時という物は、あっという間に過ぎていく。
まさに光陰矢の如しと言うのはこの事を表すのだろう。
あれから、二ヶ月の月日が過ぎようとしていた。
どうにか江戸に行こうとが策するも、小夜に止められたり、小夜が告げ口して長助さんに止められたり、小夜が罠を仕掛けて止められたり、一向として江戸に向かえる気配がない。
てか、全ての計画が小夜に止められていることに少しの恐怖を覚える。あいつ、エスパーなのかもしれん。
かくして俺の現代に戻ろうとする気持ちは、日に日に低下する傾向となっている。が、ここで俺の身体に異変が起こった。別に病気になったとか、変身を遂げるとかそんな類ではなく、ただ単純に禁断症状が出たのだ。
「あぁ………バスケしてぇ………」
心からの声が、春空の中へと消えていく。
この時代に来てから二ヶ月。
一度たりともバスケができず、ボールにすら触れない。
ていうか、そもそも江戸時代にはバスケという概念すらないで、遊べる訳もない。かと言ってボールを作ろうにも、作り方は知ってはいるが、この世界では合成皮は勿論、ゴムを使用して使って作るわけにもいかない。てか入手できん。
ほんと、ままならねぇ世の中だぜ。
「直刃? ばすけ、とは何だ?」
本日はエモシチが外せない用事があるとの事で、松之丞と唯七の二人が俺の記憶取り戻しの手伝いをしてくれた。
赤穂の成り立ちや給金の支払いなど。
唯七は終始詰まらなさそうだが。
「いや、気にしないでくれ。ただの世迷い言だ」
「相変わらずわけのわからない言葉を発するな。私たちの前ではいいが、他の者たちの前では話すなよ?」
「分かってるさ」
そうは言うものの、俺のバスケへの欲求は収まらない。
こりゃ何とかして別の事で発散しないとヤバいな。
「そんなことより、直刃ぁ! 稽古しようぜ」
唯七は今までの退屈を発散させる勢いで竹刀を振り回し始める。
「稽古………かぁ」
まあバスケをしたい気持ちをどうにかする上ではいいかもしれんな。
「いいぜ、相手してやるよ」
「そうこなくっちゃ!」
俺は唯七から竹刀を受け取り構える。
この緊張感、どこかバスケににたような物を感じる。
強者と相対しているわけではないが、どこか胸の高鳴りを感じるのだ。
どうも、この時代の俺はバスケではなく、剣術に惹かれるものがあったのかもしれん。だが、それにしては体力と筋力の低さに一言言ってやりたいが。
「行くぜ! うりゃうりゃうりゃ!!」
「ふッ」
かんっ! と心地よい竹刀のぶつかる音がなんどか響く。
唯七は竹刀を逆手に持ち、予測できないような動きで攻撃を繰り出してくる。
おそらくは、あの持ち方が彼女に一番合った型なのだろう。
極限まで自分に合う型で戦えば、決められた型より遥かに強い。
だが、
「それを行うには経験が足りないな、唯七」
「うにゃ!?」
俺は唯七の攻撃を軽く予想して受け流し、無防備となった唯七の首筋に竹刀を添えた。
「唯七、型にはまらずに攻撃を繰り出すのは悪くはない。それに筋も良い。だが、それをするには経験と言うか、直感的なものが足りないな」
「え………?」
「す、直刃………?」
ん? どうしたんだ二人とも、そんな呆けた顔をして─────あ゙………。
二人の様子に疑問を持った俺だったが、すぐさま理由に思い当たった。
この時代の直刃の実力はエモシチと同レベル。そしてそのエモシチのレベルは稽古場において最下位。さらに言えば、今戦った唯七は稽古場においてトップレベルの強さだとエモシチが言っていた。
そんな彼女を俺が軽くあしらったらどうなるか。
答えは簡単、あり得ないものを見たような目になる。
「す、直刃……お前……」
唯七は衝撃を受けたのか、少しふらつきながら俺に向かってきた。
やべ、いくらバスケができない禁断症状を発散するとはいえ、軽く力を出しちまった。俺のバカ!
俺の元についた唯七はただ一言、
「すっげーじゃねぇか!!!」
褒めてきた。
「は?」
「いっやー、まさか直刃がこんなに強かったとは。俺を軽くあしらうなんて、思いもしなかったぜ。右衛門七の言っていたことと正反対だしよぉ。なんで? もしかして影で特訓でもしてたのか? このこの!」
突然の事に対処できない。
俺、勝ってしまったというのに、その相手から褒められるとは。
少なくとも前回の人生ではあり得ない状況だ。
今までは相手の心をへし折ってばかりだし。
「まさかここまでとは。私から逃げた時からただ者ではないと思ってはいたが」
そう言って松之丞はうんうんと頷く。
「コレって、マジどういう状況だよ」
「お茶の用意ができましたよー………って、何ですか、この状況!?」
ごめんエモシチ、それ俺が一番しりたい。
まっ、とりあえず、
「ふぅ……渋い味がいいねぇー」
エモシチからちゃっかりお茶を受け取り一服する俺だった。
……………
………
…
落ち着きを取り戻した唯七から聞いたことをまとめると、自分より強い事に驚きつつも、ライバル的な存在ができて嬉しかったとのこと。
マジでお前はどこの青峰だよ。
そして松之丞の方は、前に一気に近づいたことから、前々から右衛門七から聞いていた人間とは違うことが分かったそうだ。
そりゃそうだよ。俺はこの時代の直刃じゃないもん。
さて、そんな実力がある意味でバレてしまった俺は少し困った状況にある。
それは、
「こら直刃! 俺と稽古をしろー!!」
「待て直刃! この前の事を忘れた訳ではないだろうな!」
「ふぇぇ……す、直刃しゃん、皆しゃん、右衛門七も混ぜてくださいー!」
はい。現状三人の武士の卵から追いかけられております。若干一名泣き顔だけど。
なぜって? そりゃ俺が強いことがわかって、戦いたいからだろうさ。
マジでお前らどこの戦闘民族だってツッコミしたい。
「いいや、面倒だから逃げるね。それとエモシチ、お前はいい加減に涙を拭けよ……」
さすがにこれ以上ボロを出すわけにもいかず、俺は逃走を図っているというわけだ。
今更な気がしてならないが…………別にいっか。
「ふぅ、ここまで逃げれば大丈夫だろ────マジかよ!?」
全力疾走で逃走し、何とか城下町に向かう道でまさかの事態に遭遇する。
「ふんふん~♪」
なんと目の前に女の子が突然出現してきたのだ。
現在俺は全力疾走中。
対する女の子はのほほんと春の陽気にうつつを抜かして俺に気づいていない。
普通に考えて明らかにぶつかるコースまっしぐらだ。
だが、
「よっと!」
「フニャ!?」
それは俺が只の一般人という仮定の話しだ。
あいにく俺は一般人からかけ離れてるからな。
俺は原作で無冠の五冠将の一人である葉山が誠稟のメンバーを跳んで避けたのと同様に、華麗に空中一回転して女の子を避けた。
だが、そんな俺の努力も虚しく、驚いた少女は転けてしまったが。
つまり、俺の努力は無駄となったわけである。いや、俺自身に被害がないから一概に無駄とはいえないが。
「いたた、天下の往来に竹刀片手で疾走とは何事じゃ?」
「一応聞いておくが、大丈夫か?」
未だに地面にへたり込んでいる少女に手をさしのべる。
「大丈夫じゃ。それより、お主は何やら急いでおったようじゃが、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫さ。おそらくここまでくれば──」
「直刃ぁー!!」
「───ダメみたいだな」
少女を起こし、逃げ切ったと高をくくっていたら、すぐ近くにまで松之丞の接近を許してしまっていた。
一生の不覚だ。
「とうとう追いついたぞ!」
「俺は追いつかれたくなかったんだけどな」
「まだ言うか。全く貴様というやつは……あ」
松之丞は俺の隣にいた少女に目を向けると、言葉を詰まらせた。
なんだ、知り合いか?
しかし、この時の俺の予想はある意味当たっていて、ある意味で外れていた。
「おぉー。松之丞、どうしたのじゃ、そんなに慌てて」
「は、母上……」
ん? 母上? こ、この少女が?
俺は少女の方を見る。
ほわんほわんとした雰囲気を放ち、どっからどうみても一児の母には見えない。
「どうしたのじゃ? もしや、妾の美貌に見とれおったな?」
確認のために娘となる松之丞に確認をとってみる。
「…………松之丞、マジでこの子がお前の母親なのか?」
「…………あぁ、私の母上だ」
どうやら間違いなみたいだ。まさか現実に合法ロリという存在がいるとは。意外だ。
「それより松之丞。最近どこかへ出かけておると思っておったら、まさかこの男のもとに行っておったのだな」
「は、母上! 別に私はそんな」
「よいよい。まさか男盛りな松之丞にもようやく春がきたようじゃな。私は嬉しいぞ?」
「母上!」
なにやら向こうは盛り上がっているな。
「それで、お主」
「ん、俺か?」
話を切り上げたのか、少女もとい合法ロリが話しかけてきた。
「なにやら不名誉な称号が付いた気がしたのじゃが……」
「さぁ、気のせいじゃないのか?」
前世といい、なぜ女性というのはこうも鋭いのだろうか。
「まぁよい。お主、名は何と申す」
ここで普段ならテメェが先に名乗れやと言うところであるが、この少女は松之丞の母親、つまりはご家老本人というわけだ。さすがの俺でもそんな事を言うわけが──
「おいおい。人に名を聞くときは、先ず自分から名乗るのが礼儀だぜ?」
──あった。てか、そんな礼儀など俺が持っている訳がない。
むしろガキの頃に二束三文で売り払った記憶がある。
いくら海斗の魂を引き継いでいないとはいえ、やはり多少は能力の影響があるみたいだ。
「ほぉ…」
「す、直刃! 貴様、母上に向かって!」
俺の態度に松之丞は怒り心頭になるが、それを少女が諫める。
なぜか感心したかのような表情をして。
それに少女の持つ雰囲気が変わった? まさか……いや、今は気にしても仕方ないか。
「よい、松之丞。こやつの言うことももっともじゃ」
「母上……わかりました」
松之丞をなだめた後、少女は改めて俺と向き合う。
「さてと、では改めて名乗るとしようかの。私は大石蔵之助。この赤穂における家老じゃ」
「…………大石蔵之助」
少女の自己紹介に軽く驚きつつも、ある種の納得があった。
納得というのは、松之丞がご家老の娘と言っていた事から、もしかしたらこの子は大石蔵之助の娘なんじゃないだろうかと思っていたことに関して。
では、そんな俺が何に対して驚いたのか。それは、大石蔵之助の性別だ。
少なくとも俺の知っている大石蔵之助は男。
だが、目の前にいる大石蔵之助と名乗る人物はどっからどうみても少女、つまりは女性だ。
本気で頭が痛くなってくる。
「確かに私は大石蔵之助じゃが。それで、お主の名はなんじゃ?」
「………直刃。深見直刃だ」
「ほほぉう。どこかで見たことがあると思っていたが、長助のところの子か」
「確かにそうだが、長助さんのことを知っているのか?」
「うむ。家臣のことは一人一人把握しておるぞ。それに長助には勘定方として世話になっておるからのぉ。本当に感謝しておるぞ」
「マジかよ…」
少女の言葉に俺は軽く感心した。
長助さんの身分は勘定方、つまり会社で言えばただの会計担当の社員に当たる。
そんな長助さんに対して世話になっていると言うことは、殆どの家臣について把握していると言ってもいいだろう。
それに、感謝していると言う言葉まで言ったのだ。
おかけです今さっき気づけたが、この人は少女の形をしているが人の上に立つ資格がある人間だな。のほほんとした雰囲気で赤司様フィルターがガチで騙されたぜ。
この人、読めないな。
「み、皆しゃーん。右衛門七を置いて行かないでくださいよー」
どこからともなく声が聞こえてきた時点で思考を切り替える。
声の聞こえた方向に顔を向けると、そこには涙目になりつつも一生懸命に走ってくるエモシチの姿があった。
まだ追いかけてたのかよ。
「はぁ、はぁ、はぁ~。やっと追いつきましたぁ」
俺たちの元にたどり着いたエモシチは胸に軽く手を当て、息を調える。
そこまで一生懸命になる必用などないと言うに。
そんなエモシチに魔の手が伸びる。
「おぉー!! 右衛門七ではないかー! 久しぶりじゃのぉー!!」
「え? ご、ご城代!? お、おお、お久しぶりです──ひゃうわッ!」
エモシチの登場にテンションが上がりまくった蔵之助はエモシチに抱きつき、なにやら百合百合しい空気を醸し出す。
「ここか? ここがえぇんじゃろ?」
「ひゃうんッ! ご、ご城代ぃ~」
ふむ。これはどういう事なのか。
俺は内蔵助の娘である松之丞の方に視線を向けると、松之丞はまたか、といった顔をしていた。
いつもの事かよ。
「松之丞」
「……なんだ」
「苦労してるんだな」
「………分かってくれるか」
松之丞に対して少しは優しくしようと決めた瞬間であった。