静葉さまと穣子さまの巫女をしていて、まあ不満を上げればそれなりに出てくるけど、何より一番の不満は新年を共に祝うことができないことが上げられる。
冬眠しているお二方を起こすわけには行かないし、仮に起こしたとしてもダウナーになっているお二方の前でお祝いを始めるほど頭のネジが外れているわけではない。
一度話題に上げたときには仄暗い瞳でひたすらに見つめられた。
二度と言いはしまいとそのとき心に決めたのだ。
あっきゅん小鈴ちゃん咲夜ちゃんを初めとした友人たちも新年は身内で祝うのが普通である。
私という異物をそこに放り込むわけにはいかないだろう。
だからうん、ぼっちじゃないし。
一人でおせち食べててもぼっちなんかじゃないし。巡り会わせが悪いだけだし。
初詣を名目に咲夜ちゃんが訪ねてきてくれたときには涙が出そうになった。私、ぼっちじゃない。
三箇日も終わり、咲夜ちゃんが日課のお供えとお祈りをしに来ている最中に、それは起こった。
胸騒ぎがするなんてもんじゃない。突如として全身を貫いた悪寒にを振り払うように、反射的に走り出していた。能力全開で、目にも留まらぬ程度の速さで。
辿り着いた先は何の変哲もない川だ。何の変哲も無いように見える、川だった。
誰か川を止めて! 気が付いたらそんなことを叫んでいた。
そんな無茶なこと、できるはずがないのに。
これでいい? そんなよく知った声が聞こえると、目の前の川は土砂でせき止められていた。
思わずありがとうと泣きながら彼女の胸元に顔を埋めると、慣れた手つきで頭を撫でられた。
川に毒が流れている。作物を殺す毒だ。季節外れでしょっぱくなった豊穣の加護でもそれだけはわかるのだけど、人まで殺すのかは私には判別できない。
原因は状況的に上流にありそうなこと、この川は農業用水とは繋がっていないけど放置するのは不味いこと。
現在分かっているのはそれだけだ。咲夜ちゃんの作ってくれた簡易のダムもいつまでもつかはわからない。
ともかく手分けして原因の排除と治水工事を行う必要がある。
私が前者に行くのはさすがに無理があるので、カッパへの依頼を持っていくことになる。
咲夜ちゃんに任せるのも方向音痴が心配ではあるけれど、今はそれでも祈るしかない。さすがに川を上流に溯るだけで迷う要素はないだろう。
咲夜ちゃんと別れ、ダッシュで近場のカッパの工房に飛び込む。
思いのほか扉が大きな音を立てて開いてしまったので、中にいたカッパたちの視線がこっちに集まっている。
誰一人でも、簡単に私を殺せる妖怪だ。ここはもう、里の外である。
そんな当たり前が今更ながらに頭をよぎる。
反射的に上げてしまいそうになった悲鳴を飲み込み、川の汚染と作物の危機を混ぜ込んで訴え、汚染された川の水が下流に流れないように工事を頼み込む。
キュウリの危機に反応したのか、カッパ達は大慌てで荷物を担いで川に向かって走っていく。
なので私も大慌てで入り口から横にずれる。必死の形相の河童の集団が私に向かって走ってきたのだ。もう恐怖で完全に腰が抜けている。
最後に横を通り抜けようとした河童が私が座り込んでいるのに気付く。
思わずびくりと反応してしまったけれど、優しく頭を撫でられて、よく教えてくれたね盟友、とだけ言うと工房の鍵を閉めて他のカッパたちの後を追いかけていった。
それを見届けると安心からか力が抜け、そのまま岩壁に寄りかかってしまう。
が、いくら河童の縄張りとはいえ、里の外でのんきに休憩していい場所なんてものはないのだ。
少しの間だけ岩壁に体重を預け、目を瞑って静かに精神を統一する。
精神修行は巫女の基礎。基本からみっちりと修行を付けてくださった先代博麗の巫女さまに改めて感謝を。
川に戻って上流に向かって進んでいく。
相も変わらず川には見ているだけで吐き気を催すような毒が流れている。
そして、二本の川が合流している地点で咲夜ちゃんが待っていた。
一本は普通の谷間を流れる川であり、もう一本は山頂から木々や雑草の上から山肌を直接流れ落ちてくる川。毒なのは後者だ。
咲夜ちゃんにそう伝えると、パッと消えてカッパを数人拉致してきた。下流でダム建設をしてくれていたカッパから何人か引き抜いてきたらしい。
私が説明するまでもなくあっという間に巨大な落とし穴が掘られ、それが即座に謎素材でコーティングされ、汚染水はその中に流れ込み始める。カッパすげー。
しかし、それでも流れの大本が止まらないことには限界がある。
さっきはどうもと会釈し、カッパのおねーさんたちに別れを告げて更に上流へ向かう。というか急斜面過ぎてまともに登れないので咲夜ちゃんに抱えてもらって飛んでもらっている。
私いないほうがよくないかなと思ったけれど、私はただの水との区別が付かないから、とのこと。
しかし、進むにつれて吐き気が強くなっていくのがよく分かる。吐いたらごめんねとあらかじめ伝えておく。
そして森を抜け、山頂に着き、迸る水柱が視界に入ったところで、私は絶叫して嘔吐しながら気を失ったらしい。
咲夜ちゃん曰く、あれをとめてーげぼげぼというなんともしまらない悲鳴だったのだという。
その後の話になるが、調査の為にたまたまその場に居合わせた妖怪の賢者が私のあまりにあんまりな絶叫を聞いてなんかやばいと噴出していた間欠泉を隔離したらしい。
そしてサンプルを以ってその道の専門家に調査を依頼したそうだ。
結果は、白。異常なしどころかむしろ薬効が確認されたのだという。
肩こり腰痛その他もろもろに有効な温泉であり、植物に適量与えれば成長を促進させ害虫の駆除すら可能という天然の農薬と言えるような代物だったのだ。
うん、農薬だったのだ。天然モノだけど。
穣子さま的には高濃度の農薬は明確な劇物らしい。
結局のところ、私ひとりが勘違いで空回っていただけという。
ちくしょう。わらいたきゃわらえよこのやろう。