そして十日後
俺は無事山科へと戻ってきた。
「戻ったぞ~っと」
「直刃、戻ったか。予定よりも少し遅れたみたいだな。まぁそれでも普通の倍近く速かったわけだが。途中で送ってきた文によれば昨日戻る筈じゃなかったのか?」
俺の戻ったことに主税が出迎えてくれる。
あぁその事か。
「実はな、大津にいる途中雨に降られてなぁ。それで川が氾濫。おかけで橋が流され、泳ぐ羽目になったんだよ」
いやーあの時は流石に死ぬかと思ったぜ。でもまぁ楽しかった上に凉しめたからいいか。
「……お前は一体何と戦っているのだ」
主に、自分の限界?
「まぁそれは置いておくとして、内蔵助はどうした? いつもならいの一番に出迎えてくる筈じゃね?」
俺が日課の森林浴から帰ってくると、たいていは内蔵助が出迎えてきていたのだ。だが、今回に限っては内蔵助がいない。
その事に主税はばつの悪そうな顔をする。どしたん。
「あぁその事なんだが、母上は待ちくたびれてしまってな。撞木町に行ってしまった」
「待ちくたびれてって。これでも普通より速かったってのに」
詳しく聞くと、どうやら内蔵助は文に書いてあった日に戻ってこなかったのがお気に召さなかったようで、気晴らしに遊郭に行ってしまったのだと、主税がそう語る。
しかもそれだけでなく、先に戻った数右衛門が俺が遊郭で遊んでいるなどと法螺を吹き込んだりして余計に気を悪くしたみたいだ。そのせいで数右衛門は上方にいるらしい。マジで数右衛門ってアホ───だったわ、うん。
内蔵助が不在で旅の疲れもあることだし、俺は内蔵助の帰りを待つことなく、今日は寝ることにした。
たく、一番に報告したかった人が不在って何やねん。
その夜。
「直刃………」
声が聞こえる。
「おい? 直刃?」
間違いない。誰かが俺を呼んでいる。
俺は眠気を噛み殺し、目を開ける。目の前にいたのは、
「内蔵助?」
だだ今絶賛撞木町に遊びに行っていた筈の内蔵助がいた。
「ばぁ!」
いたずらが成功した子供のように顔を綻ばせる内蔵助。
いや、ちっとも驚いてはないが。
「……どうしてここにいるんだ? ここは一応俺の部屋だぞ。てか、ばぁ! ってなんだよ」
「うむ………やはり驚かす事は無理じゃったか」
シュンとするなよ。なに? 俺が悪かったの?
とりあえずこのマズい雰囲気をどうにかするために話を変える。
「で、いきなりどうした? こんな夜更けに」
「うむ! 直刃が帰ってきたと主税から聞いたものでな」
なんでも話を聞いて明日まで待てずに押しかけてきたのだと内蔵助は口にする。子供か。あっ、見た目子供だわ。
「なるほど、まっ、一応言っておくか。戻ったぜ、内蔵助」
「うむ! よくぞ無事に戻ってきた、直刃!」
あぁ。
挨拶をして分かる。
俺はようやく山科に戻って来たと。
「それより直刃? 数右衛門から聞いたぞ。遅くなったのは遊郭で女遊びをしたからじゃと」
「なんでさ」
数右衛門、よりによってそんな爆弾を落としやがって。
よろしい。次にあったときはキャメルスクラッチからのコブラツイストをプレゼントしてやろう。そしてトドメにアイアンクローからのフェイスクラッシャーを叩き込んでやる。せいぜい楽しみしているがいい。
とまぁ、先ずは内蔵助に弁解するのが先決だな。
「んなわけないだろう。前どころか何度も言ってるが、俺は金を出してまで誰かと酒を飲んだり交わったりする気はないって」
「いーや。今回は数右衛門を信じる」
内蔵助は拗ねた子供のように頬を膨らませてくる。
たく、
「なら、どうやったら信じてくれんだよ」
「そうじゃなぁ。なら、褒美をやるから、暫し目をつむれ、直刃」
ん? 信じる為に褒美をやる? なんか嫌なもんでも与えてくれるのか? なんかヤだな。
そんな事を思いつつも拒否権があるわけがないので、大人しく言われたとおりに目をつむる。
「では与えるぞ───んちゅっ………」
「ん………」
途端、唇に柔らかい感触を感じた。
これって、
「内蔵す──はむっ………」
「んむ……くちゅ………へぇあむ…………ん」
真意を訪ねようと口を開くと同時に口内に何かが侵入してくる。
温かく、まるで軟体生物のように湿っていて蠢いている。間違いない。舌だ。
ちゅるちゅるといやらしく音をたてながら、舌を永遠と交じらせ、じゅるじゅると互いの唾液を交換し、舐める。
途中垂れていく唾液がもったいなくなり、俺たちは更に舌を深く絡ませ、すすり合い、つながり合う。
それからしばらく部屋中に淫らな水の音が響いた。
このまま永遠と続くかと思われたが、互いに没頭するあまり呼吸が間に合わず、息苦しさから離れる。
「はぁ……はぁ……ん、はぁぁ……どうじゃ? 直刃、私からの褒美は?」
「ん……すごく、甘かった」
離れた時に、互いの唾液が銀の糸を引いたのは言わずもがな。
「むふふ、これで直刃は私の物じゃな。誰にも渡さぬぞ」
「意外と独占欲が強いんだな。てか、この褒美って……」
「うむ。直刃、私は、お前のことを好いておる。この事に気がついたのは、撞木町に迎えに来てくれた日……いや、きっとそれ以前、あの大評定の日じゃろうな。周りが殉死を宣言する中、お主一人だけが異を唱えた。きっとこの者についていけば、何かが変わるとな」
「内蔵助………」
俺にそんな資格があるのだろうか。
内蔵助たちを騙し、隠し事をしている俺に。
それでも告白された瞬間、心が暖かくなった。
俺も内蔵助のことが好きで、相思相愛だと分かったからだ。
てか、柄にもなく笑みが浮かんでしまう。
心に決める。
いつか語ろう、俺自身の事を。
そして、今は素直に気持ちを伝えよう。
「で、直刃? 答えは聞かせては貰えぬか?」
「んなもん、決まってるさ。好きだよ、内蔵助………ん」
「ちゅうむっ…………んふっ……」
返事とばかりに今度は俺によって再び繋がりあう互いの唇。
その後の展開は……………まぁ、ご想像にお任せするさ。
ただ、危うくロリコンになるところだったと言っておこう。
……………
………
…
月日はあれから数日が過ぎた。
あぁ、あれとは、率直に言うのであれば、内蔵助とまぐわったことだ。
それと、まぐわった直後、俺は内蔵助に俺自身の事を告げた。
あの時に決意したからな。
けど、
「なんと………直刃、お主は未来から来たと申すのか?」
「あぁ。俺はこれから三百年先の未来からやってきたんだ」
「………………ぷっ」
「内蔵助?」
「ぷあははははははっ! そんな事あるわけがないではないか! さすがの私でも笑いがこらえきれんぞ!」
「……………」
とまぁ、さすがに突拍子もない話だからだろうか、内蔵助な信じるどころか大笑いしていた。
だけど、この時ばかりは自分の有能すぎる能力を憎んだ。
だって、内蔵助が本気で笑ってないと気づいてしまったからだ。
でも、内蔵助が俺を誤魔化そうと必至になってたから、せめて騙されて気づかない振りをしておこうと思う。
それが、優しさってもんじゃね?
最後にもう一つ。
あの日を境に内蔵助は変わった。具体的には、
「直刃? 川へ涼みに行こうぞ!」
とか、
「直刃~おんぶ~♪」
とか、
「直刃~♪」
とまぁ、俺にべったりとくっついている事が多くなったのだ。
というか、四六時中内蔵助にかまっている気がしてならない。いや、別にイヤではないけどな。
「直刃~? 何をそんな難しい顔をしておるのじゃ?」
「いや、少しな」
「そうか。それと直刃? 西瓜の種をとってくれぬか?」
俺の前に差し出されてくるスイカ。まったく、それぐらいは自分でしろと思う。
「やれやれ…………これでいいか?」
「うむ!」
が、それでもしてやる俺は対外に甘いな。これが惚れた弱みなのだろう。基本的に内蔵助の頼みは断りたくないと思ってしまう。
現在俺たちは主税が貰ってきたスイカを仲良く食べているのだが、やはり内蔵助が俺にべったりとくっついてくる。
「………………」
その光景に娘である主税も怪訝な顔をしている。
無理ねぇよな。自分の母親が知り合いにべったりな光景見たらそうなるわな。
「主税? なぜそう変な顔をしておるのじゃ?」
そんな主税に内蔵助は語りかける。
あれ? なんか底知れない不安が漂ってきた。気のせいだよな?
「は、母上、直刃との距離が近くはありませぬか?」
「うむ。その事なんじゃがな、主税、近々父親ができるぞ? のぉ、直刃?」
内蔵助がそう口にした瞬間、
「は?」
世界が停止した。
気のせいじゃなかったか。てか内蔵助? なにそんな事カミングアウトしてんだよ。おかげで主税の目が点になってるぞ。
別に気にしてないけど。
「は、はははっ、母上! そそそ、それってどう言うことで」
「うむ。つまりは私と直刃がまぐわいをしたという訳じゃ」
一瞬の静寂の後、
「すすすすすす、直刃ぁ!?」
内蔵助から告げられる衝撃など事実に主税は慌てふためき俺に詰め寄ってくる。
「なんだ主税、てか、近い」
「ま、まままま、まぐわったということは真なのかっ!?」
顔を真っ赤にしながら俺に質問してくる主税。
うむ。こんなに慌てる主税は久々に見たな。
そんな主税とは対照的に俺は淡々と質問に答えてやる。
「あぁ、本当だ」
「────!!?」
「主税? その内直刃のことを父上と呼ぶ日が来るかもな? むしろ練習として呼んでみてはどうじゃ?」
「ち、ちち、父上!?」
おい内蔵助、さすがにこれ以上はさすがに主税が処理落ちするぞ。
「父───」
まっ、まさか主税のやつ、本気でいうつもりか?
主税は顔をあり得ないほどに紅らめさせ、
「ん?」
「父う………う、うぅぅ───言えるかぁああっ!」
───風と一体化したかのように走り去っていった。
ま、当然だわな。主税、心中察するぜ。
「うーむ。ちょっと遊びすぎたかのぉ?」
「やりすぎだ」
「それより直刃? 膝を貸してはくれぬか?」
「………仰せのままに」
「──♪」
内蔵助の頭をを俺の膝にのせる。普通は逆じゃね? と思いつつも、本人が楽しそうだからいいのだろう。
まっ、こうした日常も悪くないな。