その日から更に時は過ぎていき、雨の多くなる梅雨の時期へと移っていった。
最近では主税と稽古することが多くなり、俺の容赦のない闘いのおかげか主税本来の才能か、主税はめきめきと力を上げてきている。
そして今日も主税に稽古をつけていた。
「はぁっ!」
気合いと共に主税は竹刀を振り下ろす。
だが、
「あまいッ!」
「ぐあっ!」
俺はそれを軽くいなし、逆にカウンターを叩き込む。
俺の容赦のないカウンターを主税が避けられる筈もなく、いい具合にカウンターが決まり、勝負がつく。
「はぁ………はぁ………また……私の、負けか」
「まぁ、今日はいいせんいってたんじゃないか?」
「そうは言うが、未だに一本もとれてない私からすれば、嫌みに聞こえるぞ」
「はは……一朝一夕で俺が負けるはずがないだろ。悔しかったら一人で六人分の攻撃ができるようになるんだな」
「できるかっ!」
「直刃」
「あ、内蔵助」
主税と話をしている途中、屋敷から内蔵助がやってきた。
何かあったのか?
「なんか用か?」
「うむ。実は、お前に仕事を頼みたくてな」
「仕事?」
「江戸の動きが本格的に怪しくなってきたのでな。お前には江戸に行って貰い江戸詰めの同士たちを宥めて来て欲しいのじゃ。なに、数右衛門も向かわせるから一人ではない」
「ふむ」
おそらく、ここで俺を向かわせる理由としては二つほど考えられる。
一つは内蔵助自身が向かえないというもの。
もし内蔵助が向かって話し合いをしたら、結果によっては決定的な亀裂を生じる可能性がでてくる。
次に二つ目が約束を先に反故にしたのはお前達だぞというのを江戸詰めの同士に思わせること。
これは以前安兵衛と試合した結果でお家再興まで仇討ちは計画しないという約束を先に破ったと江戸詰めの方々にわからせ、意志をそぐためだろう。
これらの理由から、俺が向かうべきだな。
それに、荻生徂徠についての情報も何かわかるかもしれないしな。
数右衛門は………どうでもいいか。ぶっちゃけ話が拗れる可能性の方が高い気がする。
「わかった。直ぐに準備をして向かうとしよう」
「うむ! 直刃! しかと! 頼んだぞ! それにもし、上手く話をまとめられたら、お前に褒美をやる」
褒美って、まあくれるならありがたく貰うけどさ。んな小学生のお使いみたいな感覚で言わんでも。
こうして俺は、江戸詰めの人たちの説得に再び江戸へと向かうこととなった。
まっ、やれるだけはやるとするかね。
……………
………
…
「はい到着っと~」
それから十日後。
現在地、江戸。
前来たときには達成できなかった半分の月日で江戸に到着を成し遂げた俺は、二度目の江戸に足を踏み入れていた。
「さて、たしかここで待ち合わせの──」
「よぉ!」
「はずだったな、数右衛門」
噂をしたらなんとやら、宿で送った文にあらかじめ待ち合わせの予定をしていた数右衛門が俺を待っていた。
予定通りいなかったらシメルって文に書いたのが功をそうしたようだ。
「文を読んだ時はありえねぇと思ってたけど、マジで十日で来やがったか」
「なに、これでも本気は出してない。なんなら帰りは更に半分の五日で戻っても構わんが?」
「化け物かお前は!?」
「失礼な奴だな。まぁいい。それより数右衛門、さっさと行くぞ、時間が惜しい」
「おうよ!」
俺は数右衛門と共に、江戸詰めの説得のため、安兵衛の屋敷に向かった。
「よく来たな?」
「まぁな」
屋敷についた俺たちは、早速同士が集まっている部屋へと通された。
ちなみに数右衛門はいると話が拗れる可能性があるから玄関に捨ててきた。
安兵衛と軽く挨拶をし、周りを見渡す。
「……」
「……」
ふむ。どうやら江戸詰めの同士の中で、偉い者は一様に揃っているみたいだな。
さて、これからこいつらを俺が説得するわけか。
はっきり言って面倒そのものだ。
「では、早速だが、ご城代のお言葉とやらを聞かせて貰おうか?」
「それは構わんが、安兵衛、一つ聞きたいことがあるんだが?」
「なんだ?」
「一応言っておくと、先に反故したのはそちらだと……理解はしているのか?」
「……………」
俺の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をする安兵衛。
どうやら理解はできているみたいだな。
「…………分かっている。それに関しては直刃、誠に申し訳ない」
そう言って安兵衛は頭を下げようとしてきたが、俺はそれを止める。
「別に構わねぇよ。お前だって、色々と手を尽くしてみてくれたみたいだからな。それに、試合を通してお前がどういう人間か、理解してるさ」
「直刃………かたじけない」
「んじゃ、内蔵助の伝言を伝えるぜ」
「………………」
「………………」
「………………」
部屋中に緊張が走る。まっ、これからの行動を決める上で大切な言葉だもんな。どんな扱いを受けようと、赤穂の同士にとっては内蔵助は祭りの御輿そのもの。それを無視して行動は出来ねぇからな。
「お前達江戸の同士が計画している仇討ちの件だが、それを直ちに中止しろ。とのことだ」
「なに? 計画を中止しろだと?」
同士のひとりが声を荒げる。
話最後まで聞けや。
「まだ途中だ。黙って最後まで聞け。というか、そもそも前提条件から間違っている。少数で仇討ちをしても、未だに閉門の大学様に迷惑がかかる上に、お家再興だって潰えた訳じゃない」
「だから、なんだと言うのだ?」
「なに?」
俺が聞き返すと、今度は違った同士が話し始める。
「最早、我らはお家再興などないと思うておる。なのに………今更、大学様のお身を案じてどうする?」
「そうじゃ! お家再興が叶わぬのなら、何人で仇討ちをしたとしても同じ事!」
どうやら江戸詰めの説得は俺が思っていた以上に厳しかったみたいだな。
「たく、つーかよ、なんでそこまで焦ってんだよ」
「そんな事………当たり前」
今度は新六が話し出す。
「いつ………上野介が米沢に引っ込むか分からない………」
「だからって、それでも、閉門が解かれるまでは待つって決めた筈だ」
「でも………納得したわけじゃない。弱点を突かれ……言いくるめられただけ……」
「ほぉ………言いくるめられただけ……ねぇ? だがよぉ、その理屈が通るなら、こっちもそれ相応に理屈が通るよな?」
「………………」
俺の言いたい事が分かったのか、場にいる同士全員が口を閉じる。
「第一に、安兵衛にも言ったが、先に約束を反故にしたのはそちらだぞ」
「だ、だが! このまま来年の春まで待ったとしても、ご城代に何を理由に先延ばしにされるか分かったものではないか!」
「う、うむ! そうなる前に吉良を打つ! これが江戸同士の総意だ!」
それから江戸詰めの同士は、内蔵助が遊郭でのんびり遊んでいるなどといわれ、挙げ句俺にご城代を見捨てこちらに付けとまでいわれた。
この時、俺の何かが切れた。
「……………いいだろう。なら、こちらもそれ相応に対応しようじゃないか、なぁ?」
「っ!!?」
「っ!!?」
俺が殺気を飛ばしたことにより、同士の何人かは息を呑む。
それほどに濃密かつ、荒々しい殺気を俺は出していた。
「それにな、お前らってつくづく面倒だな。武士の矜持やらなんやら。結局は決まってご城代が悪い。今のあんたらを見ると、まるで無い物ねだりしているガキを見てんのと同じだぜ」
「………な、なに?」
「それとな、文句があるなら話は簡単だ」
俺は腰に手を当て、全員を満遍なく見渡し、言い放つ。
「テメェら、表出やがれ。あの時、お前等は俺が安兵衛だけで試合したから納得てきなかったんだよな? 約束を最初に反故にしたっていうことはよ。だったら、文句がある奴全員でかかってこい。相手してやる」
「………………」
「………………」
「………………」
なにも言い返してこない同士たちを無視し、俺は安兵衛に話しかける。
「安兵衛、道場を借りるぞ」
「…………あぁ、構わねぇよ。それと直刃」
「なんだ?」
「さすがのオレでも、餓鬼扱いとはいただけねぇな。その勝負、オレも乗らせて貰おうか?」
どうやらガキ扱いしたことによって安兵衛の気にふれてしまったようだ。
現にこの時でも、安兵衛の殺気をひしひしと感じて仕方ない。
けど、嫌いじゃないぜ。
「当たり前だ。それに俺は言ったはずだぜ? 文句があるやつ全員でかかってこいってよ」
「ふっ、そうだったな。なら、この前の雪辱を果たすと同時に、仇討ちをさせて貰うとしよう」
「できるものなら、な?」
俺たちは互いに引けないところまで来た。
なら後は、どっちが意地を通すのか、白黒つけるだけだ。
道場へと場所を移動した俺たちは、互いに竹刀を構えていた。
ただ、普通の試合と違って、数としてはこっちが一に対して、相手は五人であるが。
相手は安兵衛を始めとして、新六、孫太夫、十郎左衛門、源五右衛門の五人だ。
源五右衛門と十郎左衛門は話し合いの時に俺に対して仇討ち仇討ち言いまくっていた奴で、孫太夫って奴は、話し合いの時何もしゃべらなかったが、道場につくやいなやいきなり高飛車な女になっていて驚いた。
一体何があったのやら。
「んじゃ、他に文句がある奴はいねぇな? なら、始めようか?」
「直刃、本当に我ら全員と一同に相手するのか?」
何を思ってか、これから試合する相手というに、安兵衛はそう話しかけてきた。
「くどいぜ? それに、今のお前等が束になったとしても、俺には勝てねぇよ」
「…………そうか、ならいい。こちらも全力を尽くすだけだ」
「あぁそうしてくれ。数右衛門、合図を頼む」
「す、直刃……分かったよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
静寂が包む。
それは嵐のみ前の静けさと同様のものだ。
全員が竹刀を構え、その時を待つ。
そして、
「始めぇえええっ!」
試合の火蓋は唐突に切って落とされた。
「うぉおおおおっ!」
「はぁああああっ!」
「てりゃあああっ!」
「せぇえええいっ!」
「えぇええええいっ!」
試合の合図と共に、江戸詰めの同士たちが一斉に俺に向かってきた。
安兵衛一人だけでも最高な殺気の上に、同等とはお世辞にも言えんが、それでも引けを取らない殺気が四つ。
この状況で心が踊らない訳がない。
血が沸き立たない訳がない。
今この瞬間、俺は最っ高に歓喜を味わっていた。
どうやら、今世にて、初めて多少は力が出せそうだ。
「全てに勝つ俺は全てにおいて正しい。故に、俺は負けることはない────行くぜぇえええええええっ!!」
手始めに近くにいた一人、新六に狙いを定める。
「!? はぁああああっ!」
俺の接近に新六は驚きつつも、竹刀を俺に向けて振り下ろしてきた。
が、それが俺に振れることはなかった。
「はっ、甘えぇよ!」
俺は振り下ろされた竹刀を横に思いきり打ち払い、大勢を崩した新六にの腹に向けて竹刀を打ちつける。
「きゃああああっ!」
「先ずは一人!」
その衝撃は凄まじかったようで、新六は壁に叩きつけられた。
さて、次だ。
続けざまに俺は源五右衛門と十郎左衛門達のところに向けて走り出す。
無論、普通にじゃねぇが。
「く、くるか!」
「私とて、ただで負けるわけでは」
「お前ら、さっきからなんで無防備に構えてんだ?」
「なぁ!?」
「い、いつの間に!?」
縮地法で接近したことにより、まんまと間合いに入らせた二人に俺は容赦なく竹刀を振り下ろす。
「そぉおらっぁ!」
「ぐふっ!!」
「がはっ!!」
竹刀で殴って気を失わせた二人を地面に横たわらせる。
これでようやく半数。
残った二人のうち、俺は孫太夫の方に向かう。
孫太夫は赤穂では三勇士と呼ばれ、それ相応に強いとされていると数右衛門から聞かされた。相手にとって不足じゃねぇな。
「いくぜ? 覚悟はいいか?」
「ふん! いつでもかかってきなさい! 私は、逃げも隠れもしませんわ!」
「なら、少しだけおもしろいのを見せてやる───僕は影だ」
「!? ど、どこへ行きましたの?」
孫太夫は俺を見失ったかのように辺りを見渡し始めた。
それもそうだろう。なぜなら、今の俺は影だからな。
「後ろががら空きですよ?」
「!? い、いつの──あうっ!」
視線誘導でいとも簡単に背後をとった俺は、孫太夫の首に衝撃を与えて気絶させる。
これで四人目。
残ったのは勿論。
「やっぱり最後はお前だよな、安兵衛?」
「まさかこれほどとはな。直刃、どうやら俺も死力を尽くさねばならねぇみたいだな」
互いに闘気を丸出しにして相対する。
今まで以上の緊張感が道場全体に張りつめていく。
そんな中、俺は一人笑みを浮かべていた。
この緊張感、この高揚感、たまんねぇな!
俺の中にあるのはただ一つ。
強い相手と相対できる。ただ、それだけだった。
だからこそ今回は、俺から行かせてもう!
「いくぞ」
「あぁ、こい! 直刃!」
自分の中にある彼の野生をむき出しにした俺は身体をしならせ、一本のバネの様に伸縮させる。そしてそれを一気に解放した!
それによって生まれるのは、到底人には作り出すことはできるはずもない爆発的加速力。
俺ですら青峰の野生を出さなければできない技だ。
「はぁああああっ!」
「! うぉおおおおっ!」
到底人間業とは思えない爆発的加速力に安兵衛は一瞬目を見開くも、迎撃の構えをとった。
この時、誰もが予感した。
この勝負、一瞬で決まると。
そして俺たちは交わった。
「はぁああああっ!!」
「せぇえええいっ!!」
バチィイイインッ! と、有り得ない音を響かせ、両者の竹刀がぶつかり合う。
その結果、
「………は、はは、やはり、オレの負けか」
竹刀を失った敗者と、
「まぁな。それに、俺に勝てるのは俺だけだ」
竹刀をだらしなく構えている勝者が立っていた。
それと同時に、からんっと竹刀が地面に落下するような音が聞こえた。
何のことはない。ただ勝負で交わるとき、その一瞬手前で俺が上に打ち上げたのだ。
技名でいくと巻き上げ。
奇策中の奇策で、この技は、達人であればあるほど引っかかる。
達人はインパクトポイントの一瞬に全力を込め、残りは脱力している。ならば、その力を込める前の刹那の一瞬に自分の一撃を打てば、たちまち相手は得物を失うというわけだ。
「それで、得物を失ったオレに、止めは刺さぬのか?」
「阿呆。んなことするわけないだろうが。てか、この勝負自体、お前乗り気じゃ無かっただろ」
「!?」
俺の言ったことが図星か、安兵衛は目を見開く。
「………やはり、気がついていたか」
「当たり前だ。大方、全員を納得させるために試合させようと思ったんだろ?」
気がついたのは釘を差した時だ。
あの時、安兵衛は俺に対してすまないと謝罪をしてきた。普通、納得できずにこれから仇討ちをする人間が止めに来た人間に謝罪するわけがない。
よって、最初から安兵衛は仇討ちを行うのに否定的だったのだ。
「よもやそこまで気がついていたとは。やはり、直刃は凄いな」
「まぁ俺だからな。それにな安兵衛、仇討ちは何もしない分けじゃない。そしてもし仇討ちする時が来たら、お前は絶対に必要な戦力なんだぜ?」
「………そうか」
「内蔵助……ご城代は必ず立ち上がる。それまで、自分の刀を磨き上げるべきじゃないか?」
「そうだな、皆もそれで相違ないな?」
安兵衛の一言にこの場にいた人たち全員が頷く。
こうして、俺は無事江戸の同士を説得させることに成功した。
内蔵助、これで少しは肩の荷が降りたよな?
けど、慣れないことするもんしゃねぇな。本当に、やれやれだぜ。
圧倒的制圧力! それこそチート!