内蔵助と別れ、泉岳寺を去ったあの日から数日が過ぎ。
幾つかの一人寂しい───ではない夜を乗り越え。
ようやく赤穂の地にたどり着いた。
とは言うものの、実際7日間ぐらいしか経過してない。
なぜそんなに急ぐのかと問われたら、のんびりしていては俺の計画に支障をきたすというのが理由。
しかし、本格的化け物じみてきたな俺。まさか一週間で江戸から赤穂に来れるなんて。
「さーて、ちゃっちゃと報告を済ませるか」
気持ちを切り替えて将監の家を探す。
しかし、その必要はなかった。
「す、直刃……なのか?」
「ん? 将監か?」
突然声をかけられ、振り向くとそこには、武士の時着ていた着物ではなく、農民の安っぽい着物に身を包んだ将監がいた。
マジで農民になってんだな。
「おぉ、やっと見つけたぜ。といってもまだ探すことすらしてなかったがな」
「直刃──お前は相変わらずだな」
どういう意味だよ。
「おいおい、高々数ヶ月で変わるかよ。それより内蔵助から報告がある。家に上げてはもらえねぇか? ちと、人前では話せんことも多々あるし、何より時間がねぇ」
「直刃? ……わかった。ついてきてくれ」
一瞬不思議に顔を潜ませたが、内蔵助からの報告ともあり、家に案内してもらえた。
「さて、報告を聞こうか」
家に上げてもらうと早々に将監は話を切りだしてきた。
その方がこっちとしても都合がいいため、話すけど。
「あぁ、まず一つ目だが、第二陣の用意は不要だぞ」
「────!? …………ふぅ、内蔵助と一緒にいた頃から只ならないとは思ってはいたが、まさか第二陣のことを知っていたとは」
「知っていたわけじゃない。ただ、予想してただけだ。松の廊下での刃傷の背景を予測してたらついでに予測できたのさ」
「そこまで……いや、今は仇討ちを成功させたことを喜ぼう。これで、亡き殿もお喜びになられるだろう」
顔を綻ばせ、心の底から喜んでいるのが分かる。
ただ、その顔は、これから死にに赴く亡者そのものだが。
だからこその伝言か。
「将監、最後に内蔵助からの伝言を預かっている」
「伝言? 何だ」
間違うことなく。
一言一句、正確に伝える。
「死に急ぐな、と」
「!? 死に………急ぐな……」
報告を聞いた将監は間違いなく腹を切るだろう。
第二陣を組んでいたお人だ。本来なら、第一陣として闘いたかったに違いない。
そんな人が、仇討ちが成功後の世にいつまでも生き続けようと思わないだろう。
だからこそ、死を恐れる内蔵助は伝言を残したのだ。
俺と同じ理由で、大切な人に死んでほしくない、と。
「そうか。まったく内蔵助やつ……最後まで他人のことを気にしおって。だが、その言葉は承諾できん」
まっ、当然だよな。
けどこっちも「はいそうですか」とは言えないわ。
それに俺はNOと言える日本人でもある。関係はほとんどないけど。
取り敢えず真面目な理由を将監に伝えか。
そっちの方が納得するだろ。
「ダメだ。将監、あんたには後世に伝えていかないといけないんだ。大石内蔵助という武士がこの世にいたことを。四十六人の誉れ高き武士がいたこと。これからの世に」
「直刃………」
ことの重大さ。
その重みを感じているのだろう。
将監の顔には迷いが見える。
それをやっていけるのかという、迷いが。
なら俺は、その背中を押してやるさ。
同じように迷っていた時、彼らが俺にしてもらったように。
「将監、あんたなら、真実を正しく人々に語り継がせることができる。仲間が死に、一人生きていくのはとてつもないほどにつらい。でもな、その生き残る辛さを知る将監なら、必ず成し遂げられるさ。だから内蔵助は、お前に死に急ぐなと伝言を残したんだよ」
「そう……なのだろうか。私に………いや、やってみせよう。それが、友の最後の願いなら」
吹っ切れたのか。
もしくは受け入れたのか。
将監の顔に迷いはなくなっていた。
あるのは、誇りある責務を全うする武士の面構え。
さすがは内蔵助の友人。
もう、大丈夫だな。
「さて、んじゃ、俺はやることがあるからここいらで失礼するぜ」
「そういえば直刃よ。先ほどお前は時間がないと言っていたが、何をするつもりなのだ?」
「そうだな…………やるのは一つだけさ。たとえそれが、武士の誇りを失うことになろうとも。将監に報告を済ませた時点で俺はもう、赤穂の武士じゃなくなったから、な」
「? どういう意味だ?」
そう、これが、
「内蔵助たちを、絶対に死なせねぇ。たとえ四十六人全員から恨まれてもな」
俺の持つ、最大の野望だ。
短いのがスタンダード!