それからさらに日は過ぎていき、雪が降るようになった今日。
俺は内蔵助と共に浅野内匠頭の弟………ではなく、妹の阿久里さまのところに向かっていた。
目的は仇討ちの報告……じゃないんだろうな。
しかし、その訪問の前に俺たちはある場所に来ていた。
それは、
「泉岳寺……かれこれ三回目か」
浅野内匠頭の墓がある泉岳寺に。
目的は無論、仇討ちの報告と墓参り。
内蔵助は墓前に来ると、懐から脇差しを一本取り出して墓前にそれを添える。
その脇差しは浅野内匠頭が吉良を切りつけたものだ。
「殿、長らくお待たせさせましたが。遂に…………遂に殿の無念を晴らす時がやって参りました。打ち入るからには同士一同、死ぬことは勿論、決死の覚悟で臨む故。どうか………どうか、あの世から我らのことをお守り下さいませ」
「……………」
内蔵助は頭を深々と下げ、祈りを捧げた。
その時。
突如として墓前に供えられた脇差しが光り輝いた。
『直刃さん。どうか………どうか内蔵助を、赤穂の者達をお願いします』
「あ………」
声が、聞こえた気がした。
初めて聞く透き通るような優しい声。母のように暖かく、包容力のある物だった。
まさか、あれが内匠頭か?
「…………? どうした?」
いきなり声を出した俺に対して内蔵助が気にかけ、声をかけてくる。
「…………いや、なんでもない」
墓前を見ると、脇差しは光り輝いてない。
俺の気のせい………いや、どちらでもいいか。
ただ、これだけは言っとくか。
「あぁ、任されてやるよ。だから、安心して見てろ」
俺がそう口ににした瞬間、脇差しがほんのり輝いた気がした。
赤坂・今井町。
三次浅野家・下屋敷。
ここに阿久里さまとやらが住んでいる。
「内蔵助? よく来てくれましたね?」
「阿久里さま、お久しぶりでございます」
「……………」
品の良さそうな顔をし、可愛い少女が内蔵助と挨拶を交わす。
これが阿久里さまか。なんとなく麗華の妹であった彩を思い出させるな。
「それで内蔵助、そなたが参られたという事は、遂に仇討ちをするということなのですね?」
「………いえ、そうではないのです」
「え……」
「実はこの度、さる大名家への仕官が決まりまして。今日はそのご報告に参ったしだい」
「え……」
内蔵助の言葉にこの場にいる俺と内蔵助以外の全員が驚愕に顔を染める。
まっ、こればかりは仕方がない。
仇討ちをする場合、黙認と未知では大きく罪に関して差がある。
内蔵助は、阿久里さまを巻き込みたくないが故、こんな心にもない……いや、恥を忍んで進言したのだ。
まっ、内蔵助が参った理由は他にもあるだろうが。
それから阿久里さまと何時江戸を立つのかなどをでっち上げ、俺たちは屋敷を後にした。
「本降りになってきたな……」
内蔵助は白い息を吐き出しつつ、空を見上げる。
目の前には白く染まった江戸町が広がっていた。
「だな。どうりで寒いわけだぜ」
「……………直刃」
「なんだ?」
「お前は、何も申さぬのだな。私がどうして阿久里さまの元に向かったのか」
まあ、大体予想ついてたからな。
「なんだ? 聞いてほしかったのか?」
「…全く、お前は優しいな」
なんじゃそりゃ。
「優しくなんかねぇさ。ただ、これで最後なら、自分大切な人──その面影がある人に会いたいってのは理解してるだけだ。だから、何も言わねぇだけさ。まっ今からできるのは、後ろを振り向いとくぐらいだけどな」
「直刃………すまぬな」
言い終わると同時に、内蔵助はその場に正座すると阿久里さまの屋敷に向かって頭を下げた。
「………」
俺はそっと後ろを振り向き、それと同時に内蔵助は口を開いた。
「阿久里さま………今日のご無礼、誠に申し訳ありませんでした。殿の面影に縋りたいばかりに阿久里さまのお顔を一目でもみたいと馳せ参じた次第。これは私の勝手な振る舞いで武士にとってあるまじき行為。さぞ、阿久里さまの気分を害されたでしょう。だが、この内蔵助。阿久里さまとお会いしてようやく吹っ切れました」
そこまで言った後、内蔵助は頭を深々と下げ、言葉を繋ぐ。
「必ず! 必ず! 殿のご無念をお晴らしいたしますので! どうか! どうか! お許しを!」
「……………」
内蔵助の言葉を俺は背中で感じる。
辛かっただろう。
苦しかっただろう。
ただ、自分の主の面影を見たかったが為にその妹の機嫌を損ねるような言葉を言ったのだ。
討ち入りを明日に控えてもなお、未だに仇討ちに吹っ切れていない自分が恥ずかしいと思いながら。
しんしんと真っ白な雪が降りしきる中。
本来面と向かって話したい筈だった言葉を綴りながら。
内蔵助は、ただひたすらに屋敷に向かって平伏してしていた。
けど、これが着飾ってない本当の人のあるべき姿なんだよな。
誰であろうと、死というのはとてつもなく恐ろしい。
だから、俺は一人、誰にも悟られないよう、一つの決意をしていた。
歴史なんて関係ない。俺は、一人の人間として成すべき事ができてしまった。
内蔵助、お前は、俺が絶対に死なせねぇ。