狂人の闘争記 作:マルコス
プロローグ
「ここまでスライムしかでないダンジョンというのは見たことがないな」
「全くだぜ、どーなってんだこのダンジョンはよぉ」
世界各地に点在し、最奥にダンジョンコアと呼ばれるものが存在する《ダンジョン》。大抵のダンジョンはスライムやコボルド、ゴブリンなどを上層階に配置し、下層に行くにつれてモンスターが強くなっていくのが普通である。
他に上層階に強いモンスターを集め、上の階層で殲滅するという手段を取っているダンジョンもあるがあまり聞かない。なぜなら、普通に雑魚モンスターを当てて疲弊した敵を確実に潰すほうが良いからだ。
色々話したが、このダンジョンが特殊だと言える作りをしていると判断する理由は一つだけ。全三回層からなるこのダンジョンに出現したモンスターは
これは冒険者が知る由もない事だが、これはダンジョンを作成して一定期間以上モンスターを召喚せずにいると自然発生するモンスターなのだ。そしてスライムはすべてのモンスターに共通して食料となるモンスターである為、今回攻めてきた冒険者以外にもモンスターが入り込んでくることもしばしばある。
「三階層もあると言うことは、どう考えてもダンジョンよね」
「三階層もあるただの洞窟なんかねぇよ」
「そうよね...」
この冒険者一行は、前衛の男一人に弓を携えた弓兵の男一人、そして最後に後衛の回復役と思われる女が一人の三人パーティだ。
「なんでこんな弱そうなダンジョンがギルドで懸賞金がかけられる程危険視されてるのかわからねぇな。」
「油断しないで、マーカスのパーティも殺られたって聞いたわ」
「二人とも、前を見ろ。」
「こ、これは...」
豪華な装飾こそないが、全体的に青みを帯びていることから青銅製の扉であろうか、高さ三メートルくらいの大きさである。引くための取っ手が無いので押して開けるタイプの扉なのであろう。
押しているときはそれほど重いと感じなかった扉が押して開けるとギギィと重厚な音を立てたので少し驚く。しかしそんなことは些細なことであった。
そんなことは...
「なんなんだよ...これはよ!!」
大扉を開けるとそこには先程まで通って来た道から広がり広い空洞のようになっていた。高さも他の部屋や階層と違い五メートルはあるであろう高さになっている。
そして部屋のいたるところには、下級冒険者のものであろう武器や防具。時折質の良い剣などが転がっており、手練の冒険者もここに来ていた事がわかる。
質の良いものも悪い物も適当に放り投げたかのように部屋の隅に寄せられ積まれていた。その数は優に百を超える。
よく見てみると武器や防具の各所には戦ったときのものであろう血痕が着いている。それもすべての武器や防具にである。
此処にはなぜかスライムは発生しておらず、ゲームで言うならば宝物庫の様な雰囲気を醸し出している。門番はいないが...
本当に何もいないなと思い一行は奥へと目を向ける。そして、
「どうやらこの先に化け物がいるようだな」
先ほど見た青い青銅製の扉と同じ高さの今度は赤い大扉がそこにはあった。
「引き返したほうが良いんじゃないかしら。こんなに冒険者たちが殺られているのよ、用心するに越したことはないわ。」
後衛の女が周りに血痕だらけの武器防具を見て慄いているのか弱気な発言を吐く。
「これ以上、何を準備しろってんだ。行える準備は全部行ったし装備の手入れも済ませた。スライムで肩慣らししたから不十分があるとすればそれだけだろ。」
「...ごめんなさい。でも、嫌な予感がするのよ」
嫌な予感がすると言って行くのをためらっている女を煽るように弓兵の男が話しているが以前平行線のままである。そんな二人を見かねたのか、前衛の男が二人の会話に割り込むように入った。
「ここまで来たのだ、行かねばなるまい。危険だと感じたら引き返せば良いだけの事だ。」
そういうと女も渋々ではあるが同意し、杖を構える。そして静かに赤い大扉を押し開ける。
押し開けるとそこにあったのは、さっきの部屋よりもさらにひとまわりほど大きくなった部屋があった。
側面の壁には等間隔に松明が掛けられており、室内は他の部屋に比べて比較的明るかった。そしてこの部屋の最奥には土台の上に青透明のクリスタルがゆっくりと回っている。
「あれが、ダンジョンコアか...」
「綺麗ね...」
しかし、よく見るとダンジョンコアのある数メートル前に透明の壁があるのがわかる。試しに女が下位魔法《ファイヤーボール》を唱えるが、透明の壁に衝突し物凄い衝突音はするものの壊れる気配は全くなかった。
「仮にも我々は上級冒険者だ。その冒険者が放つ《ファイアーボール》を受けて尚崩れないというのはやや異常だな。」
「じゃあ、こっから先は進めないってことかよ?そんなのありえねぇよ!聞いたことがねえ!」
勿論ダンジョンコアにたどり着くことが不可能なダンジョンなどこの世には存在しない。何かしらの方法で奥に到達することができるようにしなければダンジョンは動かない。
動かないということは則ちモンスターが静止し、ダンジョンの力によって支えられていた壁も崩落し、暫くするとダンジョンが消滅してしまうのだ。
直ぐにダンジョンを稼動できる状態に戻すと被害は無いに等しいらしいが、そんな事をするものはいまい。そして又、このダンジョンも例外ではない。
モンスターこそ自然発生のスライムしかいないが、ダンジョンコアにはたどり着くことができる仕様にはなっている。条件を満たしていないから進めないだけなのだ。
「...!!何か来るぞ!」
前衛の男の言葉に一気に警戒心を強め戦闘態勢に入る。天井に張り付いていたのであろうか、何者かが数メートル先に飛来する。
飛来してきた者はフラフラとゾンビのように頭を上げた。その容姿は頭の頂点から股間にかけて境界線のように黒い線があり、左側は真っ黒右側は真っ白で目や鼻口も髪もなく只、人の形をしている気持ち悪い人形のようなヤツがいた。
「構えろ...。」
5年前酒場で出会い、以降ずっと三人で戦ってきた者たちにはこれだけの言葉でわかる。
強敵だ、全力で行けと。相手の体から放たれている威圧感は尋常ではなく、先の部屋に転がっていた武器防具は紛れもなくこのモンスターが殺した者達の装備なのだろう。
やはり引き返しておくべきだったか。前衛の男はそう考えるがもう遅い。
武器を構えた時点で門は閉まり、相手もこちらを見据えている。戦闘体制こそ取っていないが明らかに滲み出る殺気から、自分達を殺そうとしているのがありありと分かる。
いつ仕掛けるべきか迷っていると目の前のモンスターがあろうことか話し出したのだ。
「カカカカカ...マタシニタガリガヤッテキタ。カカッテコイカチクドモ、オマエタチノアジヲタシカメテヤル。カカカカカ...」
「なっ!喋っただと!?」
「どーゆーことだこりゃ!」
「どう...なってるのよ...」
混乱する三人。しかし目の前のモンスターはもう三人を相手に取り合うつもりがないのか全く反応を示さない。
それどころかゆっくりと近づいてくる。お前たちの味を確かめてやるとはどういうことなのだろうか。
あのモンスターには口など無いではないか。見た所生殖器も見当たらない。
繁殖することはないユニークモンスターなのだろうか。様々な思考が頭の中を駆け巡る。
もう一度相手のモンスターの姿を見ようと頭を上げた時、何故か視界は真っ暗で何も見えなかった。何があったのか目に何か魔法をかけられたかと考え本能的に頭に手を触れようとする。
バキッボキッ!
凄まじい骨ごと丸齧りして噛み砕いているような咀嚼音が聞こえる。そこまで来て漸く気付く。
ああ、自分は食べられているのか...
「キャーーーーーーー!!」
篭った悲鳴が聞こえ前衛中衛の二人も漸く気付く。目の前にいた筈のモンスターが何故か後方に居て、頭の頂点から股間にかけて入っていた境界線を中央に左右に割れ鋭い牙の生えた口が現れており上の方から口が閉じていき、丁度肋骨に当たる場所を砕いている。
「クソっ!!」
中衛の男が舌打ちし腰からショートソードを引き抜く。女の事を考える事なく躊躇わず振り下ろす。
ガンッ!
という硬い金属に当たった時のような鈍い音が鳴りショートソードが弾かれる。その間にも女は喰われており既に足の先まで体の中に取り込み終わり、口が閉じられているところであった。
「なんなんだ、テメェは!」
弾かれたことにより手を少し痛めた弓兵の男は謎のモンスターから距離を取る。前衛の男の後ろに回り弓を構えることを忘れない。
前衛の男も準備が出来、背中から盾を構える。防御力が高いモンスターなので攻撃に特化さえしなければ盾で防ぐことができるのではないのかと考え取り出したのだろう。
盾を構えた頃には女を飲み込み終わったのか、体を若干くねらせモゴモゴ咀嚼しているような動きをするが、すぐに収まる。
「ワカイオンナハ、イイナ。カカカカカ...ビミダッタナ。サテ、オマエタチハウマイノカナ。カカカカカ...」
どこから話しているのか分からない、先ほど仲間の女を喰った口を開けずに話しているのだ。テレパシーでも使っているのだろうか。
「後のことは考えるな、アイテムも何もかも出し惜しみするな。コイツは明らかに軍隊を動員しても勝てるかわからないレベルの化け物だ。」
前衛の男がスキルの構えを取りながら言う。
「分かってる。まだ死にたくねえよ...アンナの葬儀もしなきゃいけねぇしな!」
弓を持つ男もスキル発動特有の青い光が手元を包んで行く。
依然、目の前のモンスターは動く気配がなく力なく腕を垂らし猫背の状態になっている。
「はぁああ!!《風雷斬》!!」
片手剣攻撃スキルの中でも中位に位置する攻撃スキルである。どれだけ防御力が高くても風による加速と雷による威力の増加により傷をつけることは可能な高威力の技である。
ガァン!
という音と共に弾かれる。まるで巨大な鐘を剣で攻撃しているような感覚に襲われる。
ビリビリと相手モンスターから電気が迸るがダメージが与えられているようには思えない。相手モンスターが反撃しようと腕を伸ばした所で後方にいた弓兵のスキルが炸裂する。
「
一つの矢を上に放つと、ある程度の高さに登ると何十もの矢に別れ発火する。先端が炎で燃え上がった矢が何十も謎のモンスターを襲い、伸ばした手の動きが鈍る。
ダメージが通っているというよりは矢によって動きが阻害されていると言ったほうがいいだろうが。
謎のモンスターは案の定無傷で炎の中佇んでいた。ここで漸く相手モンスターがスキルを使う。モンスターが大きく両腕を広げ、大音量で叫んだ。
「
途端に二人の男は目には様々なものが飛び散るのが見えた。夥しい量の血を撒き散らしながらグルグルと回転しながら飛んでいく片手剣を握った右手。
前方に吹き飛んでいく、誰かの右足。近くに居る仲間がやられてしまったか、と互いにそう思い目線を自分の体を見下ろすと。
あったのは空白。首から下はもう何もなかった。
悲鳴をあげることも許されず、何が起こったの考えることも許されず、何もわからないままただ死んでいった。
その後、三人の冒険者分の武器防具が宝物部屋に増えていたのは言うまでもない。
ーーーこうして最恐のダンジョン、《狂窟マッドマンズ・ネスト」が誕生した。