結論から言うのならお山の三馬鹿は面白い神さまとしてそれなりの信仰を得たらしい。
一方で、お祭りで農地をぼろぼろにされた我らが秋の姉妹神を信仰する農家を始め、NOUMINたちからの評判は今まで以上に地に落ちた。
元々戦や飢饉というのは農民に嫌われるものである。
この程度は受け入れてもらわないといけないだろう。
必死に情報展開に走り回ったかいがあるというものだ。うむ、いい仕事をした。
少し前に旅行から帰ってきたらしい咲夜ちゃんは一連の話を聞くとふっとその場から消え、数十分後に晴れやかな笑顔を浮かべて戻ってきた。何をしていたのか聞かないのが華というものだろう。
博麗の巫女も何事もなく見つかった。妖怪の賢者と共になにやら大いなる計画を実行していたらしい。正直眉唾である。
咲夜ちゃんに、一緒に旅行に行ってただけなんじゃないのかと聞いてみたけど、意味深な笑顔が返ってきただけだった。
最近里ではフェムトファイバーなる謎の単語が大流行している。
天狗の新聞によると丈夫な糸の一種らしいが、そんなの知らんとばかりにあちこちで見かけるようになった。
そもそものソースが天狗の新聞だ。信頼度はお察しである。
以前冥界餅を売り出していた喫茶店ではフェムトファイバーという甘味が売り出していた。
頼んでみたら出てきたのは短冊状に細切りにされた柑橘系のゼリーだ。ところてんみたいな食感で普通に美味しかった。
巫女になってからしばらく行くことのなかった洋服屋では、フェムトファイバー製の洋服ありますとでかでかと書かれた幟が上がっていた。
何故か薬売りのウサギさんがそれを見て遠い目をしていたけど、一体どうしたというのだろう。
声をかけてはみたけどはぐらかされてしまった。彼女の薬には色々お世話になっているし、愚痴くらいなら聞いてあげたいところである。
さて、私が仕えているのは秋を司る紅葉と豊穣の姉妹神さまである。
お二方のことをよく知らない人には一年の四分の一しか活動していないと思われがちである。
しかし、実際には一年の四分の三はお二方の活動期間なのである。
春、すなわち田植えの時期。豊穣を司る穣子さまはある意味では秋よりも忙しく加護を与えて回っておられる。
夏になれば、成長した作物に更に豊穣の加護を与える。年月を通して収穫が可能な果樹の類への加護もこの時期に行われる。
紅葉を司る静葉さまも、春から夏にかけては山全体を盆栽のように剪定して回り、紅葉の見栄えをよくするためにひっきりなしに動き回っておられるのだ。
そして秋。勘違いしている人も多いけれど、ことこの時期に至っては穣子さまの加護は余り効果をなすことはない。
豊穣の加護いうのは簡単に言えば作物がよく育つようになる加護である。
既に成長しきっていている秋の作物には、加護の入り込む余地がほとんどないのだ。
秋の穣子さまは主に祭事に取り掛かっておられる。収穫祭などその際たるものと言えるだろう。
対して静葉さまの紅葉は秋に入ってからが本番である。幻想郷中の山々を歩いて回り、木の一本一本、葉っぱ一枚一枚を手作業で紅葉させるのである。
一度紅葉を塗るのに同行させていただいたことがある。そのときに感じたのは、これが神の芸術というものかというものだ。
日本人なら誰でも持っている秋の紅葉という原風景に、それを作り出す静葉さまを含めた全てが私にはどうしようもなく神々しく映ったのだ。
そして冬、お二方は眠りに付く。次の秋を迎えるために。次の次の秋に備えるために。
などとつらづらと綴ったコラムが農業新聞に掲載されていた。
改めて読み返してみるとちょっと恥ずかしいが、お二方には好評である。
今は冬の始め頃。お二方がもうすぐ冬眠し始めるくらいの時期である。
今更だけど、お社ができるまではお二方とも冬眠などしていなかったそうだ。
力の弱い神様らしく、うかつに寝ていたら妖怪に襲われるのが当然だったらしい。
秋が過ぎてダウナーになっても睡眠で逃避することもできず、妖怪相手に怯えながら姉妹で励ましあって次の秋まで耐えた忍んだのだとか。
あれ、なんだか涙が出てきた。今夜のご夕食はおかずを一品多くしてみよう。
お芋が美味しいからしかたがないよね。