十一月二日
ようやく迎える、江戸。
「やーと着いたか。思ったよりも掛かったな」
江戸まで掛かった日数は約十二日。ちなみに普通に旅をしていれば二十日はかかるって前にエモシチが言っていた。何故こんなに早く着いたかと言うと、江戸に早く行きたい俺はさっさとさっさと歩いていき、それに負けじと内蔵助と数右衛門が張り合ってついてきたからだ。
俺個人としては半分の十日で着きたかったが、まあ予定より早かったらよしとするか。
こうして平均より早く江戸についたわけだが、何も代償なくしてつけたわけではない。事実、
「な、なんで……直刃は……余裕そうな…顔を……して…るんだよ……」
「そうじゃのぉ。さすがの私も、こればかりは予想外じゃ」
振り向くとそこには、満身創痍で今にも倒れそうに脚を震わせる数右衛門と、苦笑いを浮かべる内蔵助の姿があった。
ちなみに内蔵助が無事な理由は、旅の途中から俺が背負っていたからだ。あまりにも早く先に行きたがる俺に対して内蔵助が、
「そんなに早く行きたいのなら私を背負ってからにしろ!」
って言ってきたからな。
まぁ俺としてもいい訓練になるから断る事なく、歩みを緩めないまま、江戸につくまで背負ってきたというわけだ。
マジでいい訓練になったぜ。
「とにかく……無事についたのじゃ。待ち合わせの店に急ごうではないか」
「待ち合わせだと、たしか書状によれば呉服屋前の蕎麦屋だっけか?」
旅の途中で受け取った手紙にはそう書かれてあったはず。
しかし蕎麦屋か。となれば──。
「あ、あぁ、その店なら俺が知ってますよ」
数右衛門が倒れそうな脚を奮い立たせながら話す。
なるほど、場所を知っているのか。ならば、
「では数右衛門、案内は任せだぞ」
「ち、ちょ、ちょっと待ってくれよ! さすがのおれだって今は歩けそうにないって!?」
「知るか。それに時間の無駄──っだ」
「いってぇーー!」
数右衛門の生まれたての子鹿のような脚にむち打たせ、待ち合わせの店に俺たちは向かった。
……………
………
…
「………ここか」
「みたいじゃの」
「うぅ……直刃の鬼ぃ……」
蕎麦屋についた俺たちだったが、そこには求めていた人物はいなかった。
そして変わりにいたのは、
「ご城代………お久しぶりです……」
「お~! 新六出はないか!」
案内役を任せられた新六という人物だった。
そして新六から告げられたのは、呼び出した本人、堀部安兵衛は自分の屋敷にて待っていると。
呼び出しておいて本人がいないことに数右衛門は怒り心頭だったが、もともとこんな場所で会話するわけがないと思っていた内蔵助に咎められる。
てか数右衛門、お前は本当にここで話し合いをすると思っていたのかよ。どこにどんな目があるかわからのに、んなわけないだろうが。
こうして、不穏な空気を感じさせつつ。
俺たちは新六の案内のもと、江戸急進派の藩士が待つ堀部安兵衛の屋敷に向かった。
そして、この時から既に争いの火種は点っていたのだ。
新六に案内されて屋敷に到着した俺たちは、安兵衛たちと会合を果たしたのだが、出会うと同時に待っていたのは、意見の対立だった。
「ご城代が江戸に来られたという事は、仇討ちに賛同してくれたと考えてよろしいので?」
と、出会い頭に安兵衛にそう言って仇討ちを主張する。対し内蔵助は、
「私は仇討ちなんぞ毛頭考えておらんぞ」
と、お家再興を主張。
両者の言い分は平行線を辿った。
で、最終的にどうなったかと言うと、
「ご城代? 勝負は一本勝負でよろしいでしょうか?」
「うむ。それでかまわぬぞ」
「では、立会はオレがしよう」
内蔵助の提案で、試合を行い、勝った方の言い分に従う事となった。
安兵衛たちはもちろん、赤穂でも随一と言っても過言ではない安兵衛が。
で、こちらはといえば、
「勝負故、手加減は一切しないぞ、直刃とやら」
「……何故にこうなった」
言い出しっぺの内蔵助でも腕に自信たっぷりの数右衛門でもなく、俺がする事になった。
内蔵助は何を思ったのか、試合を提案すると同時に俺を推薦してきたのだ。
一体なにを考えているのか。
「内蔵助、お前はどうしたい?」
「どう、とは?」
俺は真意を確かめるべく、内蔵助に訪ねる。
本当にこの勝負をどうしたいのか。
確かに内蔵助は俺が数右衛門以上の力を持っていることは知っていると思うが、だとしても自分を差し置いて俺を向かわせたのは何故なのか。それを込めて訪ねた。
「勝ちたいのか? それとも止めたいのか? はたまた負けたいのか? どれだ?」
「………うーむ」
俺の質問に内蔵助は一瞬考えるそぶりをした後、
「何を言い出すのかと思ったら。無論、勝ってこい、直刃!」
笑顔を向けてきた。
やれやれ、そんな笑顔で頼まれたら、この勝負、勝つしかねぇな。
「両者、用意はいいか?」
「あぁ…………」
「…………こっちもかまわねぇよ」
江戸詰めの一人にして安兵衛の親友である郡兵衛の立会の元、試合が始まる。
相手は赤穂においても随一の剣士であり、高田馬場の決闘にて何人もの人を斬り伏せた剣豪。そして以前、赤穂の場においてすれ違った蒼髪の実力者。
相手にとって、不足なし。
「両者! 構えて!」
「……………」
「……………」
道場が沈黙によって包まれる。
そして、
「始めぃ!」
試合が始まる!
「ぬん!」
先に仕掛けてきたのは安兵衛だった。
安兵衛は自分の得物を振りかぶり、
ぶんッ!
一
「せいっ!」
ぶんッ!
二
「はっ!」
ぶんッ!
三度俺に向けて太刀をあびせてくる。だが、
「…………ほぉ…」
「………う、嘘だろ。あいつ、あの安兵衛の攻撃を……」
「……………」
「やるじゃねぇか! 直刃!」
両陣営驚愕を禁じ得ない表情を見せてくる。それもそのはず。何故ならば、
「ふむ…………速さは申し分なし……いや、あと数段は上がるとみた」
俺はそれを最小限の動きだけで全て避けきってみせたのだから。
あいにく、今程度の速さならば、目を使わずとも避けきれるわ。
だが腑に落ちん。
この太刀筋といい、速さといい、こいつ、本気を出してないな。
「………やはり」
「ん?」
試合中、突然、安兵衛が口を開いた。
「やはり、ただ者ではなかったか。あの日、赤穂城でそなたとすれ違った時、勘違いかと思ったが、どうやら間違ってたのはオレの方だったな。まさかこれほどの実力者だったとは」
どうやら安兵衛も俺とすれ違った時のことを覚えていたようだ。
「そりゃどうも。で、そう言うあんたはどうだ? この程度じゃないんだろ?」
「あぁ、無論だ!」
そう言うやいなや、安兵衛の雰囲気が変わった。
より獣に近い、されど自我を忘れず、ただ、目の前の敵を倒す強者のものに。
「ゆくぞ! しっ!」
その瞬間、
「……!? ちぃ…」
ガァキィィインッ!!
およそ木刀が奏でる音とは明らかに違う音を響かせ、道場に突風が巻き起こった。
「せいっ!」
ぶぉおぉんッ!
再び突風と勘違いするような剣圧を響かせ、安兵衛の木刀が迫ってくる。
「……くっ」
かぁあああぁんッ!
とっさに目を使い、なんとか防ぐ。
やべぇ。こいつ、滅茶苦茶強えぇ。この前の女刺客とは比べるのも烏滸がましいくらいに!
現代では絶対に感じる事のできなかった本物の殺気と共に繰り出される殺意ある剣劇。
それで十分だった。
俺の中にある、彼が表に出てくるのは。
「これで終いだ! はあぁぁぁぁぁッ!」
ぶぉおおおおぉんッ!
再び繰り出された剣劇。確実に仕留める攻撃。その速度は先ほどのものとは明らかに違い、数倍も速く、鋭いものだった。防いだとしても、致命傷は免れないほどの。
だが、
「………全てに勝つ俺は───」
もう、全てが無駄だった。
次の瞬間、場内にいたのは、
「───全てにおいて正しい。それが、この世における覆ることのない──真理だ」
絶対的なる勝者たる王者と、
「…………な、なぜ……」
それを見上げる敗者、だけだった。
「理解したか? 安兵衛?」
木刀を喉元に差し向け、訪ねる俺。
「な、何が起こったと言うのだ……」
そんな余裕の俺に対し、未だ状況がつかめておらず、ただ呆然と地面に座っている安兵衛。そんな彼女に俺は説明をしてやる。
「なに、ただ、俺が敗北のない王者だから────と、本来なら言いたいのだが、今回は特別に教えてやろう。なに、至って簡単な事だ。安兵衛、お前が気づかないくらい些細な事で、俺はお前の重心をずらし、意図的に転ばせたのだ。まあ安心するといい。この技は、とある化け物ですら一度は引っかかった事のある技だ。初見で見切れる奴なんていないさ」
俺がしたのは、原作において赤司様が多用し、俺が愛用している、重心を意図的にズラして相手を転ばせる技。
化け物というのは前世の俺のクソ親父の事で、あいつだって引っかかるくらいにこの技は、初見ではほぼ十割避けきるのは不可能だ。
「………そう………か」
納得のいく答えかどうかは知らないが、安兵衛はとても清々しい顔をしている。
まるで負けたのが俺の方だと錯覚するほどの。
けど、一応は白黒つけとかないとな。
「さて、この勝負」
「あぁ。直刃……お前の勝ちだ。郡兵衛? いつまで呆けておるのだ?」
「……え? あ! しょ、勝負あり!」
かくして、今回の会合は、お家再興の望みが断たれるまで耐え忍んで待つ、という結果に終わった。
この後、俺は江戸に来たもう一つの目的を果たすため、内蔵助に一言告げた後、足早に道場を後にした。
……………
………
…
「ご城代?」
「うむ? どうしたのじゃ、安兵衛?」
「いえ、ただ、ご城代に一つ聞きたいことがありまして」
「なんじゃ、申してみよ」
直刃がこの場を去った後、内蔵助と安兵衛が言葉を交わしていた。
「ご城代、いつからあのような者を傍に置くようになったのですか? というか、あのような者が赤穂にはいたのですか?」
安兵衛が内蔵助にそう訪ねるも、
「むふふ」
答える気がないのか、内蔵助は終始頬をゆるませ笑っているだけだった。
「ご城代もお人が悪い。勝負を挑んだ時点で結果が見えていたのですから」
「おほほ、何のことじゃの~」
この時、勝負の余韻で安兵衛は気がつけなかった。
内蔵助の目が、僅かに笑っていなかったことに。