「あ、織斑くん。まだ教室に残っていてくれたんですね。良かったです」
ぼーっと冗談抜きで他には誰もいなくなるまで何もせずに、ただ悪戯に時間を消費していると山田先生と姉さんが入ってきた。
「...............その様子じゃ俺のこと探してたっぽいですけど、何かあったんですか?」
「えっとですね。寮の部屋割りが決まったので、そのお知らせと部屋の鍵を渡しにきました」
「あの、一週間ほどは自宅からの通学って話じゃ?」
取り敢えず寮の鍵と部屋番号の書かれた紙を受け取りながら質問する。
どこの国にも属さない、IS学園は条約でそう定められているのは周知の事実で、外部からの干渉を限りなく避けるために全寮制になっているそうだ。
学園の敷地内であれば侵入経路は普通に考えれば一つだけであり、強行手段に出るやつくらいからは守れるはず。
そういう目的がある寮だが、唐突にIS学園に入学することが決定した俺に割り振られた部屋なんてものは勿論ない。
入寮手続きが全く住んでいないから当たり前といえば当たり前なのだけど。
「そういうてはずだったんですけど、急に政府の方から通達が来まして。相部屋になっても構わないから寮に入れろとのことです。政府の方からはなにか聞いていませんか?」
「いや、連絡の一つもないですね。初耳ですよ」
「最近まで足取りの一つすら掴めず、急に現れたのがお前だ。それにお前は性能も、出処も不明な登録されていないコアで構成されたISを所持している。監視の目が届かないところには行かせたくないようだ」
「あぁ、そういうこと。まぁ、それなら納得できる」
世間一般から見れば俺はある意味お尋ね者だ。
1年前中学校を中退、一ヶ月前にISを動かせる男として現れたが今日に至るまで、どれだけ探そうとも一切痕跡を見つけることのできない影の人。
それでいて世界を混乱に巻き込んだデザイント。
尚且つ姉さんの入ったように専用機持ち。しかもチョーカー型のこいつはデザイントとして暴走した時、自動で爆発する機能付き。
まぁ、この処遇は前述のことを考えれば理解できなくもない。
「一夏。おまえはいままでどこにいたんだ?連絡の一つもよこさず、置き手紙一枚だけしか残さないで。またいなくなったかと心配したんだぞ?」
「ごめん姉さん。俺はいままで束の所に居たんだ。電話くらいすれば良かったね」
「え?束って、あ、あの篠ノ之博士ですか!?」
驚愕の表情で問われたその質問にはうなづくだけで答えた。
篠ノ之束。
俺や姉さんにとっては比較的身近な人だが、世間一般では違う。
いまのこの世界の女尊男卑という風潮へと変えた原因となったIS、それを中学生の時に作り上げた世紀の大天才(大天災ともいう)なのだから。
姉さんを妄信的に崇める馬鹿どもがいるように、束のことも創造主として崇める奴らが少なからずいる。
とは言え束はそんなこと微塵も気にしていないが。
「束と?何故普通の生活を切り捨ててまでそうする必要があった?」
「...............単純だよ、姉さん。俺は疲れたんだよ、腐った連中どもといることが。勿論全員じゃないのは姉さんや、山田先生を見ればわかるけど、少なくとも当時はこの世界に嫌気がさしてさ。この世界のすべてから逃げられる場所、つまり束の所に居たんだ」
「言うほどこの世界は...............」
「いや、腐ってる。そうじゃなきゃ、デザイント計画なんて生まれるはずがないだろ?そうじゃないとあんなとち狂った計画なんか」
デザイント計画。
先天的に優れた戦闘適性を持つ人間の存在を前提とし、それに匹敵した人工的な咲いて再現とその量産、そして完全なコントロールを目的としたもの。
まさしく作り上げられた、デザインされた兵士たち。
強化ナノマシンによって全身の生体組織を強化組織、および強化骨格に、脳組織はISと同じく超高性能コンピューター、神経組織は光ファイバーへとそれぞれ置き換えた強化人間。
戦うために生み出されたそれは優秀だった。
コンピューター置き換えによる人格および記憶に影響があったものの、戦いに関してみれば大した欠点になどなり得なかった。
俺のように他の人間を有象無象の1人としか見れなくなっても。
そして世界に喧嘩を売り多大な犠牲の末、数億人の犠牲とともに世界から俺1人を除いていなくなった。
「発案されるはずもない。それが世界が腐ってるっていう1番の証拠だよ。っていうかこんな暗い話はやめよう」
「...............そうだな。お前の荷物なんだが3日分程は家に残っていた衣類から用意はしておいた。足りなかったりサイズがもし合わなければ週末にでも取りに行くといい」
「ありがとう、姉さん。それじゃ俺は寮に帰るとするよ」
「あぁ。気をつけろよ」
「み、道草食べちゃダメですからね!」
「...............あんたたちの中の俺って一体」
学園と寮までの距離はざっと200メートルほど。
しかも一本道だし店もないから道草食える場所なんてないし、危険な所もない。
俺はよちよち歩きの子供か。
そんな二人に背を向けて寮へと向かう。
慣れない学校生活で疲れたから早めに寝るとしよう。
「あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー」
そう口ずさみながら。
どうしてこうなった。
本当にそう叫びたい気分だった。
「...............本当に同室になったのか?」
「なったのかと言われても、そうだとしか言えない」
「むぅ...............」
視線の先には2人部屋となっている寮の部屋に備えられた二つのうちの片方のベットに座る箒、束の妹の姿が。
俺に向けるその表情は不機嫌そのもので、学園の決定とは言え年頃の男と女が同室なことに不満らしい。
...............聞いていた通り、そういうことに関してはかなりの堅物だ。
普通に見ても整った容姿にスタイルは十分そそるものなのだろうが、俺からすれば好きでもない女の事など知ったこっちゃない。
いや、殆ど覚えていないからなのかもしれない。
デザイント計画で頭の中身まで徹底的に弄られた為に幼少期の記憶がなく、詳しく言うならば小四以前の記憶が、だ。
くしくもその時期に転校し、音信不通となってしまった箒との交流はなく、客観的に言えば俺からすれば篠ノ之箒とは初対面となる。
無論デザイント計画とは無縁の箒は俺の事を忘れてなどいないようだが。
「とにかく“はじめまして”か?」
「っ!?な、何を言うんだ一夏。どうしてはじめましてなどと言う?幼馴染ではないか...............」
「悪いね。あんまり言いたくはないけど、デザイントなのは昼間の事でもテレビの事でも知ってるだろ?そのせいで記憶がないんだ」
「そんな.........!そ、それじゃあ剣道を一緒にしていたことは」
「知らない」
「くっ!それなら私の実家の近くの祭りに行ったことも、秘密の場所で花火を見たのは!」
「それも知らない」
「それじゃあ!」
「もういい。やめるんだ」
半狂乱になりかける箒を肩を掴み俺の方を向かせて止めさせる。
その瞳には涙が浮かび、辛い現実を受け入れることができない自分1人ではどうにも出来ず、誰かに救いを求めるそんな目。
なのに俺はそれを見てもなんとも思わなかったのは心が無いからなのか、ただ単に他人だからと何処かで決めつけているからなのか。
「落ち着け。泣き喚いたって何にも変わりはしない」
うつむく箒。
垂れた前髪のせいで表情を読むことはできなかったけど、きっと唇を強く噛みしめているのだろう。
10分か、もしくはそれ以上か。
とにかく長く感じられた時間のあともういいと呟きを聞いた俺は反対側のベットへと腰をかける。
「私の知っている、一夏はもうどこにもいないのだな」
「残酷なようだけどその通りさ。人は必ず死ぬ。人格が変わるのもある意味死ぬのと同義。それがたまたまあのときだったってだけだ」
「そうか。なんとも思わないのかお前は」
「思わないも何も無い。殺されもするんだから殺されもする。たったそれだけのことだ。まぁ、俺の場合は殺されてから殺したようなものだけどな」
ははっと軽く笑い飛ばす俺だが、明らかに箒の目には俺に対して嫌悪かそれに似た感情がうかんでいる。
殺す。
それを平然と使う俺に抱くのは無理もないのは良くわかる。
だが、結局俺は殺した奴らのことなんて覚えているわけでもましてや罪の意識に苛まれているわけでもない。
1億もの人間をおれだけで殺したのだ。
まともな神経をしていたらまず正気を保っていられるはずがないのだ。
もっとも、おれ自身が正気というのはいささか首をかしげることだけども。
「まぁとりあえず、だ。俺はお前のことを全く知らない。だけど最初に言ったように同室になった。そう訳でよろしくしたい」
俺としては束の妹であることを抜きにしても仲良くしたいとはなんとなく思うのは、記憶がなくても体が覚えているからなのか。
「...............あぁ。こちらこそよろしく頼む」
変わらず複雑な感情が込められた声だが、とりあえず差し出した握手には応じてくれた。
今の所はこれでよしとしよう。
「思い出はこれから作ればいいのだな」
「ふっ。面白いこと言うじゃん」
「さっさと歩け。いつまでもダラダラ寝ているのだけは絶対に許さん」
「普通に歩けるから手を離せよ」
「...............どうせ手を離したら逃げるのだろう?」
「もちろん。何当たり前の事聞いてんの?」
「はぁ。姉さんの相手をしている気分だ...............」
次の日の朝。
IS学園の施設の場所をさらさら覚える気のない俺は、箒に連れられるままに食堂にきていた。
1週間ほどなら飲まず食わずでも死なないのだが、そこまでは知らないであろう箒は純粋な好意でやってくれたのは分かる。
なので簡単に食べてれ尚且つ少なさそうなうどんを頼み、ズルズルと食べている訳だ。パンの方がもっと少ないのだけど、嫌いなので却下。
「なぁ、なんでそこまで飯になると厳しいんだ?昨日の夕飯といい何があった?」
「ん?ただ単に千冬さんに頼まれたただけだが?目を離せばまともに食事しようとしないから頼むと」
「...............」
心の中で姉さんに対してひとしきり叫ぶ。
何余計なことしてくれているんだ。
一食抜いたくらいでは死にはしない。
...............とはいえ俺は抜くときは日単位で抜くので常人から見ればおかしいのかもしれない。
「飯食うのだるい」
「...............だるいとはなんだだるいとは。一夏は高校生だろう?普通だったら空腹で死にそうだ位言ってもおかしくないんじゃないか?」
「飯なんか栄養さえ取れればなんだっていいんだよ。携帯性に優れて栄養もあるカロリーメイト最強」
「ずいぶん味気ないな。流石にそれだけでは完全に栄養は取れんだろう?」
「そんなものサプリで取ればいい。って何これ?」
「食べろ」
ぐいっと目の前に差し出されたのは、いつ頼んだと言いたくなるわかめサラダと唐揚げが。
確かにうどんだけでは栄養バランスはよろしくないので、肉と野菜類を摂るのは理にかなっているけど。
...............これを食べろと?
ちらりと箒の方を見てみると残したら許さんといわんばかり。
ぶっちゃけ起こりかけている束を見ているようで、やっぱり性格は違っても姉妹なんだなと思う。
「わかったから睨むな...............」
食べなかったら一生ここにくくりつけられてもおかしくない雰囲気だったので仕方なく食べる。
口の中に唐揚げを放り込んだ。
確かに不味くはない、ていうかむしろ美味いのだけどやっばり食欲は湧かない。
肉なんて年単位ぶりだっての。
「ねぇ、ちょっといい?」
「箒。一個だけでいい。唐揚げを貰ってくれ」
「え?あ、あぁ構わないぞ」
そう許可を得たので箒のは皿に唐揚げを一つ移したので、何気ない動作で二個目をやろうとしたら思いっきり睨まれたので断念した。
なんだか箒が俺の母親見たくなっている気がするのはどうしてなのか。
自由に寝て自由に起きる。
飯も自由に済ませるという決まりで1年近く過ごしてきた身としては、規則正しく朝6時に起きるのはかなりきつい。
「話聞いてるの!?」
「一夏」
「あぁ、そういえば一時限目ってなんの授業だっけ?」
「...............数学だ。千冬さんの授業だから怠けない方がいいぞ」
「わかった」
取り敢えず次の授業をサボることができないのは確定したから、できるだけ間に合わせるよう早めに食べようとする。
が、いかんせんカロリーメイトと栄養ドリンクばかりだったせいでなかなか箸が進まない。
比較的柔らかいものばかり食べていたため、アゴの筋肉がかなり悲鳴をあげてるため。
うどん(小)ですらこの始末じゃどうしようもない気がする。
唐揚げ1個に1分かける時点でお察し。
「ちょっと!返事くらいしたらどうなの!?」
「煩いな。耳元で騒がれんのうざいんだけど。ゴミならゴミらしく燃やされてろ」
「はぁ!?アンタ何様のつもりよ!こっちは優しくISのこと教えてあげようと思ったのになんなのよそれ!」
「...............誰がお前ににIS教えてくれと頼んだ?え?」
座っていた椅子を誰かに当たるなんて考えることもせずか思いっきり蹴飛ばし、そのクソアマの首を掴み持ち上げる。
息が苦しいのか俺の手をひきりなしに叩いてくるが、話してやるほど俺は優しくない。
「さっきからギャーギャーギャーギャーやかましいんだよなぁ。俺は箒と朝飯食べてんの。そんな中に何偉そうに割り込んでくるんだ?空気も読めないのかお前は?あぁ、悪い。お前の国は字も読めないバカが多かったっけ。そんな国で育ったお前がバカになるのも無理はないよなぁ?クソヤンキー」
「ぐ、がっ。は、離して...............」
「え?なんて言ったの?俺聞こえなーい。お前は俺の楽しい時間を邪魔したんだ。馬鹿の国だとかそんなの関係なく容赦しねぇぞ、俺は?」
首を持つ手に皮膚に食い込みかねない程の力をさらに加えた。
真っ青になっていくクソアマの抵抗はすでに殆どない。
「なぁ、どうしたい?俺は優しいから選ばせてやるよ。壁に叩きつけられてミンチになるか、このまま首の骨をへし折られて死ぬか。どっちがいい?問答無用で殺さないだけまだましだと思え」
束が興味のなかったはずの他人にぶちギレたことが事があり、やり過ぎじゃとは思ったが今は違う。
あそこまでキレた気持ちがはっきりと分かるし、むしろこれだけじゃ気が済まない。
いっその事殺してやろうか。
戸籍も住所もない俺が人殺しをしようが、1億人を殺してきた身だ。
俺の世界には箒と束と姉さん。そして中学のときの奴らを含めた6人で充分だから。
こんな女が一人減るぐらいどうって事ない。
「一夏っ!!」
不意に聞こえた姉さんの声。
咄嗟に声のした方に向けば肩で息をしている姉さんと箒の姿が。
...............箒はついさっきまで椅子に座っていたはずじゃなかったのか。
「とにかくその手を離すんだ」
「なんで?こんな邪魔する奴は消したっていいじゃないか」
「馬鹿者。教師として生徒が人を殺めるのを見過ごすわけにはいかん。話はいくらでも聞いてやるから、とにかく離すんだ」
「...............分かったよ。チッ、興ざめだ」
言われる通り手を離すと受け身を取る事すら叶わずにそいつは床に崩れ落ちる。
大きく咳き込んでいるあたり死んでいなかったようだ。
しぶとい奴め。死んでいたら良かったものを。
「諸君!ここであった事は一切口外する事を禁ずる。いいな!」
はいと返事が返ってくるけど、どうせ無駄だろう。
少なからずこの食堂から出て行った奴はいるのだから。
「...............一夏、付いて来てくれ。篠ノ之すまないが朝食の片付けは任せて構わないか?」
「はい。大丈夫です」
その返事に姉さんはうなづくと、行くぞとだけ言って俺の手を掴み歩き出した。
どこへ向かうのかは全く見当もつかないけど、大人しく従うしかない。
俺の手を掴む姉さんの手は少しだけ震えていた。
目的地に到着するまでの間何故姉さんが震えているのか理由を考え続けたが、結局答えは出なかった。