SAO『罪と罰』 〜何故彼は力を手にしながら表舞台に現れないのか?〜 作:トアール凡人
「まずいことになったな」
「ええ……」
事件の目撃者であるヨルコさんを見送りながらこの異例の事態に俺は頭を抱えた。
叫び声を聞いてレストランの外に飛び出して声の先の広場で広がっていたのは、男のプレイヤーが建物からロープでぶら下がり、胸に槍が刺さって血液を流している光景だった。すなわち、彼はダメージを受けていたのだ。助ける間もなく、男は青いポリゴンと化して消えてしまった。だが、ここでとんでもない事態が発生した。このPKは従来のデュエルを用いた手段ではない、全く未知の方法によるキルであったのだ。俺たちは目撃者で死んだ男《カインズ》の知り合いであるヨルコさんに事情を聴くものの、肝心なことは聞けなかった。
「とりあえず、情報屋に新しいPKの脅威の可能性を報じてもらいましょう」
「ああ、しばらく圏内でも外出は控えるように伝えた方がいいな」
俺はカーソルを開き、急いでアルゴにそのことを伝えた。彼女はすぐに返信をし、ただちに動いてくれると言ってくれた。こうゆうときは、奴の能力の高さがありがたい。
さて、実はそれから2日かけて俺たちは情報収集を行い、この事件に一つのギルドが絡んでいることがわかった。俺たちは明日再びヨルコさんと、もう一人の今は《清竜連合》に所属するシュミットという男と会うことになり、今は喫茶店でこれまでのいきさつを整理することにした。店の中は昼間なのだからだろう、ほとんど客はいなかった。俺たちの席の通路を隔てて向こうに一人のプレイヤーがいたくらいだったので、俺たちは気兼ねなくおさらいをすることができた。
「驚いたわ、死んだカインズさん、ヨルコさん、シュミットさんが昔同じギルドにいたなんて……」
アスナはティーカップの取っ手に触れながら語った。
2日間で知りえた情報によると、三人は《黄金リンゴ》という小ギルドのメンバーだった。そのリーダーであるグリセルダという女性は勇猛果敢な人物で、小さなギルドをよくまとめていたらしい。彼女の夫であるグリムロックという鍛治職人の男性は彼女を支えていたらしい。ところが、そのギルドは半年前に解散に至った。
ある時、レアアイテムである指輪をドロップした彼らはそれの活用法でいさかいがあったらしい。すなわち、指輪を売却して資金源にするか、指輪を有効活用するかということで意見が分裂したのだ。結局5対3で指輪売却が決まり、リーダーであるグリセルダがオークションにその指輪を出品することになった。ところが、彼女は二度とギルドに戻ってこなかった。ヨルコさんらがまさかと思い生命の碑を見に行くと、彼女の名前には横線が引かれていた。彼女は何者かによって殺されたらしい。だが、その犯人は見つからず、優れたリーダーを失ったギルドはやむなく解散となった。
さて、問題はここからだ。このギルドを解散に至らしめた一因である指輪の問題。じつは、売却に反対したのはカインズ、ヨルコ、シュミットの三人だった。さらに、カインズが死んだときに残された槍の作者は、グリセルダの夫のグリムロックであったのだ。つまり、ここで一つの仮説が生まれる。
「売却に反対したメンバーの誰かがグリセルダさんを殺した。そして、それを知った元メンバーがリーダーの敵討ちをした。……夫であったグリムロックさんは行方不明なんでしょ。引っかかるわね」
「信じたくはないが、ヨルコさんが虚偽の証言をしているかもしれない。あまりにも不自然だ。いずれにせよ、明日聞き出す意義はあるな」
俺はカインズ殺人の容疑者よりも、実はこの事件の殺人手段、つまり、《新たなPKの方法》が気になった。場合によっては圏内ですら一般プレイヤーが死の恐怖に怯えなければならない時が来るかもしれないからだ。だから、この事件は見過ごせない。俺は一息ついて、冷めかかったお茶に手をつけようとすると、
いきなり、ドタンと何かが倒れる音がした。俺とアスナは瞬時にその方向を見ると、一人の女の子が倒れていた。
「イタタタ……」
どうやら、隣の席にいた子が席を立とうとして何かにつまづいて転んでしまったようだ。アスナはすぐに彼女に駆け寄って手を差し伸べた。
「大丈夫?」
アスナはいつもの強気な態度からは想像もできないような、穏やかな声で少女を心配していた。なんだか姉が転んだ妹に手を差し出しているような感じがした。うん、こんなこと言ったら張り倒されるな。対して、少女は転んだ恥ずかしさもあったのだろう、頬を赤らめて動揺したそぶりで両手をふる。
「だ、大丈夫です。すみません、何か真剣なお話をされていたのに水を差してしまって……あ、あたし行きますね」
言うと、少女は慌てて立ち上がって店を出て行った。結構小さい子だったな。12、3歳くらいにみえた。こんな小さな子もこのデスゲームに囚われていたのか。アスナも慌てて走り去った少女の後ろ姿を眺めながら同じことを考えていたようだ。
「あんな小さな子もいるんだわ。私たちが安心してこの世界で生きていけるようにしなきゃ……」
「ああ、そうだな」
普段は関わることのないような中下層のプレイヤーのほうが、人口の大部分を占めているんだ。彼らを危険にさらさないようにすることも、俺たちトッププレイヤーの務めでもあるのだろう。
「さっ、明日も早いから今日はもう戻りましょう」
アスナは俺のほうをキリッとした目つきで見た。こうゆう時は、彼女のこの表情が頼もしく思える。俺は首を縦にふりながら
「ああ」
と答えて席を立つ。
「じゃあ、支払いをしてくるね」
「ま、まて、この前おごってもらったばかりなんだ、ここは俺が……」
「何言ってるの、あなたそんなに余裕ないんでしょう?無駄遣いが多いのは変わらないわね……無理しないの」
た、たしかに、金がないのはたしかだ。おかしい、結構稼いでいるつもりなのに気づいたら財布が軽くなっているのだ。でも、仕方がないじゃないか。カッコイイ装備とか、珍しい食べ物を見つけるとついつい手を出してしまうのは!おまけに、ボッタクリの情報屋への泣け出しの寄付も軽くはないのだ。俺はなんとか弁解しようとするも結局、彼女に押し切られてしまった。俺は男としての威厳がガラガラと崩れていくような気分のまま、支払いを済ましてスタスタと出口に向かう彼女の後ろを、トボトボと情けなくついていくのだった。俺たちがいなくなった喫茶店にはNPCの店員だけが何をすることもなく黙ってそこにいるのであった。NPCはこの男女を見て何を思ったのだろうか。
そうして、その日の俺たちの行動は終了した。だが、そのとき俺たちは一つだけ誤解をしていたのだ。そのことに気づくのはまだ当分後のことであったのだが……