いながら彼が来た方向を見ると、わずかにドアが開いた病室がそこにあった。

 

 彼はそこから出て来たんだろうか。少しばかり好奇心を感じながら、しかしその好奇心は身を滅ぼすことを知っている身としてそこを見たくないという気持ちと、そこで神話的事象を引き起こそうとしている可能性があるからそれを潰さなければならないという気持ちがあった。

 普段なら病院1つが潰れようが気にはしないのだが、隣にははやてがいる。下手をすればはやてから俺に災害が来るかもしれない。憂いは断たなければならない。

 

 周りに誰もいないことを確認し、病室の中に聞き耳を立てる。中は機械音以外に何も聞こえず、おそらく見舞いに来ている人は誰もいないであろうことを確認して中に入る。

 

 中には病人、いや、怪我人であろう包帯を巻かれている男性が1人だけ、様々なチューブにつながれて横になっていた。心拍を確認する機械に点滴をうつチューブ、わずかに見える血の滲んだ包帯、そしていつ目を覚ます変わらない重体の意識。

 おそらく、彼の親族だろう。なるほど。確かに親族がこのような状態ならば苛立っていてもおかしくはないだろう。だが、これで神話的事象を引き起こそうとしているわけではないことは分かった。

 

「…………」

 

 どうしてここまでしたのか、正直自分でもわからない。けど、覚えているのは男性の姿が前世の親友の姿とダブって見えたということだけだ。

 気が付けば俺は『ヴールの印』を刻み、『治癒』の呪文を唱えていた。一言一言言葉を紡ぐ度に身体の中から抜けていく感覚を感じながら呪文を唱え続ける。そして呪文を唱え切り、全身から感じる気怠さと戦いながら病室を出る。

 

 ずいぶんと気怠い。『治癒』の呪文を唱えたのもずいぶん久しぶりだ。数体のショゴスに囲まれて殺された時以来だから、かれこれ3年近くだろうか。魔術自体は魔力を貯めるために幾度となく使ってはいるが、ここまで魔力を使うのも久しぶりだ。

 若干足どりが覚束ない気もするが、邪神を退散させた帰り道よりははるかにマシだ。そのまま診察室のある階まで行き、目的地である診察室を開けようとしたとき、ちょうど話が始まったのか母さんと医者の話声か聞こえてくる。

 

「足の方はどうなんですか、先生?」

 

「……残念ながら、症状が進んでいるように見えます。このままだと松葉杖、あるいは車いすを使う生活になる可能性があります」

 

「そんな……!何とかならないんですか先生!?」

 

 残酷な現実に、母さんは何とかしてくれと言わんばかりに縋り付く。けどどうしようもないのか、医者は母さんからの視線から逃げるように、自分の不甲斐なさを悔いるかのように顔をそらす。

 

「全力を尽くしています。ただ、前回も説明しました通り、彼女を苦しめている病気が何なのかが解明できていません。筋ジストロフィーというわけでもないことは事実です。確かに他の子たちと比べると筋肉が衰えてはいますが、普段激しい運動ができないことでの衰えですので不自然な衰えではありません。かといって神経系のものでもなく、本当に原因不明の症状としか言いようのないものなんです」

 

「ということは……」

 

「はい。現状はやてちゃんの症状を治す手段も抑える手段も確立していません」

 

 その言葉に、母さんは悔しそうに手を握りしめる。死んだ親友の形見なんだから、大切にしたいという気持ちがあるんだろう。けど、このままだとはやてが歩けなくなる。それが母さんには耐えられないんだろう。

 

「私たちも全力を持ってはやてちゃんを治す努力をします。いえ、絶対に治してみせます!ですので、時間を、どうかはやてちゃんを救う手段を探す時間をください……!」

 

 必死な形相で、必死に声を絞り出してそう言って、医者は頭を下げた。

 嘘は、ないように思える。本当にはやてを救おうとしているというのが伝わる。

 

「……私からも、よろしくお願いします先生。どうかあの子を、親友の娘を、私たちの娘を救ってください……!」

 

 ……一応、あの足が治る方法がないことはない。『復活』の呪文を唱えればいい。身体の全ての異常を取り除いた状態で文字通り死者の魂をも復活させることのできる呪文だ。

 だが、この呪文は気軽に使えるようなものじゃない。『復活』の呪文を使えば、その対象は1度塩と化合物となり果てる。つまり人間じゃなくなる。そこからもう1度『復活』の呪文を唱えることで初めて肉体と魂を復活させることができる。

 

 けどこの呪文も万能じゃない。『復活』の呪文で復活した人間は、『復活』の呪文を真逆に唱えられたら再び塩と化合物に戻る。そこからの復活は、無理なのだ。それだけじゃない。そんなことはどうでもいい。それ以上に問題なのは人じゃなくなるということだ。

 人間じゃなくなるということに、俺は恐怖を感じている。屍食教典儀では詳しいことは記載されていなかったが、『復活』の呪文で復活した人間が元通りの人間であるのか?人外となり果てたんだから、人を襲う化け物となってもおかしくない。

 実際『復活』の呪文で復活した人間を相手にしたことがあったが、あれは不完全なものだった上に人に襲い掛かってきた。屍食教典儀を読み進めているうちにあれは塩と化合物の量が足りていないからああなったということがわかったが、それでもあんな姿になる可能性があるんだ。できることなら使いたくない。

 

 けど、このまま症状が進行していき、最悪はやてが死に至るということになった場合は、『復活』の呪文を使うのも吝かではない。

 もっとも、それで人を襲うようになったのなら、責任をもってそうなったはやてを処理するが、な。

 




『ヴールの印』
腕を複雑な動かし方をすることで呪文に対する成功率を上昇させる、簡易的な儀式のようなもの。

『治癒』
怪我、病を数十秒後に癒す魔術。その効果に見あった重いコストを支払う必要がある。

『復活』
1度人間を塩と化合物に変え、そこから魂ごと再構築して完全な健康状態で文字通り復活させる。生きていた人間はもちろん、死んだ人間も状態が万全ならば完全蘇生することも可能。
ただし死後欠損部分があった場合、または呪文を唱えたあとで成った塩か化合物のどちらかが減った場合、完全な蘇生は不可能となる。体はもちろん、魂も完全な形にならず異形の化け物となってしまう。
生きた人間に対してこの呪文を唱えた場合、何らかの異常が出る可能性はないとは言えない。
この呪文を逆さに読むことで復活した対象を塩と化合物へと戻すことができる。



ということで今回出てきた呪文でした。
頭おかしい呪文が出てきましたね。こんな呪文を覚えざるを得なかった状況になったとか最悪ですな(笑)
ちなみに『ヴールの印』と『復活』については屍食教典儀という魔導書に関する事件で覚え、『治癒』に関してはカルト教団に潜入したときに覚えた呪文です。なにやってるんだろうねこの主人公。

そして無印で活躍(?)しそうな『復活』の呪文。使ってもいいんだけど、クトゥルフの呪文だから使えばどうなることやら……。楽しみですなぁ(ゲス顔)

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