秋が来て。秋が来て。秋が来て。
幾度の秋に舞を捧げたのだろう。
奇しくも次の秋の巫女は、いつだったかの春の冬の異変の頃、私の家に居候に来た娘さんだった。縁というのは妙な部分で繋がっているものである。
次代の巫女の修行も終わり、その子がついに御三方から祝福を頂くのを見届けることができた。
巫女の髪が私と同じような紅葉のグラデーションに変わる。
それを見て、ああ、終わりなのかと、寂寥の思いを募らせた。
今日、私は秋の巫女を引退する。
祭神の御三方に惜しまれつつも、長年過ごしたお社を後にする。
とは言っても、これからも頻繁に御尊顔を拝見することになるだろう。
返俗して帰農しただけなのだし、今代秋の巫女のヘルプに呼ばれることも、もしかしたらあるかもしれない。
きっかけも何も、些細なものである。
ふとした瞬間に思い出し、思い当たり、さっと血の気が引いた。
私にはやらなければならないことがあることを思い出したのだ。
婚活だ。
そう、婚活である。結婚である!
大丈夫、まだ二十代だから。幻想郷基準じゃもうダブルスコアに近いけど、まだ二十代なのだ!
気が付いたら仕事人間の咲夜ちゃん以外、友達みんな結婚してて子供もいるのだ。
あっきゅんでさえ瀕死になりながらも子供を生んで、幸せそうに微笑んでいた。
血で信仰を継いでいるとはいえ同じように巫女である早苗までもが一児の母になったとき、あれ、これやばくね、と危機感を覚えてしまったのである。
が、しかし、年はあれとはいえ巫女上がりで豊穣の祝福ももらっている私に、そういった話は全く出てこない。
積極的に探してもダメ。あっきゅんが持ってたお見合い情報を探っても既に皆無に等しい。
よく考えてみて欲しい。
結婚適齢期の二倍近い年齢とはどういうことかと。
生めや増やせやが基本の幻想郷。
よっぽど余裕のない家庭以外は結婚してすぐに子供をこさえることになる。
それはつまり、結婚に適した年齢の人にとって、私はおかんと同年代だということなのである。
……いかん、言葉にしただけでくじけそうだ。
年はあれ、なんて生易しいものじゃない。それだけで他をひっくり返すくらいに致命的な何かだ。
仮にも神さまを生んだ巫女だから恐れ多く思われてるんだろうか、などと自惚れていた自分をぶん殴りたい。
あれ、二十代ってもっと夢や希望にあふれてるんじゃなかったっけ?
先代博麗の巫女さまは本当にどうやって結婚したんだろう。是非ともご教授願いたいものである。