気が付くと、どこともしれない御屋敷の中にいた。
外に見える庭は整えられており美しいのは間違いないのだが、どこか淡い。
さて、神楽を終えたところまでは覚えているのだけど、ここは一体どこだろう。
不意に声をかけられたので振り向くと、そこには見慣れた幽霊の回収業者さんの姿が。
こちらへと先導されたのでとりあえず何も聞かずに付いていくことにする。不興を買って状況把握すらできなくなったら最悪だ。
そして連れて行かれた先にいた面々を見て泣きそうになった。
方や明らかに大妖怪でございと言わんばかりの濃密な死の気配を称えるお嬢様。方や私でも知ってる妖怪の賢者の式たる九尾の妖狐。
思わず悲鳴を上げながら後ずさって廊下から庭に転げ落ちた私は悪くない。
分際を弁えているな、となぜか九尾の妖狐には好評だった模様。
汚れを払って勧められた席に震えながら正座したけれど、私のことはまるで無視してお二人で談笑している。
業者さんがお茶を出してくれたけれど、とても手を伸ばせるような雰囲気ではないのである。
ひとしきり歓談を終えたようで、二人の視線がこちらに延びてくる。
びくりとして反射的に背筋を伸ばす。
九尾の妖狐が質問も許さずに必要十分に語ったのをまとめると以下の通りである。
穣子さまの豊穣の祝福に、よく似た気質の姉妹神である静葉さまの紅葉の祝福が混ざりこんで変質し、そこに私が能力を全力で発動した際に目に留まることのない何かが紛れ込み、結果として私は本当に神を孕んでいたのだという。
孕んだ神さまは核になった私の能力を吸い上げて存在を確立し、御二方の加護を取り込んでご自身の気質を整え、意図的に流された噂によって信仰を集め、最後に意識朦朧の私がトランス状態で神卸しの神楽を舞ったことで新たな神として世に降り立とうとしていたのだ。
なにそれ神話? 予想外すぎる壮大な話に思わず素で返してしまう。
九尾の妖狐の眉間に皺が寄った。反射的に土下座を行う。土下座外交万歳。
認めたくはないが、疑いようも無く現代の神話だ。
伏せた頭に降りかかるのは、実に苦々しい感じの九尾の妖狐の声だった。
なんでこんなやつがみたいな意志が隠しようも無く漏れ出している。私も本気でそう思います。
折を見て頭を上げると、今度はお嬢様が話を引き継ぐ。
ここは幽世であり、私は今、魂だけの状態であるらしい。
とはいえ死んだわけではなく、死なせないために魂を隔離したのだそうだ。
巫女とは言え農民からの成り上がりどころか幻想の薄い外界出身である私は、神を産むのに魂が絶対的に耐えられない。
なので今、現世では神卸しの逆パターンで博麗の巫女が私の抜け殻に入り、新たなる神をご出産している最中なのだという。
え、私静葉さまと穣子さまの御子様の出産に立ち会えないの?
当事者のはずなのに完全に蚊帳の外なの?
今ほど力の無い生まれであることを悔やんだことは無い。
見られているのも構わずガチ泣きである。
見ないのならばそのまま俯いて泣いていろ。
九尾の妖狐のそんな声に顔を上げると、裂けた空間の向こうに苦悶の表情を浮かべている私の顔があった。
私の両手をそれぞれ掴んでおられるのは紛れも無く静葉さまと穣子さまなのだけれど、親の敵でも見るような顔をして私に向かってなにやら怒声を浴びせている。うん、分かってはいるのだけど複雑な気分だ。
思わず裂け目の向こうに手を伸ばそうとしたけれど、お嬢様にやんわりと止められる。私の魂は絶望的に強度不足なので現世では形を保てないのだと。
声をかけるくらいなら平気よ、とのことなので遠慮なく御二方に呼びかける。
バッと音が出そうなほどの速度でこちらに振り返る御二方。私の無事を確認したためか、一気に満面の笑みを浮かべてくださる。感無量である。
っしゃー祭りじゃーと穣子さまの元気な声がこちらにも響いてくる。
こちらからは見えないけれど、笛や太鼓の祭囃子が響き始める。まだ舞台の上なのだろうか。
そして穣子さまは私(博麗の巫女)のお腹にずぶりと腕を突き立てた。私(博麗の巫女)がいたいいたいいたいと尋常ではない声を上げ始める。
大丈夫なのかと心配になるけど、さすがに穣子さまが私の体を壊すようなことをなさるとは思わない。現に血も出ていないし。
静葉さまは暴れまわる私(博麗の巫女)を押さえつけ、穣子さまに一息にやっちゃいなさいと御声をかける。
そんなまさかとは思ったけれど、そんなまさかだった。
秋の神なら、大根みたいに引っこ抜かれて降臨なさい!
私(博麗の巫女)の悲鳴は既に可聴域を超えている。
両手をお腹に突っ込んで、勢いよく引き抜いて掲げられた穣子さまの御手には、赤子ではなく、幼子ほどの新たな神さまが抱えられていた。
終わったな。身体に戻すぞ。
余韻に浸る間もなく九尾の妖狐の無慈悲な宣告。せめて覚悟くらいさせてくださいと告げるまもなく視界が切り替わる。
途端に襲ってくる壮絶な苦痛。身構えるまもなくその中に放り込まれる。
などということは全然なく、あるのは喉の痛みと極度の疲労感と、よく分からない喪失感だった。
私の身体を押さえていた静葉さまがまず私が戻ったことにお気付きになり、小さな神さまと共に穣子さまも出迎えてくださる。
ようこそ幻想郷へ。
御降臨なされた小さな神様に、微笑みながらそう告げる。
この日、神産みという文字通りの神話が幻想郷に響き渡り、秋の紅葉と豊穣のお社に、一柱の小さな神さまが名を連ねたのだった。