収穫祭が終わっても、秋はまだまだ終わらない。
生まれたばかりの小さな神さまは未だ自分のお名前も持っておられない。
権能に関しても不明なままである。
その小さな御身体に見合った活発さを発揮して、秋の幻想郷をご堪能なさっているご様子である。
一方で私にも変化があった。能力が完全に消滅したのである。
ここのところまともに機能していないかったので実害はほとんどないけれど、誰かに指摘されなければ能力持ちだったことすら忘却の彼方という気合の入った消滅ぶりである。
能力の消失などというレアケースのためか、最近あっきゅんがモルモットでも見るような視線を向けてきて恐怖を覚える。
巫女パワーは祭神が増えた影響なのか増量しているみたいだけど、当社比五割り増しになったところで元がしょっぱすぎて大した変化は見られない。所詮、私は木っ端巫女である。
天狗主導の広報によると小さな神さまを生んだのは間違いなく私ということになっているらしい。
割と分かりづらい事情ではあるし、信仰がぶれないようにするためにも必要な措置なんだそうな。
出産を代行してくれた博麗の巫女は現在療養中である。肉体的、魂的には完治しているらしいのだが産みの苦しみがトラウマになっているようで、絶対子供なんて作らないと強く決意してしまったらしい。
祭囃子が鳴り止まないまま秋が終わり、冬が来る。
冬になるとダウナーになって冬眠を始めるのは秋の姉妹神である御二方と同様らしい。
冬場は暇になることが多い私はというと、先代博麗の巫女さま主催の新人NOUMINブートキャンプに混ざって身体を引き締めなおしている。
昨年は体調が奮わなかったのもあって身体がかなり弛んでいる。お腹周りとか特にそうだ。
穣子さまの祝福はスタイルがよくなるのは間違いないのだけれど、その分目に見えて肥えやすくなる。天高く馬肥ゆる秋とはよく言ったものである。
健康的な汗を流してお社に戻ると、御三方が冬眠なさっている寝所の方に気配を感じた。
大慌てて駆け込んでふすまを開けると、咲夜ちゃんが枕元に座って光悦とした表情で小さな神さまを視姦していた。容赦なく叩き出して出禁を言い渡す。
大丈夫だからとか説得力ねえよ。鼻血拭いてから出直して来い。信仰心があふれ出ただけとか意味が分からん。秋には普通に接してただろうが。
永遠の幼女である吸血鬼に仕えている理由の一端を垣間見た気がする。正直知りたくもなかった。
季節は巡り、春。御三方は冬眠からお目覚めになる。
静葉さまは山へ剪定に、穣子さまは田畑へ加護をかけるためにお出かけになる。
小さな神さまは今日は静葉さまとご一緒にお出かけになるようである。色々なものを拾い集めるのをお楽しみになっているご様子だ。
咲夜ちゃんがあれきりボロを出すことはなかった。翌日以降あまりにも普通に奉納に来ていたから悪い夢でも見ていたのかと思ってしまったくらいである。
たぶん出し抜かれてるんだろうなと巫女の直感が告げているけど、どうしようもないのでとりあえず放置するしか方法はない。
幼女の吸血鬼と主従関係を続けているくらいなのだから、ある程度の分別はあるのだと信じるばかりである。
ある日、先代博麗の巫女さまに呼び出される。
祭神が増えたので収穫祭で奉納する神楽を変える必要があり、その練習とのことである。
しかし、小さな神さまが何を司るのかは未だに分かっていない。
秋になればおのずと判明するはずだけれど、そこから練習を始めたのではもう遅い。凡人の習得速度に過剰な期待は禁物である。
つまるところ今のうちから秋に関するものを手当たり次第に覚えておけということだ。
万が一に備えて咲夜ちゃんに精神と時の部屋の使用を申請しておく。
最大限努力はするけどそれでも限界がある。間に合わなかったでは済まされないのだ。
夏。小さな神さまは農家のおっちゃんたちに肩車をされるのがお好きなようだ。
なんだかそわそわとしているお姿をよく見かける。何かを探しているご様子である。
このところ、薬屋のウサギさんや幽霊回収業者さんとの交流が増えた。
私の経過観察という名目で小さな神さまの調査をしているようだ。
秋も近いので何かあったときのために今から備えておくらしい。
正直何かあったところで何かができるほど力を持っているわけではないのが小さな神さまが小さい由縁である。
それぞれの思惑はあれど、大妖怪のバックアップがあるというのは安心感が段違いである。
こちらで対処することができなくなったら遠慮なく丸投げすることにしよう。
そして丸投げすることのできない問題もある。
神楽の習得率が未だにノルマの四分の一にも届いていないのである。
必死になって練習しているけど、収穫祭までに半分に届けば私としては快挙と言えるだろう。
咲夜ちゃんの空気から察するに頼ったら最後、全部習得するまで開放してくれそうにはない。
覚えるのが嫌なわけではないのだが、どうか手心を加えていただきたい。
そして夏の暮。初秋と呼ぶにはいささか熱気が収まらない頃。
見つけたー! と小さな神さまの大きなお声がお社に響き渡る。
とてとてと走ってくる音が聞こえ、すぐにスパーンと勢いよくふすまが開かれる。
小さい秋、見つけたよ! 満面の笑みを浮かべる小さな神さまの手にはどんぐりが握られていた。
瞬間、小さな神さまが何を司っているのかを理解する。巫女の本能とはすごいものだ。
彼女は小さな秋の神さまだ。文字通り、小さい秋を司る、小さな秋の神さまなのである。
一緒にお茶を頂いていた静葉さまと穣子さまの目の色が変わる。
秋を司る神として秋の察知に出遅れたことが我慢ならないのか、揃って秋を探しに飛び出して行ってしまわれた。
で、夜まで時間をかけて私が厳正な判断を下した結果、小さな神さまの圧勝である。
どこからともなく塗られていないはずの紅葉まで探し出してきて、静葉さまを愕然とさせていた。
御二方に勝利を示した小さな神さまは、ふふんと得意げに優越感に浸っておらられた。どこかで見たようなお顔である。
小さいとはいえたくさん集められた秋の要素で、お社の中には一足先に秋が訪れる。
小さな神さまが見つけていらっしゃるのは、子供の手のひらに収まるくらいの本当に小さい秋だ。
しかしながら、静葉さまが司っておられる紅葉まで見つけ出してくるあたり、小さいという枠に収まりさえすれば割と無差別でなんでもありなのだ。
何が言いたいのかというと、地獄の神楽ブートキャンプ、始まるよー。
三日で半年は老けたね(物理)。
いよいよ秋本番。秋を司る三柱のテンションは絶好調である。
静葉さまと穣子さまは毎年のお仕事に動き回り、小さな神さまはどっちを向いても見えてくる大きな秋に興奮冷めやらぬご様子。
ちなみに権能が分かったころにお名前も把握できたので、小さな神さまのことは既に幻想郷縁起に記載されている。
それでも小さな神さまとお呼びしているのは、うん、なんというか、お名前をお呼びするのが恥ずかしいところがあったりするのだ。さすがに私と同じ読みのお名前だとは思わなかった。
お名前をお呼びしたいのだけど、自分の名前に様をつけて呼ぶとなるといささか抵抗がある。
まあ、慣れるしかないのだろうが。
現在私は先代博麗の巫女さまの元で神楽の最終調整の真っ最中だ。
パーツごとに舞を覚えても、それを繋ぎ合わせる知識も技能も私にはない。
新しい神楽の難易度は昨年までとは比べ物にならないくらい高いけれど、収穫祭にはまでには問題なく覚えきれる。
数年に渡る巫女としての経験と、体感時間半年に及ぶブートキャンプは決して無駄にはならないのである。
そして迎えるは収穫祭。祭神の数は増えても、お祭りの規模は変わらない。
元々人里全員参加のお祭りなのだ。せいぜいノリのよさが変わるくらいである。
舞い踊るのは新たな神楽。
失敗しないようにしっかり覚えた、神に捧げる舞である。
私が信仰し、お仕えするのは秋の紅葉を司る、秋静葉さまである。
私が信仰し、お仕えするのは秋の豊穣を司る、秋穣子さまである。
私が信仰し、お仕えするのは小さい秋を司る、秋
私はしがない秋の巫女。
紅葉と、豊穣と、小さな秋の神さまにお仕えする、力も持たない、ただの人である。