キセキの忠臣蔵   作:あるく天然記念物

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第十一話 内蔵助の心

 

 楽しかった正月もあっという間に過ぎていき、気がつけば春一番まで後わずかな日付になりつつる今日この頃。

 世間というか、俺たちを取り巻く情勢は少なからず変化をつづけていた。

 まず主な変化について教えると、吉良が北条の実家のある米沢に引っ込む動きが見えてきたことだ。

 それによって赤穂藩士は一同騒然。米沢に引っ込まれた日には仇討ちなんて不可能になるのと同様だからだ。それ故、江戸での試合結果などそっちのけで仇討ちを主張するようになった。

 それに対して内蔵助や実際に試合した安兵衛はあれこれと手を尽くすも、周りの暮らしの切迫の様子にとうとう折れてしまい、ついに仇討ちを認めてしまったのだ。

 だが、なにもなにも考えなしに認めた訳ではなかった。

 当初、仇討ちは浅野内匠頭の命である三月に行おうと計画されていたが、時期尚早として内蔵助は延期を主張し、何度か江戸から送られてきた吉良の動向に関する書状に郡兵衛の名前がない事を武器に、これを藩の決定とさせた。

 さすがの俺も手紙に名前が無いことを気づいたこともそうだが、それを数右衛門を使って裏をとって利用したことに感心するぜ。

 いやまぁ、内蔵助から事あるごとに読めと頼まれたから知っていたけどさ。というか、郡兵衛は脱藩したのか。なにがあったのやら。それと数右衛門の用事ってこのことだったのか。

 それからの内蔵助は世間の目を欺くためか、夜な夜な遊び回るようになった。

 その金の使い方は豪勢そのもので、周りの町民からは白魚大臣と言われている程。

 その様子に、俺は内蔵助が思い詰めていないか心配になってくる。

 内蔵助は、溜め込むタイプだからな。いつ破裂してもおかしくはない。

 まっ、一応それとなく気にかけておくか。

 

「直刃、すまぬが、母上を迎えに行ってくるぞ」

 

「あぁ──って、ちょっと待て、主税」

 

 いつものように街に出て行った内蔵助を迎えに行こうとした主税だが、出て行こうとした手前で俺は留める。

 

「どうしたのだ?」

 

「どうしたのだ? じゃねぇよ。お前、具合が悪いならそう言えっての」

 

 事実主税の顔は少し紅く、息も途切れ途切れに吐いていた。

 

「とは言っても、私は母上を迎えに行かなくては──アダッ」

 

 なんかまだアホな事を言いそうな主税に俺はデコピンをお見舞いする。

 なんかいい音がしたから結構痛かったはずだ。

 

「アホか。そんなふらふらしたままどこに行くつもりだよ。内蔵助に会う前に釈迦に会っちまううぞ」

 

「うう、痛い……。しかし」

 

 この時代では風邪一つでも命を落とす可能性がある。

 いくら俺が医学の知識を脳に叩き込んでいるとはいえ、さすがに仁のように天才的な手術なんてできないからな。

 

「いいから今日は寝てろ。変わりに俺が行ってきてやるから」

 

「わかった……今回はその言葉に甘えさせてもらうとしよう。だが、その……」

 

 なにやら歯切れが悪い。何を言いよどんでいるんだ?

 

「母上のことなんだが、遊んでいる姿を見て、あまり軽蔑しないでくれよ」

 

 なんだ、そんなことか。

 

「わかってるさ。それくらいな」

 

 主税を布団に寝かしつけた後、俺は内蔵助が遊んでいる撞木町に向かった。

 

 撞木は山科の屋敷から一時間ほど歩いた場所にある。

 主税の話によれば本当の町の名前は区夷町というのが本当の名前だそうだ。ぶっちゃけどうでもいい。

 

 まあそんな撞木町だが、ついてみて思うこことは一つ。

 

「うむ。どことなく吉原を感じさせるな」

 

 町には妖しげな灯りがちらほら点っており、大人のお店がズラッと並んでいる。はっきり言ってしまえば風俗街の一言に尽きる。

 

「とりあえず、内蔵助のいる店を探すか」

 

 見渡す限りそんなお店ばかりなので、俺は手短にいた呼び込みの男に場所を聞くことにした。

 

「すまん。少し場所を聞きたいんだが?」

 

「へい! いらっしゃい! 今宵もいい娘が揃ってますぜ~!」

 

「いや、そう意味じゃなくて、普通に道を教えてくれ」

 

「なんだ……客じゃねぇのかよ。で、どんな店?」

 

 男は俺が客でないと分けるやいなやあからさまにがっかりする。

 まぁそんなこと気にせずに聞くがな。

 

「笹屋って店だ。わかるか?」

 

「あぁ、笹屋なら奥の右手の店だぜ」

 

 そう言って男は町の奥の方を指差す。

 

「そうか。ありがとな」

 

 俺は男に個人的に来たら店に来てくれと頼まれた後、教えてもらった場所に向かう。

 そして歩くこと数分、目的の店の前にやってきた。

 

「此処か」

 

 店の入り口には小さく笹屋の文字が書かれた看板。

 店全体の雰囲気から一見さんお断り感が半端じゃない。

 

「さて、入るか。邪魔をするぞ」

 

 まぁそんな雰囲気も俺には関係ない。我が物顔で俺は店の中に入っていく。

 

「いらっしゃいませ」

 

 すると、店の奥から店員らしき人物が現れた。

 あっ、ちなみに言っておくと、こういった店で玄関先に現れる人物は主に客の対応ではなく、受付的な下っ端だ。

 

「お一人様ですか」

 

「いや違う。ちょっと迎えにな。この店に池田久右衛門が遊びに来ているだろ?」

 

「あぁ、お迎えの方ですか? 少しお待ちになって下さいまし」

 

「あぁ」

 

 そう言うと男は店の奥に戻っていく。

 おそらくは内蔵助を呼びに言ったのだろう。

 待つこと数分。ようやく彼女がやってきた。

 

「なんじゃ? 今夜は主税ではなく直刃が迎えに来てくれたのか?」

 

「あぁ」

 

 内蔵助は杯を片手に、若干着物を着崩した格好で店から出てきた。

 めちゃくちゃ様になっている。

 

「実は、主税が風邪気味でな。代わりに俺が迎えに来た」

 

「そうか。ならば、丁度良い。折角、来たのなら直刃も座敷に上がって遊んでいけ」

 

「………は?」

 

 一瞬言葉を失いかけたが、すぐに理由に当たり納得する。

 やはり内蔵助は……

 

「直刃の年で揚屋で遊ぶなど中々、出来ないことだぞ?」

 

「そもそも男と飲む趣味は無いがな。というか、若干嫌な思い出がある」

 

 思い出されるは俺が失明させた薄汚い男。

 いろいろ割り切ってはいるが、嫌な思い出ほどどうにも消えてくれない。

 

「まあそこら辺は気にするな。さぁ、早く上がれ」

 

「はいはい」

 

 内蔵助に案内され、店の奥へと入っていく。

 やれやれ、なんか面倒な事になったな。

 

「はい………池田さま?」

 

「すまないな?」

 

「あ……ずるい」

 

 店では内蔵助が若い男二人に酒をつがせていた。

 はっきり言ってホストクラブの光景そのものだ。

 二人に対して内蔵助は持ち前の話術で巧みに遊び、かなり店に馴れていることがわかる。

 

「ふむ。俺はどうするかな」

 

「あれ? こちらの若いお侍さんは?」

 

「あぁ、私の家の者だ」

 

「ん? あぁ、俺のことか?」

 

 男の一人が俺の事を内蔵助に訪ねていた。

 まっ、さっきから部屋の奥で座っていたら嫌でも気になるわな。

 

「ねぇ? 君? 揚屋は初めて?」

 

 そのまま俺はその男に話しかけられる。

 

「まぁな。というか、この年で来られるわけないだろ」

 

 今更だが、揚屋とは遊郭の者、つまりはホステスを呼んで遊ぶ店のことで、それなりに売れてない男だと娼屋に行く必要があるのだが、揚屋にはそういった事をする必用がないため、お忍びで遊ぶにはもってこいのお店なのだ。

 だがその分、かかる費用もそれなりに高い。

 故に長助さんとかだと、一生かかっても来られない店なのだ。

 

「どうじゃ? 直刃? この夕霧と浮橋のどちらかと遊んでみるか?」

 

「はぁ……久右衛門、俺は男と飲む趣味はないって言っただろうが」

 

「なんじゃ? 直刃はオナゴにしか興味がないのか?」

 

「逆にあると思ってたのかよ」

 

 まあ互いが好いていれば性別なんてどうでもいいと思ってはいるが、さすがに金を出してまで男とは遊びたくない。女でもそうだが。

 

「ふふ……可愛いなぁ? そんなこと言っても僕の舌技を使ったら、たちまち虜になるよ?」

 

「夕霧なんかより僕の方が凄いさ。僕の激しい腰使いで、朝まで眠らせないよ?」

 

「ほぉ、そうか? でも──」

 

 なにやら勘違いされて詰め寄ってきた男たちに対して、俺は少し遊び心がわいてしまった。

 

「──虜になるのは、お前達かもしれないぜ? それとも───忘れられない一夜を共に過ごすか? あぁん?」

 

「はうぅっ!」

 

「くふぅっ!」

 

 俺は少しだけ王者や野生の気配を出して男たちの顎を上げさせて語りかけると、男達は面白いくらいに顔を真っ赤にさせる。

 なんか面白くなってきた。

 もう少し男達を使って遊ぼうとした俺だったが、終わりは唐突にやってきた。

 

「……………………帰るぞ」

 

「ん? 久右衛門?」

 

 突然内蔵助から声をかけられた。

 なんか、機嫌が悪く見えるのは気のせいだろうか?

 

「直刃、帰ると言っておるのだ。さっさと支度せよ」

 

「………了解」

 

 男達に帰る旨を告げ、料金を払い店を後にする。

 

 で、帰りはというと。

 

「直刃、疲れたからおんぶせい」

 

「……はいはい」

 

 いつも通りに俺は内蔵助を背負う。

 その道中。

 

「………直刃?」

 

「なんだ、内蔵助?」

 

「………本気で夕霧や浮橋と一夜を共にする気だったのか?」

 

 何を思ったのか、内蔵助は俺にそんな事を聞いてきた。

 おいおい。

 

「んなわけないだろ。何度も言うが、俺は男と飲む趣味はないって。というか内蔵助、もしかして、妬いてるのか?」

 

「!? ば、バカを申せ! 何故私が直刃に妬く必要があると言うのだ!」

 

 そんな事ありえないとばりに内蔵助は声を荒げるが、いかんせん慌てた様子であるため発言力がない。

 てか、面白いくらいに動揺してるな。

 

「そうか? まっ、この調子なら大丈夫そうだな」

 

「…………わかっておったのか?」

 

「まぁ、多少はな。大方、周りの圧力に疲れてたんだろ? あんだけ色々詰め込まれたら、嫌でも逃げ出したくなるさ」

 

 気づいたのは笹屋で会話したときだ。

 主税が風邪ひいているのに、遊び続けれた様子から、結構参っていることがわかった。

 このままだと、いつかは壊れそうになっていたくらいだと。

 

「………誠、直刃にはかなわぬな」

 

 話しやすい雰囲気でもできたのか、内蔵助は次々と言葉をこぼしていく。

 

「誰も彼も、私の顔を見て口を開けば仇討ち仇討ちと。何故、そこまでして命を投げ出したいのか、私には理解できん」

 

「………」

 

「何故、誰も私のことを分かってくれぬのじゃ……私とて、一人の人間。酒を飲んで、自暴自棄にもなりたくなる」

 

 今までためていた胸の内を、まるでダムが崩壊したかのように内蔵助は吐いていく。

 そうだよな。

 同士の中で、一番辛い立位置にいるのは内蔵助なんだよな。

 同士からは激しい批判を受け、僅かな望みを託すお家再興もいつになるのか定かでない状況。

 そんな中、内蔵助は一人で、葛藤や苦悩と闘ってんだよな。

 できることなら、その苦悩を取り払いたい。

 ただ単純に払うだけなら簡単だ。俺が未来の真実を伝えればいい。お家再興は叶わぬ願いで、十二月に打ち入る事が決まっていますって。

 でも、そんな事は許されない。

 だって、そんなことを入った日には、内蔵助が壊れてしまうのが想像できるからだ。

 でもな、

 

「内蔵助、勘違いしてないか?」

 

「直刃?」

 

「誰も分かってないって、それ間違いだろ。今この場に俺がいるじゃねぇか」

 

「!?」

 

「言ったはずだぜ。俺は、誰が何と言おうと、どう思おうと、大石内蔵助を、ご城代を支持するってな。だって」

 

 これだけは、これだけは伝えられる。

 未来を知っている俺でも。

 

「俺は、大石内蔵助の家臣で、味方だからな」

 

「……そうか」

 

「あぁ」

 

「なら、良い。直刃~屋敷までそのままおんぶじゃ~!」

 

 先ほどまでの悲しそうな顔と打って変わり、嬉しそうな顔をしている内蔵助。

 どうやら、少しは心が軽くなったみたいだな。

 

「~♪」

 

 俺の言葉がよほど嬉しかったのか、内蔵助は鼻歌を紡ぎ出す。

 その鼻歌を聴きながら俺はこう思った。

 けして、一人にはしてはだめだと。

 だから、

 だから、

 俺だけでも、この人の味方でいよう。

 この時、俺は決意した。

 例えて仇討ちの道になろうとも、共に歩んで行こうと。

 今の俺は答えを見つけられた。

 やっと気づいた。俺は、内蔵助の事が好きなんだな。

 ただ、好きな人を守りたい。

 それこそ、命を懸してでも。

 もう俺に、迷いはなかった。

 そんな、俺にとって大切な夜だった。

 




主人公! 決意を胸に立ち上がる!
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